記憶とコーヒーは苦く甘い

20代の頃結婚する予定の彼女がいた。周囲からも結婚するのだろうと思われていた。彼女とは外でも家でもよくコーヒーを飲んだ。家でコーヒーを飲むときはいつもサイフォンで淹れていた。このサイフォンは母の形見だった。

 

豆はすぐ隣のコーヒー専門店で100グラムづつ購入し、持ち帰ったその豆を交互に手回しのミルで挽いた。銘柄はモカのハタリかマタリが多かった。ケンカをしてもどちらともなくコーヒーを淹れたらそれが休戦の合図だった。コーヒーの香りには不思議なちからがある。何年もそのちからを借りて危うい時間をやり過ごしてきた。しかし、ついにそのちからが及ばない日がきた。ある晩大喧嘩をしてしまった。原因はもう忘れてしまった。たわいもないイライラから始まったことだった。お互い若かったのだ。彼女は出ていった。

 

三日後彼女から電話が来た。話したあと、私はサイフォンを新聞紙に包んで納屋に封印した。ミルはとっくに壊れていた。その日からコーヒーの淹れ方を変えた。今までの特別な儀式的な飲み方を忘れたかったからだ。豆は500グラムまとめて荒挽きにしてもらうようになり、使用するコーヒー器具はアウトドア用のステンレスのパーコレーターに変えた。これならコーヒー一杯分淹れる時間は日常の一部に出来そうだった。あの頃は思い出を日常生活に埋め立てようと必死だったのだと思う。朝コーヒーを飲んで出かけ、帰宅してシャワーを浴び食事をつくり本を読んで眠る。規則正しい生活に努めた。その間女性と交際する機会は何回かあった。しかし、長く続かなかった。続ける気がなかったのかもしれない。そんな生活が10年続いた。私はもう、とうに結婚するつもりはなくなっていた。

 

ある年の春、午前中のことだった。唐突に職場で上司が私に言った。君に紹介したい女性がいる。10歳下だがどうだろう。急ぎの仕事に追われている最中である。耳には聞こえていたが返事をしなかった。上司はかまわず続けた。少しふくよかな女性だ。君が独身主義なのは知っている。でもこのまま独り身だと年をとると淋しいよ。そして付け加えた。君は太っている女性は嫌いかね。言葉がふくよかから太っているに変わっている。いつもの上司の適当な仕事ぶりを反映していた。私は顔を上げ上司を見た。あとにしてくれませんか。この書類、午前中に仕上げたいので。私はすっかり慣れた今の生活を気にいっていた。たしかに時々無性に淋しくなるときもある。しかしそれは一瞬である。気の迷いの取るに足らない感情に過ぎないと勘違いしていた。私は淋しいという感情を忘れつつあったのだ。そしてこれが一番の勘違いだったのだが、この話は打ち切ったつもりでいた。

 

上司は私を無視してさらに話を続けた。今日別に用事はないのだろう。実はその女性に君を紹介すると約束してあるのだ。一回、会ってみないかね。私は顔を上げず頷いた。もちろん、こころの中で舌打ちをしていた。しかしこれ以上は時間の無駄である。私は上司の性格を熟知していた。自分の意見を押し通すまで言い続けるに違いなかった。上司は私が頷くとようやく安堵したようだった。安請け合いばかりする。いつもの仕事ぶりと同じで部下や世間に迷惑をかけるやり方である。

 

夕方、上司に教えてもらった喫茶店にひとりで出向いた。急用が出来た上司は同行しなかったのだ。駐車場に車を停め、店に近づくとあたりに焙煎した豆の香りが広がっているのに気づいた。スタバ以外のコーヒー専門店は訪れなくなって久しい。その店は周辺のマンションから取り残された古民家を改装したコーヒー専門店だった。私は振り返った。歩道に植えられた桜並木が満開である。来る途中気づかなかった。まるで一幅の絵のような見事なロケーションのなかに私はいたのだ。すっかり圧倒され店に向かった。古い重いドアを押し開けなかに入った。何組かの客が談笑していた。その客のなかひとりだけ女性客が文庫本を読んでいた。私は迷わず彼女に歩み寄ると自己紹介をした。なぜなら女性客は彼女だけだったし、たしかに上司の言うとおりかなり太っていたからである。

 

彼女は会釈した。少し緊張しているようにも見えた。お忙しいところすいません。どうしても紹介したい人がいるから会ってみないかと強引に言われたでしょ。実は私もなんです。はじめまして。そして彼女は自己紹介した。あの人のいい加減さに付き合うのにはお互い苦労しますねと、私は話を迷惑な上司にもっていった。初対面である。お互い頼みの話題はあの上司しかいなかったのだ。

しばらくするとウエイターが注文をとりに来た。私はブレンドを注文した。普段、出先ではブレンドを頼むのが常だった。考えなくてすむ。彼女はモカを頼んだ。ウエイターが引き下がろうとした時、なぜか私の気が変わった。ブレンドからモカに変えた。すると彼女が言った。モカって酸っぱいから嫌いっていう人多いんですよね。まわりではあまり人気ないんです。それからのぞき込むように私の顔を見て、モカはお好きですか、と尋ねた。

 

