背伸びの味

高校生になりたての時の話。
わたしを含め友達は皆紅茶派でコーヒーはあま~い缶コーヒーを時々飲むくらい。友達とわいわいおしゃべりする傍らにはチョコやクッキーと甘い飲み物。今思うと中学生となんらかわりのないお子様な高校生でもお年頃。わたしたちも異性を意識したり自分をかわいく見せようと学校で禁止されているメイクをバレないようにちょっとしてみたり、ピアスは怖いからピアスに見える小さなイヤリングを買ってみたり。精一杯の大人のまねごとをしていた頃です。

 

女子高校生だった頃の自分が一番怖かった事は独ぼっちになること。いつでも友達と群れて上手く周りに合わせて浮かないように気を使いつつ、馬鹿話をして盛り上げたり友達の話に大げさに笑ってみせたり。それが”友達”なんだと思っていたあのころ。

「ねぇアノ子いつも一人だよね」

わたしの”友達”の1人が言いました。視線の先には高橋さん。一重のとても大きな目が印象的で少し怖い感じのする女子。いつも文庫本を読んで一人で休み時間を過ごしています。入学してまだ間もない頃でしたが大体何となくグループが出来始めていた頃。
女子高校生が初めて顔を合わせた4月のクラスの様子というのは皆が自己アピールしながらお互いを探りあっています。この子とは気が合うかな?この子はどうかな?その探り合いを経てなんとなくグループが固まって来て5月にはガッチリ女子グループがいくつか固定します。

 

高橋さんは探り合いの時期に既に独りでいることを選んだかのように本を読んでいたのを思い出しました。誰かに意地悪をされた訳でもなく、誰かの輪から追い出された訳でもなく。独りでいることが怖かった自分には考えられない事でした。他人に媚びない様子がカッコ良く眩しく見えたのですがそれは当時のわたしにはそれが分からず漠然と「すごい」と思ったのを覚えています。

 

夏休みがすぎ新学期。わたしは塾の帰りに中学生の頃からの塾の友達と2人で安いカフェに入りました。高校生でも気軽に入れるチェーン店のカフェです。夜になってもまだまだ暑く、わたしはグレープフルーツジュースをおごるから写しきれなかったノートを見せてくれと頼んで友達を拉致。トレイにジュースを乗せ友達の待つ席を探すと思いがけない人を見つけました。

 

高橋さんがいました。

 

隣には大人の男性。当時のわたしから見て大人の男性だったのですが多分大学生だったんだと思います。制服を脱いでもそれと分かるまだ幼さのある高校生男子ではない男性は全部大人の男性と思っていましたから。

 

学校では見た事の無い可愛らしい笑顔で大きな一重をうるうるさせて楽しそうに笑っていました。恋愛経験の無いわたしから見てもそれはとてもとてもステキなカップルに見えました。高橋さんは彼氏に顔を寄せ手に持ったグラスの中の氷をストローでくるくるかきまぜます。

 

そのグラスには真っ黒なアイスコーヒータップリ入っていました。汗をかいたグラスの中でカラカラと氷が鳴り褐色の液体がクルクル回るその様子と幸せそうな笑顔がわたしの頭の中でガッチリ結びついた瞬間でした。

翌日学校に行ったわたしは高橋さんに昨日見かけた事を伝えてみました。同級生相手なのにものすごく緊張しました。ぎこちなくなってしまったかもしれません。
「昨日どこどこのカフェに居なかった?」
すると高橋さんは驚いた顔をしてから笑顔になりました。
「気がつかなかった!あなたも居たのね」
冷やかされるのを嫌がってナイショで付き合っているカップルとも違い自然な高橋さん。

 

気がつかなかったというけれどももしかしたらわたしの名前と顔が一致してなかったのかもしれません。嫌な顔をされなかったわたしはもう1つ勇気を出して隣に居た男性の事をきいてみると高橋さんは隠す様子も無く教えてくれました。中学生の頃家庭教師をしてくれていた男性だそうです。

 

