アメリカンコーヒーと彼女

あれは20年前、僕が大学生になったばかりの頃だった。苦しかった受験勉強を終え、バラ色のキャンパスライフに心躍らせていた僕が地元の友達とよく行くコーヒーショップがあった。

 

その店は「カフェ・ブルー」という70歳位で頭は禿げ上がっているが、和製ショーンコネリーといった風の親父が一人で切り盛りしている店でちょっと古びているけれど、毎日ジャズが流れ、カップはウェッジウッドやジバンシーなどを使っていて、ラックには“ロードショー”という映画雑誌が置いてあり、なんとなく大人になった自分を実感できる心地よい店だった。

 

その頃はなんとなく、コーヒーショップで待ち合わせをして、映画や好きなアイドルのことをだらだらしゃべり続けるのが僕らのひまつぶしの定番で、たばこはラッキーストライクの両切り(フィルターのついてないやつ)を吸いながら、コーヒーはアメリカンを飲むのがかっこいいと誰が決めたかわからないが、それが粋とされていた。ある日いつものように友達と待ち合わせていた僕が、いつもの席でタバコをくわえ、ジッポライターで火をつけ、いつもの映画雑誌を広げてたとき、「ご注文はいかがいたしますか」と女性の声がしてはっと目を上げると、微笑みを浮かべた24~25歳の小柄な女性が立っていた。

 

あれ、いつものおやじは?と思いながら、ちょっとどぎまぎしながら、雑誌に目を伏せながら「アメリカン」とぶっきらぼうに注文した。その後「ごめん、ごめん」とちょっと遅れで到着した友人が、「あれ、女の子のバイトが入ったんだ?」と椅子にこしかけ、「俺もアメリカンで!」とその娘に声をかけた!「はーい!」とカウンターの中から声が返ってきて、しばらく友達と話していると、10分ほどしてコーヒーカップとソーサーをお盆に乗せた彼女がちょっとなれない手でテーブルにコーヒーを置いたとき、ちょっと手が震えていて、なぜか僕は、それを友達に気づかれないように「おい、知ってる?ここのコーヒーカップってウェッジウッドの何万もするカップを使っているんだよ」と声を掛けた。それが興味を惹いたかどうかわからないが、「へー」といいながら友達もタバコに火をつけ、その後二人で黙ってコーヒーをすすった。

 

そのときはなぜか彼女をかばおうと思ったのかわからない。その後、また、いつものように映画や好きなアイドルの話で盛り上がったあと、友達が「ビリヤードに行かないか」というので、コーヒーショップを出ることにした。会計のときにふと彼女に目をやると、また、最初のときのような微笑をうかべて「ありがとうございました」と会釈をした。なんだかこの娘ハリウッド女優のメグライアンに似てるな。それがその日の第一印象だった。それからは毎日のように通った。

 

特に友達と約束もないのに、通った。なんとなく気になっていたのだった。一週間ほどしたとき、その娘がはじめて注文以外で声をかけてきた。「映画に興味あるんですか?」「え、ああ、わりと好きだね。まあ映画館よりは家でビデオで済ませるほうだけど。」「えー!私もです。好きな映画はありますか?」と聞かれ、僕は「グランブルー」と答えたら、「えー!うそー!私もだよ」と目を丸くして答えてくれた。

 

あ、ため口になったなと思いながら、ちょっと心地よかった。年は25歳でぼくより6歳年上ということもわかった。それからというもの、毎日一人で行くようになった。そして行くと必ず最近観た映画の話で盛り上がった。

 

僕はコーヒーショップに行く以上にビデオショップにも通うようになった。なんか彼女と会話するためだけに借りているようだ。そんな気分にもなった。そしてある日いつものようにコーヒーショップのドアを開けたとき、丁度、店から出てくる男とぶつかった。「てめえ、あぶねえだろー!」と怒鳴った男の顔をみるとなんだか興奮しているようだったので、「すみません」といって、道をゆずってから店の中にはいると、そこに彼女が泣いているのが目に飛び込んできた。

 

僕はおそらく今の男になにかケチをつけられたのだろうと思い「どうしたの?なにかされたの?」と尋ね、もしそうであれば、すぐに追いかけ、ぶん殴ってやろうと思っていた。ところが、彼女からの言葉は全く想像もできないものだった。「旦那なの。。。」耳を疑った僕は「え?結婚してたの?だって指輪してないよね。」と問いかけたが、指輪は飲食店では外すのが常識ということをそのとき初めて知った。

 

よくよく聞くと、彼女は東京生まれの東京育ちで母子家庭の一人娘。お父さんは彼女がうまれてすぐに、車の事故でなくなったそうだ。その後、母親が女手ひとつで育て上げ、大学まできちんと出して、就職した印刷会社の上司がその男で何年か付き合って結婚したそうだ。その男は北海道の農家の次男坊で、東京の中小企業の印刷会社の40歳のサラリーマン。長男は大手銀行のエリートサラリーマンで海外赴任でいつ帰ってくるかわからない中、ここ数年父親の体の具合が良くないらしく、この機に、実家に戻って跡をつぎたいと急に言い出したそうだ。

 

彼女はプロポーズされたとき、自分は一人娘だし、これからも東京で暮らして、母親の面倒をみたいと言ったとき彼が俺は次男だから、実家の跡は継がない、東京で骨を埋めるから心配するなということで安心して結婚したそうだが、どうやら、勤めている会社の経営状態が良くなく、40歳という年齢で転職も無理と判断し、長男が海外に行っているこのタイミングで親を説得すれば、財産を相続できると考えたようだ。

 

それから何日かしてまた、そのコーヒーショップの前を通ったとき、彼女の姿はなく、ショーンコネリー風のいつもの親父がコーヒーを入れていた。「あれ、いつもの娘は?」ときいたら、「なんか旦那さんの実家に戻って家業を継ぐんだとさ。やっと楽できると思ったのに。やっぱり女はだめだね」と首を振りながらお湯を回していた。「そう・・」と言って僕はまたタバコをくわえ、いつものように映画雑誌をラックから取り出し、ページをめくって動揺を気づかれないようにした。実は雑誌なんかみていなかったのだけれど。。

 

それから何年か経ってそのコーヒーショップは閉店したが、今でもコーヒーショップでアメリカンを頼むときは彼女の涙を思い出してしまう。

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