私が辿れなかった未来を

Pocket

私は小さなコーヒ屋さんの店主です。お店を始めたのはまだ私が20代の頃でした。昔からコーヒーを飲むのが大好きで、小さな喫茶店から大きなチェーン店まで毎日のように色々なお店に足を運んではコーヒーを飲み続けていました。

 

それが私の日課でしたが、そんなことを毎日続けているのならいっそのこと自分でお店を作ってしまおう。そう考えたのがお店を始めたきっかけでした。しかしいざお店を始めてみると大変なことばかりでした。まず休みがなくなります。定休日はありますが定休日以外はなるべく休まないようにしないとお客様が来なくなってしまいます。だから旅行にいくことができなくなりました。そしてすることが多くなりました。お店で出すコーヒー豆の仕入れ、ちょとした食事も提供しているのでそれの買い出しや仕込みなどをする時間も取られました。

 

今までは好きな時間に好きなお店に行ってコーヒーを飲みながらくつろいでいたのにそんな暇がなくなってしまいました。それでも私はお店を始めたことに後悔はしていません。それは毎日色々なお客様がきて待ち合わせに使ったくれたりデートに使ってくれたりと様々な用途で色々なお客様が来てくださるので、毎日飽きずに楽しんで仕事ができます。いつも来てくださるお客様以外にも心に残っているお客様は稀にいらっしゃいます。先日きた若いカップルはとても記憶に残っています。

 

なぜ記憶に残っているのかというと二人ともとても美男美女のお似合いのカップルだったからです。まだ20歳そこそこくらいの若い二人だったと思います。デートの待ち合わせだったのか最初にお店にやってきたのは女の子の方でした。注文は連れが来てからということでお水を飲んで待っていました。それから15分くらいして彼氏らしき男の子がやって来ました。寝坊したのか髪の毛は寝癖がついていて格好もパジャマのような姿で現れたので記憶に残ったのもあるのかもしれません。彼女は苦笑いを浮かべて手を振っていました。そして二言三言言葉をかわすと女の子がこちらに手を上げて合図をしました。私は男の子の分のお水を持ってテーブルに向かいました。ご注文はコーヒーを2つとカツサンドとナポリタンでした。

 

私はテーブルを後にして厨房に戻り調理を始めました。その日は平日でしかも外は大雪のためお客様の入りがすごく悪い日でした。なので若いカップルの貸切状態のような感じになっていました。二人はソファ席でくつろいで楽しそうに会話をしていました。その時は2月だったので、平日休みの仕事をしているのかもしくは高校三年生の冬休み中なのか木になるところではありますが、私は調理専念していました。

 

カツサンドとナポリタンができたのでテーブルに向かいました。二人は本当に笑顔を絶やさず会話を続けていて本当に仲が良いのだなということが伝わって来ました。私は手が空いたので失礼してカウンターの前に腰をかけてコーヒーをいただきました。いつもはそういうことはしないのですがなんとなくそのカップルの会話が気になったのと、この二人なら私が座ってコーヒーを飲んでいていも気にしなそうだなという感じがしたのでそうしました。私はコーヒーを飲みながら考え事をしたりしていましたが、二人の声が耳に入ってくるのでついつい盗み聞きをしてしまいました。

 

どうやら二人は高校三年生らしく3月で卒業したら東京で暮らすようでした。田舎にしか住んだことのない私にとって東京に住めるということは本当に羨ましいなと思います。やはり田舎から抜け出すのには高校卒業と同時にというのが一番スムーズな選択だと思います。そこで上京できないと後々行こうと思ってもなかなか難しいものがあります。女の子は東京の服飾系の専門学校に行くようで男の子は大学に通うようです。しかも大学といっても誰もが知る有名な大学のようでした。パジャマで寝癖をつけて現れた男の子が実は秀才だったということにびっくりしてしまいました。二人は上京してからはさすがに別々のアパートで暮らすようです。

 

どちらも学生なので学校を卒業して就職して落ち着いたら一緒に暮らすような話をしていました。まだ状況もしていないのにすごく先のことまで考えているんだなと私は感心してしまいました。それと同時に自分の過去の恋愛を思い出しました。私は高校三年生の時というより卒業直前い付き合い出した彼氏がいました。

 

私は仙台の専門学校へ彼は東京の大学に行くことが決まっていました。だから遠距離恋愛でした。彼は仙台に来たことはありませんでした。私が毎月アルバイトで貯めたお金で東京まで新幹線で通う付き合いをしていました。なぜ彼は仙台に来なかったというと東京の方がデートする場所がたくさんあるし仙台にあるものは東京のあるからという理由でした。毎月行くたびに彼がデートプランを考えてくれていて東京観光ツアーのようなデートを毎月していました。お互い学生でしたので会うのは毎月1泊2日だけでしたが週末婚のような気分でそれは楽しいお付き合いでした。遠距離恋愛は大変というけれど私たちはむしろ遠距離恋愛だから長続きしたのかもしれません。しかしその付き合いも私の力不足で2年と持たないうちに終わってしまいました。

