コーヒーと喫茶のお姉さん

小さいころから、俺はコーヒーをよく飲む方だった。といっても、砂糖とミルクがたくさん入ったカフェオレでないと飲めなかったが。そして、ブラックコーヒーを飲む人は異常な人だと思っていた。いや、ほんとに、どうしてあんな苦いものをおいしいと言って飲んでいるのか、不思議だった。
大人になるにつれて、微糖のコーヒーを飲むようになり、ブラックのコーヒーも飲むようになった。
ちなみに、ブラックコーヒーを飲むようになった理由だが、ミルクと砂糖を入れるのがめんどくさくなったからだ。正直、毎日コーヒーを作り飲んでいると冷蔵庫から牛乳を取り出したり、棚から砂糖を出してくるちょっとした動作がめんどくさい。

俺はよく、夜勤終わりに喫茶へ寄ってコーヒーを飲む。
「あんた、高いのに喫茶なんかでよくコーヒーを飲むねえ」
と職場の人に言われることがしばしばある。しかし、どうして俺が夜勤終わりに喫茶でコーヒーを飲むのかというと、とっても大きな理由がある。それは喫茶のお姉さんがとっても美人でかわいいからだ。いや、マジで、独身の俺からすれば、天使なんです。
「コーヒー1杯とケーキで1000円になります」
正直、ぼったくりだろうと俺は思う。しかし、喫茶のお姉さんに会うためならば、1000円くらい余裕で出すよ。だってさっき、夜勤でお金を稼いできたのだから。
喫茶でコーヒーを飲んでいたある日、俺は聞いてみた。
「お姉さんって、結婚とかしているのですか?」
「結婚はしていないかな。なかなか、いい人に出会えなくて」
「そうなんですか」
俺は言葉を返しながら思った。
(俺の時代きた~)
「ちなみに、どうしてここで働いているのですか?」
「ああ、ここの店ね。私のおじいさんが立てたお店なの。私、おじいちゃんの作るコーヒーが好きでよくここに来ていたわ。でも、そのおじいちゃんが3年前に亡くなったの。私の両親はともに仕事をしていて、ここの店を経営することができず、私がすることにしたってわけ」
「なるほど、そんな理由があったのですね」
「でも駄目ね。私がこの店をするようになってから、お客さんが減ってしまったわ」
「いやいや、そんなことないですって、自分、2年くらい前からずっときているけど、そんな感じしませんから」
「ありがとう」
喫茶のお姉さんは少しうれしそうに笑った。ちなみに、俺の内心はこうなっていた。
(やっべ~、めっちゃ可愛い、ちょいマジ、やばいって~)

その日の晩、俺はブラックコーヒーを飲みながら喫茶のお姉さんの笑顔を思い出していた。
(う~、今日のあの笑顔、マジたまんね~。よし、俺は決めたぞ。次喫茶店に行ったら、絶対に告白をする)

