甘党の彼とブラックの私

①私とコーヒー
私は、祖父が大のコーヒー好きということもあり、小さい頃からコーヒーには慣れ親しんできました。祖父は毎朝、朝食後に自分でミルで挽いたコーヒーを入れて、コーヒータイムを楽しんでいます。私が初めて小学生の時に飲んだコーヒーは、その祖父が入れてくれたブラジルのコーヒー。ブラックで飲んだそれは、とても苦く、どうして祖父がそんな物が好きなのか不思議に思ったのを覚えています。
そんな私も高校生になってからは、朝のコーヒータイムに付き合うようになりました。アメリカンからブラジルからコロンビアまで、様々な種類のコーヒーを飲みました。その中でもお気に入りは、やっぱりブラジルコーヒーでした。酸味と苦味がちょうど良いバランスで、飲みやすくて大好きでした。そんな美味しい祖父の入れたコーヒーだったので、私は気づけば、砂糖もミルクも入れないブラックが好きになっていました。
家を出て、1人暮らしを始めてからもそれは変わらず、カフェに行ってもブラックコーヒーを頼む私でした。そんなある日のことです。私が彼と出会ったのは。

②彼との出会い
仕事が休みの週末、私は神戸の街を1人でぶらぶらしていました。何着か服を買い、いつものお気に入りのカフェで休憩をしていました。もちろん、その時もブラックコーヒーを飲みながらです。あと、大好きなチーズケーキも一緒にほっと一息をついていました。
そうしているうちに、店内が混み合ってきました。すると、私の席からちょうどよく見える席に1人の男の人が座りました。特に気になった訳でもありませんが、なんとなくぼーっと見ていました。しばらくすると、彼が注文した品が運ばれてきました。それを見てびっくり!私と同じ「ホットコーヒーとチーズケーキ」だったのです。このカフェはメニューが豊富だったので、全く同じものを選んだということに驚きました。もちろん、ただの偶然なのですが。
同じものを頼んだ彼に少し興味思った私は、得意の人間観察を始めました。そして、いきなり「全然同じじゃなかった」ということに気づきました。それは、彼がホットコーヒーにたっぷりのミルクと角砂糖を3つも入れていたのです。思わず「うげっ」と声が出てしまいそうでした。こんなに甘いチーズケーキを、あんなに甘そうなコーヒーと合わせて、一体どういうつもりだろうと思いました。
そこで、一気に興味がなくなり、私は読みかけの本をまた読み始めました。

③初めての会話
それからも、お気に入りのカフェだったので、私は週末によくそこに行っていました。そのうち何度か彼を見かけました。そのたびに、彼は甘そうなホットコーヒーを飲んでいました。あんなに砂糖を入れるくらいなら、もういっそカフェオレを頼んだらいいのに…と私はいつも不思議に思いながら見ていました。
そんなある日、私がいつものようにぶらぶらしていると、突然雨が降ってきました。傘を持っていない私は、ちょうど近くにあったお気に入りのカフェに避難しました。すると、突然の雨で同じように考えた人が多かったのか、店内は満席でした。なじみの店員さんも、「すみません。突然の雨でいっぱいになっちゃって、ちょっといつ空くかわからないんです。」と申し訳なさそうに声をかけてくれました。仕方なく、他のカフェを探そうと出ようとした時です。

「ここで良ければ!」

と、突然声が降ってきました。私がぽかんとしていると、その人がこう続けました。
「俺も1人なんで、前空いてますよ。」と。
店員さんが、遠慮がちに「どうします?」と聞いてきましたが、とりあえず雨もひどいので、お言葉に甘えて相席させていただきました。座って、びっくり。その人は、いつもの甘党のホットコーヒーの彼でした。
目の前に座って何も喋らないのも変かと思い、喋りかけようとすると、向こうも同じように考えていたのか、同時に「あの!」といい様に勢いの良い声が出てしまいました。でも、これで2人の緊張が解けいろんな話ができました。「どんな仕事をしているのか」とか「カフェになんでよく来るのか」とか「近くに住んでいるのか」とか、本当にざっくばらんに色々と話しました。
その中でも最も印象に残った会話が次のものです。それは彼が言い出しました。
「毎回、コーヒーはブラックで飲むんですか。」と。
そこで、私は祖父の話や小さい頃からブラックで飲んでいたことを話しました。そうすると、彼は感心したように
「すごいなあ、俺、ブラックで飲むとお腹壊すんですよね。」
と言いました。ずっと気になってた甘党の訳がわかり、「ああ!それで!」と私の口から、思わず大きな声が出ていました。
彼は「やっぱり、こんなに甘そうなの飲むのかっこ悪いですかね。」と、照れ笑いをしていましたが、「好みだから良いじゃないですか」と言うと、安心したように笑顔を見せてくれました。

