渾身の一杯

ラテアートって可愛いですよね?
上手い人が作っている時の動作はすっごく綺麗で惚れ惚れします。
保存できない作品というのもとても魅力的。
まるで魔法のように模様が描かれあっという間に完成!
何度見てもわくわくしします。

 

話は変わって私はお洒落なお店が苦手。
本当はピンクでふわふわな女の子らしいお店に興味もあるし雑誌で紹介されているようなレストランだって憧れる。
お姫様のような豪華なホテルに泊まってみたいしモデルのように綺麗な服も着てみたい。
でも、自分には似合わないし恥ずかしい。
私なんかがそんな素敵な場所にいたら場違いすぎて笑われる気がするし想像するだけでも緊張してとてもじゃないけど勇気が出来ません。
だからラテアートもテレビの向こう側の物でした。
伝統芸能とかプロの技!みたいなのを見ているのと一緒で
そんなものもあるんだー自分には関係のない世界だなーという感じ。
カフェラテなんてコンビニで売ってるものしか飲んだことがないしカフェラテとカフェオレの違いもわからなかった。

ところが!そんなテレビの向こうの夢の世界へ突然迷い込んでしまったんです!
友達と会った帰り道に寄りたいお店があってバスを途中下車。
家までバス停3つなのでそのまま歩いて帰る事にしました。
せっかくだから普段通らない道を通ってみたら小汚い喫茶店発見。
家のそばにこんなお店あったなんて全然気付かなかった。
お店の中にはロマンスグレーな初老紳士がいてなんだか素敵!
お客さんもいなさそうだしお店も古臭くて
これくらいなら私でも…なんて失礼な事を思いながら入ってみることに。
ドアを開けるとものすごく大きなベルの音がムードもなくガランガラン鳴りました。
店内は木製の置物や切り株の形のテーブルがあって観葉植物も沢山!
しっかり掃除されているけどちょっと森の中にいるみたいな独創的な雰囲気。
使い込まれた感じと髭の似合うマスターの姿がマッチしていて隠れ家感満載♪
これが新しいお店だったりイケメン店員さんだったら私は入れなかったと思います。
ちょっといい場所見つけたかも!と浮かれて
メニューの一番下に手書きで足されていたカフェラテを頼んでみることに。
お店で飲むのはもちろん初めて!
コンビニのとはやっぱり味が違うのかな?ってワクワクドキドキ。
なんだか機械の動く音やいい香りがしてきて出てくるまでちょっと緊張。
そして目の前にカップが置かれた瞬間大パニック!
そこにはテレビで見たようなラテアートが!
なんでこんな所に白鳥がいるんですか?!何の間違いですか??
びっくりしすぎて思わず「これ何ですか?」って聞いちゃったくらいびっくり!
あまりにも慌ててる私を見てふきだしたマスターが言うには数年前から趣味を兼ねてラテアートをしているんだとか。
森の住人のような見た目と可愛らしいラテアートのギャップに頭がついていかなくて
その時は何度も何度もカップとマスターの顔を見比べちゃいました。
自分では記憶にないんですが「本当に?」と何度も聞いていたそうです。
だってこういうのはもっと若いお洒落な人が作るものだと思っていたから…。

 

その時は飲み方もわからなくて
飲みたいけどせっかくの絵をぐちゃぐちゃにしたくないでもこのまま置いていても仕方ないしと困っていました。
カップをじーっと見つめて口もつけられずあたふたしているのをマスターに笑われ
絵が消えないように恐る恐る飲んでいるのを見ては笑われ絵が崩れて悲しんでいるのを見てまた笑われました。
私も失礼だったけどマスターも十分失礼だったと思います。
あまりにも笑われてむっとするとお詫びにとカウンターで新しいカフェラテを入れるのを見せてくれました。
初めて見るエスプレッソマシーンはお店に似合わないほど綺麗で近代的。
スチームミルクがあっと言う間に出来ていくのが不思議で、
それ以上にさらっとハートマークを作り出したマスターがすごい!
食い入るように見つめていたら、恥ずかしいと言われちゃいました。
でもそれをきっかけに仲良くなってお店へ通うように。
当時付き合っていた彼を連れて行くと私らしくないお店だと言われましたが
結構気に入ったようで家の近所まできた時には一緒に行く事もありました。
私はマスターのラテアート練習台になったり何度か教えてもらったり。
マーブル模様になった私製カフェラテに彼が適当なタイトルを付けてくれる事もあり
いつも楽しい時間を過ごしていました。

 

そのうち私もラテアートをやってみたくなりエスプレッソマシーンを購入。
彼は私の家で美味しいコーヒーが飲めるようになるね!なんて笑っていました。
始めてみるとなかなかミルクのスチームが上手くならないし
うまく泡立ったと思ってもカップに注ぐと全部沈めてしまったりして
不器用な私はいつまでたっても上達しません。
もちろん水で練習したりマスターにコツを聞いてみたりもしたんですが
とことん不器用なのか相性が悪いのかハートすら描けるようにならない…。
彼は失敗したカフェラテを飲みながらよくからかってきました。
初めは下手だなーと笑っていたのがこんな事もできないのか?に変わりやがてまだできるようにならないのかと責めるようになり
ネットで綺麗な模様を見つけてきてはこれくらい出来るようになれと言い始めました。
私は悔しくて彼の前では作らなくなり、一人で練習を繰り返しました。
何度も何度もチャレンジして、やっと成功するように!
マスターのお墨付きももらっていざ彼に報告!
とは言ってもその時できたのはハートとリーフの基本的な2種だけなんですが…。
それでも私お手製のラテアートを見た彼はすごく喜んでくれました!
すごいすごいと褒めてくれて友達にも飲ませたいと言うので後日共通の友人を家にお招きして振舞いました。
皆楽しんでくれて私も大満足!

