限定コーヒー

コポコポと落ちる水、ほろ苦い香りの蒸気。

 

子供の頃から、朝はコーヒーの香りで始まっていた。

 

少しほろ苦い大人の香り。

 

我が家では両親が毎朝美味しそうにコーヒーを飲んでいた。

 

とても美味しそうに飲んでいるので、何度もちょっと飲ませてもらっては、まずい・・・と顔をしかめることの繰り返し。
私が入れたコーヒーは特別においしい、そんな風に言われることが嬉しくてよく両親にコーヒーを入れてあげていた。
祖母の家もコーヒー好きで、コーヒーミルがきちんとあった。コロコロと豆を挽く作業が子供の私にとっては楽しい遊びだった。豆を挽くとコーヒー前がしっかり香ってくるところも好きだった。

 

まだ子供の私はコーヒーと牛乳1:9の割合にさらに砂糖を3杯くらい入れたカフェオレを時々飲んでみたりしていた。
うっすらと茶色がかったミルクを飲んで大人気分を楽しんでいた。

 

私にとってブラックコーヒーは大人の味で憧れだった。コーヒーのほろ苦い香りが好きだった。
大人になれば、いつか美味しく飲めるようになるんだろうな、そんな風に思っていた。

 

時はあっという間に過ぎ、大人と呼ばれるに年齢になった。
だけど私はコーヒーは飲めないまま。ビールだって飲めるのようになったのに、なぜかコーヒーは飲めないままだった。
大人になったら飲めると思っていたコーヒーが飲めないことで、なんだか自分は大人として不十分に感じていた。

 

カフェに行った時は、紅茶かカフェラテのコーヒーを頼む。商談に行き客先で出されたコーヒーにもほとんど手をつけない。あの酸味が強くて、薄いコーヒーが大嫌いだった。
夏は炎天下を歩き汗だくで、喉もカラカラなのに、なんの飲み物も口にできないのが相当につらい。
ちなみにブラックコーヒーにコーヒーフレッシュと砂糖を入れて飲むのも好きではない。
コーヒーフレッシュを入れてもまったくまろやかにならないし、ブラックコーヒーを汚しているように思えるから。

 

ブラックコーヒーこそ大人の象徴なのに、飲めない自分に少し寂しさを感じていた。

あるとき、友人の紹介で出会った年上の男性とお付き合いをするようになった。

 

コーヒーが好きな男だった。但し、ミルクと砂糖をたっぷり入れる。
大人なのに!ブラックを飲まないんだ。自分だってコーヒーを飲めないくせになんだか少しがっかりしたことを覚えている。
相手の年齢が年上だったから、自分の大人像と離れていることでよりそう感じたのかもしれない。

いつも家まで車で迎えに来てくれる優しい彼だった。

あるデートのとき、マメで気が利く彼は飲み物を買ってきてくれていた。
コーヒーふたつ。

 

まだ出会って間もないときだったので、私がコーヒーを好きではないこと知らなかったのだ。

 

頂いたものに文句を言うな、が教えだった私はありがたく頂戴した。
コーヒーを飲めないということを彼に言えなかった。
試しに少し飲んでみる。我慢すれば飲める。でもやっぱりおいしくない。
砂糖とフレッシュを入れてみる。やっぱりおいしくない。

 

一向に減らないコーヒーに気づいた彼は、
「コーヒー飲めないの?言ってよー」と笑っていた。

 

それから彼は飲み物を買ってきてくれる時は、自分の分はコーヒーで私の分は紅茶に変えてくれた。そんなさりげない優しさが好きだった。
彼のコーヒーの香りを嗅ぎながら飲む紅茶が最高に美味しかった。

自分の家ではない、でも見慣れた風景で初めて目を覚ましたある日。
実家にいるのかと錯覚する香りが漂ってきた。
彼がコーヒーを入れていた。またコーヒー飲んでるーと言いながら彼のカップを見るとなんとブラックコーヒーを飲んでいる。

いつも色々入れているのに何で?と聞くとブラックの方が大人の男っぽくてかっこいいじゃんとはにかんでいた。ちょっとブラックを飲む練習をしようかと思ってと言っていた。
私と同じように彼もブラックコーヒーを大人の象徴だと思っていたのだ。

 

そんな共通点が嬉しくて、私もコーヒーを飲む!と言い少し小さめのカップにコーヒーを入れてもらった。
どうせ飲めないからやめたらと止められるのも聞かずに、いいから飲みたいとわがままを言っていた。

 

普通は私が先に起きて、コーヒーを用意してあげるのかなと思いながら待っているとすぐにコーヒーは運ばれてきた。牛乳を入れるか?という彼の問いかけもお断りした。

目の前に置かれたやわらかい湯気が出ている黒い液体を飲んでみる。
ちょっと苦い。でもおいしい気がする。

そのコーヒーを全部飲み干した。ブラックコーヒーをきちんと一杯飲んだのは初めてだった。
私自身も驚き、彼も驚いていて笑っていたのをよく覚えている。

 

ブラックコーヒーが飲めるようになり、大人になったんだなとしみじみした。

 

別の日にカフェに行き、意気揚々とブラックコーヒーを頼んだ。
大人の香りがする、とても丁寧に入れられ素敵なカップに注がれたコーヒーだった。

 

一口飲んで、あれっと思った。飲めなかった。
ブラックコーヒーを飲めるようになったはずなのにおかしいなと思いながらそのコーヒーは残してしまった。

 

また別の日、彼の家で目を覚ましもう一度ブラックコーヒーを作ってもらって飲む。
これは飲めた。なんだか優しい味がしておいしかった。
どんな豆を使っているのか尋ねるとコンビニで買った普通のインスタントコーヒーだという回答だった。確かに彼の家でコーヒーをお願いするとすぐに私のもとへ届けられていた。

 

その後も何度か試したがやはり外で飲むコーヒーは飲めず、彼の家で飲むコーヒーだけが飲めた。外で飲むコーヒーの方がよっぽど質の高いコーヒーで、入れ方もただお湯を注ぐだけなんて雑な方法ではないはずなのに、だ。

 

彼が私のために入れてくれたコーヒー。その限定のブラックコーヒーだけが飲めるようになっていた。

 

世の中にはおいしいコーヒーがたくさんあるのに不思議だ。
好きな人が入れてくれるコーヒーだけが特別においしかった。
二人で並んでブラックコーヒーを飲んでいるゆったりした時間が好きだったのかもしれない。
月日は経ち、その彼とはもう一緒にはいない。
あの家に行くことももうない。あの限定コーヒーももう飲めない。あのコーヒーの銘柄も思い出せなくなってしまった。

 

あの時に感じたやさしい味のブラックコーヒー探して、たまにカフェに行きブラックコーヒーを頼んでみるけれど、やはり2/3は残してしまう。

 

こうして私の中でブラックコーヒーは大人の象徴から、懐かしい恋の香りになった。
あの限定コーヒーがたまに恋しくなる。

 

次に付き合う男性がコーヒー好きだったら、ブラックコーヒーを入れてもらおう。

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