たった一杯のコーヒーから学んだ人生のヒント

ほんの200ccほどの真っ黒い液体がこれほどまにに人を魅了するとは。

家庭でもオフィスでも、コンビニでも喫茶店でも、日常生活の様々な場面で、コーヒーはわたしたちの生活に深く浸透しています。

その一杯が何を意味するかは人によって大きく異なるでしょう。一日の初めに目を覚ますために飲む一杯、休憩時間にほっと一息つくための一杯、大きなプロジェクトにいざ向き合うためにスイッチを入れるための一杯、あるいは一夜漬けのテスト勉強中に眠くならないようにと飲む一杯…。

いろいろな場面でコーヒーはわたしたちの生活をサポートしてくれています。そして、たった一杯のコーヒーは時に、どんな教科書にも載っていない大切な人生のヒントを教えてくれることがあります。

私自身のコーヒーのルーツは、物心ついた頃にまでさかのぼります。

父親は忙しい仕事に就いていましたが、日曜日だけは休みでした。日曜日の朝は、父が自ら豆を挽き、コーヒーをドリップしてくれたものです。

朝起きてリビングに入ると、華やかで香ばしい香りによってさわやかな気持ちになったことを今でも覚えています。「全日本コーヒー協会」の統計によると、日本人の場合、若者から年配者に至るまでのどの世代でも、女性より男性のほうがコーヒーの消費量が多い結果になっています。

確かに、一概にコーヒーと言っても、豆の種類も、産地も、味や香りも、値段もかなりの幅があります。淹れ方も、ペーパードリップやネルドリップ、サイフォンからコーヒーメーカーなど様々で、同じ豆でも淹れ方によって味わいが異なります。さらに、生豆を購入して自らブレンド、そして焙煎し、自分好みのオリジナルコーヒーを作り出すことも可能です。

つまり、コーヒーは奥が深い。それでいて、比較的手軽に楽しめる存在でもあります。ここが、多くの男性がコーヒーに惹きつけられる一つの理由なのかもしれません。さらに、同じ統計の資料によると、2014年中、平均すると一人が一週間に約11杯のコーヒーを飲んだ計算になるらしく、年間では500杯以上になります。ということは、子供の頃から今日まで、実に数千杯のコーヒーを何気なく飲んできたことになりますが、そのうちのたった一つ、私にとって特に印象深い一杯があります。

それはある夜、オフィスのデスクで一人で飲んだコーヒーです。何か特別なものだったわけではありません。ごくごく一般的なドリップコーヒーでしたし、それまでに何度も飲んだことがあるものでした。

違っていたのは、その時、かつてなく仕事上の多くのタスクを抱え込んでいる時期だったことです。目の前の工程表を見れば、数か月先まで忙しいスケジュールが羅列されており、週末のプレゼンテーションも完成させておかなければならない。職場内の人間関係のことでも神経を使う。

その時期は、食事をしながらも仕事のことが頭から離れなかったり、休みの日に出かけても心から楽しめていない自分がいました。そしてその日、いつものように夜まで一人でデスクに向かっていた私は、深いため息と共に立ち上がり、コーヒーを入れて戻ってきます。そして思いました。

「この一杯を飲む数分間だけは、何も考えずにコーヒーを味わうことだけに集中してみよう」。ひと口飲む。ゆっくり息をする。…うん、美味しい。途端に自分の中で、時間がゆっくり流れていくように感じられました。「今」「ここ」に自分自身が連れ戻されたような感覚でした。

思えば最近の自分は、頭の中で過去と未来を行ったり来たりする宙ぶらりんの状態で、今を楽しむということを忘れていた。自分でコントロールできるのは、過去でも未来でもなく、今この瞬間だけであるというのに…。数分後、その一杯を飲み干した時、少し私は変わっていました。

目の前にあるタスクは全く変わっていません。ですが、ピンと張り詰めていた弦が少し緩められたかのように、心には少しの余裕が生じていました。すると、物事の見え方が変わり始めるのです。ついさっきまで負担に感じていた山のようなタスクが、自分の熱意を表せる機会だ、自らの成長の糧にしようと考えられるようになっていました。

後日、無事にプロジェクトが終わった後、強く感じたことがあります。生活から喜びや楽しみを得るために、特別大きなことは必ずしも必要ではない。無理して海外に旅行に行かなくても、ローンを組んで大きな買い物をしなくてもいいのだと。喜びは意外にも身近な所にあって、それに気付く余裕のある心さえ自分が持っていれば、どんなものも喜びや楽しみを与えてくれるということを。そんなささやかな幸せに気付かせてくれたのが、あの一杯のコーヒーでした。

今はストレス社会と表現されます。現代人はとにかく忙しい。では仮に、一日が30時間になったとすれば、忙しくなくなるのでしょうか。興味深いことに、「忙」という漢字は、心を亡くすと書きます。時間を、ではありません。

一日にあと数時間が加わったとしても、心に余裕がなければ、やはり忙しいのではないでしょうか。考えてみれば、コーヒーは生きていくために必要不可欠なものではありません。ですが、たった一杯のコーヒーは時に、緊張した心に余裕をもたらし、身近にあるささやかな幸せに気付かせてくれます。このメッセージが、次にあなたが飲む一杯の“隠し味”になってくれるといいのですが。

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