私たちを繋ぐ、甘くて優しいブラックのアイスコーヒー

私が高校一年生だった頃の話です。
当時、私は、テニス部に所属しており、夏休み中の練習が終わると、部活後の息抜きでチェーン店のコーヒーショップに友達と足を運んでいました。そこで注文するのは、決まってブラックのアイスコーヒーとミルクレープ。ブラックのアイスコーヒーの苦さとミルクレープの甘さがよく合って、私はこの組み合わせが大好きで、毎日、ここに通っていました。

いつものように、友達とコーヒーショップに入ると、そこにバスケ部で、前から少し憧れていた先輩が友達と一緒に座っていました。先輩たちも、夏休み中の練習後の息抜きに来たようです。ちょうど、隣の席が空いていたけど、私のことなんて知らないだろうし、他にもたくさん席が空いていたので、隣には座らずに離れて座りました。
友達が「お気に入りの先輩だよね?こっちの席でいいの?」と気を遣って話しかけてくれましたが、勇気の出ない私は「大丈夫」と首を横に振りました。
私たちは、それからも、夏休み中の部活後は、ずっとコーヒーショップに通い続けました。そして、先輩も友達と一緒に、たまにコーヒーショップで見かけるようになりました。でも、相変わらず、私の恋愛には進展がなく、話をしたこともなければ、先輩が私のことを知っているのかすら分からない状態が続いていました。
それなのに、先輩とコーヒーショップで時間を一緒に過ごしているという、たったそれだけで、私は先輩のことが少しだけ憧れている存在ではなく、いつの間にか大好きになってしまいました。
時間が経つにつれ、その想いが膨らんで、友達と話をしながらも、先輩の声に耳を傾けてしまったり、先輩が来店した時は、つい目で追ってしまったり、先輩が近くにいると、先輩のことばかり気にかけてしまう自分がいました。先輩と同じ空間が過ごせる、このコーヒーショップでのひとときが私には、何よりの楽しみになっていました。

 

そんなある日、私と友達がいつものように座っていると、先輩も友達と一緒に来店し、いつものようにカウンターで注文をしていました。私は心の中で、
「先輩が来た!」
と思い、見ないふりをしながらも先輩を確認しつつ見ていました。
すると、いつもと違って、私たちのいる場所に向かってきます。私は、とっさに知らないふりをしましたが、あっという間に先輩たちが私たちのいる隣の席に座り、
「お疲れ」
と言って、友達と一緒に座ってきました。一瞬、私たちに話しかけたのか迷って、辺りを見回しましたが、先輩のことを誰も知っている人がいそうになかったので、私たちに話しかけてくれたんだと分かり、私もニコッと笑い、軽く会釈をしました。
もう、私の顔は真っ赤になっているし、心臓は口から飛び出しそうになっているし、何より恥ずかしいし、私は少しパニックになっていました。頑張って冷静にならなきゃと冷静を装いましたが、またそれが変な緊張感をもたらし、いつもの自分の様子と明らかに違います。もっと自然に、可愛らしく振る舞いたいのに、アイスコーヒーのグラスをもつときの振る舞い、ミルクレープを食べる時の食べ方といったように、今まで何も思わずに簡単に振る舞っていた行動なのに、どこかぎこちがなく、不自然な振る舞いになってしまいます。私は落ちつかなきゃと思い、アイスコーヒーを飲み、顔のほてりを冷やしました。
「いつも、ここに来ているよね」
と言って、先輩は私に話をかけてきました。
「あっ、はい。ここのお店、好きなんで」
と答えたら、
「よく会うもんね」
と言って笑ってくれました。
笑顔がたまらなく素敵で、私に笑いかけてくれたんだととても嬉しくて、ドキドキしていました。
私の友達や先輩の友達も一緒でしたが、私ははにかみながらも、みんなで仲良く談笑しました。

 

それから、先輩たちと私たちは、会えばよく相席をするようになり、私もだんだんと気軽に先輩と話ができるようになっていました。
先輩と連絡先を交換し、私と先輩の距離はどんどん縮んでいきました。と同時に、私の友達も、もう一人の先輩の友達と仲良くなり、いつの間にか、私と先輩、私の友達と先輩の友達という感じで仲が深まっていました。そして、自然な流れで、みんなでダブルデートをしようということになり、映画を観に行くことになりました。

 

