想いが通じるおまじない

小学五年生の頃、アケミのクラスの女子の間で大流行したのがおまじないの本。

消ゴムに好きな人の名前を書いて誰にも貸さず、使い切ったら両想いになれる。

水色のペンで便箋の四隅に三角マークを書き、その便箋で友達に手紙を書くとずっと仲良しでいられる。

そんなおまじないが、かわいいイラストと共に紹介されていた。

恋のおまじないは女子の間で当たり前のように行われた。

消しゴムのおまじないは、みんなやっていたので消しゴムを忘れても貸してもらえなかった。

アケミも恋のおまじないに興味津々だった。
でも学校では消しゴムのおまじないはやらなかった。

アケミが消しゴムのおまじないをしなかったのは消しゴムに書いた名前を誰かに見られるかもしれないという心配と、忘れっぽく、なくし物が多い自分に向かないと思ったからだった。

恋のおまじないの中で、誰にも見られず(できれば家で)できるおまじないを必死に探した。

お母さんから買ってもらったおまじないの本を一生懸命読んだ。

一つ気軽にできそうな簡単なおまじないを見つけた。

①コーヒーを心を込めていれる
②好きな人の名前の数だけお砂糖をいれる
③名前を唱えながらよく混ぜる
④一気に飲み干す

好きな人に気持ちが通じる、というおまじないだった。

これなら、学校で名前を見られることも長時間ヒヤヒヤして消しゴムを使うこともない!

アケミは喜んでこのおまじないを試してみることにした。

お母さんが買い物に言った隙を見てキッチンに忍び込む。

コーヒーをいれる、というのはやったことがなかった。

(インスタントでいいよね!)

アケミはお父さんが毎朝飲むコーヒーを拝借する。

(角砂糖、家にないなぁ。)

お父さんはブラックコーヒーを飲むので家に角砂糖はない。

とりあえず、アケミは同じクラスのエイジくんのことを考えながらコーヒーをいれた。

正直、自分が本当にエイジくんが好きなのかは自信がなかったが。
仲の良い友達何人かの間でアケミはエイジくんが好き、ということになっていたのだ。

アケミもまんざらではないし、たぶん自分はみんなの言うようにエイジくんが好きなのだ。と思っていた。
エイジくんはサッカーのうまい男子だ。
他の女子に優しくはないけれど、アケミとは掃除の班と図書委員が同じなのでよく喋る。

角砂糖はないので普通のお砂糖を小匙に3杯いれた。

「エイジくん、エイジくん、エイジくん…」

ブツブツ唱えながらコーヒーをかき混ぜる。

(苦そう…。)

普段飲ませてもらえないコーヒー。
黒々としていて美味しそうに見えない。

お砂糖をいれているのでたぶん、飲める!と自分を励ます。
一気に飲み干す、と書いてあるので飲み干さないといけない…。

(飲めるかな、……牛乳入れとこう。)

アケミはそそくさと冷蔵庫を開けて牛乳を取り出してたっぷりと注いだ。

真っ黒だったコーヒーがやさしい色になった。
立派なコーヒー牛乳の完成である。

「よし!」

アケミはぐっ!と気合いを入れてコーヒーカップに口をつける。
ごくごくごく…ごく。

(あまくておいしい!…でも…きつい!)

ぷはっ!!

コーヒーカップにたっぷりと入ったコーヒー牛乳を一気に飲み干す事はできなかった。

「あぁ~!残っちゃった!」

これじゃあおまじないのやり直しである。
意味がない。

アケミは無言でカップに残ったコーヒー牛乳を飲み干した。

(もう一回!)

お母さんが買い物から帰ってくるまではまだ時間がかかるはず。

(もう一回だけやってみよう!)

大きすぎたコーヒーカップは流しに置いた。
今度は小さめのコーヒーカップを用意する。

アケミは真剣にエイジくんの事を考えながらコーヒーをいれる。
小匙3杯のお砂糖。
牛乳を入れて名前を唱えながらくるくる混ぜた。

アケミの気持ちのこもったコーヒー牛乳の出来上がり。

(今度こそ!全部!飲む!)