 

私は2年間で専門学校を卒業したら東京に就職して彼のアパートで同棲するつもりでした。しかしなかなか仙台から東京に就職することは大変でした。私はことごとく就職試験に落ち続けました。どこの試験を受けてもほとんど東京や首都圏の人たちばかりでした。仙台から一人で面接を受けるためにやって来ては落ちる日々が続き精神的にも落ち込んでいました。そして私は東京への就職を断念しました。それがどういうことかはわかっていましたが、精神的にボロボロでした。

 

私は就職も決めないで東京に行くことは親が反対するとわかっていたので仙台に就職先を決めました。私は東京への就職のために時間を使ってしまったため仙台での就職に遅れをとり三流の就職先しか残っていませんでした。せっかくお金を出して通わせてもらったのに大きな会社に就職できなくて親に申し訳ないなという気持ちがありました。そして彼にも仙台に就職が決まったことを話さなくてはならないと思うとゆううつでした。私は何をやって来たんだろう。自分自身を責め続ける日々でした。そんな私の気分転換になったのがコーヒーでした。私は誰もが知っている有名なコーヒーチェーンで毎朝コーヒーとシュガードーナツを食べることが日課になりました。コーヒーを飲んでいる時だけは至福の時間を味わえました。自分の悩みがちっぽけだと思えるくらいコーヒーは私を勇気付けてくれました。そして私は東京に行った時に彼に仙台に就職が決まったことを伝えました。それでも彼は交際を続けようといってくれました。でも私は彼を裏切った気持ちが強くてこのまま交際を続ける気持ちになれませんでした。私たちは私の力不足で別れることになりました。

 

そんなことがあったので私は今日お客様として来ている高校生の二人をみて羨ましいなという気持ちがありました。二人で東京に行けるということがどれほど大切なことだか身をもって経験しているので二人は一緒に東京に行けることがとても嬉しかったのです。私ができなかったことを二人にはたくさん経験してほしいしいつまでも幸せでいてほしい。そしてできるなら一生一緒にいてほしい。そんなことを考えていました。二人は食事を食べ終えてコーヒーを要求して来ました。私はいつもよりも心を込めて豆を挽きました。そして他にお客様がいなかったので特別にケーキをサービスしました。二人にケーキとコーヒーを持って行くと彼女の方が特に喜んでくれました。私は二人にいつまでもいつまでも幸せにねと何となく伝えました。私の分まで幸せになってほしいと言わんばかりに二人を応援しました。二人は帰る際に私にありがとうございますと丁寧にお辞儀をして仲良く手を繋いでお店を後にしていました。若いっていいなとつくづく思います。若い時は失敗してもやり直せるけど私にはもうそんな時間もありません。後悔ばかりが心に浮かんでは無理やり消し去る日々です。その二人が帰ったあと私はふと私が当時付き合っていた彼のFacebookを探しました。ヒットしてみたページには赤ちゃんの写真がありました。卒業大学も高校も会っていたので彼のFacebookだと確信しました。結婚して子供も生まれたのかとまだ小さな赤ちゃんの写真をしばらく見つめました。彼とはもう15年以上会っていないので顔はもう何となくしか覚えていませんがどことなく彼の面影のある赤ちゃんの顔を見ていると何だかまた後悔でいっぱいになりました。私はパソコンを閉じて苦めのコーヒーを入れました。そして目を閉じて感情に蓋をしました。思い出さなくてもいいことは思い出してはいけないのだ。私はもう過去を振り返らずにこれからを生きていかなければならない。後悔してもやり直しができないそれが人生なのだ。そう自分に言い聞かせました。コーヒーの苦さに救われて来たはずなのに私は気づくとコーヒーを飲みながら涙を流していました。それはそれはとめどなく流れる涙でした。涙がコーヒーに入り少ししょっぱく感じました。コーヒーを飲むことで気持ちを切り替えて来た私でしたが、何度コーヒーをお代わりしても気持ちが整理できませんでした。私は本当に彼のことが大好きだったんだなということに気づいた瞬間でした。人生にやり直しができるのならば私は迷わずに高校三年生の春に戻りたい。そして仙台になんか就職しないで東京に就職したい。そして東京に就職して彼と結婚して幸せな家庭を築きたい。

 

そんな叶いもしない未来を思い描いては悲しくなりました。だけど思ったことは明日からの人生は後悔しないで生きようということでした。こんな辛い思いをもう二度としたくないから。

コメント