ピーベリー 藤井ver.

そろそろ19時か♪もうそろそろかな?

毎週金曜日の19時頃になると常連の桜井さんはいつもお店にスーツ姿であらわれる。月曜日から金曜日まで働き仕事終わりにここによって新鮮なコーヒー豆を買って優雅な土日休みを過ごすのが楽しみなんだそうだ。

 

彼の休日は毎週cafe anyでコーヒー豆を買うところからスタートするのだ♪

 

私がこのcafe anyに勤めだしてもう三年になる。バリスタってはっきり言ってお給料はけしていいとは言えないし一日中立ち仕事だし、世間で思われているほどお洒落で華やかな世界ではなく泥臭い体力勝負なところも結構ある。

 

だけど大好きなコーヒーの良い香りの中でお客さんに喜んで貰えることが肌で感じられるこのバリスタという職業は悪くはないなぁとも思っている。

 

このお店にも色んな職業の方々がいらっしゃるし、お客さんの仕事の愚痴を聞くことも多い。その話を聞いてて思うことは、例えば営業の方なら数字で管理されてて自分の仕事が誰かの役にたっている、喜んでもらっているそういう実感が持ててないのかもしれないなぁと感じる。本当はどんな仕事も誰かの役には立ってて誰かの生活を支えているのだけれども。人はそういう実感が得られた時に仕事のやりがいを感じられるのではないかと思う。少なくとも私はそうだ。その点でバリスタという職業はシンプルだ。目の前のお客さんが私の接客で喜んでくれる。

 

疲れきっていて眉間にシワを寄せているようなお客さんでもたった一杯のコーヒーでふっと表情が和らぐ。たった一杯のコーヒーでだ。そんな奇跡が毎日のように起こり毎日目撃出来るのだ。そんな時私は幸せを感じる。やりがいを感じる。たかがコーヒーされどコーヒー!そういうシンプルさが私は好きだ。

 

あ♪桜井さんが来た♪

 

「藤井さんこんばんは」
「いらっしゃいませ♪」
無意識なんだろうが彼はこの店に来るといつもネクタイを緩める。この仕草がなかなか様になっている。

 

「今週のオススメはなんですか?」

 

彼はこの店に通いだしてもう一年になり、私は彼のコーヒーの好みは把握してるし店が空いてる時にはプライベートな話もする。

 

今日はこの豆をオススメしようと決めていた。

 

「今週は珍しい豆が入ってますよ。ピーベリー♪」

「ピーベリー?ピーベリーってなんですか?」

彼はなかなかのコーヒー好きで勉強熱心だ。年は私よりも3つぐらい下だったと思うけど…ちょっとイジワルしてみたくなった♪

 

「私と桜井さんと一緒ですよ♪」

「ん?」

藤井さん何言ってるの?と彼の表情が物語っている。

 

私は元来醤油顔がタイプなのだが彼をみていると塩もいいかも…なんてことを考えていると…

 

「えーピーベリーってどういう意味なんですか?気になる…もう焦らさないで教えて下さいよ!」

 

彼がやきもきしてきたので
「すいません。失礼しました〜♪」
と謝りつつも焦らしていると
「早くー」
なんだか可愛いのだ。

 

「分かりました。言いますね♪普通コーヒーの果実、コーヒーチェリーに平べったい種が二つ重なり合うように入ってるんです。でも中には種が1つしかないコーヒーチェリーがなることがあるんです。このひとつしか種がないコーヒー豆をピーベリーと呼んでいます。」

 

「そんな豆あるんですね。ん?…ひとつしかない…つまり…独身ってことか!」

 

自分でクイズ出しといてなんだが彼の口からその答えを聞くとズシンとくる。三年前に彼氏と分かれてこの仕事をはじめてからなかなか出会いもない。
「正解です♪形も普通の豆より小さくて丸っこくて形も可愛いですよね♪試飲してみますか?」

「はい!是非試飲させて下さい」

 

私はコーヒーのドリッパーに豆を挽いてセットする。そして細くお湯がコーヒー豆に行き渡るように注ぐ。コーヒー豆全体にお湯が行き渡ったら注ぎを一旦やめる。挽いたコーヒー豆が蒸らされて発泡しながらドームのように膨らむ。上手く抽出するにはじっくりと蒸らすことが大事だ。焦ってはいけない。