アケミは真剣な目をして小さめのコーヒーカップを口につける。

ごくごく…ごく。

(…きつい。)

ごくごく。
ごぶっ!!ごほごほごほ!

(変なところに入った!)

思いっきり咳き込んでしまった。
涙とコーヒーが口と鼻から出ている。

「…やり直し。」

アケミは意地になっていた。

今度は自分が保育園のころ使っていた湯飲みを使うことにした。

この大きさならいける!確信と共におまじないのコーヒーをつくる。正確にはコーヒー牛乳であるが。

時間的に最後のチャンスだ。
…失敗は許されない。
三度目の正直だ。

(お腹たぷたぷ…でも、やる!)

ごくごく。

ごくごく……ごく。
アケミは小さい湯飲みのコーヒー牛乳をたぷたぷのお腹ですべて飲み干した。

「やったぁ!全部飲めた!!」

アケミは全部飲み干すことができた嬉しさにぴょんと跳び跳ねた。
お腹の中のコーヒーもちゃぷちゃぷしている。

「ただいま~」
お母さんがちょうど買い物から帰ってきた。

(わ!ギリギリセーフ!)

「おかえりー」
と、アケミは慌ててキッチンから出ていく。

これで、アケミの気持ちはエイジくんに伝わったはずだ。

アケミはその夜ドキドキして眠れなかった。

飲み慣れないコーヒーを夕方に3杯も飲んだから眠れなかったのかもしれないが。

明日、学校でエイジくんは自分に会ってなんと言うだろう。
「一緒に帰ろう」とか、誘われるかもしれない。
なんせアケミの気持ちはエイジくんに伝わったのだから!

(あ~眠れない!)

アケミはベッドの上でバタバタと悶絶した。

(エイジくん、喜ぶかな?)

アケミの妄想は朝方まで続くのだった…。
次の朝、眠れなかったせいでアケミの目は赤く顔は子供らしくなく疲れていた。

「おはよう~」

フラフラと目の前を通りすぎるアケミの姿に
「アケミ、どうしたの?顔色が悪いわよ!」
と、お母さんが心配してくる。

「うん?そうかなぁ。ちょっと…眠い…。」

(学校に行って、エイジくんが何て言うか早く知りたい。
友達もビックリするかも!
アケミとエイジくんは両想いだ!って騒がれちゃうかも。)

青白い顔をしたアケミはくすくすっと笑う。

お母さんはアケミのおでこに手をあてる。

(あ、お母さんの手がきもちいいなぁ。)

そのまま目をつぶるとずーんと眠気が襲ってきた。
心地よくて目をつぶっただけで、アケミは眠りそうになってしまう。

「アケミ、熱はないみたいだけど今日はお休みしなさい!」

「えぇー!今日だけは行かせて!」

おまじないが成功したので反応を知りたいのだ。
いつもなら休んで良いと言われたら喜んで休むところだが今日だけは違う。

「顔が青すぎよ。目の充血もすごいし。病院にいってみる?」
「きのう、あんまり眠れなかっただけだよー。」

お母さんの言葉を遮ってさっさと準備をした。

「じゃあ、いってきます!」

食欲もあまりなかったがアケミの足取りは軽い。

(両想いって素敵!)

すっかりその気になってるんるん気分で登校した。
上履きに履き替える。
廊下でバッタリとエイジくんに遭遇した。

(あ!会っちゃった!)

アケミは嬉しさに背中がぞわぞわした。
ドキドキしたが、しっかり目を合わせた。

(笑って挨拶しなくちゃ!)

「おはよう!エイジくん!」

にっこりと自分の中で100%の笑顔を向けた。

…返事がない。
エイジくんはアケミをじっと見ている。
(あれ?)

