フラスココーヒー

高校を卒業してから、もう五年もするのか。そう思うとしみじみとした気持ちになります。
私の、高校時代一番の思い出は、フラスココーヒーです。
高校の頃、私は高校のタスクの多さに爆発して、鬱病になりました。高校に働くのもやっとで、しかも重役出勤。授業が終わればすぐに帰る。こんな私に、友達ができることはありませんでした。
けれども、そんな私を心配して、先生たちは優しくしてくれました。質問に行けば、丁寧に答えてくれる社会科の先生。本の貸し借りをしていた英語の先生。しんどいときに優しく接してくれた保健室の先生。みんな良い先生でした。
けれども、そんななかで、忘れられない先生がいます。それが、三年生のときの担任の先生でした。
先生は化学の先生で、文系の私とは、担任教師と生徒、以外の関係は特にありませんでした。けれど、休んだ分のプリント、特に進路関係のプリントを貰いに行ったりして、化学準備室に、私は入り浸っていました。化学準備室に寄り付く生徒は、私の他にはほとんどいませんでした。化学の先生は、その担任の先生以外全員講師の先生で、化学準備室を訪れてもめったにいなかった、というのが理由の一つ。そしてもう一つは、その担任の先生自身が近寄りがたい先生だったからでした。
その先生の授業は、大学の講義みたいだと学校内では有名でした。事実、博士課程まで行ったのに、高校の教師になったのだと本人は言っていました。髪はもじゃもじゃで身なりには構っておらず、白衣には何かよく分からない液体が飛んでいました。本人の性格も無愛想で、いつもしかめっ面。わざわざ近寄る生徒の方が珍しいくらいでした。
けれど、私にとっては、その先生のところに行くのは苦ではありませんでした。行かなければならない理由がある、と言うのも理由の一つでしたが、当時、文学部系で研究者を目指していた私は、博士課程まで進んだその先生のことを尊敬していました。先生のところへ行く、となると楽しい気分になり、わくわくが止まりませんでした。

 

今思えば、あれが私の初恋だったのだと思います。けれど、当時の私は恋愛沙汰に疎く、まさか十以上離れた相手に自分が恋愛感情を抱いているとは、思いもしませんでした。
私が化学準備室に行くと、先生はたいてい、授業の予習をしていました。けれど、私が来たと分かると、わざわざそれを横にどけて、あれこれプリントの説明をしてくれました。あるときは願書の説明を、あるときは卒業証書についての説明を。実は生真面目なところのある先生は、いつもきっちりとプリントの中身を説明してくれました。
そして、一通り説明が終わると、先生はコーヒーを淹れてくれました。コーヒーと言ってもドリップ式ですらなく、粉のインスタントコーヒーです。化学準備室にはマグカップがなかったので、いつもビーカーで作ったコーヒーを、フラスコに入れてくれました。変な薬品とか入ってないのかな、と不安になることもありましたが、先生が平気な顔で飲んでいるので、私も平気なふりして飲んでいました。化学準備室には、コーヒーフレッシュも砂糖もありません。だからいつも、ブラックのコーヒーでした。思えば、私はそこで、ブラックコーヒーの美味しさを覚えたような気がします。
コーヒーを飲みながら話すのは、いつも取り留めのない話でした。先生は私が研究者志望であることを知っていたので、研究室についての色々な話をしてくれました。それは未知の世界の話をで、とても面白かったです。理学部に化学も物理も生物も入っていた先生の母校では、アンモナイトでわざわざ型を取って作ったチョコレートを配る女の子がいた、とか、そんなお話でした。私はいつもそれが楽しみでした。それを楽しみに、化学準備室に通っていたのかもしれません。
そして、卒業の日。私は卒業式に出られず、後日校長室で卒業証書を受け取りました。付き添いの先生は、学年担任の先生です。おや、と私は思いました。てっきりクラス担任の先生が付き添ってくれると思っていたからです。
卒業証書を受け取り終えて校長室を出、学年担任の先生に聞いてみると、クラス担任の先生は無事勤務先の大学が見つかったため、高校教師を辞めることになったとのことでした。その日はその準備で新しい勤務先の大学に行かなければならなかったので、付き添うことができなかったのです。
付き添いの母とともに帰りの電車に乗った私は、当時はまだ主流だったガラケーを開きました。そこには担任の先生の連絡先が入っていました。休むときは連絡するように、と教えられていたからです。
どうしよう。私は考えました。素直に「勤務先の大学が決まっておめでとうございます。私も無事卒業ができました。先生のおかげです。ありがとうございました」と打つべきかな、とも思いました。けれど、それじゃ何となくものたりない気がしました。そこで私は、最後に付け足しました。

 

「フラスココーヒー、美味しかったです。次はお茶請けのお菓子を持って伺います」
先生が勤務することになったのは、私の家からは遠い遠い大学でした。その年は体調のせいで浪人を決めた私ですが、二年目を受けたところで、おそらくその大学を受けることはないだろう、と思い、実際に私は自宅から通える大学に進学しました。だから、再度のフラスココーヒーも、お茶請けのお菓子も、全部が机上の空論でした。
今、先生はどうしているだろう。今でも時々、コーヒーを飲んでいると思い出します。それは決まってブラックのコーヒーを、チョコレートをお茶請けにして飲んでいるときです。
あれから、色んなコーヒーを飲みました。家で買ったドリップコーヒーに、大学で入ったサークルが根城にしている喫茶店で飲んだ、豆から挽いたコーヒー。でも、やっぱり、わたしの中の一番のコーヒーは、あの、フラスココーヒーです。

 

普通のインスタントコーヒーなんて、豆から挽いたコーヒーと比べると、美味しさは雲泥の差です。それでもインスタントコーヒーだったフラスココーヒーの方が美味しかった気がするのははきっと、先生が一緒に飲んでいたからでしょう。

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