彼女と部屋でコーヒーを。

僕と彼女が出会ったのは僕のバイト先。

当時、僕は大学に行きながらコンビニでバイトしていた。
彼女はコンビニの常連さん。

いつもコンビニのコーヒーを買っていく。
ある日どうしても気になって声をかけたのがきっかけで仲良くなれた。

元来人見知りな僕が常連さんとはいえ、見ず知らずの女性に声をかけたのは後にも先にもこれ一度きり。

「コーヒーお好きなんですね。」
「はい。カフェにいく時間がないときとかコンビニで買えるようになったから便利ですよね。」

僕とは正反対で彼女は人見知りなどがなく誰とでもすぐ打ち解けるタイプだった。

一つの質問にもはい、いいえだけではなくもう一言添えて返してくれる。

僕のようなおとなしいヤツにも笑顔で話してくれる、クラスに一人はいるような、人気のある女子という感じだ。

女子、という表現をしたが彼女は僕より年上だった。
エステティシャンをしているそうだ。
聞いてみると6つ歳上。

年齢なんて気にならないくらい彼女に惹かれていった。

彼女はいつもブラックコーヒー。
砂糖やミルクを入れるそぶりは一切ない。
コンビニのカフェコーナーでコーヒーをセルフで入れて、レジの僕に少し微笑んでから車に乗り込んでいく。

彼女から見たら大学生の僕なんて恋愛対象外だろうか?
弟とかいとこ位にしか思っていないのかもしれない。

バイト終わりに彼女の真似をしてコンビニでコーヒーを買って帰るのが日課になった。
ブラックは苦手なのでコーヒーにはミルクと砂糖をたっぷりと入れる。

本当に真似したいならブラックを飲めよ、と自分に言いたいがそこは許してほしい。

苦いコーヒーは苦手なのだから。

いつものようにバイト終わりにレジ横のカフェコーナーでコーヒーを入れて帰ろうとしたとき、彼女がお店にやって来た。

この時間に来るなんて珍しい。

つい、いつもの感覚で声をかける。

「いらっしゃいませ。珍しいですね、こんな時間に」
「えっえっ?あぁ!私服だからわからなかった!バイト終わりなの?」

そういえばコンビニの制服以外の姿でいらっしゃいませ、はおかしかったかもしれない。

僕の手元のコーヒーを見てちょっと笑っている。

「コーヒーお好きなんですね。」

あれ?その台詞は身に覚えが。

「僕も仕事帰りにたまに買うんですよ。」

あなたの真似をしていつも買ってます、と言うのがなんだか恥ずかしくてごまかす。

そうなんだ、とにこにこしながら彼女もコーヒーのカップをレジで支払った。
僕はその様子をボケッと見守る。

あ!コーヒー一杯くらいおごればよかった!
いつも買いに来てくれるお礼ですとか何とか言って!

でももう遅い。
彼女はサッサとレジを済ませて僕の目の前でコーヒーをいれる。

「私、コーヒーはいつもブラックなんだよ。後味がスッキリするから好きなの。」

知っています。
いつも見てます。

「そうなんですね、僕と一緒ですね!」

はい!でた!嘘!!

「あの、あの!時間あるならちょっとだけ話しませんか?カフェにでも!」

そう言った僕の手にはしっかりと先程買ったコーヒー。
彼女の手にも買ったばかりのコーヒー。

「あはははは!コーヒー持参で?」

彼女は大笑い。

あぁ、しまった!

本当に僕はバカだ。

年下のガキがナンパして失敗…。

せっかく常連さんなのに気まずくなったら嫌すぎる!

