人生をリセットしたい時に

Pocket

私は1本の缶コーヒーを飲み干して前を向きました。そこにはもう泣きじゃくった私はいません。私は高校時代から付き合ってきた彼に振られました。思い起こせば高校の修学旅行での事でした。たまたま彼と同部屋だった男の子のことが好きな友達がいて夜その子の部屋に遊びに行きました。しかしそれが私と彼を結びつけるきっかけになりました。翌日バスに乗ると変な噂が耳に入ってきました。彼と同部屋の男の子と私の友達ではなく、私と彼が両思いだみたいな話が聞こえてきました。そんな話になったのは彼が私が彼を好きだという勘違いからみんなに言いふらしていたからでした。私は元々彼のことは何とも思っていませんでしたが、その件があってから彼のことが大嫌いで避けるようになりました。しかし彼は両思いだと勘違いしたままなので、放課後私の椅子に座ったり私の周りをうろついたりしていました。

 

しかし私は一切相手にしませんでした。そんな時を過ごしていたらあっという間に卒業を控える時期になりました。私は四月から仙台の大学へ進学が決まっていて、彼は東京の大学に進学が決まっていました。もう付きまとわれたりすることもないし、会うこともなくなるのだなと少し寂しいような嬉しいような複雑な気持ちを抱えていた頃、卒業前にクラスの文集が配られました。一ページずつめくっていたら彼のページにたどり着きました。するとそこに書かれていた言葉に私は心の底から驚いたのを今でも覚えています。彼は私の名前を出してずっと好きでした。一生幸せにします。と書いていたのです。みんな高校生活の思い出を書いているのに彼だけはプロポーズのような言葉が書かれていてとても恥ずかしくなりました。しかし何だか微笑ましい気持ちになっている自分にも気づきました。好きと嫌いは紙一重とよく言われますが本当にそうなんだと実感した瞬間でした。逆転サヨナラホームランを打たれたような気分になりました。

 

私はすぐに彼に電話しました。電話越しに喜ぶ彼の声を聞いて私はこの人と離れたくないなと思いました。本当に不思議で信じがたいのですが私達は卒業を前に付き合うことになりました。地元で一度デートをしてから私達は仙台と東京の遠距離恋愛をスタートさせました。遠距離恋愛なんて私には続かないと思いましたが、意外と新鮮で楽しかったです。ほとんどというより毎月私が東京に遊びに行っていました。何で仙台に来てくれないのかと聞いたら、東京の方が遊ぶところがたくさんあるからとのことでした。彼は私が行くたびに新しいお店に連れて行ってくれました。私が好きそうなごはん屋さん休みが雑貨屋さん、洋服屋さんを探してくれて私が行くたびに本当に毎回楽しませてくれました。本当に楽しい楽しい遠距離恋愛でした。

 

そんなことをしているうちにあっという間に余念が経ちました。私達は卒業旅行に二人だけでハワイに行きました。二人とも初めての海外旅行でしたがケンカすることもなく協力してそれはそれは楽しい旅行になりました。私達は帰りの飛行機で子供は何人欲しいねとか新婚旅行はハワイにしようとか二人の未来について延々と話し続けました。もうお互いに違う人と結婚するなんてありえないという気持ちでした。無事に卒業を迎えて私は東京の高級ホテルに就職し、彼も東京の建築機材販売会社に就職が決まりました。その時点で同棲も考えたのですが、とりあえず私が東京での生活に慣れてからにしようと別々に暮らすことにしました。今思うとそれが大きな間違いだったのかもしれません。私達はお互いに仕事を一生懸命にしつつ合間を縫ってお互いの家を行き来する生活を続けました。

 