数日後、俺は夜勤を終え、いつもの喫茶店に向かった。しかし、店は開いていなかった。
(いつもは開いているのに、どうして今日は開いていないのだろうか?)
疑問に思いながら、店の周りをうろうろしていると聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
「ごめんね。もう、お店を閉めることにしたの」
喫茶のお姉さんは小走りに駆け寄ってきて言った。
「え、あの、どうして?」
動揺する俺に対して、お姉さんは冷静に返した。
「正直、今のまま喫茶店を経営していても、赤字が続くだけだし、何より、将来がないって思ってしまったから閉めることにしたの。ほんと、ごめんね。いつもコーヒーを飲みに来てくれていたのに」
「いえいえ、とんでもないです」
「あと私、明日実家に帰るの」
「あ、そうなんですね……」
俺は、もうお姉さんの作るコーヒーを飲めないと思うと、いや、もうお姉さんに合えないと思うととても悲しくなった。俺のしょげた姿を見てか、お姉さんは柔らかい言葉で言った。
「今日は片づけに店へ来たけど、最後のサービス。コーヒー入れるね」
「いいんですか!」
「せっかく来てくれたのに、何もなしに帰ってもらうのは私も気が悪いもの」
お姉さんについていき、お店に入るとお店の中は半分片付けが終わっているようだった。
「片付けの途中でごめんね」
「いえいえ、コーヒーを入れていただけるだけで十分です」
カウンターの席に座り、コーヒーができるまでの時間に、お姉さんは昔の話を話してくれた。
「前にも言ったかもしれないけど、ここは私のおじいさんが経営していたの。私はおじいさん作ってくれるコーヒーがとても好きだった。おじいさんはいつも、私がコーヒーを飲みやすいように、牛乳と砂糖を多めに入れてくれたわ」
「とても優しいおじいさんだったんですね」
「うん。私が中学生になると、おじいさんはお店では出していないオリジナルブレンドのブラックコーヒーを入れてくれるようになったわ。私がコーヒーの酸味が苦手で、コーヒーの苦みが好きってことをよく知っていたみたい」
「やっぱり、そのオリジナルブレンドのブラックコーヒーって、今でも飲んだりするんですか?」
この言葉にお姉さんは首を横に振った。
「え、どうして?」
お姉さんは少し悲しそうな顔になって答えた。
「作り方がね、作り方がわからないの。さっきも言ったけど、お店では出していないコーヒーだったから、どの豆をどのくらいの割合で混ぜていたのかが、全くわからないの」
「そうだったんですね……」
「ごめんね。せっかくコーヒーを飲みに来てくれたのに、こんなしんみりとした空気にして」
「いえいえ、コーヒーを入れていただけるだけで十分です」
「ありがとう」
「ちなみに、その時のブラックコーヒーをもう一度飲みたいと思わないのですか?」
「それは、飲めるならもう一度飲んでみたいわね。やっぱり、大好きだったおじいさんが私のために作ってくれた味なんだもの」
この言葉に、俺の中の何かに火が付いた。それはとてつもなく唐突で、俺自身がびっくりするものであった。
「その味、俺が絶対に再現してみます!」
俺の力ある言葉に、お姉さんは少し動揺していた。
「え、急にどうしたの?」
「いや、その、おじいさんの作ってくれたブラックコーヒーの味を、自分も味わってみたいと急に思いまして」
「気を使ってくれてありがとうね」
「いや、気なんて使ってないです。自分は純粋にそのコーヒーが飲みたいのです!」
お姉さんは、力の入った俺の言葉に言葉を失う。
「自分、コーヒー豆を買ってくるので、ここで待っていてください!」
俺は椅子から立ち上がり、全速力で店から出た。店から出て俺は思う。
(うっわ~、どうしよう…… その場の感情でコーヒーを再現するとか言ってしまった~)
俺はとりあえず、店の近くにあるコーヒー豆の専門店に足を運んだ。

「いらっしゃい!」
店に入ると、元気のいいおじいさんがコーヒー豆を擂っていた。
「あの、苦みが強くて、酸味の少ないコーヒー豆ってどれくらいありますか?」
「どのくらいって言われても、たくさんとしか答えられないかな。同じ種類のコーヒー豆でも、品質によって別物扱いされるから」
「そうなんですか……」
落ち込む俺の姿を見てか、おじいさんはいっぱいのコーヒーを出してくれた。
「まあ、これでも飲みな。おいしいぞ」
「ありがとうございます」
「しかし、どうしてそんなにも落ち込んでいるのじゃ?」
俺は今までの経緯を簡単に話した。
「なるほど。あの店ももう閉めるのじゃな。何とも悲しいことじゃ。しかし、そのコーヒーの味探し、協力できるかもしれん」
「ほんとですか!」
それまで気重にしていた俺の心は、一気に軽くなった。
「あの店の娘さんのおじいさんじゃが、昔はよく、ここでコーヒー豆を買ってくれたのじゃ」
「それで、どの豆を買っていたのですか!」
「まあ、待ってくれ。昔のことじゃから、そうすぐには思い出せん」
おじいさんはそういうと、いろいろなコーヒー豆を見始めた。
「う~ん、これはよく買っていたような…… あっ、これもよく買ってくれた豆じゃな」
おじいさんはそんなことを言いながら、すべての豆に目を通していった。
「まあ、よく買っていたものといえば、この10種類くらいかな」
おじいさんは10種類の豆を少しずつ別々の袋に入れ、持ってきた。
「10種類もあるのですか!」
「まあ、あくまでもよく買っていたものじゃからなあ。実際に君が求めているコーヒー豆を考えたら、この5種類くらいかな」
「この5種類は、苦みが強くて酸味が少ないのですか?」
「う~ん、全部が全部そういうわけじゃないのじゃ。この2種類は苦みがかなり強い。そして、この2種類は酸味がほとんどない。そして、最後のこれは苦みが強くて、酸味が少ない。しかし、コクがあまりない」
「そうなんですね」
「まあ、たぶん、この5種類の合わせ方によって、君が求めているブラックコーヒーができると思うぞ」
「はい、ありがとうございます」
俺は5種類のコーヒー豆を買い、店を出た。