「で、ですよねー!!えーっと、このコーヒー飲みながら公園で散歩とか、コーヒーは一旦置いてカフェに行ってからコーヒーを取りに来るとか…」

もう、訳がわからない!
必死な僕にちょっと笑っている。

「私の車の中で飲みながら話そう?」

…女神です。
めちゃめちゃ優しい。

僕は飲みなれない苦いコーヒーを飲みながらガチガチに緊張して彼女の車に乗りこむ。

彼女の車は女の人独特のいいにおいがした。

この日から彼女とぐっと仲良くなり、付き合うことになった。

年下で頼りない僕をいつもさりげなくサポートしてくれる彼女。

僕は一気に夢中になり、就職が決まってから僕が彼女のアパートに転がり込む形で同棲を始めた。

彼女は毎朝コーヒーをいれてくれる。
朝はいつもコーヒーのにおいで目が覚めた。

「おはよう。いい朝だよ。」

寝ぼけた僕を朝から笑顔で起こしてくれる彼女はやっぱり優しくて、この部屋もとても居心地がよかった。

部屋中にかのじょのいいにおいがしていた。
彼女のいれてくれたコーヒーを二人で飲む。
もちろん二人ともブラック。
僕は自然とブラックコーヒーばかり飲むようになった。
確かに後味がいい。

ふたつ仲良く並んだコーヒーカップは僕と彼女みたいだ。

ある日、中学の同窓会の案内が届き、行くことになった。
実はあまり気が進まない。
中学時代はいい思い出が全くなかった。

それでも数少ない当時の友達から連絡があり、元々断るのが苦手なので曖昧な返事をしていると、いつのまにか参加メンバーに加わっていた。

行きたくない、とごねる僕に

「中学の時の友達ってあんまり会えないんだから!羨ましいなぁ。楽しんできてね!」

と、いつもの笑顔の彼女。

そうだよな。普段会わない連中の顔を見ながら酒を飲むのもいいかもしれない。

彼女に言われるとすぐその考えに影響されてしまう。
少しだけ同窓会も楽しみだ。
あくまで少しだけ。

同窓会当日、仕事の後そのまま参加することになっていた。

彼女には遅くなることはないと思うけど遅かったら寝てていいよ、と伝えていた。

彼女の言うとおり、同窓会は予想以上に楽しかった。

普段あまり絡まない連中とも同級生というだけですっと打ち解けられたし、当時あまり話さなかったヤツとも自然と話せた。

僕も大人になっているということかもしれない。

「私のことおぼえてる?」
背の低いふわっとした感じの女の子が話しかけてくる。
誰?
全くわからん。

「ごめん、誰かわかんない。」
「ひどいなー!一緒に文化祭の実行委員やったじゃない!」

もう!と女の子は僕の背中を軽く叩く。

あーそういえば、断りきれずに実行委員なんてやった気がする。
そんで、そのメンバーにこの女の子もいたかな?覚えがない。

女の子は目をパチパチさせながら
「あの時はほとんど話してないもんね?中学の時は私、地味だったし。」
「今は派手になったね。」
「えっ派手にはなってないでしょ!」
「いや、いい意味で。」
「なにそれー。」
また軽く叩かれ、女の子は頬を膨らませる。

なんだか珍しく女の子と二人で盛り上がった。

そのまま同窓会はお開き。

珍しく飲みすぎて、喋りすぎて、喉が痛くなった。

頭がガンガンして目が覚めた。
完璧に飲みすぎた。

ヤバイなー、今日が休みでよかった。
僕は寝ぼけ眼でベッドから体を起こす。
ん?
見覚えのない風景。
知らない部屋。
なんだここ、どこだ?
慌てて飛び起きると隣にあの女の子が寝ている。

