蕎麦とコーヒーの店

わたしには大切な人が続けている、特別なお店があります。

いま、そのお店は美味しい手打ちそばとコーヒーを出しているお店になっています。

でも、何年か前まではそこは田舎の温泉街にある、でも田舎とはずっと離れたところのような不思議な空間のカフェでした。

そのころはおいしいコーヒーと、ちょっとしたサンドイッチやケーキがメニュ―に並ぶ、普通のカフェでした。

カウンター席が6席くらいで、小さなテーブル席がいくつかと、大きなテーブル席がひとつ、混んでいるときには大きいほうは相席になることもありました。

マダムとアルバイトの人が一人で切り盛りする、小さなカフェでした。

知り合いの知り合い、くらいの遠いつながりのつてでわたしとマダムは知り合い、パティシエ志望だったわたしのまだ素人レベルのケーキを気に入ってくれて、「試しにうちの店で出してみない?」と言ってくれました。

そんなきっかけで、わたしはそのカフェに出入りするようになり、そこでよくコーヒーをごちそうになったり、たまにはお客さんになってちゃんとコーヒーを飲んだりしていました。

手作りで陶芸をやっている人から買い取っているという、優しい風合い、手触りのカップで出してくれるコーヒーはいつもほっこりする味でした。

カフェオレにしてもらう日も、自宅で自分で入れるのとはちょっと違う気がしました。

マダムとは恋愛相談までするほど仲良しになり、好きな作家の本の話、好きな映画の話、いま夢中になっていること、将来の夢や不安、友達にさえ打ち明けたことのない話までしたことさえありました。

悲しい結末の恋の話をしたときは、コーヒーはすっかり冷めてしまって、また新しい一杯を出してもらって、泣き笑いの顔で熱いカップに口を付けたこともありました。

カウンター越しにいつも笑って迎えてくれた、マダムとコーヒーのあったあのカフェ、いまはもうありません。

カフェ自体の経営が傾いていたのに次ぎ、ご主人の経営するお蕎麦屋さんの人手が足りず、マダムはお蕎麦屋さんのお手伝いをすることになった、とある日打ち明けられました。いまではお蕎麦(わたしは美味しい二八蕎麦をかけそばでいただきます)を食べた後にコーヒー、というちょっとオツな組み合わせのお店になっています。

いまでも、たまーに実家に帰ったときは、お蕎麦屋さんのカウンター越しになってしまったマダムと、やはり変わらないおいしいコーヒーを飲みながら、昔と変わらす他の人にはしないような話をしてしまうのでした。

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