週末はどちらかの家に泊まったりと週末婚のような状態になっていました。しかし疑いもしなかった二人の未来に暗雲が立ち込めたのは就職して三ヶ月が過ぎた頃でした。私は仕事が順調でやりたかった職業だったので毎日がとても充実していました。しかし彼はやりたかった仕事とは少し違っていたし、営業職ということで仕事のストレスがとてほ溜まっていたのだと思います。しかし私はそんな彼の些細な変化に気づくことが出来ませんでした。そんなある日突然彼からメールで少し距離を置きたいと言われました。私はその時はまさか別れることになるなんて想像もしていなかったので素直に受け入れました。合わなくなって数ヶ月が過ぎました。たまたま彼のアパートの近くまで行く用事があったので私は久しぶりに会いたいなと思い近くのスーパーで彼の好きなワインを購入して彼のアパートの方に歩き始めました。ワクワクした気持ちで彼の玄関の前に着きました。しかしそこで私は不安にかられることになりました。インターホンを鳴らそうと思ったら男の人と女と人の笑い声がきこえてきたのです。アパートで電気が付いているのは彼の部屋だけでした。女と人と一緒にいるということを感じました。どうしよう、帰ろうか帰らないか迷いに迷いました。私は初めて付き合ったのが彼だったのでこんな経験したこともなく、ひどく動揺しました。しかし悩んでいるうちに悩むのが面倒になってきて思い切ってインターホンを押してしまいました。はーいという女の人の声がしました。手馴れた様子で女の人が出てきました。その人は私よりも少し年上に感じましたが、とてもきれいで優しそうな人でした。私は自分が誰なのかを話すことが出来ませんでした。彼を呼んでもらいましたがなかなか出てきません。ようやく出てきた彼はいつもあっていたままの彼でした。数ヶ月が会わなかったけれどいつも会っているような不思議な感覚でした。やっぱり私は彼が好きだとこんな時まで思ってしまいました。しかし次の瞬間私は地獄に突き落とされたかのような気持ちになりました。別れて欲しい。ストレートに包み隠さず濁すこともなく、彼は私にそう告げました。私は卒業文集のことが頭に浮かびました。一生幸せにします。あの言葉は嘘だったの?嘘じゃなかったよね?新婚旅行はハワイに行こう、子供は何人欲しいねって話したことが走馬灯のように頭を駆け巡りました。私は泣きそうになるのを必死にこらえることで自分を支えていました。しかし別れたいと真っ直ぐに私の目を見つめて話す彼を困らせてはいけないと感じました。いつもそうでした。彼は自分にも素直で思ったことを素直に話してくれました。そこに嘘や偽りはありませんでした。だけど。今日ばかりは嘘だよと笑って欲しいと心の底から思いました。

 

しかし次の瞬間私は少し微笑み彼の要望に応えようと思いました。今まで本当に楽しかった。毎日がキラキラ輝いていたのは彼がいたからだった。二人で過ごした時間は宝物のような時間だった。このまま上手くいくと彼はずっと私のそばにいると勘違いをして少したかをくくっていた私が悪かったんだ。私は笑顔で彼に今までありがとうと伝えました。その言葉に嘘偽りはなかった。いつも彼が正直な気持ちをぶつけてくれたように私も今の正直な気持ちを彼に伝えました。ドアを閉じると同時に私は泣いていました。すごくすごく大好きでした。一生一緒に生きていくつもりでした。しかしそれはもう叶わないのだとまだ受け入れられない現実を思いながら私は何時間も歩きました。涙が枯れるまで何時間も歩こうと思いました。気づくと何駅分もの距離をあるいていて、日付も変わっていました。私は涙も枯れて疲れ果てて近くのベンチに腰を下ろしました。そして近くにあった自動販売機で暖かいブラックコーヒーを一本買いました。すぐに飲むととても熱くてとても苦いコーヒーが私の中に入ってきました。そのコーヒーは私の疲れ切った体を癒してくれました。なんでこうなって決まったんだろう。なんで気づかなかったんだろう。

 

人の気持ちなんて永遠ではないということにどうして早く気づかなかったのだろう。私は自分を責め続けました。そんなことをしていたら彼からメールが届きました。ごめんなさいと謝ってきた彼を私はまだ嫌いにはなれませんでした。あの女の人は会社の先輩だということも書いてありました。辛い時に支えてもらったからこれからは自分が支えてあげたい、お前はもう俺がいなくても生きていけるよ。という内容のメールでした。そんなことないのに、私は彼とずっと一緒にいることしか考えていなかったのに、他の誰かじゃダメなのに、そう心の中で思いました。でももう固く閉ざされた彼の気持ちを無理やりこじ空けるほどの余力は私にはありませんでした。もうどうなってもいいよ、なげやりな気持ちになりました。そして空を見上げました。朝日が出かかっていました。何があってもどんなに辛いことがあっても変わらずに太陽はお空に上がってくるのだと当たり前のことを当たり前のように思いました。私はもう前を向いて歩いていくしかないと覚悟を決めました。そこにはもうクヨクヨしていた昨日の自分はいませんでした。人生が終わったわけではありません。私は生きているのです。これからも生き続けるのです。これからたくさんの人と出会って傷つくこともあるでしょう。そんな時に今日のことがちっぽけに思えますように、そんなことを思いました。私はベンチから立ち上がり歩き始めました。そしけ昨日の自分にさよならを言いました。

 

空を見上げると明るくなって朝日が差し込んできました。もう朝になったのだと私はきっきました。どんなに辛いことがあっても絶望の淵に立たされたとしても必ず昨日は終わりを迎えて、また違う朝がやってくるのだと当たり前のことを心の中で思いました。生きている限りみな平等に朝を迎えることができるのだと感謝時の気持ちでいっぱいになりました。まだ少し心が痛いけれど私はもうクヨクヨするのは辞めようと思いました。人の気持ちでも何でも永遠なんていうものはないのだから、いつまでもクヨクヨしていても仕方がないのだと自分に言い聞かせるように私は少しだけ微笑みました。

コメント