香りが好きなんです。私は答えた。以前は水にもこだわりがあって、香りがコーヒーには最重要だと思っていたんで。ミネラルウォーターでコーヒーを淹れていたんだけど今は水道水で飲むようになってしまって。いや、水道水もいいんですが。家では煮出すタイプの器具でコーヒーを淹れてるし、そうすると香りも吹っ飛んでしまうから、モカは飲まなくなってしまいました。今日はせっかくコーヒー専門店に来たんだからね。少し気分を入れ替えて、モカにしてみようかなと思ったんです。私はなぜか弁解口調になっているのに気づいた。

 

モカが運ばれてきた。信楽焼きのカップである。和菓子が付いていた。あ、お菓子だと嬉しそうに彼女は声を上げた。私、コーヒーは好きだけど二番目なんです。一番は和菓子のそれもあんこ系なんです。コーヒーと和菓子って合うんですよね、と彼女は言い和菓子を口に運んだ。それならこれもどうぞと、私は自分の和菓子を勧めた。私は甘いものは食べる習慣がない。ありがとうございます。彼女が言った。私は目を伏せるようにしてコーヒーに一口つけた。こんな気分は何年ぶりだろうか。すっかり忘れていた気分だった。その日のモカは素晴らしく美味しかった。

 

彼女はよく笑った。今まで付き合った女性の誰とも違った。一言でいうと庶民的だったのだ。時間はあっという間に過ぎて店を出たのは閉店間際だった。うちまで送りますよと申し出た。裏のマンションに住んでいるので大丈夫です。今日はありがとうございました。ごちそうさまでした。と彼女は手を振って帰っていった。私は駐車場まで戻った。すると彼女が再び息を切らして現れた。そして一片の紙切れを差し出した。これ電話番号なんです。もしまたお時間があったら誘ってください。じゃあ、と一礼して足早に去っていった。私は自宅に着くとすぐ彼女電話した。彼女はこんなにすぐ電話が来るとは思っていなかったようだった。私は今日のお礼を言い少し話をした。

 

翌日、上司は開口一番、昨日はどうだった、と私に尋ねた。おかげさまで楽しかったですよ。ありがとうございました。私は多少社交辞令を交えてお礼を言った。しかし、感謝していたのも事実だった。すると上司は意外なことに神妙な面持ちで私に言った。あの子は本当にいい娘なんだよ。でも親も死んでしまって誰もいない。誰か支える人間がいないとおそらく不幸になる。ただあのとおりの体型だろう。彼氏が出来づらい。どうか君が助けてやって欲しいんだ。頼む。君なら出来る。どうせ君は人生何も興味がないんだろう。そんな生き方しているのならもったいないじゃないか、と言い放った。本当だとしてもひどい言い草である。彼女は生まれた時から片方の腎臓に障害があると言ってましたよ。私は言った。柄にもなく意地悪な気分になっていた。それで子供は生めそうもないし循環器系の病気だからいずれ心臓にも影響を与える疾患に発展すると子供の頃医者に言われたそうです。いい女性を紹介してくれてありがとうございます。上司は絶句した。知らなかった。彼女は君にそれを昨日言ったのか。私は頷いた。それでむくんでいたのか。てっきり食べるのが好きなので太っているのかと思っていた。いや、食べるのは好きだそうですよ。私は答えた。

 

私はその後も彼女と数回デートを重ねた。ふたりともモカが好きなこと。本を読むのが好きなこと。特にアガサ・クリスティとレイモンド・チャンドラーが好きなこと。木片を組み合わせるパズルが好きなこと。ドナー登録していること、など話てみると共通した事柄が多かった。また彼女と上司は以前の会社で上司部下の間柄であったこと。いい加減に見えるが部下を守るために会社を退職したこと。元暴走族だったこと。上司に関して意外な過去を知らされこれには私も驚いたが。それから私と彼女は翌年結婚した。籍を入れただけで式は挙げなかった。お互い大掛かりな形式は苦手だったのだ。

私の自宅に彼女が引っ越してくる前日、納屋からサイフォンを引っ張り出した。新聞紙はボロボロになっていた。幸いパーツは無事で割れたり欠けたりしていなかった。ゴムのパッキン部分は少し傷んでいるだけだ。サイフォンはまだ使えるようだった。15年近くしまっていたのだ。これぐらいで上等である。キャンパス地のフィルターを新しいのに替えランプにアルコールを注ぎ足した。中挽きで挽いた粉を二杯分入れ、水はミネラルウォーターを使った。豆はやはりモカにした。部屋いっぱいに香りが広がった。感傷的な気分にはならなかった。歳をとったためだろうか。いや、やはり美味しいコーヒーは美味しいコーヒーでしかないのだ。私はその晩これからは特別な日にはこのサイフォンでコーヒーを淹れようと決めた。手始めは明日だ。彼女とふたりでコーヒーを淹れよう。このサイフォンは母の形見でもあるのだ。コーヒーは人生に香りと彩りを添える。その記憶が苦いものでも甘いものでもかけがえのないものなのだ。私が人生を終える時コーヒーを一杯淹れてもらう予定だ。コーヒーの香りはぼやけた苦い記憶や甘い記憶を呼び覚ます手助けをしてくれるだろう。もうその一杯のコーヒーは妻である彼女にお願いしてある。

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