ブラックな彼女

「うっわー!ブラックコーヒーだぁ!大人だねぇ~」
なんでそんなに大きい声で叫ぶんじゃ。
こっちは、単に苦いのが好きなだけだってのに。
そんなあいつは、角砂糖を途中で数えるのをあきらめるくらいにドバドバと入れる。
牛乳は入れない主義らしい。
それは、なんか違うんだ、と力説する。
熱く語るほどのことでもないが、まあそこは俺も共感できるところなのでよしとする。
彼女と出会ったのは大学1年の文化祭の実行委員会で同じグループだったのがきっかけだった。
”彼女”といっても、いわゆる恋人の意味ではない。多分。
二人だけで放課後遊んだり、飯を食べたりすることは多いので、好意は持ってくれてるんだと思う。
「飲みにいったりするのって、誰とでもするじゃない。
付き合いでそういうことって多いし、まあなんというか、お酒も入るし、よっぽど常識ない人とか生理的に難しい人じゃない限りはさー、ほどほどに楽しめるもんねー」
先週の見事なまでに華々しく散った合コンを思い出した。
最初はまじめに自己紹介をしたり、あらかじめ仕込んでいたとっておきの鉄板話を披露してしっかり場を盛り上げていたけれど、途中からは飲み放題コースだったことも手伝ってどんどん酒の量が進み・・・
陽気でとても楽しかった、という感覚だけは覚えているのだけれどいろいろとやらかしてしまった・・・
と、横に居た下戸の友達から、こと細かく、言わなくていいようなことまで教えてくれた。
まあ、やらかしてしまったことは論外だとしても
そのまま適切な量のお酒を飲んであたりさわりのない会話をしてても、きっと、楽しかっただろうな。ほどほどに。
結局、やらかしたせいで、
相手の女の子全員とメールは続かなかった。
あくまでも、最後の最後で粗相をしてしまったからだ。
そもそも生理的にムリだとか、ユーモアがなくておもしろくないとかいう風に
別に人間性を否定されたわけじゃない。
行為そのものを否定されたのだ。
などと理屈を並べてもあの日は帰ってこない。
・・・それにしても、いきなり酒の話を振ってくるとは。
俺の合コンの成績を誰かから聞いたのか?
あいつは、たまにドキっとすることを言って来る。
「お酒を飲むのは、誰とでも、ほどほどに楽しいけどさぁ、こういうコーヒーを飲んでただまったり、まーったりしてたわいもない話をするってなると、これは
誰とでもできることじゃないよねー」
ほら。また言った。ドキっとすることを。
昼下がり、授業終わりの第3食堂で、こうして二人でコーヒーを飲むことがいつの間にか学生生活のリズムの中に組み込まれている。
不規則なことといえばたまに授業が始まってまだ10分しか経ってないのにもうコーヒーの注文を終えてる時かな。
「一番後ろの席の、廊下側に座って、出席の点呼が終わったら、先生はすぐ黒板向いて字を書くからその隙になら抜け出せるよ」
と、自慢げに話す彼女。
まあ、500人は入る教室なんだから、そこまで考えなくても、普通にしれっと抜け出してもバレはしないんだけどなー・・・と、言おうと思ったけど野暮なので言わない。
「そう。すごいねー」
と適当に相槌を入れる。
こんな調子なので、二人で居ても基本的には、彼女がしゃべって、こっちはそれをうんうん、と聞いていることが多い。
そうか、これって「都合のいい話し相手」に
なってるんだろうなあ。
たしか、聞き上手の男はモテる、とどこかのサイトで見たことがあるけどこれでほんとにいいんだろうか・・・
それにしても、聞いてくれる相手を前に話したいことを話して、叫びたいときに叫んでそんなことをしながら飲む、甘い甘いコーヒーはさぞかし美味しいんだろうなあ。
まあ、そんな彼女の顔を眺めながら飲む苦い苦いコーヒーも、悪くないですよ。

そんなコーヒーブレイクが
すっかり生活習慣になじんできた頃二度目の文化祭の季節がやってきた。
特に決まりがあるわけではないが、
「準備期間中は女にうつつを抜かすな」
という空気が、実行委員の中に漂っている。
もちろん、女子にもこの法案は適用されるぞ。
要は、準備中は委員会内恋愛?禁止。
終わったら、好きにしてくださいということだ。
まあ活動中は必ず誰かと一緒に行動しているので
抜け駆けして二人きりで・・・というのは難しい。
しかも、今年はお互い違う班になってしまった。
当然、いつも一緒に行動する相手は自分と同じ班の誰かと、だ。
班員リストを見て、自分の好みの女の子は見事にいないことが確認できた。 というか男ばっかりだ。
何か過去にやらかした人間が集められたのか?
まさか、あの合コンのすばらしい成績がどこからか漏れ出てしまったのだろうか・・・
一方のあいつの班は・・・
見事に、男女比1:1。
まるで、時に楽しく時に辛い活動を通じて終わったら、各自仲良くカップルになってね☆
といわんとするような組み合わせだ。
とびきりずば抜けたイケメンはいないものの基本的に顔面偏差値は高いぞ。
しかも、あいつ、なんかすっごく楽しそうだ・・・
手に何か飲み物を抱えながら・・・あの飲み物が、単なる水やお茶やスポーツドリンクだったらいいのに、とよくわからないことを考えながら初日の活動は終わった。

