コーヒーとシャム猫のリーちゃん

ゆらゆら、ゆらゆらと光が波打つ。
少しずつ眠りから覚醒する。
ふっと目を開けると風でふわりと波打つカーテンの隙間からまぶしい朝の光が差し込んでいる。
私は朝の光に包まれながら、半分寝ぼけながら黄色のクッションを両手で抱き深緑色のソファに横たわったまま静かに息をついた。
テレビは昨日レンタルショップで借りてきた映画のメニュー画面が映っているままだ。映画は新作ではなくいつも同じところで笑って、同じところで泣き、同じところで感動する昔から何十回と繰り返し観ているお気に入りの映画で休みの前日に特に予定もなくすることがないと、ついつい借りてきてしまう。

 
どうやら映画を観ている途中で眠ってしまったみたいだけどソファで眠ったとは思えないくらい身体が軽く、頭もスッキリしていて歌でも歌いたく
なる気分だった。
私はソファから起き上がるとキャミソールに短パンというラフな姿のまま軽い足取りでキッチンに向かいお湯をわかしコーヒー豆の入ったミルをまわし、花柄のマグカップにドリップしたコーヒーを注ぎ角砂糖を一つとミルクを入れた。
キッチンに置いてある小さな四角いテーブルの椅子に腰かけ、私はニコニコしながら大好きなカフェオレを飲む。
(ふふ、おいしい。ブラックコーヒーも好きだけど朝はやっぱりカフェオレだな、なんだか落ち着く。さて今日は何をしょうか、昨日買ってきた材
料でこの間失敗してしまったレモンクリームタルト作りに再び挑戦してみようか)
風にゆらめく白色のカーテンを眺めながらマグカップを片手にぼんやりと考える。
その時、見慣れた景色に何か違和感を覚えた。
あれ?と目を細めてカーテンを見ると、風でふわりと靡く度にカーテンと窓の隙間に白い毛に覆われた何かが見える。
「きゃっ」
私は悲鳴を上げると、心臓は高鳴り、身体はプラスチックの人形のように固くなった。
(え?なに?なに?なに?)
固まったままもう一度目をこらすとやはりカーテンの裏に白っぽい毛に覆われた何か動物のようなものが確かにいる。
「はぁ、窓を開けっ放しで眠るんじゃなかった…」
深い後悔に包まれながら、おそるおそる足音を立てないようにそっとカーテンに近づき、一呼吸置くと私は思い切ってカーテンを開けた。
まぶしい朝日が部屋全体に差し込み、白々と明るくなった窓辺には一匹のシャム猫が置物のように大人しく座っていた。
こちらを見る透き通ったビー玉のような緑色の大きな瞳には気品があり、少しふっくらとした体型と艶のある毛並みは一目で飼い猫だとわかるとて
も美しい猫だった。
力が抜けその場に座り込んだ私に”迷子です”と顔に書いてあるような困った表情でシャム猫は「ニャオ」と甲高く一鳴きする。
「ふふふ、何だあ、びっくりした。宇宙人かUMAかと思ったよ。まあ、それはないけど」
私が笑いながら背中を優しく撫でてやると、シャム猫は少し安心したのか目を細めリラックスした表情をみせる。
(右隣か左隣の住人の飼っている猫かなぁ、おそらくベランダの柵を渡って来たのだろう。行きはよいが帰りは怖くなったのか、たまたま窓が開いていた私の部屋に入って、見知らぬ部屋でどうしていいかわからずカーテンの裏で固まっていた、というところなんだろう)
カーテンの裏でひたすら固まっていたシャム猫を気の毒に思い、食器棚から猫好きしそうな青い魚の絵が描いてある小皿を取り出すとミルクを入れテーブルの下に置いた。
「おなかがすいたでしょ?どーぞ」
声をかけるとシャム猫は「ありがとう」と言うように「ニャオ」と鳴きおいしそうにミルクを飲み始める。
「それにしても見れば見るほど可愛い猫だな。今までみた猫の中で一番綺麗かも」
私は再び椅子に座りカフェオレを飲みだす、なんだか落ち着く。
シャム猫は一つ一つの所作に品があり可愛らしく、まるで昔から私が飼っている猫かと錯覚するくらい自然と部屋に馴染んでいた。

 

部屋に置いてある木製の時計が10時をまわるのを見計らって、私は白いTシャツにグレーのフレアスカートに着替えた。
与えていたオレンジ色の毛糸玉で遊んでいるシャム猫を優しく抱きかかえる。
猫は「まだ遊んでいたい」という表情で甘えた声で鳴く。
その可愛さにやられた私は、もし飼い主が見つからなかったらこのまま飼ってしまおうかな、と思う。
サンダルを履き玄関のドアを開けると初夏の爽やかな風が私をすり抜けていった。
猫を抱えたまま右隣の部屋のインターホンを鳴らしたがいくら待っても返答がなかった。
「じゃあ、左隣なのかな。もうすぐ飼い主さんのところに戻れるよ、よかったね」
シャム猫と別れるのを少し寂しく思いつつ、左隣の部屋のインターホンを鳴らした。
「はい」
すこし沈んだ男性の声だった。
「突然すみません、隣に住んでる者です。家に猫が入って来たのですが、もしかしてそちらの、、、」最後まで言い切らないうちに慌てた様子で勢
いよくドアが開き端正な顔立ちに大きな黒ぶちメガネをかけた寝ぐせ髪の男性が出てきた。
「うちの猫です!リーちゃん、心配したよー!」
男性はうっすら涙を浮かべながら猫に頬ずりをする。
私の視線に我に返ったのか、男性はすこし顔を赤らめてキリッとした表情に変わり
「すみません。少し目を離した隙にベランダから出て行ったみたいで、ご迷惑おかけしました」
頭を下げた。
(ふふふ、なんだかちょっとおもしろい人だ)
「いえいえ、気にしなくていいですよ、可愛い猫なので癒されました」
私は笑うのを堪えながら言う。
「あの、なにかお礼を…」男性が言う。
「本当に気にしないでください」
私は言って会釈をして部屋に戻った。
それが一度目だった。

