シンクロするコーヒーと恋愛感

コーヒー。一言にコーヒーと言っても人それぞれ味の好みもあれば温度の好みもある。
それは恋愛だって同じもので、もしくはそのときの恋愛とコーヒーの味は同じようなものかもしれない。
学生時代、付き合っていた人は自分より年上で大人だった。自分が知らないことを知っていたり、社会人だったので自分に持っていない価値観、圧倒的な存在感があったのを覚えている。学生の私に社会人の彼。環境が違うからこそ学べるものもあった。違う世界を覗いてみたいという好奇心が一番だったのかもしれない。その当時の私は社会人というものに憧れを持っていた。 続きを読む シンクロするコーヒーと恋愛感

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コーヒーが飲める大人と恋愛

「コーヒーを飲めるようになるのは大人になってからだ」と押さないころ、父親や母親からいわれて、抵抗するように祖父に無理やり入れてもらったブラックのコーヒーを苦いと感じながら親に抵抗して飲んだのは小学校高学年のころでした。
そして、そのときにコーヒーをしっかり飲めるようになったらきっと恋愛もしっかり出来る大人になっているんだろうなと子供心に感じたのもかすかながらに記憶に残っています。 続きを読む コーヒーが飲める大人と恋愛

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一組のカップル 恋愛事情

私は駅チカのカフェに努めている。半年ぐらいになるだろうか。個人経営で寡黙なマスターが趣味が高じて仕事にしてしまったような、こじんまりとした喫茶店である。
昔ながらの少し重そうなドアを開くとチリンと心地よい音がし、店内にはゆったりとしたジャズが流れ、色調は明るい木目の床に合うような白い壁紙と、おしゃれなペンダントライトは窓際の席に、カウンターの上の天井にはダウンライトが明るくなりすぎない程度に並んでいる。
モダンな感じにまとめられ、それでいて懐古趣味をくすぐるような店内の雰囲気を、私は気に入っていた。

 そんな隠れ家のようなカフェに、私が勤めだしたころから毎週に一度、一組のカップルが来るようになった。いつも彼女が先頭になって重めのドアに体を押し当てて体重をあずけるようにして入ってくる。
 二十代前半ぐらいの男女のカップル。主導権は常に彼女が持ち、彼氏は少し困ったような笑顔をしながら彼女の話を聞いていた。
「コーヒーはブラックでしょ?特に、ドーナツにブラックコーヒーは最高だよ」と彼女。
それに対して彼氏はフフッと優しそうな相槌を打つように笑う。私は心の中で羨ましさを感じながら顔にでないように無関心を装いながら仕事をしていた。
会話は途切れ途切れながら、毎週金曜日、お互いの勤めが終わったころにやってくる二人の恋愛事情は、全く関係ない私にもおぼろげな輪郭を想像できるぐらいになっていた。
彼女はコーヒーが好きで、一緒に甘いケーキやクッキーを食べるのがいい。
彼女は会社で営業秘書のようなものをしていて、お局様には嫌われているらしい。
彼女には結婚願望はなく、ずっと仕事を続けていきたい。
彼と彼女の会社はカフェを挟んで人駅ずつ向う側にあり、ここは待ち合わせにちょうど良いこと。
彼は本が好きで、彼女はそれがつまらないらしい。
彼はコーヒーが好きなのかどうかはわからないが、彼女に合わせていつもブラックで飲んでいるようだった。
傍目に見ても二人は相思相愛だったが、彼氏が彼女にぞっこんで彼女の趣味に合わせているように感じられた。

 私はこのバイトの時間を結構楽しんでいた。
金曜日に現れるカップルだけでなく、個性のある常連さん、印象的なお客さんの背景を空想しながら仕事をすることが趣味といえば悪趣味だろうか。
常にコーヒーの香り高い匂いに包まれ、雰囲気のある店内の一部になっていることが私には居心地よかったのだ。
 そんなある日、急に降り出した雨に押されて飛び込むように入ってきた目新しいカップルに私は内心びっくりした。
三十代ほどの濃いめの暗い色合いをした細身のスーツを着こなした男性が、髪を濡らしながら店内を見渡し、後ろを振り向くことなく空いている窓際の席に真っすぐ向かった。
男性の少し後ろぴったりに見覚えのある女性が伏し目がちに入ってきた。
 金曜日の彼女だ。
毎週のように彼氏を連立って現れるコーヒー好きの彼女が、頬を赤らめながら入ってきたのだ。
「何にする?」意思の強そうな男性の声が彼女に語りかける。答えを待つまでもなく続けて、
「あぁ、俺と一緒だったよね。じゃ、紅茶を二つで」
ミルクかレモンが必要かを聞くと、彼女は消え入りそうな声で「ミルクでお願いします」と言った。
 私はマスターのいるカウンターに戻り、「紅茶二つ、ミルクとストレート」と書いた伝票を渡した。マスターは一瞥すると、彼女用に用意しかけていたコーヒーカップとソーサーをそっと戻した。
まるで別人のような彼女に、私は興味津々だったが、それを悟られないように業務を遂行しつつ会話が聞こえるギリギリの範囲にいるように努めた。自分でも悪趣味なのはわかっている。
 どうやら男性と彼女は同じ会社の上司と部下といった関係であるらしい。以前に彼女は営業秘書だと言っていたことからして、この男性が直属の上司ということなのだろうと想像できた。
「雨なんて参ったね。止みそうもないか」と男性が笑いかけると、彼女は「はい」と微笑を浮かべながら答える。
「これからどうする?」と男性が聞くと、彼女は私には聞こえないほどの声でなにかを呟いた。男性は頷いて、「君は素敵だね」と満足そうに目を細めていた。
雨が小降りになったのを見計らって二人は会計を済ませ出て行った。店を出てから男性の方が彼女の肩に手を回し、小走りになりながら消えていった。

