失敗しない為のカフェ経営〜夏が来る〜

行列ができるカフェ経営ノウハウ
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「夏が来る」

いったいいつ塗ったかわからない程剥がれまくったペディキュア。
冬の間、気にも止めていなかった。
というか、正しくは気にする必要がなかった。

コットンに除光液を含ませ、こびり着いて硬くなった色の付いた瘡蓋を剥がし、
綺麗に落として足の指を一本づつ丁寧に拭いた。
そして、新しく買ってきたマジェンダ色を爪に重ね、息を吹きかける。

ちょっと素足はまだ早いかなと思いながら、
そろそろサンダルを履ける事に胸弾ませて、ペディキュアを完成させた。
マニキュアを付けることが出来ない私は、ゆらゆらと揺れるアンクレットと共に、自然と足元が派手になっていく。

嬉しい。
夏が来る。

「真理ちゃん、お店の定休日いつだった?」
「あ~まだ決めていないんですよー。
オープンして間もないから様子みてから決めようと思って。」
「もうそろそろ休んでもいいんじゃないの?
真理ちゃん、殆どお店開けてるけどそんなんじゃ倒れちゃうよ。」

いつも優しい大木さんは奥様に先立たれた年金暮らしのおじさま。
お孫さんもいらっしゃるという大木さんは
とてもじゃないがお爺さんとは呼べないくらい若く紳士。
去年私がお店をオープンしてからヘビーユーザーの常連さん。。

「え~!この店休みにされちゃったら俺行くとこないっすよ」
「あら、向かいに有名なコーヒー専門店出来たじゃない」
「まりちゃ~ん、他の店の宣伝してどうするのー
あ、いや、でもホント真理ちゃんそろそろ休まないとストレスでブッ倒れちゃうよ」

ほぼ毎日来る岡町くんは全く働いている気配がないので、
ずっとニートだと思っていたら、
ある日インターネット関連の仕事だということで、
よくよく聞いてみると株だFXだとかでパソコン一つで大儲けしているらしい。

「じゃあ、お二人に投資してもらって、旅行でも行ってこようかな」

今時キャバクラのおねえちゃんでも、
こんな安い返しはしないだろうセリフを放った後、
驚くことに、
殿方二人は全く同時に口を揃えた。

「いいよ!」

ん?

「行ってきなよ、俺金出すよ」
と、岡町くん。
「いつも真理ちゃんの笑顔に癒されてるからね、
私も惜しみなく出しますよ。行ってきなさい。」
と、大木さん。

「ちょっちょっと、いやいやいやいや。ないないない。」

私は至って真面目で男に貢いで貰おうなんて思っちゃいない。
冗談冗談。ただのお客さんにお金出してもらって旅行に行くなんて、
有り得ない。

「こ、コーヒー2杯目、飲みます?」
動揺する私に

「とはいってもなぁ、真理ちゃん受け取らないでしょ~」
弟のような岡町くんは私の冗談を羞恥に変え、
「受け取れない、ですよ」
長年の上司のような大木さんは私の硬さを非難気味に言った。

「受け取れませんて!お金なんて。。」
「あ、お金なんてって言ったね。」
岡町君が友達を侮辱されたような機嫌で、続けた。
「真理ちゃんはお金ってどう捉えているの?」
「え~、んっと、対価」
「うん、対価だよ。
そのものの価値と同等の金額を交換し合える紙であったり、
してもらったことに対するお礼の気持ちであったり、
お金って軽くて持ち運びに便利だし、今はネットの世界で数字の交換するだけで良かったりする。
俺も大木さんも真理ちゃんの入れてくれるコーヒーが好きだから、ここでお金支払っているの。
お金様はすごいお役目を果たしてるんだぞ。
だから、お金なんて なんて言っちゃダメ!
いつまでも元気でお店を続けて貰う為の俺らの投資の気持ちなんだから。」
「そうそう、岡町くんは目利きがいいから、いいものしか投資しないの。
真理ちゃん、じゃあ僕達からのお餞別って事でどう?」

お店をオープンしてから半年。
ビジネス街からは少し離れている為、暦のお休みに合わせるのはどうかと
しばらく様子をみていた。
しかしやはり週末は客足が弱く、ここら辺のマンションに住んでいる方が、
ちらほらとコーヒーを飲みに来るだけだった。
お店を開店してからずっと朝の7時から夜の8時まで働いてきた。
朝のモーニングとお昼時はお客様の顔を覚えていられないくらい忙しかったけれど、
慣れないうちは疲れているかどうかも判断できなかった。
最近少しづつお店の流れが整ってきたこともあって、
定休日はカレンダーの赤い印字と同じく日曜日にしようかなと思い始めたところだった。
だけど、週末は常連さんともこうしてゆっくりお喋りができるのも醍醐味。
ずるずると休みなく働き続けてきた所以だ。

実は私、この二人が大好きなのだ。
恋愛。。とはちょっと違うのかもしれないけれど、
時に大木さんにドキドキし、時に岡町くんが顔を出さないと心配になる。
大木さんが深みと苦味のある最高級キューバクリスタルマウンテンだとするなら、岡町くんは野菜の根から作られたカフェインフリーのチコリコーヒー。
どちらも捨てがたくやめられない。

結婚をしていなくて良かったと思う。
そして、どちらとも恋人という契約を交わしていないだけで、
二人を好きになるということに罪の意識を感じずにいられる。
いつか、どちらかに収まるのか、どちらも無いのか、
それはため息の数が増えてから考えることにしよう。

チリンチリン。。
「真理ちゃ~ん、コーヒー!!」
「あれ?七海さんどうして?今日仕事?」
七海さんが週末に来ることは珍しかった。

「辞めちゃった。」
「え~~!!」私たちは3人で驚いた。
七海さんは先々月昇進したばかりで、これからっていう時だったのに、
いったい。。。
だけどこういう時は理由は聞かないことにしている。
黙ってコーヒーを差し出した。

「あ~、美味しい!コーヒーに気持ちがノッてるわ。
真理ちゃん、私のこと好きでしょ?」
「え?あ、はい、もちろん。」
伝わるわ~~~としみじみ呟く七海さんの横で、
カップを口にする男二人首をかしげている。

「あんたら、伝わってないの?」
「いや、旨いですけど。。」
「好きとか。。言ってくれないとわからないですよー」

「大木さんも岡町さんも好きですよ!」
どさくさ紛れに私は明るく言った。
「七海さんもコーヒーも大好き」
告白が深刻にならないよう付け加えた。

「ねぇ、真理ちゃん次の連休、お店閉めて皆で遊びに行こうよ!」
「ああ、今真理ちゃんに休めって促してたとこなんだよ~。」
「でも、メンバーが僕らだと仕事の延長みたいでゆっくり出来ないんじゃないの?」

「いいえ、大好きな人達と一緒だから楽しそう!」

「じゃ、決まりね。」
「資金は俺ら持つから、思いっきり贅沢してくれ」
「きゃ~、頼もしい~」

受け取り上手の七海さんは台湾へグルメ旅行がしたいと言ったが、
そこまで休めない私は海を目指したドライブを提案した。
お弁当作って、冷たく冷やしたアイスコーヒーにミルクをたっぷり入れて、持って行きたい。
ポットに入れて、気持ちも乗せて。

昨夜塗ったペディキュアが喜んでいる。
お店をやって良かった。心優しい常連さんのおかげで安心して経営できる。
順子さんに報告しに行かなければ。。

もうじき 夏が始まる。

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