甘いコーヒーが繋いだビターな恋

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小さい頃からコーヒーは眠れなくなるからとあまり飲んだことがなかった僕。
それでもコーヒー牛乳などコーヒーの味自体は嫌いじゃなかった。
大人になっていくにつれてコーヒーを飲む機会は増えたけれど日常的に飲むほどではなかったんだ。

そんな僕も社会人になり、社内ではコーヒーを飲みながら仕事に励む人も多く、次第に身近な存在になっていったんだ。
その中でも同期の女性社員と同じフロアになり、よくしゃべるようになった一つのきっかけもコーヒーだった。

その子はお昼の食後、定時を過ぎ残業に差し掛かる一息に決まってコーヒーを飲んでいた。
その頃まだ僕はコーヒーよりもジュースお茶などを飲んでいて、「この子、コーヒー好きなんだなぁ」くらいだった。

職場で同じチームの先輩などもコーヒーを飲む人やコーヒーが好きな人が多く、割と暇なときにはジャンケンで負けた人が近くのコーヒーショップまで買出しになんてこともあったんだけど、みんなの注文が覚えられない僕。
専門用語のような仕組みのオーダーに訳がわからずメモを取って買い出しに行った。
そこでも軽い事件は起きてミルクや砂糖、ガムシロップなどはセルフサービスで何を持ち帰ればいいのかわからず先輩に電話で確認してしまったくらい僕にとってはコーヒーは遠い存在だった。

とある昼休みにその同期の子とそのときの話をするとその子はクスっと笑い「私、朝時間あるときはあそこに寄ってコーヒー飲んでから出社してるんだ」と教えてくれた。
だんだん仲が良くなるに連れて気になるのは自然なことで、毎日時間ギリギリに出社しているような僕でも少し早く出てそのコーヒーショップに寄ってみようかな、なんて思うようになった。

そしていつもより朝早く出て、そのコーヒーショップを覗いてみると彼女の姿があった。

僕「おはよう、本当に居た!」
彼女「たまに寄るって言ったじゃん!コーヒー飲んでゆっくりしてからだとやる気出るんだ」
僕「コーヒー詳しくないから普通の飲んでみる」
彼女「私はミルクたっぷりで甘いコーヒーが好きなんだ」

なんて会話をしつつ、お互いの仕事の話などして出社前の一時を過ごした。

それから毎日ではなかったけど早く出れる日はお決まりのコーヒーショップに立ち寄り彼女としゃべるようになり、次第にプライベートな話をするようになったりメールを送りあう仲になっていったんだ。
毎朝ではなかったけれど「おはよう」から始まり「今日朝寄って行く?」なんていうメールでの会話をし、朝の楽しみが増えていった。

しかし職業上というか職場が変わりやすかった為、そんな日もそれほど長く続かなかった。
僕の職場が移動になってからは毎日顔を合わせることがなくなり、出社前にそのコーヒーショップへ立ち寄ることもなくなったけれどメールでのやり取りは続いていった。

そして彼女の誕生日を知っていた僕はメールで「お誕生日おめでとう」のメールを送った。
すぐに返信は来て、彼女はとても嬉しそうな内容のメールを返してくれた。
その頃にはたまに電話で話すこともあって、その晩も電話で再度「おめでとう」と言ったんだよね。
彼女曰く、嬉しいのもあるけど驚いた方が強かったらしい。
誕生日だということを知っていて覚えていてくれて、まさか僕が「おめでとう」なんてメールを送るようなキャラに見えなかったらしい。
たしかにあまり感情を表に出さない僕は照れ屋なのか、周りの人からは何を考えているかわからないという印象だとよく言われてきたので彼女が驚くのも納得した。

その後、彼女と同じ職場へ一日行く日がありその日は久しぶりに彼女の顔を見た。
何となく彼女の顔はニコニコした表情でお昼は一緒に食べて、楽しくしゃべった。
彼女の食後は、お決まりのミルクをたっぷり入れた甘めのコーヒー、僕も食後はブラックコーヒーを飲むようになっていた。
食後のコーヒーを飲みながら僕は「今度デートしよっか?」なんて少し冗談交じりな感じでデートに誘うと彼女は「うん、いいよ、行こう」と快く応えてくれた。
その日から初デートまでの日は掛からず、週末にすぐに初デートをしたんだ。

初デートはイタリアンを食べに行き、いつもと違う私服の彼女の姿に僕はどんどん惹かれていった。
その初デートの会話で
僕「最初はデートとかは断られるかと思ってたよ。入社時のときとか僕の事、嫌いだったでしょ?」とまた冗談交じりで聞くと
彼女「そうだね。入社したばかりのときは苦手なタイプの印象だったかも・・・でも少しづつ話すにつれて印象と全然違ったし、誕生日に来たメールが凄く嬉しかったの。」と答えた。
やっぱりそうだったよねと思う反面、嬉しかった。
誕生日にメールを送ってよかったって思ったんだ。