 

二度目は雨の日だった。
仕事が終わり家に着くと同時に大きな雨粒が派手な音をたてながら勢いよく落ちてきた。
慌ててベランダに干してある洗濯物を取り込むと、片隅で困った様子でシャム猫が固まっていた。
(またか、、、)
私は苦笑いしながら”リーちゃん”に手招きする。
二度目で私に慣れたのか、雨に濡れたくないのかシャム猫は素直に家の中に入り甘えるように足元に擦り寄って来た。
時計を見ると22時を回っていて、インターホンを鳴らすには憚れる時間だった。
「仕方がない、一晩預かるか」
そう決めると、”リーちゃん”のことを気に入っていた私は一度あることは二度あるかもしれないと思い、念のために買っておいた猫用の缶詰めを戸棚から取り出す。
この間と同じ青い魚の絵がついた小皿に中身を移し替え与えた。
帰って来たばかりで喉が渇いていた私は大きなグラスにたくさんの氷を入れてドリップしたコーヒーを注ぎ、アイスコーヒーを作り窓際に座ってごくごくと飲む。
真夏の夜でもグラスの中の氷をカランカランと揺らす度に少しだけ涼しさを感じられる。
その横で”リーちゃん”はごはんを気に入ってくれたらしく美味しそうに食べている。
スコールの様な雨が止むと雲はあっという間に夜風に流されて何処かに行き、綺麗な星空が見えてきた。
「雨の後の星空はきれいだねぇ」
アイスコーヒーを飲みながらぼんやりと星空を見上げていると“リーちゃん”がしっぽで優しく背中をなでてくれ私の心は癒された。

 

明日休みで“リーちゃん”が来てくれたことでなんだかテンションの上がった私はエプロンをしてレモンクリームタルトを作ることにした。
昔、旅先でたまたま入った喫茶店で注文したコーヒーとレモンクリームタルトがめちゃくちゃ美味しくて、その味が忘れられない私は自己流で何度
か作ったが上手く再現でずに失敗していた。
「でも今日はなんだか上手くできそうな気がする。がんばろー!」
”リーちゃん”が返事をするかのようにいたずらっぽい表情で「ニャオ」と鳴いた。

ピンポーンという音で私は目を覚ました。
カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいる。
エプロン姿のままソファでまた眠っていたらしく傍らには”リーちゃん”が丸くなって気持ちよさそうにスヤスヤと寝ている。
慌てて玄関の扉を開けると今日は寝ぐせ髪ではなくきっちりセットした髪に白いポロシャツに紺色のハーフパンツ姿の“リーちゃん”の飼い主の男性が立っていた。
「すみません、うちの猫おじゃましていませんか?」と男性。
「あ、来ていますよ。昨日、夜遅くに帰宅したので一晩預かっておきました」と私。
「本当にご迷惑かけて申し訳ありません。あの、これよかったら」
男性は有名な○○コーヒーの紙袋を差し出した。
○○コーヒーは値段は高いけど美味しいコーヒー豆が売っている私も好きなお店だった。
「コーヒー飲みます?モカとブルーマウンテンの豆なんですけど」と男性。
「○○コーヒーおいしいですよね。コーヒー好きでよく飲みます。ありがとうございます」
私が笑顔で言うと男性もはにかんだ笑顔をみせた。
”リーちゃん”が起きるまでの間、私と男性はコーヒーを飲みながら待つことにした。
家は隣同士でも何も知らない私達は今更ながら自己紹介をして世間話をたくさんした。
童顔だけど整った顔立ちで大きな黒ぶちメガネをかけた彼は好青年で、コーヒーのお共に出した昨夜作ったレモンクリームタルトを喜んで食べてくれた。
「めちゃくちゃ美味しいです!プロが作ったみたい。お店だせますよ」
目を細めて無邪気な笑顔で彼は言う。
レモンクリームタルトはあの時と同じ味に仕上がりコーヒーともぴったり合って最高の朝だった。

コーヒーと猫好きな私と彼は気が合って、だんだんと仲良くなり付合うことになった。
平和主義でのんびりとした性格の彼とケンカすることはほとんどなかったけど、たまにケンカした時はシャム猫のリーちゃんが家にやってきて彼が迎えに来て仲直りをした。
リーちゃんは本当によくできた猫で何度も私と彼の仲を取り持ってくれた。
付き合いだして一年目の私の誕生日に彼は猫の形をしたピアスをプレゼントしてくれて二年目の誕生日に指輪をくれてプロポーズをしてくれた。
今は朝起きると私はカフェオレ、彼はブラック、リーちゃんはミルクを飲むのが日課だ。

これだけは言える。
私と彼の仲人は間違いなくコーヒーとリーちゃんだ。

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