喫茶店の前まで戻ってきた俺は、扉の前で足を止めてしまう。もし、再現ができなかったらどうしようかと思ってしまうからである。俺が扉の前で立っていると、扉が急に開いた。
「あら、帰ってきていたのね」
「あ、すいません。でも、豆は買ってきたので、再現してみます」
「本当にありがとうね」
俺は買ってきたコーヒー豆をカウンターに置き、手を洗った。
「すいません、コーヒー豆はどれで挽いたらいいですか?」
「そこにある機械を使って」
俺はとりあえず、5種類すべての豆を挽いた。5種類すべての豆を挽き終わるころには、コーヒーのいい香りが店の中に充満していた。
「この香り、昔を思い出させるわ」
「一応、昔におじいさんが買っていたものを買ってきたので。ちなみに、昔飲んだコーヒーがどの香りだったか、わかりますか?」
「そうね、この香りとこの香りはあった気がするわ」
お姉さんは、苦みの強い豆と苦みが強くて酸味の少ない豆を指さした。
「こうやって香りをかいでいると、昔のことを少し思い出したわ。確か、おじいさんは私のために3種類の豆をブレンドしてくれていた気がする」
(3種類っていうことは、あと1種類か…… もしかしたら、あとの3種類にも中の知れない…… でも、俺は作ってみせる!)
「とりあえず、この3種類で作ってみますね」
俺はお姉さんの言った2種類と、酸味の弱い1種類を選び、コーヒーの粉を混ぜ始めた。
(そういえば、どの割合でブレンドすればいいのだろうか? まあ、とりあえず均一に混ぜればいいか)
俺は3種類の豆を3分の1ずつ混ぜ、コーヒーを立てる機械に入れた。待っていると、いい香りのコーヒーが少しずつ出てきた。
「やっぱり、コーヒーの香りって癒されるわね」
カウンターに座りってコーヒーの香りに癒されているお姉さんの表情に、俺の心はドキッとする。
(やっぱり、めっちゃ可愛い。ああ、お嫁さんになったりしないかな)
そんなことを思っていると、コーヒーが完成していた。
「どうぞ」
俺はお湯で温めていたカップにコーヒーを注ぎ、お姉さんの前に出した。
「ありがとう」
お姉さんはコーヒーを一口飲んだ。
「やっぱりコーヒーはおいしいわね」
お姉さんはとっても笑顔になり、二口目に入った。
「ちなみに、味は昔に飲んだコーヒーの味になっていますか?」
「う~ん、少し苦みが足りないかな? あと、味が少しだけ違う気がするわ」
「わかりました。すぐに2杯目を作ります!」
「別にこれで十分よ」
「いえ、自分は完璧なコーヒーが作りたいので」
俺はそう言い、2杯目のコーヒーを作り始めた。
(とりあえず、苦みの強い豆を多めにして、酸味の弱い豆をもう一つのほうに変えてみよう)
結局、2杯目のコーヒーは苦みの強い豆を5割、あとの豆を半分ずつの割合にして混ぜた。1杯目のコーヒー同様、いい香りが漂い始める。
「そういえば、実家に戻った後はどうするつもりなのですか?」
「それは決めてないの」
「そうなんですか」
そんな感じで話をしていると、コーヒーが完成した。俺は1杯目と同様に、温めカップにコーヒーを注ぎ、渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
お姉さんはにこっと笑い、コーヒーカップに口をつけた。コーヒーを一口飲んだ瞬間、お姉さんの表情が大きく変わる。
「大丈夫ですか?」
「この味、この味だわ。本当に懐かしい」
お姉さんの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。この瞬間、俺の感情は荒れる。
(きた~、この瞬間、この瞬間のために俺は頑張ってきたのだ。く~、やばい、涙を流すお姉さんもめちゃくちゃかわいいじゃないか! これからの人生、俺は何があっても前向きに生きていける)
感情ではこうなっていても、表面上ではとても冷静に言葉を返した。
「おじいさんのコーヒーを再現できて、本当にうれしいです」
「ありがとう。本当にありがとう」
お姉さんはコーヒーを置き、俺の手を両手で握ってきた。この瞬間、俺の心中をより荒れる。
(やばい、お姉さんの手が俺に触れている。これほどの幸せ、もう味わうことができない。ああ、なんという幸福。ああ、神よ、俺はもういつでも死ねます)
ちなみに、心中ではこうなっても表面上は……
「あ、あの、手、手を……」
このときばかしは、動揺してしまう。
「あ、ごめんね。でも、本当にうれしくて」
俺はこの後、コーヒーを1杯飲み、店を出た。

次の日になり、俺はとんでもないことに気付く。
「ああああああ、告白するの忘れた!」

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