楽しみにしていたダブルデートの日がやってきました。
私は先輩とのデートに浮かれ、一晩中眠れなくて、睡眠不足のまま、めいいっぱいお洒落をして出かけていきました。
映画館につき、そのとき流行っていた映画のチケットを購入し、ポップコーンを買って席につきました。
映画を観る前に、携帯電話の電源を切ろうと、バッグから取り出すと、携帯電話の画面に母からの着信の通知がたくさん入って入ることに気が付きました。メールも来ていたので、メールを読むと、末期の癌でずっと入院していた祖母がたった今、病院で息を引き取ったというお知らせでした。
私は、小さい頃から面倒を見て、可愛がってくれた祖母の死に愕然としました。末期の癌だったので、覚悟はしていたつもりでしたが、やはり、現実のものになると、受け止めきれず、動揺してしまい、早くおばあちゃんの所に行ってあげなきゃという気持ちにかりたてられました。
先輩への謝罪もきちんとできずに、ただただ、
「すみません。おばちゃんが死んじゃったんです。映画を観れなくなりました。すみません。」
と早口で伝え、先輩も驚いた様子で
「えっ、うん。」
とだけ答えていました。
友達にも早口でそのことを伝え、あまり説明できないまま、駆け足で映画館を跡にし、私は病院へと向かいました。
祖母の遺体を見て深い悲しみに包まれ、その日の夜は、自宅が祖母の死でバタバタと落ち着きがなく、親族や近所の方が大勢集まり、私も家の手伝いで忙しく、携帯電話を見る余裕もなく、ベッドに入りました。

 

翌日、私は謝罪の言葉とダブルデートの最中にいなくなってしまい、申し訳なかったことを伝えました。
そして、それからなんとなく、時が経つにつれ、先輩から届いていたメールの反応が鈍くなりました。今まで、すぐにメールの返事をしてくれたのに、何時間か後に届くようになったり、返事の内容も長文ではなく、そっけない文章になったり。
私はダブルデートの件があり、先輩に対して申し訳なく感じていたので、先輩から嫌われたのだと思い、あまり私の方からも積極的に連絡をとるのを控えるようになりました。
夏休みも終わり、部活の後は、先輩は受験のために塾に通うということで、四人で集まることもなくなりました。
私の友達は、私とは対照的に、先輩の友達とうまくいっているようで、コーヒーショップに通っていたようですが、私は一人でまっすぐ帰宅することが多くなりました。友達がとても羨ましくて、夜になると、先輩を思い出して泣いていました。友達が先輩の友達に様子を聞いてみようかと言ってくれたけど、先輩から嫌われているかもしれないという現実が怖くて、聞かなくていいと答えていました。
私から先輩に連絡しても、どうせ返事はなかなかこないし・・・と連絡をとるのも、だんだんと臆病になり、ダブルデート前は毎日のようにとっていた連絡も週に2回まで減りました。
もう、無理なのかな・・・と先輩のことは諦めることにしました。とても辛かったけど、このままズルズルと微妙な関係を続けるのも嫌だし、まだ告白もしていないけど、先輩に振られてしまったという事実を受け入れようとしたのです。

 

先輩との関係を清算しようと、先輩に連絡をとりました。
先輩から返事が来て、いつものコーヒーショップで待ち合わせをしました。アイスコーヒーだけ頼んで先輩を待ちました。私は先輩が来ても、とにかく明るく振る舞って、ダブルデートをぶち壊してしまった謝罪と先輩のことが好きだったこと、でももう先輩のことを諦めることを話そうと決心していました。
先輩がコーヒーショップに来店しました。カウンターで、アイスコーヒーを買ってきて、こっちに向かってきます。
「どうした?」
と言われ、先輩は席につきました。
私は、膝の上で硬く手を握り、先輩に今までの想いを告白しました。先輩の顔を見ると、泣いてしまうから、ずっと唇をかみしめ、下にうつむいていました。
少しの沈黙の後、
「俺さ、ブラックのアイスコーヒー、好きになったんだよ。影響受けたみたい。」
と先輩が言って、続けて、
「俺もさ、好きだから。だから、これからもよろしく。」
と言ってくれました。
私は意外な展開に少し動揺して、なんと言えばよいのか分からず、黙っていると、
「寂しい想いをさせてごめん。勉強が忙しくって。俺さ、夢があって、どうしても受かりたい大学があって。勉強でなかなか時間がさけないかもしれないけど、それでも良かったら付き合ってほしい。」
と言ってくれました。
私は、身体中の緊張感が一気になくなっていくのが分かりました。そして、一息ついて、
「よろしくお願いします。」
と言いました。
先輩が
「アイスコーヒー、おかわりしよっか?ミルクレープも奢るよ。」
と言って、私は、
「はい。」
と笑顔で答え、二人でアイスコーヒーを飲みました。
アイスコーヒーを飲んでいる途中、先輩がゲホッと咳き込み、私が
「ブラックのアイスコーヒーが好きなの、嘘じゃないんですか~?」
と冗談半分で言ったら、
「本当だから。」
と笑っていました。
また、大好きな先輩との大切な時間が戻ってきたと思いました。
あの日から、ブラックのアイスコーヒーは、私にとって、とっても甘くて優しい味になりました。あの時のアイスコーヒーの味は、決して忘れることはありません。

 

それから、10年後、私たちは結婚しました。二人の子供に恵まれ、幸せに暮らしています。
私は、相変わらず、ブラックのアイスコーヒーが好きですが、主人はときどき浮気をして、ミルクたっぷりのカフェオレを飲んでみたり、カフェモカを飲んでみたりしています。
私が
「あれ?ブラックのアイスコーヒーが好きなんじゃなかったっけ?」
というと、今でも、笑って、
「うん。好きだよ。」
と言ってくれています。

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