ここで終わればただ楽しいだけだったんですけどね。
それから彼が色んな人を連れてくるようになったんです。
最初は共通の友達にも飲ませてあげよう!って感じだったのが私の知らない人も呼びたいと言うようになって
「今から3人で行くから準備してて!」といきなりラインで言うようになり
いつ誰を何人連れてくるのかもわからない状態になってきました。
喜んでくれるのを見るのは嬉しかったけど私の知らない人達と彼が私の部屋で私の知らない話題で盛り上がっているのを見ながら一人でコーヒーやおやつを用意して運んで片付けて何やってんだか。
しかもハートとリーフ以外のリクエストをされてできないと断った時には
「そんなのもできないの?」
「2つしかできないとかつまんない」
「せっかく飲みに来てるのに」
彼も彼が連れてきた人たちも口々に私を責めました。
色んなのがみたいならマスターのお店へ行けばいいと勧めてもそれは話しが違うと私の家へ人を連れてくるのをやめませんでした。
色んな人から何も出来ないと言われるのが悲しくて悔しかったから新しいデザインを練習するもなかなか上手くできません。
なのでデザインカプチーノも練習してステンシルシートも準備して少しでもバリエーションを増やすようにしたら彼はもっと色んな人を連れて入り浸るようになりました。

気付けば二ヶ月近く隠れ家へは行っていませんでした。
彼らが帰った後の片づけをしている時にふとマスターの顔が浮かび久々にお店へ行ってみる事に。
相変わらずの森っぷりと変わらないマスターの笑顔。
久々に入れてもらった可愛い模様が浮かぶカフェラテ…。
静かに口をつけると体中を満たすように幸せな香りが広がってものすごく美味しい。
マスターもお店もカフェラテも全部全部あったかくて安心できて私はポロポロと泣き出してしまいました。
驚いたマスターに心配されたら余計に涙が溢れてきて
もうちっちゃな子供か!ってくらいに泣きました。
そして思いつくまま気の済むまで彼の事を話し
鈍い私はやっと自分がすごく苦しかった事に気付きました。
彼は私を恋人として大切になんてしていない!
無料でもてなしてくれる喫茶店のように扱っているだけでコーヒーやおかしのお金も1円ももらってないし手伝いもない!
彼が来たい時に私が出かけていたりすると怒られたり連絡を無視される事もあるしラテアートだって彼が人に自慢したいだけで私への気遣いはこれっぽっちだってない!
だいたいここ数ヶ月デートはもちろん二人っきりで会う事もなかった!
…マスターは静かに最後まで聞いて「辛かったね」って頭を撫でてくれました。

 

一晩悩んで彼と話し合う事に。
もう私の知らない人を連れてこないでほしいしお金も時間も無限ではないから今までのように来られるのは困ると伝えると、ところが彼は恋人の友達を紹介されて自慢されるのを喜べ
わざわざ私の練習台になってやったんだから感謝しろと言いました。
実際に腕が上がっただろうとも。
お金は人様に出せる腕でもないんだから求めるのはおかしいし
むしろ勉強代としてもっと良いものを用意すべきだって。
私は自分が楽しむためにラテアートを始めたのでプロは目指してないし何よりも人を連れてきて欲しいと頼んだ事は一度もないと説明。
すると、私には似合わない趣味だとか友達に散々自慢したのにどうするんだと逆ギレ。
もうだめだとお別れを告げました。
無責任だとか友達に謝れとか別れてももてなしは続けろとか
最後までわけのわからない事を言われたけど全部まるっとお断りしてさよなら。

 

マスターに報告をしたら、カフェラテを入れるように言われました。
お店のマシンで極上の豆を使って渾身の一杯を作りなさいと。
コーヒーを入れた瞬間に広がる甘苦い香り。
ミルクをスチームするとつやつやと光る決め細やかな仕上がりに。
それを使って大きなハートを描く。
私の描いた大きなハートをマスターと一緒に装飾して
今までで一番綺麗で可愛くて豪華な【渾身の一杯】が!
不思議な達成感の中で見つめていると、マスターがスプーンを差し出しました。
「作ってて楽しかった?出来は満足かな?」
「楽しかった!こんなに綺麗なの初めてできた!今までで一番!」
額に入れて飾っておきたいような大満足の出来に感動!
右から左から眺めてはしゃぐ私にマスターは言いました
「今まで一生懸命やってきたからこんなに綺麗なものが出来たんだよ。
彼との時間も綺麗で素敵なものだったでしょう?
最後まで作りきったならあとは美味しく飲んでしまいなさい。」
人差し指で渦巻きを描きながらマスターが笑います。
私もつられて笑いながら、もったいないけどスプーンを入れました。
あっという間に崩れて消えていく綺麗なハートマーク。
二度と同じものは作れないけど、それでいいのかもしれません。
渾身の一杯はやっぱり暖かくて今までにない程美味しくて悲しい味がしました。

ラテアートは私には似合わないお洒落な趣味だと思う。
でも一人で楽しむくらいいいじゃない。
もっともっと楽しんで成長して、今より素敵な一杯を味わえるように頑張ります!

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