サーっと血の気が引いた。

…浮気してしまった。

彼女の顔が浮かぶ。
携帯を確認すると夜に2回ほど彼女から電話がかかってきていた。

メールも1通だけきている。
「大丈夫?飲みすぎて倒れてないか心配してます。」

飲み会では僕が楽しめるように毎回電話やメールは極力控えてくれる彼女。
まさか帰ってこないとはビックリしているに違いない。

しかも、僕は大切な君を裏切ってしまった。

「おはよう」
隣から声がする。
女の子は幸せそうに笑いながらすり寄ってきた。

「ごめんなさい!僕、変なことした?本当にごめんなさい!めちゃくちゃ酔ってたし、変なことしちゃってたら謝るしかないけど。」

女の子はポカンとして
「コーヒーいれるよー」
とノロノロと起き出してインスタントコーヒーをいれてくれた。

コーヒーを受け取る時も手が震えた。
コーヒーを一口飲む。

「あの、僕、君に変なこと…」
「したから部屋に一緒に寝てるんでしょ!」

ズバリだ。
そりゃそうだ。

あぁ、目の前が真っ暗だ。
彼女の悲しそうな顔が浮かんできた。

「本当に本当にごめんなさい!とりあえず、僕、帰ります。」
「えっちょっと!」

そそくさと荷物を持って女の子の部屋を後にする。
これが夢だったらいいのに。
女の子がいれたコーヒーは色つきのお湯のように、味がしなかった。

急いで彼女と僕の部屋へ帰る。
何て言ったらいいんだろう。
行っておいでと送り出してくれたのに、楽しんできてねと言ってくれたのに。

鍵を開けると彼女はテーブルに倒れこむようにして眠っている。
テーブルの上には飲みかけのコーヒーカップと携帯が並んでいた。

「ごめん…」
どうしようもなく悲しくなって、申し訳なくてその場でがっくり膝をつく。
彼女を裏切ってしまった自分が許せない。

どうしよう。言わない方がいいのかな。
でも嘘をつきたくない。

「うーん、おかえりー寝ちゃったぁ。」
「ごめん…ごめんね。」

「…どしたの?あ、コーヒーいれるね」
僕の様子に何かを察したのかもしれない。

それでも彼女はいつものようにコーヒーをいれてくれた。
僕は座ることもできずそのいつもの光景を見ていた。

「…もう帰ってこないかと思った。」
コーヒーを飲みながら彼女が言った。
いつも通りの彼女の態度と彼女の声。
でも彼女の手がかすかに震えている。

一晩帰らず、電話にも出ず、君を裏切ってしまった。

僕は昨夜のことを洗いざらい話した。
飲みすぎたこと、全く覚えていないが女の子の部屋で目が覚めたこと…。

彼女は静かに聞いていたが僕が一通り話し終わると、ゆっくりと僕の目を見つめた。

「できるだけ早く、荷物をまとめてね?」

もう僕らは駄目なのかな?

一回だけの浮気で離れなくちゃいけないの?

男らしくないけれど、僕は彼女と別れたくなかった。
はじめて好きになって、はじめて付き合った人だった。
たぶん僕らは結婚するだろう、とぼんやり未来を考えていたのに。

「あのね、一回でも裏切られたら常にそれが頭にあるんだよ?
今回は間違いが起こっただけって言うかもしれないけど。
会社の飲み会とか、忘年会とかもあるよね?そういう場にあなたが行く度に私は今回のことを思い出すし、あなたを疑ってしまうと思う。」

僕はなにも言い返せなかった。
正論だ。
僕が全部悪い。

彼女の目からはポロポロと涙がこぼれた。
抱き締めることも出来ず、ただただ謝った。

「…少し頭を冷やしてくる。」

口をつけられなかった僕のコーヒーカップがテーブルにポツンと一つだけ置いてある。

彼女が落ち着いてからそう切り出して部屋を出た。

フラフラとコンビニに入る。
商品をぼんやり眺めながら店内を歩く。

これからどうしよう。

やはり、彼女の言うとおり荷物をまとめよう。

久々にコンビニのコーヒーを買ってみた。

大学の頃飲んでいたようなミルクと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーにした。

一口飲むと甘さが広がる。

後口までずいぶん甘い。

僕はこんなに甘いものを飲んでいたのか。
彼女の影響ですっかりブラックコーヒーに慣れていたのでその甘さに驚いた。

僕もブラックコーヒーみたいにスッキリした後味の恋愛がしたかった。

これからの事を考えると胸がムカムカして吐きそうだ。
コーヒーの甘さが気持ち悪い。

溜め息をついてから、コーヒーを一気に飲み干すと口の中にミルクと砂糖の甘さがいつまでも残った。

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