学校生活のリズムは、見事に壊された。
授業を抜け出すことだけは相変わらずだったが、
「作業が遅れてるぞ!”授業が入ってない時間”には
班員全員作業場に来て活動すること!」
呼ばれた相手は、リーダー格の3年生の先輩だ。
まるで授業がある時間は学業に専念していいかのような言い方だが(それが当たり前だけれど)、実際には「病気でなければ1日中作業場に来い」
という、「一応任意なんだけどね」という名の強制参加だ。
「社会に出たら、こんなことばっかりだよね」
と、友人A。
じゃあ、社会に出るまでは勘弁してくれよ。
”あいつ”の作業場とうちの作業場は、見事なまでに離れており(おそらく一番離れている)、あいつがどういう顔して、何を飲みながらどんな作業をしているのかまったく情報も耳に入ってこない。平日は毎日こんな感じだ。
そうなれば、チャンスは当然土日にやってくる。
いや、土曜日も基本的には活動に専念だ。
さすがに日曜は学校自体が閉まっているので、活動は休み。
そう、決戦は日曜日。
と思ってから、はたと気づいた。
俺たちは、わざわざ休みの日に出かけるほどの間柄じゃなかった。
ご飯も、基本的には学食と例のコーヒーブレイク。
遊びに行くといったって、放課後の帰り道に通学路沿いの雑貨屋に立ち寄ったり、電車で途中の駅まで
乗って話をしたり・・・
通学ルートを外れたことはただの一度もない。
優等生の鏡だ。優秀すぎて泣けてくる。
日曜は、あいつは同じ班の女子とどこかに買い物にいくらしい。
作業用の用品を買いに行くということらしいが、
それは明らかに建前だな。
それにしても、どうしてこんな情報だけは
すんなりとスピーディに入ってくるのだろう。
おかげで、声をかける勇気を奮い立たせるヒマさえなかった。
女子だけで行くと情報だけが唯一の救いだった。

文化祭も間近になってくると、日曜も学校が門を開けてくれるため、休み無しでぶっ通しで作業をすることができる。
これほど、「余計なお世話」という言葉にふさわしいものは他にない。今の俺には。
あいつはどう思ってるんだろうか?
もうしばらく、まともに話もできていない。
メールで、ハードな作業スケジュールに関してお互いを励ましあうぐらいだ。
それくらいしかする気力を残してくれないといったほうが正しいか。
正直、時間を調整すれば、電車の中で少しでもあいつと話できる時間は作れたけれどもうそんな計算をするほどの体力も残してくれない。
そして、明日は金曜日。
そう、土日に開催される文化祭本番を控えた最後の準備日だ。
委員長から一斉メールの連絡が入る。
最後の檄が入るのだろうか。と思いきや
「みんなのがんばりで、思ったより作業が進んでいる。
当然明日はラストスパートをかけるが、今日は
全員活動を休みにするので、しっかり休んで
体力を温存しておくように」
昼飯を食べ終えた俺は、ふと気づけばあいつに
メールを送っていた。
ひさびさ、つかの間のコーヒーブレイクだ。

「お互い大変だったね~。かんぱい!」
この1ヶ月間の労をねぎらう。
そうそう、昼下がりのコーヒーでブラックを飲むのは、ちょうど眠気が一気に襲ってくる時間だから、カフェインがしっかり摂れるようにしているからなのだ、
ということを、ふと言ってやろうかと思った矢先

「うーん、やっぱりブラックは眠気がとれるねえ
目がシャキッとする!ね?」

お前、いったい、どうして・・・あんなに
甘い甘いお砂糖をたっぷりかけていたのに・・・
なんで・・・
と、言いたげな顔をしていたのだろう。
「ヒロくんが、教えてくれたんだーブラックのほうが、作業中に襲ってくる眠気にもバッチリ対処できるぞーって」

ヒロくんって、誰・・・?
なんて、野暮なことは聞くまい。
・・・野暮?!
野暮って何だ?
今、どういう状況なのかわかってるのか、俺?
”彼女”から、聞き捨てならない一言が
出てきたんだぞ!とこと追求しろ!

「そうだね。そうそう、俺がこの時間にブラック飲んでたのは、そういう理由なんだよね」
いや、そうじゃないだろ。
いや、まあその話も最初しようと思ってたけどさ。
しっかりしろ、俺。

「ヒロくん、結構みんなに気を遣ってくれるんだよねー私が眠そうに作業してたのも、お見通しだったんだろうねーあ、ヒロくんって同じ班の同い年の人ね」

聞きたいのはそういう情報じゃなくて!
みんなに気を遣う・・・?
そうか、ヒロくんはみんなのお兄さん的存在なんだね!

「あとね、そのヒロくんにこのまえ告白されたんだー。
まあ、頼りになる感じの人だから、オーケーしたんだけど。
でもこういうの、文化祭終わってからしない?普通。
あ、このこと他に誰にも言ってないよ!
他に言えるような人、いないし・・・」

”こいつ”は、いちいちドキっとさせて、ズキっとさせて、グサっとさせるようなことを言ってくる。

文化祭当日、
あいつとヒロくんは、仲良くブラックコーヒーを持ちながら出店を回っていた。

俺は、テーブルにおいてある角砂糖全部ブラックに放りこんで、一息に飲み干した。

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