 

ドリップコーヒーは豆の個性に合わせて豆の挽き具合、お湯の温度、注ぎのスピードを調整しながら味をコントロールしている。こればかりは経験がものを言う。

 

十分に蒸らした後にもう一度お湯を注ぎ始める。円を描くようにお湯を注ぐ。するとペーパーフィルターの先からスーとハチミツが流れるようにコーヒーがコーヒーピッチャーに抽出される。

 

抽出されたコーヒーを試飲用の小さな紙コップにうつして渡して桜井さんに渡す。

 

「美味い」

 

彼は本当にいつも美味しそうにコーヒーを飲んでくれる。今回オススメしたコーヒーはかなり気に入ってくれたようだ。

 

「良かったです♪今回はエチオピアのイルガチェフの豆ですよ。いちごのような甘さと酸が特長ですよ。焙煎も甘さを出す為にちょっと深めに焙煎してます♪」

 

彼はコーヒーの甘さにこだわりがあるようでこのコーヒー豆が持っている甘さを十分に引き出したこの焙煎は気に入ってもらえると思っていた。

 

「エチオピアかー」

 

「今日はこれにしますね。ピーベリーって初めて飲みましたけど美味しいですね」

 

「ありがとうございます♪いつも通り200gでいいですか?1,500円になります。ピーベリーってなかなか収穫出来ないんですよね♪収穫量の3%ぐらいしかとれないらしいです。貴重ですよ♪」

 

1,500円ぴったりお支払い頂き

「そうなんだ。この店でもあんまりみたことないですよね。たしかに」

 

「あんまり入荷してくることがないですからね♪」

 

「こいつも独り身なのかーなんか親近感わきます。コーヒー相手に変ですよね」

 

なかなか面白いことを言うなぁ。でも気持ちは良く分かる。

 

「いえいえ♪よーく分かりますよ。その気持ち」

 

「でもいい味出してる」

 

「そうですねー♪」

 

「藤井さんは彼氏いないんですか?」

 

「いないんですよ!それが。一年ぐらい…出会いもなくて」
本当は三年だけどね…ずっといないと思われるのもなんだか…ね。
女心は複雑なのだ。でもこういうつまらない見栄が出会いを遠ざけてるのかもしれない。

 

「桜井さんは彼女いらっしゃるんですか?」

 

いるんだろうなー。爽やか好青年だし…そういえば彼とは一年間いろんな話をしてきたがこういう話をしたことがなかったなぁ。

 

「いないんですよ!それが。一年ぐらい…出会いもなくて」

 

Repeat after me.
不意に学生時代の英語の授業を思い出した。同じ言い方しなくても。でもこういうところが可愛いかったりする。

 

「プッ♪一緒ですね〜」

 

「一緒ですね…藤井さんもいらっしゃらないんですね。じゃあ僕、彼氏立候補しようかな。」



Repeat one more time.
っていつまで英語なんだよ!もう一回脳内再生する。

 

じゃあ僕、彼氏立候補しようかな。

って言ったよなぁ。間違いなく…。

 

彼は胸ポケットから万年筆を取り出すとササッと店舗案内のカードに携帯の連絡先を書いた。字も綺麗だ。そしてそのカードを私に差し出す。

 

「お仕事終わったら食事でもしませんか?近くの公園で待ってますね。」

 

しばらく恋愛から離れてたから…ドギマギする…内心結構焦っているが差し出されたカードをとりあえず受け取る。

 

「急ですね♪…でも……分かりました♪」

 

「じゃあまた」
彼は落ち着いた表情で店を後にした。

こういうことやり慣れてるのかなぁ?遊びなのかなぁ…
…?
ん?
っておい!
買ったコーヒー忘れてるよ!

平然を装ってたけど彼も買ったコーヒー忘れてくぐらい内心動揺してたのかもしれない…。

 

…公園まだ寒いだろうなぁ。仕事終わったら温かいコーヒー淹れて持って行ってあげよう。このピーベリーも一緒にね。食事ぐらいいいかなぁ。

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