妄想ポイズンコーヒー

毎朝コーヒーを淹れる。
時間があれば、ミルで豆を挽き、じっくりと落とす。
立ちのぼるコーヒーの香りで目が覚める。そして飲む。
ひと口すするとようやく目が覚める。そしてまたひと口。

ほうっ・・としてからまたひと口。
それが私の日課だ。
毎朝そうしてコーヒーを飲む私に、彼は
「コーヒー飲みすぎは良くないんだから」
という。
カフェインの摂り過ぎだとか、そういうことを心配しての発言だろう。

 

彼に嫌われたくなくて、呆れられたくなくて、だから

「うん。あんまり飲まないようにするね。」

そういって返事をした。でもやはり、朝が来ると飲みたくなる。豆を挽き、コーヒーを飲む。

 
かわいい嘘じゃない、いいでしょ別に・・って。
「彼に嘘はつかない」なんて誓ったつもりでも、
ちっぽけな嘘、ついてるんだ。ごめん。でもね、キミも嘘、ついてるんでしょ?って思う。ちっぽけな嘘、ついてるんでしょ?

 

「そろそろ寝るね。おやすみ。」
LINEのあとも、寝てないんでしょ?
「コーヒー飲みすぎは良くないよ。」
キミだって、飲むよね?飲むときはいつもブラック、知ってるよ。

 
彼は結婚したくないのだそうだ。
独りがいいのだそうだ。それでいて私と恋人の関係でいる。
結婚したくない人間も、世間じゃ増えているようだから珍しいことじゃない。

 

私は結婚したいわけでも、したくないわけでもない。
でも、この関係がいつまで続けられるのだろうという不安はなかなか消えてはくれない。

結婚したくないし、いつまでこの関係が続くのかわからないのに
「コーヒー飲みすぎは良くないよ。」なんて私の身体の心配するなんて。
ささやかな心配であるほど、嬉しいんだよ。いつまでも一緒にいたくなるじゃないの。

 
たまにしか会えない距離の私たちは、
会えばふらりと出かけたりはする。
たまにしか会えないから、互いの生活圏をぐるぐる巡るだけでも嬉しいし楽しい。

 

私たちのデートは、特別なデートスポットではない。
よく行くスーパーや近所の公園、ひと息つくなら洒落たカフェではなく””喫茶店””。
・・喫茶店でコーヒー頼むじゃん、キミも!と言いたくなるが・・・

たまにしか飲まないよ、って反論されそうだ。
確かに喫茶店へ入っても、私は必ずコーヒーで彼はバナナジュースとか、そんなの…。

出先で陶器のマグカップを見つけると、
「おそろいで買おうよ。」・・なんて思ってるけどいつも言えない。
私たちはお互い別の場所でそれぞれ実家に住んでいる。
片道4時間の距離。
おそろいのマグカップを買ったとしても、決して並べて飾れることはないんだ。
憧れてはいる。
一緒に住んで、朝を迎えたらどちらかが先に目覚めて、どちらかがどちらかのためにコーヒーを淹れてあげるんだ。
もちろんおそろいのマグカップ。色くらいは違っていてもいい。
無駄に装飾がない、シンプルだけど土のぬくもりが伝わるような陶器のね。

 

はじめて差し出す一杯目は、私からにしよう。
だって目覚めのコーヒーの格別さを教えてあげたいから。

 

彼は自宅でコーヒーを飲むとしても、お湯に溶かして飲むやつらしいから
寝起きにちゃんと””おとした””コーヒーを飲んだらきっと、気に入ると思うんだ。
ミルで豆を挽いたことも彼はないのだとしたら、
人生の8割損してる!くらい大げさに言って、それから彼自身にミルを使わせようか。
案外楽しんでくれる気がする。手回しでコーヒー豆を挽くあの感覚、私は好きだ。
別にコーヒーのプロでも何でもないから、淹れ方にこだわりがあるわけじゃないけれど
うまくいけば彼のほうがこだわりだすかもしれない。
男性ってそういうのお好きでしょう?

 

こだわりでも生まれてくればしめたものだ。
数日後には彼が先に起きて、私のためにコーヒーを淹れておいてくれるはずだ。
「コーヒー飲みすぎは良くないよ。」と言ったことすら忘れてしまうだろうね。

 

そうして私のフィールドに引きずり込めば、めでたく毎朝コーヒーで一日を始める生活は続くというわけだ。
なーんてね。
こんな妄想までして、よっぽど私はコーヒーの飲みすぎに関して彼に注意されたことを恨んでいるのだろうか?なるほど執念深い女だ、という印象だけ残ってしまったらどうしよう。

いやいや、妄想だからこれは。ファンタジー。

叶うことのない、夢。

私は彼に「あまり飲まないようにする」と言ったものの、結局毎朝コーヒーを淹れて飲んでいる。
彼だってきっと、そんなのはお見通しかもしれない。
大したことじゃない。でももうお互い言わない。

 

きっと私はいつか自白する。ホントはコーヒー毎日飲んでるんだよって。そうしてまた、心配してもらうために。

 

子供じみた駆け引きだろうか?
でも恋愛ってそういうものでしょ。
何が何でも気を引きたくなる、こっち見て!っていうわがままを発揮したくなるのだ。
気持ちは変わらないのだと思っている。
結婚はしない、と言い切ったキミの気持ち。
結婚しなくても一緒に住めば、という意見も聞こえてきそうだけれど、たぶんそれもない。

 

とにかく彼は、ひとり自由でいたい人なのだ。
恋人がいても、束縛されたくはないタイプというやつ。しているつもりもないのだけれど。

 

結婚したら、一緒に住んだら・・そう考えると絶望的にでもなるのだろう。
なんでそこまで頑なにNOなのよって聞いてみたいけど、理由をすべて知ったらきっと、私が絶望的になりそうだから聞かない。

 
好きな人の事は全て知りたいと思うのは自然なことかもしれないけれど、知らない部分があってもいいって大人になるにつれて覚えたから。
周囲から「結婚まだ?」なんて度々言われることがあったけど、
そのたびにキミは””NO””と答えていて。

 

わかってはいるのにいつも落ち込んでたんだよ、私。
だから本当に私の妄想が妄想で終わる確率のほうが高い。
それでもキミに、コーヒー淹れてあげたい。
朝、キミが起きてきて「おはよう」とともにコーヒーを差し出したい。
それを毎朝続けられたらどんなに幸せだろう。

 

どれほど私がキミとコーヒーで朝っぱらから乾杯したいかなんて知りもしないだろう。
こうして書き留めた次ぐ日の朝も、私コーヒー飲むからね。

少しくらいは希望を持っていてもいいだろうか?
お揃いのマグカップに憧れていてもいいだろうか?
私もコーヒーはブラックが好きだけど、苦い思い出にはしたくないから。

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