④いつもの席
それから、週末は、ほとんど毎週そのカフェに行くようになりました。お気に入りと言うのももちろんありますが、その時は、彼に会えるかもしれないという思いが強かったように思います。その予想通り、彼も毎週末のように、そのカフェにやってきました。でも、以前と変わったことが1つあります。それは、混んでいなくても同じ席に一緒に座るようになったことです。
気づけば、なじみの店員さんも「あ、今日はもう来られてますよ」と、彼のいる席に案内してくれるようになっていました。なんだか私の居場所ができたような気がして、くすぐったいような温かい気持ちになりました。気づけば、彼の前の席が私にとっての「いつもの席」になっていました。
何度も顔を合わせているうちに、ますます仲良くなり、3度目に会ったときに連絡先を交換しました。すると、週末以外にも連絡をとるようになり、いつの間にか好きになっていました。

⑤初デート
そこから1ヶ月もしない内に、彼から映画に誘われました。話題の映画で、私が見たいと言っていたのを覚えていてくれたようです。
お互い、何か言うわけではなかったけれど、意識しているのがわかりました。いつものカフェ以外で会うと、変に緊張してしまい上手に喋れません。少しぎくしゃくしたままデートが終わろうとしていた時です。彼が「いつものカフェに行こう」と言い出しました。
いつものカフェで、同じホットコーヒーを頼み、彼は砂糖とミルクを、私はブラックで飲み始めました。そうこうしていると、いつものペースに戻り、リラックスして話すことができました。
結局、そのデート帰り道に、私のことを送りながら、彼が告白してくれました。もちろん、返事はイエスと言いました。

⑥出会いと別れ
そこから、彼とは2年間、楽しい時間を一緒に過ごしました。温厚な彼なので、大きな喧嘩をすることもなく、毎日穏やかに過ぎていきました。付き合ってからも、何度もお気に入りのカフェを訪れ、甘いコーヒーとブラックコーヒーを飲みました。そのたびに、新しく知ることのできる彼の一面が愛しくてたまりませんでした。そして、彼もそう思ってくれていると思い込んでいました。
ある週末の日、私は突然彼に呼び出されました。場所は、いつものカフェです。特に遊ぶ約束をしていなかったので、何かあったのだろうかと少し心配しながら、私はそこに向かいました。
カフェにつくと、彼の方が先に到着していて、なじみの店員さんがいつものように案内してくれました。
座っている彼の顔を見て、私は話の内容がわかったような気がしました。優しい彼の顔は、辛いような悲しいような、どうしたらいいのかわからないという顔をしていました。
「コーヒー頼んだ?」
と私が言うと、「あ!まだ!」と焦ったような答えが返ってきました。いつも頼むコーヒーを忘れるくらいに考え込んでしまっていたんだなと感じました。優しい彼だから、きっと彼の方から切りだすことは無いだろうと思い、私から切り出しました。

「別れたい?」

と。彼は焦ったようにあたふたし、コーヒーに入れるはずの角砂糖を冷水に入れてしまいました。
甘いコーヒーを飲んで、やっと落ちついた彼に話を聞くと、どうやら他に気になる人ができてしまったようです。もちろん、悔しかったし、とても辛かったです。公共のカフェという場所でなければ、反論したかもしれません。すんなりと受け入れることができたわけではありません。でも、彼に幸せになってほしいと言う思いがあったのも本当です。ずっと私のことを考えてくれていた彼に1番に幸せになってほしいと思いました。別れる時にこんなに相手のことを大切に思えたのは初めてでした。
それでも、簡単に整理がつくものではありませんでしたが、このお気に入りのカフェで、泣きわめいたり喧嘩したりしたくないと思い、私は静かに
「そっか…わかった。ありがとう。」
とだけ伝えました。それ以上話すと、泣いてしまいそうだったからです。彼は申し訳なさそうな顔をしましたが、ほっとしたような顔に見えました。
そして、カフェから始まり、カフェで終わった私たちの恋は幕を閉じました。彼の中でもこの場所とコーヒーが思い出として残っていてくれたら嬉しいと思います。

⑦思い出のコーヒー
あれからもうすぐ3年が経とうとしていますが、いまだにコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れる人を見ると、彼のことを思い出します。あのお気に入りのカフェには、あれ以来1度も行っていませんが、今度久しぶりに行ってみようかなと思っています。その時は、ブラックコーヒーとチーズケーキを注文して。きっと馴染みの店員さんも、彼も、もういないだろうけど…一度くらい、彼のようにたっぷりのミルクと3つの角砂糖を入れてみるのも悪くないかもしれません。
ずっと思い出と一緒にそこに立ち止まっていたようですが、そろそろ前を向いて歩き出そうと思います。甘いコーヒーの事は、頭の片隅に大切にしまっておきます。だって、やっぱり、私が1番好きなのは、ブラックコーヒーですから。

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