ピーベリー 桜井ver.

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週一回はcafe anyへコーヒー豆を買いに行く。スペシャリティコーヒーの専門店で店内にはブラジル、ケニア、コスタリカ、インド、ガテマラ、エチオピア、ハワイ等世界各国の豆が所狭しと並ぶ。スペシャリティコーヒーとは品評会で一定の評価を受けたコーヒーのことだ。ここでは細かい説明は省くが要するにとってもいいコーヒーってことだ。

 

コーヒーベルトと呼ばれる限られた緯度でしかコーヒーの生産は出来ない。その各国で生産されたコーヒーたちが世界中を旅して丁寧に焙煎されてここに集まっている。ここは世界の縮図だ。

 

店内に座席は無くバリスタと会話しながら自分の好みにあったコーヒー豆を選べるのがここのスタイル。自然とバリスタとの距離感が近くなる。行きつけだけにバリスタの藤井さんは僕のコーヒーの嗜好を知り尽くしている。もう通い始めて一年になる。毎週どんなコーヒー豆をオススメしてくれるのかワクワクする。ワクワクしてるのはコーヒーだけのせいではないけれども。

 

「今週のオススメありますか〜?」

「今週は珍しい豆が入ってますよ。ピーベリー♪」

「ピーベリー?ピーベリーってなんですか?」

「私と桜井さんと一緒ですよ♪」

「ん?」

ますます意味が分からない…。藤井さんちょっと笑ってるし。このいたずらっ子のような笑顔にはまいってしまう。反則だよな…。ボクシングの試合だったら1ラウンドKOくらってるわ!なんてノックダウンしてる妄想しつつ結局…ピーベリーって何なんだ?

 

「えーピーベリーってどういう意味なんですか?気になる…もう焦らさないで教えて下さいよ!」

「すいません。失礼しました〜♪」
なんて口では謝ってるけど完全に遊ばれてるな。

「早く」
「分かりました。言いますね♪普通コーヒーの果実、コーヒーチェリーに平べったい種が二つ重なり合うように入ってるんです。でも中には種が1つしかないコーヒーチェリーがなることがあるんです。このひとつしか種がないコーヒー豆をピーベリーと呼んでいます。」

 

「そんな豆あるんですね。ん?…ひとつしかない…つまり…独身ってことか!」

 

彼女は僕が独身であることを知っている。この一年間お店が忙しくない時はコーヒーの話以外にもプライベートな話も含めて色んな話をした。だがまだ彼女に聞きたいけれども聞けてないことがひとつだけあった。なかなか切り出すタイミングが掴めない。

 

「正解です♪形も普通の豆より小さくて丸っこくて形も可愛いですよね♪試飲してみますか?」

 

彼女は僕より15cmぐらい低く自然と若干上目遣いとなる。彼女はなかなかパンチ力のあるアッパーを持っている。

 

「はい!是非試飲させて下さい」

 

彼女は慣れた手つきで豆を挽きペーパーフィルターをセットする。ゆっくりと挽いたコーヒー豆全体にお湯が行き渡るように注ぐ。全体にお湯が行き渡ったら注ぎを一旦やめる。するとコーヒー豆が蒸らされて泡立ちながらドームのようにふっくらと膨らむ。美味しくコーヒーを淹れるにはこの蒸らしの工程が必須だ。

 

店内中がコーヒーの香りに満たされて穏やかな気持ちになる。

 

十分に蒸らした後にもう一度お湯を注ぎ始める。円を描くようにお湯を注ぐ。するとペーパーフィルターの先からスーとハチミツが流れるようにコーヒーがコーヒーピッチャーに抽出される。

 

抽出されたコーヒーを試飲用の小さな紙コップにうつして渡してもらう。

「美味い」

フルーティーで甘さもある。彼女にコーヒーの淹れ方を教わり同じ豆を使って家で自分で淹れてみるけどいつも試飲で彼女が淹れてくれたコーヒーのほうが美味しい。同じ様に淹れるのに…不思議だ。

 

僕の反応をみて彼女は満足そうな笑みで

「良かったです♪今回はエチオピアのイルガチェフの豆ですよ。いちごのような甘さと酸が特長ですよ。焙煎も甘さを出す為にちょっと深めに焙煎してます♪」

「エチオピアかー」

 

僕が気に入って買う豆にはエチオピアが何故か多かった。また最近では豆本来の酸味を出す為に浅煎りで焙煎することが流行っているが、コーヒーの甘さを引き出すにはある程度深めに焙煎する必要がある。甘さのあるコーヒーが好きな僕には焙煎具合もぴったりだった。まさにうってつけの豆だ。さすが藤井さんよく分かってらっしゃる。

 

「今日はこれにしますね。ピーベリーって初めて飲みましたけど美味しいですね」

「ありがとうございます♪いつも通り200gでいいですか?1,500円になります。ピーベリーってなかなか収穫出来ないんですよね♪収穫量の3%ぐらいしかとれないらしいです。貴重ですよ♪」

 

1,500円ぴったり彼女に支払い

「そうなんだ。この店でもあんまりみたことないですよね。たしかに」

「あんまり入荷してくることがないですからね♪」

「こいつも独り身なのかーなんか親近感わきます。コーヒー相手に変ですよね」

「いえいえ♪よーく分かりますよ。その気持ち」

「でもいい味出してる」

「そうですねー♪」

「藤井さんは彼氏いないんですか?」

 

やっと聞けたよ…。ピーベリー、ナイスアシスト!

「いないんですよ!それが。一年ぐらい…出会いもなくて」

よし!

「桜井さんは彼女いらっしゃるんですか?」

「いないんですよ!それが。一年ぐらい…出会いもなくて」

「プッ♪一緒ですね〜」

もうこんなチャンスはないかもしれないなぁ…僕は出来る限り平然を装って

「一緒ですね…藤井さんもいらっしゃらないんですね。じゃあ僕、彼氏立候補しようかな。」

「え?」

引かれたかもしれないなぁ…でも…僕はお店の店舗案内のカードにササッと自分の携帯の連絡先を書いて彼女に差し出した。

 

「お仕事終わったら食事でもしませんか?近くの公園で待ってますね。」

彼女は、少しの間ぽかーんとしていたがクスッと笑って

「急ですね♪…でも……分かりました♪」

と言ってカードを受け取ってくれた。僕は受け取ってくれたことに若干安堵しつつ

「じゃあまた」
と言って不安と期待がブレンドされた複雑な感情を抱えながらcafe anyを後にした。

………

ん?
…?
何かひっかかるな?

あー‼︎せっかく買ったピーベリーのコーヒー豆、店に忘れた‼︎またピーベリーを独り身にしてしまった…。

今から店に戻るのもなー…うーん…どうしたものか…。

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