そだてる、じぶんコーヒー

朝を一杯のコーヒーから始めるようになって、もうずいぶんになります。
ちょっと口がさみしいとき、仕事の集中力が途切れたとき、くつろぎたいとき…
1日に何杯も飲むのですが、朝の一杯だけは私ひとりで自分だけのためにいれるコーヒーです。
誰かと楽しむのもいいですが、家人が起きだす前の唯一ひとりでいられる時間をじっくりとかみしめるとき、静かな空間で楽しむのは格別です。こういう時はやっぱり、お供はコーヒーでなくては。

といっても、特別なことは何もなく飲んでいるのは恥ずかしながらのインスタント。さとうとミルクをたっぷり入れて、寝起きのお腹をあたためます。たまにブラウンシュガーとシナモンを混ぜたものを、ひと匙おとしてカプチーノ風にしてみたり、コンデンスミルクを入れたり、あたためた牛乳を入れてみたりしながら。この朝のコーヒーくらいは、きちんと勉強をして特別な一杯にしたいとずっと思っているのに、本格派からは遠すぎる素人には何から勉強していいかも分かりません。

思えばこんなにコーヒーが身近になったのは、結婚を機に勤めを在宅に切り替えて、好きな時に休憩を取れるようになってからです。そしてまさにその結婚相手である主人もコーヒーが無くてはいられない人間で、好きなのにインスタントで済ませている人間、なのでした。通勤途中にコーヒースタンドがあれば良いのにと、よく嘆いています。
結婚する前に行った思い出の場所のひとつにもコーヒーが関わっています。
初めて二人で行った喫茶店は珈琲専門店と呼ぶにふさわしいお店で、内装も洗練され、お客一人ひとりの雰囲気に合わせてカップを選んで出してくれるのです。

主人のはブルーのラインが入ったすっきりとしたデザインの、私のはその日の服と同じ色の、花柄のカップでした。店内はいかにもコーヒー好きといった人たちが和やかに会話する大人の空間でしたが、それでいて少しも緊張することなく、ゆったりとした時間を過ごすことができました。この店で飲んだコーヒーはほんとうに美味しかった。

忘れられない思い出になりました。また行きたいね、と言いつつも遠く離れた場所にあるそのお店にはなかなか足を運べずに、思い出話しにたまに出るだけになっています。
こう考えると、私とコーヒーは結構縁が深いのではないかという気になり、よし、ここはひとつ頑張って自分のために(たまには夫婦のために)、美味しいコーヒーを淹れられるようになってみよう!と決心しました。ところが、とりあえず入った書店でそれらしい本を読んでみたものの、コーヒーの世界は入門本だけでも多種多様。煎り方、抽出の仕方、豆の選び方…全くの初心者には敷居は高くなるばかりです。

こうして手当たりしだいに雑誌や本に目を通すうちに、美味しそうなコーヒーの隣に写っている格好のいいコーヒーポットやきれいなカップにすっかり心を奪われて、淹れ方よりも道具やカップに詳しくなってしまい、コーヒーは淹れられないのにあこがれのカップと道具はある、というおかしなことになってしまいました。

このままではせっかくのやる気がしぼんで、またいつも通りになってしまう…そう思った私は、ちょっと照れくさかったですが、思い切ってカフェを経営している友人にコーヒー入門について聞いてみました。プロにそんなことを聞くのは、結構勇気が必要です。
友人は、そんなに難しく考えなくても、と笑いながらもちょっと考えて
「良し悪しじゃなくて、好きなものが美味しい、でいいと思うよ。」と言ってくれました。たくさん飲むうちに、好きなものが分かってくるよ、とも。
そういえば私にもブレンドしてある方が好き、とか、酸味のある豆は苦手とかいうくらいの好みはあります。
この話ですっかり気が楽になった私は、美味しいコーヒーが淹れられるようになってから、と思っていたあこがれのカップと琺瑯のポットを新調してしまったのでした。
それからはたまに、本当に時間のある時だけ、きれいに片付けたキッチンで儀式のようにドリップ式のコーヒーを淹れたりしています。いつか手慣れた様子で、主人にコーヒーを淹れて見せようと、ひっそりとですが。

それで朝の一杯はどうなったかというと、今も相変わらず。いつものごちゃ混ぜインスタントを飲んでいて特別な一杯にはなっていません。ミルクとさとうたっぷり、時にはシナモン風味…。でも、使っているのは特別なカップと琺瑯のポットです。
この二つは食器棚のなかで、まだピカピカと居心地が悪そうですが、中のコーヒーは完全に私好みの、自信たっぷりの一杯。このポットとカップがゆっくり手に馴染んでいくように、私にいちばん合った特別な一杯が、朝にあたりまえに淹れられるようになるのもきっと時間が掛かるのでしょう。いつか突然、私も美味しいコーヒーが淹れられるようになったな、と使い込んだポットを持って思いたい。その日が来るのが、とても楽しみなのです。

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