喫茶店の娘としての想い出

中学生になる頃まで、私の家は喫茶店でした。

父と母が営み、いつも母は手作りのアップルパイを焼いていました。

もちろん家の中でもコーヒーは付き物でした。

朝起きたら豆を挽き、フィルターを敷いて惹き立ての良い香りのコーヒーの粉を入れて、注ぎ口の長いポットでお湯を注ぐ。物心が付いた時からそれが当たり前の日常であり、それが普通だと思っていました。

あまり小さな子供にはコーヒーは飲ませない方が良いとよく聞きますが、私の母はホットミルクを入れてカフェオレにして、私が3歳くらいの頃から飲ませていました。

特に砂糖を入れる訳でもなく、ミルクとコーヒーが混ざり合った味です。

小学校に上がると、徐々にミルクの量を減らし、その日によって白糖を入れたり黒糖にしてみたりして楽しむようになりました。今思えばちょっとませた子供という感じです。

母の作るシナモンの香りがたっぷりのアップルパイに、そのコーヒーはとてもよく合いました。

生クリームたっぷりのケーキよりも、アップルパイの方が好きでした。

学校へ行けば、「お家でケーキが食べられていいな!」と言われる事も多く、大人しかった私の唯一顔がにやける瞬間でもありました。

田舎だった為に、喫茶店という存在は貴重だったのです。

学校が早く終わった日は、進んで店の手伝いをしました。

小さな子供がエプロンをし、注文を取り、お客さんに運ぶ事をやっていました。

うちは小さなお店でしたが、お昼頃から夕方までお客さんが絶えない事が多く、とても賑わっていました。私の母は、ちょっぴりお節介な人です。

よその子でも平気で叱るような母でした。

ある日学校が早く終わったので、お店へ顔を出しました。そこには、茶髪・金髪の大人びた女性が3人。

制服を着ているので高校生だというのは何となく分かりましたけど、何よりもスカートの丈の長さに驚きました!床にほぼ付いている長さだったのは、今でも記憶しています。

テレビで見るいわゆる「不良」と呼ばれる感じの人達がいる・・!と、まだ小学生の私は怖くなりました。

でも、綺麗に口紅を塗ったその女性達と母が楽しそうに会話をしていました。

怪訝な顔で様子を伺っている私に気付いた母は、そっと私に近寄りこう言いました。

「あの子達はみんないい子なのよ、時々ここでお母さんがお話を聞いているだけなの。」

一体どういう事なのか分からなかったけど、どうやらその女性達は愚痴をこぼしにうちの店へ度々来ているらしい。

子供心ながらに、不良の人達を正面から相手をする母が頼もしく思えました。

そしてみんな笑顔でこのお店に来てくれている事が、とても誇りに思えました。

この頃から私は、お客さんウォッチングが趣味になりました。

毎日コーヒー一杯を飲んでから何のお仕事か分からないけど「行って来ます!」とどこかへ出掛けるおじさん。

お子様ランチとソフトクリームが好きなおじいちゃん。

お喋りな近所のおばさん。

私にいつもお土産を持って来てくれる、優しいおじさんとおばさん。

あと・・・世間で言うあちらの世界のおじさんもよく来る。

この人についても母にそれとなく聞いてみた。

どんな風に聞いたかは忘れたけど、ちょっと心配になって様子を伺ったのは覚えています。

このおじさんについての母の返答は「あの人は優しい〇〇〇なのよ」でした。

この答えには今でもモヤモヤはしますが・・。

怖いのは見た目だけ、いつも優しくニコニコと接してくれる人でした。

小学校高学年になった私は、人は見た目で判断してはいけないんだなという事を、よく考えるようになりました。

今は携帯やスマホが当たり前のようにありますが、昔はありませんでしたよね。

喫茶店のよくある風景として、漫画や雑誌、新聞を読む人が多くいました。

そしてテーブルゲームっていうのでしょうか?

インベーダーゲームもうちのお店にもあったんです。

ただし、お金を入れないと出来ないので、お手伝いをした後に100円をお駄賃としてもらい、そのお金で時々やらせてもらっていました。

あっという間にゲームオーバーになってしまうけど、決してもう一回!に応じてはくれず、いつもしょんぼりして家に戻っていたのをよく覚えています。

このインベーダーゲームを置くようになってから、若い男性客が増えて来ました。

キャップのつばを後ろに向けて、100円玉を積んで何時間もゲームに没頭する人を目撃した時。大人って忙しいのか暇なのか?よく分からないな、なんて思うようにもなりました。

もしかしてあの人は「ダメな大人」なのか?

こっそり考えたりもしていました。

なので、あまりインベーダーゲームばかりやるのはよそう、なんて思っていました。そしていつの間にかインベーダーゲームは姿を消しました。

どうしたの?と聞くと、

「静かにコーヒーを飲みたい人から苦情が来ちゃったの・・。」と少し淋しそうに母が言いました。

確かにあのゲーム音は狭い店内に響き渡っていました。あの若者のように何時間も居座る客が何人も居たら、ちょっと異様な雰囲気のままコーヒーを飲まなければいけません。もうインベーダーゲームが出来ない事はとても悲しくなりましたけど、あの若者が来なくなるのはちょっと安心しました。

苦情を言われるなんて、そちらの方が恐ろしい出来事だと思いましたね。

そしてまた、元ののんびりしたお店の雰囲気に戻った頃、どんどん自動販売機が増え、喫茶店への客足はどんどん減りました。

私が中学生になった頃、うちのお店は閉店しました。

喫茶店の娘であった私は、大人になるまでインスタントコーヒーを1度も口にした事はありませんでした。

スプーン何杯で作っているのかも分かりません。

毎日飲むコーヒーはブラックです。

今でも生クリームのケーキより、アップルパイが好きです。

チェーン店のカフェに入っても注文するものは「本日のコーヒー」のみです。注文のやり方が実はよく分からないというは秘密です。

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