お砂糖は?

「・・・お砂糖は?」

初めて会ったのは、ファミレス。仕事の面接、ということもあり、なんとなく頼んだのはホットコーヒー。
自分よりも10以上上の男性は、上記のセリフを口に出しました。

 

派遣社員として働くための面接です。
年上の男性は、派遣会社の社員の方。派遣のコーディネーター的な役割の人でした。

 

なんとなくいくつ、と言いづらくて、背伸びして「無しでいいです。ありがとうございます。」と答える私。
温かいコーヒーを飲んでいると、その苦味が心を落ち着かせ、いつの間にか仕事とはあまり関係のない話にも花が咲いていました。

 

もしかしたら好きになってしまうかも、そんな予感を感じさせつつ。
肌寒い季節。お腹の中がぽわっと温かくなり、ふわふわとした気持ちで話す私がいました。

 

どちらかと言うと、学生時代いじめられたこともあり、男性恐怖症ぎみだったのに。
この人と話すとなんでこんなに楽しいのだろう?なんで私はこんなにいっぱいしゃべっているのだろう?と、頭の中にたくさんのハテナが浮かびました。

 

結局面接は、◎。
急ぎの求人だったこともあり、次の週からすぐに働くことになりました。

 

今まで私が派遣されてきた会社では、派遣先の社員の方が仕事を教えてくれることが多かったんですけど、
そこの会社の場合は少し特殊で、派遣元の方が仕事を教えてくれる、そんな会社でした。仕事を教えてくれるのは、面接の男性。

 

「ああ、しばらく会えるんだ」、と思うと、胸の奥でキュンと締め付けられるような・・・なんとも言えないうれしさがこみ上げてきました。

 

「いやいや仕事だし!でもうれしいし・・・。」と、自然に顔がニヤけてしまっていたと思います。
とはいえ、好き、というよりも憧れに近い感じでしたね。パソコンにもすごく詳しくて、そういうところにも尊敬に近い憧れを感じてしまいました。

 

隣に並んで仕事を教えてもらうと、顔が急に近付く瞬間があったりします。
そうすると感じるのは、タバコの匂いとコーヒーの匂い。そういうところからも””大人の男性””を感じずにはいられませんでした。

 

仕事を早く覚えないといけない、でも覚えたら会えなくなってしまう・・・心は揺れましたね。
けど、さすがに仕事を覚えないわけにはいかないので(笑)、サクサクと覚えて彼とのかかわりも少しずつなくなっていきました。

 

私用でメールするのもなぁと思ったのと、しつこいと思われるのが怖かったので。
芽生えかけていた恋心のようなものも会わないと少しずつ薄れるもので・・・好きかも、から、いい人だな、ポジションへと私の中で変わりはじめ、彼のことを思い出すわけでもなく、ただ仕事場と家を往復する毎日が続きました。

 

そんな私たちの仲が急に深まったのは、働き始めて数ヶ月が経ち、慣れてきたなぁって思い始めた頃の話。
私の仕事終わり時間の頃、彼がちょうど仕事の様子を見に来たんです。

 

「送るよ。」と言われた時、心臓がドキンと音を立てました。ふたりきり、車の中はただそれだけでドキドキしてしまいます。
缶コーヒーを手渡す時に、開けてから手渡してくれました。
自分の周りにはそういう男の人があまりいなかったので、そんな簡単な仕草にも胸がキュンとします。

 

飲みながら家まで向かう途中、ふと彼は車を停めました。コンビニの駐車場の端っこのほう。

 

彼がおもむろに口を開きます。「愚痴があったら聞くよ?」とのこと。
私が派遣されている派遣先は、少し問題の多いところで・・・私以前の女の子がガンガン辞めたらしく、愚痴を聞いてくれる、ということでした。

 

「そうか、愚痴をメールしてもよかったのかー!」と思いつつ、ポツリポツリと話し始め、最後には晴れやかな気分に。

 

知らない間にストレスが溜まっていたんだなぁということに少しだけ驚きつつも、
「やっぱり好きかもしれない」ということに・・・自分の気持ちに気付いてしまいました。

そこからは他愛のない内容のメールをやり取りしたり。
しばらくメールしているうちに、なぜか「休日に会おう」ということになりました。少し遠いところまでドライブです。

 

駅まで迎えに来てもらい、スーツ以外の彼を見た時、いい意味で「お!」と思いましたね。カジュアルな彼も素敵でした。
出先でホットコーヒーを飲む彼。その後、車の中で話をしているうちにふと無言になりキス・・・。コーヒーの味、苦い苦い大人の味。

 

そのまま彼の魅力に落ちていきました。年上の彼、大人な彼。
初めて会った時からやっぱり好きだったのかも・・・と付き合い始めてしばらくして思いました。

 

そんな私たちでしたが、その後、遠距離がうまくいかずに別れてしまいました。
離れていると不安や心配や嫉妬が入り混じったようになってしまって・・・彼のことをうまく信じることができず、フラれてしまったんです。
そこから数年が経ち、今では私も彼も別の人と結婚しました。

 

今の生活には満足しています。生活も安定しているし、息子(2歳です)だってものすごく可愛い。
だからもう既に過去の人、なんだけども、たまに思い出してしまいます。特に家でひとりでコーヒーを飲んでいると・・・どうしても思い出してしまうんです。

 

あのコーヒーの味、タバコの匂い。
初めて会った時、背伸びして飲んだブラックコーヒー。今では砂糖を入れるほうが違和感を感じるくらい、ブラックコーヒーに慣れてしまいました。
確かに苦いですが香りを楽しむにはやっぱりブラックだなぁなんて思ったりします。全然通とかじゃないんですけどね。

 

ふたりの道は別々になってしまったし、もう好きとかそういうのでは全然ないのだけれど。コーヒー=彼、なのは今も変わりません。

 

そんな風に思ってること、きっと彼も知らないし、夫だって息子だって知らないでしょう。
誰にも話したことはないし、きっと誰も知らないはずです。

 

温かいブラックコーヒーを飲む度に、あの頃の恋していた私にトリップしてしまう、そんな私・・・自分の中だけの小さな秘密です。
きっと彼に恋するのと同時にコーヒーにも恋してしまったんでしょうね。今では飲み物の中で一番コーヒーが、ブラックコーヒーが好きです。もうお砂糖は入りません。

 
私ももう背伸びをする必要のない、大人の年齢になりました。少しだけ苦い恋の思い出です。

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