それから今まで以上にお互いの距離が縮まって、デートも重ねるようになった。
海へ行こうと誘うとカジュアルな服装でまた新鮮な彼女の姿を今でも覚えているよ。
海では映画のワンシーンの様に靴を脱いで波打ち際ではしゃぐ彼女の姿、ふざけて追いかける僕。
お昼は美味しい海鮮モノを食べて、食後にはゆっくりできるカフェへ。
カフェなどでゆっくりとコーヒーを飲みながら過ごす時間が落ち着いてとても心地よかった。
何よりゆっくりおしゃべりできるのがとても楽しかった。
僕と彼女を繋ぐ時間にコーヒーは欠かせないものになっていたんだ。

彼女とのデートも数回重ね、僕の気持ちは固まっていたある日、今日告白しようと決めていた。
その日は日が落ちてから人気の少ない大きい橋を散歩して、「ちょっと話したいことがあるんだ」と彼女を座らせた。
そこで僕は立ち上がって彼女の正面に立ち「僕と付き合って!」と勢いで告白した。
彼女は驚いた表情でいたけれど「いいよ!」と応えてくれた。
そのときも彼女は「私も一緒に居て楽しいし、好きかもって思ってたけど、まさか今日告白されるとは思ってなかった!」と予想外だったみたい。
そんなことも笑いながら手を繋いで帰り道を歩いたんだ。

それからも特に変わった感じのない日々を過ごし、変わったといえば彼氏彼女という関係になったこと。
車でのデートの帰りは彼女の家まで送るのが日課だったけど付き合い始めたからといってすぐにお邪魔するようなことはしなかった。
お互い一人暮らしだったけれど、どちらの家にも上がったことはなかった。

初めて家に上がったのは彼女家だった。
週末の仕事帰りに食事をして時間も遅いし翌日はお互い休みだしということでお邪魔させてもらうことになり彼女の家に行った。
「狭くてゆっくりできないけど」と言いながらコーヒーを淹れてくれた。
彼女は寝る前にも必ずといっていいほど、ミルクたっぷりの甘いコーヒーを飲むんだって。

僕「寝る前にコーヒー飲んで眠れなくならないの?」
彼女「大丈夫!一日のご褒美じゃないけどコーヒー飲むの幸せなんだ。」

家ではインスタントだけどドリップ式のコーヒーをゆっくり淹れていた。
彼女のコーヒーカップは可愛らしいマイカップ、僕のはマグカップだったけれど「今度お揃いのコーヒーカップ買いに行こう」と微笑む彼女。

その後、僕の家にも遊びに来るようになり僕の家ではマグカップでコーヒーを飲む二人。
タイミングがよかったのか僕が友人の出産祝いを贈ったお返しで少しお洒落なペアのコーヒーカップを頂いたので、彼女と喜んで僕の家ではそのコーヒーカップを使うようになったんだ。
彼女の家では可愛いお揃いのコーヒーカップ、食後のコーヒーブレイクが一層楽しくなった。

それからも特に大きな喧嘩などはせず順調に付き合っていた僕と彼女。
職場も違うことが多かったけれど、時々僕が彼女の職場へ行くときには連絡して、毎回「チョコレート買って来て」と頼んでくる彼女が可愛らしかった。
駅の売店などで好きなチョコレートや、たまに変わった僕が美味しそうだなと思うチョコレートを買って行くと喜ぶ彼女。
コーヒーと一緒に食べて一層幸せなんだと、その後も仕事頑張れるんだと・・・単純だなと思いながらも彼女が可愛かった。
だから僕はチョコレートを選ぶときも、ちょっとした幸せを感じていたんだよね。

僕もコーヒーを飲むようになってから、いろんな喫茶店やカフェへ足を運ぶのが楽しくなった。
ブラックしか飲まない僕はコーヒーの味の違いにどんどんはまり、こだわりはなくともいろんな味を楽しめるようになっていた。
一人で飲むコーヒーも美味しいけれど、やっぱり彼女とゆっくり飲むコーヒーは一段と美味しかった。

それからの二人も順調に日々を重ね、1年、2年が過ぎた頃、僕の仕事が急に忙しくなり彼女を一緒に居れる時間も減っていってしまった。
そうなるまでにもたくさん、一緒にカフェを巡った、洋食好きな二人ということもあり食後はコーヒーだったし、和食でも食後には時間が経つと「コーヒー飲みたいよね」なんてお互い言いながら喫茶店に足を運んでみたり。
職場で使うお揃いのタンブラーを買ったり、コーヒー好きな二人の思い出はたくさんできた。
しかし恋愛もずっと順調な日々が続くことは少なく周りの環境次第で変化してしまうものだと再度痛感した。
付き合い始めのゆっくりとした時間はそこにはなくて、一緒にゆっくりコーヒーを飲む機会もどんどん減っちゃったんだよね。
その頃から喧嘩まではいかないにしても言い合いや、すれ違いが多くなり、たくさん悩んだけどそれをきっかけに僕は会社を辞めて転職を決めた。
彼女は頑張り屋というタイプでもあったし、その会社で頑張ってみると話し合った結果なったんだ。
その後もしばらく付き合っていたけれど、僕の転職もなかなか上手く行かず、それをきっかけに僕たちの恋愛は終わった。

それから数年が経つ今でも、僕たちを繋いだきっかけになったコーヒーショップを通ると思い出すんだ。
コーヒーを好きになったのも彼女を好きになるきっかけになったのも、ここだったんだなって。
ミルクたっぷりの甘いコーヒーを飲む彼女を思い出し、ブラックコーヒーを飲む僕が今いるんだ。”

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