「おまえ、目がすごいヤバイ!!きもっ!」

ずばっと言われた。
ぐさり!!アケミはサーっと青ざめる。

「おーい!みんなー!アケミのやつ、目が死ぬほど赤いぞー!」

エイジくんは教室にバタバタと駆け出していった。

エイジくんに悪気はたぶん、ない。
見たまま、感じたままを口にしているだけなのだ。

でもアケミは恥ずかしさにその場にしゃがみこむ。
デリカシーのないエイジくんに腹が立つ。

それに、おまじないをして浮かれていた自分も情けない。

(わたしはばかだ。
ただのおまじないなのに。
エイジくんがわたしを好きだってなんで思ってたのかな…。)

アケミはその日はそのまま教室には行かず、泣きながら家に帰った。

お母さんはビックリして病院をすすめたが、はっきり言って眠すぎてそれどころではない。
これはただの寝不足と失恋?のショックなのだ。

アケミは自分のベッドで泣きながら、そのまま夕方まで眠ったのだった。

アケミの淡い初恋の思い出である。

今、アケミは引っ越しの準備をしている真っ最中だ。
春から大学生、人生初の一人暮らしを始めるためだ。

部屋の片付けをしていたら、小学生の頃愛読していたおまじないの本が出てきた。

おまじないの本をパラパラめくっていたら、同じクラスのエイジくんへの初恋のなんとも言えない恥ずかしさと懐かしさについつい浸ってしまっていた。

あの頃、無邪気に、本気でおまじないを信じて必死になってコーヒーを飲んだのがおかしくて、我ながらちょっとバカだと思った。

アケミには今付き合っている彼氏がいる。
二人は同じ大学に見事に合格した。
今日は彼がアケミの荷物をまとめるのを手伝ってくれる約束だ。
昼過ぎには来てくれるはずなので、ちょっとだけ休憩を入れようと、キッチンに降りていく。

コーヒーを飲むことにする。

(そうだ、久々におまじないをやってみようかな。)

アケミは懐かしさも手伝って、小学生の頃必死にやったコーヒーのおまじないをまたやってみることにした。

(もう付き合ってるけどね。)

ふふっと笑いながらコーヒーをいれる。
砂糖をいれるとき、ふと気がついた。

アケミの彼氏は龍之介という。

龍之介…りゅうのすけ…六文字。

砂糖の数、6杯!!

(カロリーやばすぎ!)

(ひぇー)

とりあえず砂糖を6杯入れた。

「龍之介、龍之介…」

彼氏の名前を唱えてコーヒーを飲み干した。

(あまっ!)

底の方の甘さにごほごほっとむせる。
すんなり飲み干すことができて、なんだかアケミは満足感を覚えた。

(さて、片付けを再開しますかー。)

部屋に上がるとしばらくして、お母さんの声がした。

「アケミー、龍くんきたわよー!」

彼氏がちょっと早めに来てくれたようだ。

「上がってきてー!!」

と、大声で答えた。

玄関で何やらお母さんと話す声がして二階に上がってくる音がした。

「ありがとー、手伝ってね。」

アケミはにこっと笑う。

「おー段ボールだらけ!」

龍之介は無造作に積まれた段ボールを見ながら笑っている。

ふと、段ボールの中におまじないの本をみつける。

龍之介は本をパラパラとめくった。

「なにこれ!マジやべぇ!」
大笑いしている。

全く、男子というのはなんでこうもデリカシーがないのだ。

小学生のエイジくんの顔が浮かんだ。

(メンタルがあの頃より強くてよかった)

アケミは龍之介の脇をくすぐる。

「もう!いいから!龍くん、手伝いに来たんでしょ!」

「ごめんごめん!」

あははと二人で笑い合った。

もしかして、さっきのおまじないは効いたのかもしれない。

(だって、こんなに通じ合ってる。)

まだ笑っている龍之介を横目に、アケミはおまじないの本をそっと本棚にもどした。

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