ブラック&ホワイト

仕事がきっかけで知り合った私と彼。
仕事については脇目も振らず一心不乱、でもそれ以外の部分、仕事以外の私生活はズボラなのが共通点。

 
周囲の私生活おろそか同士「くっつけちゃえ作戦」が発動し、なんとなく付き合うことになりました。

 

と言っても、仕事が第一、私生活は二の次な二人です。周りが無理矢理私たちの仕事のスケジュールを調整して出かけることになったのが、二人の初デート、そんな有様でした。

 

仕事一途な私と彼でしたが、これだけは譲れないと言うこだわりをひとつづつ、それぞれ持っていました。
私のこだわりはコーヒーであり、彼のこだわりはクルマ。

 

コーヒーにこだわる私。
行きつけのコーヒーショップで豆をその時の気分などに合わせてブレンドしてもらい、朝と夜寝る前、自分で豆を挽くところから始め飲むことを日課にしていました。
出勤途中には、職場近くの豆にこだわり味にこだわるコーヒーショップでいつもの一杯を。もちろんブラックで。
出勤してからも、昼食後も、午後の仕事の合間もコーヒーは欠かしたことがありません。
人からはコーヒー以外を飲んだところを見たことが無い、と言われるくらいでありました。

 

一方、彼のクルマへのこだわりはスピードや改造、音響などではありません。
お気に入りのフォルクスワーゲン・ビートル一筋。
彼や私よりも生まれの古い彼の愛車、白いビートル。

 
燃費が悪いのも、故障しがちで維持に手間がかかるのも個性のうちと、不便ささえも愛おしんでいる様子。
人からは恋人はビートルだから、と言われていました。

 

コーヒーしか飲まないと噂される私と、ビートルが恋人と言われる彼。
二人の初デートは、日取りこそ周りが勝手に押さえてくれていましたが、行先ぐらいは二人で決めろと何をするかは決めてくれていませんでした。

 

帰宅してコーヒーカップを片手に彼とのメールのやり取り。
彼「どこか行きたいところはありますか?」そう聞かれても、
私「そう言う所には疎いので。お任せします。」
彼「そうですか。」と、あまり弾まず。
結局、彼「ではドライブに行きますか?」
私「ですね、ドライブに。」と、彼のテリトリーで済ませることに。
さすがにそれでは悪いかなと思い、
私「では、美味しいコーヒーを淹れていきます。それと何か食べるものも。」と、私の出来ることを。
彼「じゃ、サンドイッチでも作っていただけますか。」
えっ手作り希望?何か買って行こうと思っていたのに、と思いつつも言いだした私が悪いと、
私「サンドイッチの中身は何が好きですか?」彼からのリターンは、
彼「凝った物でなくてかまいません、美味しいコーヒーに合うものでお願いします。」
難しいオーダーがあれば買って行きますと返そうと思っていたのがものの見事にはずれてしまい、覚悟を決めて自分で作ることにしたのでした。

 

待ち合わせ場所で拾ってもらい、彼のビートルの助手席に。
そのまま行先も聞かないまま、少し固めのシートに収まっていました。
初めて乗った彼のビートル。
なんかゴトゴトゴトゴト揺れてるし、他のクルマには抜かれて行くし。
それでもお構いなしの彼。
話しといっても主にお互いの仕事の話、それ以外はなかなか会話が続きませんでした。

 

どこをどう走っているかもわからず。
大きな公園の駐車場に入り、木陰のベンチでサンドイッチとコーヒーで昼食。
私はこの日のためにと、野菜を多くしたハムサンドとツナサンドに合わせ、香りがよくそれほど苦みが強くない上品なブレンドのコーヒーを用意していました。
それなのに彼の感想は「美味しいですね。」の一言。
私は朝早く起きて用意したコーヒーなんだから、もっと他にはと言いたくなるのを我慢しました。

 

サンドイッチを食べ終わると、公園で特に何もするでもなく
彼「もうしばらく走ります。」再びビートルに戻りドライブを再開することに。

 

公園の駐車場を出るため、ゆっくりと走り始めるビートル。
私は、なんとなくちょっとムッとしていたので、彼のビートルの中を私の好きなコーヒーの香りで満たしてやろうと、走る車中で持参のポットから携帯用マグカップにコーヒーを注いでいました。

 

すると、パッとクルマの前に何かが飛んで来て、彼は急ブレーキ。
私はコーヒーをこぼしてしまいました。
窓の外では慌てたお父さんと子どもたちが頭を下げていました。
子どもたちが遊んでいたサッカーボールが走り始めたビートルの前に飛び出してしまったようで。

 

止めたビートルのドアを開け子どもたちにケガが無いか確認する彼。
飛び出したのはボールだけで、子どもたちには何もありませんでした。

 

運転席に戻った彼
「すみません、どこかぶつけたりしていませんか。」と聞いてくれました。
「私は大丈夫です、でも。」

 

彼は、すぐにビートルを開いている駐車スペースへ移動させました。
「本当に大丈夫ですか?コーヒーで火傷とか。」と、とても心配そうな彼。
「私は大丈夫です、でも、コーヒーをこぼしてしまって、大切なクルマなのに。」

 

持って来ていた紙ナプキンやハンドタオルなどで拭いていたのですが、ビートルのシートや床にはコーヒーが。

 

「あなたが大丈夫なら、シートのシミぐらい。」と言う彼、私は涙ぐみそうになってしまいました。
そんな私に彼は「コーヒーのいい香りで、この先のドライブが楽しくなりそうですね。」と、笑ってくれました。

 

公園の駐車場でビートルのシートと床を拭き、再び走り出しました。

 

日が傾きだした頃、ビートルは町を見下ろす休憩用駐車場へ。
彼はビートルを市街地に向け止めました。
「ここで夕日を見ようと思います。」彼はそう言いました。

 

見下ろす市街地の向こうに、ゆっくりと夕日が沈もうとしていました。
「あの、私、もうひとつコーヒーを淹れてきたんです。」
と言うと、私は小さめのポットをバッグから出しました。
夕食の後にでも飲もうと用意していた、コクと甘みに深みのあるブレンド。
ポットのふたを開けるととても穏やかな香りが広がりました。

 

ビートルの運転席と助手席、シートの中で、コーヒーを味わいつつ、ゆっくりと沈んでいく夕日を見ている私と彼。
とても穏やかな気持ち。
「また来ましょう。」彼はそう言ってくれました。

 

それからと言うもの、私と彼は予定を合わせビートルでいろいろな所へ出かけるようになりました。
もちろん、私の淹れたコーヒーを持って。
初めてのケンカも、初めてのキスも、すべてビートルのシートでコーヒーの香りに包まれてでした。

 

あれから何年も経ちます。
私と彼、二人の間には子どもが出来、止めたにも関わらず彼は燃費が悪く維持費もかかるビートルと別れてしまいました。
今の愛車はチャイルドシートを乗せても、子どもたちの遊び道具を乗せても悠々出来るワンボックスカー。

 

私はと言えば、私も子どもが出来てからは、苦いと子どもたちが口にしないコーヒーは封印、麦茶など飲みやすい物へとシフトしてしまっていました。

 

そんな私と彼ですが、この前、彼がふと
「今度の休み、子どもたちを母さんに預けてドライブ行こうか。美味しいコーヒーを淹れて」
と言ってくれたのです。
どうやら少しだけ、こだわりが復活しそうです。

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