ずっと憧れていて高校生になってやっと付き合ってくれる事になったんだと教えてくれました。その時の高橋さんの目は夕べのようにウルウルしていました。いつも本を読んでいるのは物知りで頭の良い彼に追いつきたいから彼が読んでいた小説を借りて必死に読んでいるんだそうです。

 

読むのが早くておいつかないんだ、と苦笑する高橋さん。

 

彼女の中心には彼がいて、独りに見えるけど今も高橋さんは独りじゃないんだ、と分かりました。そしてわたしは強烈に高橋さんに憧れました。
次に塾のあった日、また友達を安いカフェに連行。友達がグレープフルーツジュースを買う隣でわたしはアイスコーヒーの大きなサイズを注文。ミルクもガムシロップも持たずに席につくわたし。高橋さんとアイスコーヒー。憧れるあまりアイスコーヒーを飲めるようにならなくてはいけないという謎の義務感にかられていました。砂糖の入ってないコーヒーを飲むのはこれが初めてです。幸せなシーンの象徴であるアイスコーヒー。

 

あの日の高橋さんの幸せそうな笑顔が浮かびます。手にはアイスコーヒー。その幸せ之象徴である褐色の美しい飲み物は、
とんでもなく苦い!
頭痛がしてきました。アイスコーヒーを飲んだら例えでなく本当に頭痛がしてきたのです。それほど苦かった!薬?と思うようなキビシイ味。しかも大きなサイズ、少しも減っていません。ガムシロップもってこようか?と言う友達を制してわたしは一人大人への階段を上ろうと少しずつ飲みました。しかし無理。ほとんどを残し、うなだれるわたしを不思議がる友達に理由を長くなるけれどもと前置きし友達に話すと友達は大笑い。
「アンタが大人になるにはあと数年かかるよ!そのタカハシさんって人はきっとうちらとは世界が違うんだよ」

世の中にはいろんな種類の人が居ます。苦もなく単語を暗記できる人、生まれつき容姿が整っている人、お金持ちの家に生まれた人、コーヒーを美味しく感じる人・・。人生は不公平だ、と思いました。

わたしの通う高校はそこそこの進学校。ほとんどの生徒が大学を目指します。3年生になったわたしと高橋さんは理系を目指すクラスです。受験にむけさらに皆が気合いを入れ始めた3年の夏、高橋さんはとんでもないことをわたしに打ち明けました。

「わたし大学行かないで卒業したら結婚するの」

結婚!?高校3年生のわたしは未だ誰かと付き合った事すらなく想像することすら困難な言葉でした。結婚なんてお父さんとお母さんがすることのような世代が違う遠い遠い話だと思っていたまだまだ幼稚な自分と、涼しげな顔で結婚するという大人の高橋さん。同じクラスに世代を超えた2人の同級生。

 

唖然としている彼女は彼氏が海外にいくことを決めたから大学進学をやめてついていくことにした、親も承諾してくれていると話し続けました。わたしの理解は追いつけません。高橋さんとわたしの距離はこんなに近いのにトラック何周分の差がついていることでしょう。周回遅れのわたしはしばらく惚けた後ようやく「おめでとう!」の言葉をひねり出せました。
大学行ったら楽しい事たくさんあるだろうし将来の夢もあったんじゃないの高橋さん。それを事も無げに捨てられる恋愛というものがおそろしいものに感じたわたし。美しく輝くだけどとても苦くて厳しいモノ。でも高橋さんはとても幸せそうに笑っているのです。わたしにはまだ恋愛もコーヒーの味も分からない子供なのだと痛感しました。そして背伸びをやめました。

卒業する時、もらったお年玉から3000円くらいのペアのコーヒーカップを高橋さんに送りました。荷物になってしまうけれどもこれ以外にプレゼントは思いつきませんでした。

 

憧れと卒業とそれぞれの違う道。あれから何十年経ちますが大きなアイスコーヒーを飲む時高橋さんの笑顔は今も強烈に眩しく思い出せます。

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