 私の妄想は限りなく膨らむ。
無意識にマスターの方を向くと、マスターはこちらを見ていて目が合った。何も言わなかったが、「余計な詮索をしないように」と、釘を刺されたように感じた。
上司と秘書の不倫現場、そんな見出しが私の脳裏に決定事項のように浮かび上がったが、それよりも彼女の変貌ぶりが印象に強く残った。こんなにも相手によって態度が変わるものなのだろうか。

 そんな事があった週の金曜日はドキドキしながら待ったが、いつものカップルはとうとう私の勤務時間には現れなかった。次の週にも表れなかった。
そして、三週間目の金曜日、いつものカップルが姿を見せる時刻より少し遅れて店のドアがチリンを音を鳴らせ開いた。

 開いたドアの先にはいつものカップル、ではなくその彼氏だけが心なしか心細げに立っていた。
「いらっしゃいませ」と、私はいつも通りの声掛けをし、特に誘導することもなく彼が店内に入ってくるのを待った。
彼は後ろを振り向き、少しだけ駅の方に目をやってから、知った顔がないことを確かめると静かに店内に足を踏み入れ、空いている方の窓際の席に座った。
「おすすめをお願いします」彼はいつもの注文をする。
 うちのカフェでは毎日マスターが気分でおすすめブレンドを用意している。詳しくはわからないが、晴れの日、雨の日、暖かい日、寒い日、暑い日など気候や季節で豆を選びブレンドしているそうだ。一度聞いてみたことがあるのだが、まったく気候や季節など関係なく、マスターが飲みたいと思った豆を選んでブレンドすることも結構あるらしい。
このカップルはマスターの「今日のおすすめ」が気に入っているらしく、同じ注文をするのが常であった。

 「ブレンドコーヒーでございます。本日はブルーマウンテンをベースにトアルコ トラジャをブレンド、深めに焙煎したものを使用しております」
おすすめブレンドコーヒーを注文したお客様には、名刺サイズにカットされた無垢な用紙にマスターが説明をしたためたものを添える。味のある癖字がアクセントになった素敵なカードである。
 「お待たせいたしました」私が無表情を装い、彼のテーブルにいい香りをさせたコーヒーカップを静かに置く。カードを添えて、サービスの砂糖菓子が入った小皿をソーサーに並べて置いた。
彼氏は私の方には目線を向けることなく、無言だったが小さく頭を傾げ礼を言ってくれた。

 店内には私とマスターを除いて、もう一つの窓際の席に仕事帰りであろうビジネスマン二人が談笑しているだけで、あとはいつもの金曜日の彼だけが居た。BGMのジャズが静かに流れている。
 彼氏は空を見つめて、窓の外を見やり、ため息をつく。そうして一口コーヒーをすする。いつも通りブラックのままだ。外から見た窓には、席に座って目線にあたる部分に目隠しがされていて、店内から見てもその部分は花の蔓や葉をモチーフにしたすりガラスになっていたため外の様子は座った彼の顔の高さのままでは見れない。それなのに彼はじっと窓の外を同じ姿勢のまま見つめていた。

 静かな時間が流れ、ビジネスマンたちが帰り支度をし始める。伏せておかれていた伝票をスッと取り上げた方の男性先に席を立った。遅れをとった方の男性は苦笑いしながらあとに続く。私がレジの方に向かい会計の対応をしていると、ふと、彼のスマホの着信音が響いた。そんなに大きな音ではなかったが、無機質な電子音は石のように固まっていた彼を動かすのに十分であった。無言のまま表示画面を見やり、少しためらったような表情をする。彼は画面に指をすべらせて耳にスマホを近づけた。
 会計を済ませレジを閉じ、ビジネスマンたちが外に出るのを確認してから、一呼吸置く。マスターの方を一瞥すると何食わぬ顔をして戸棚の整理をしていた。私はトレンチを片手にビジネスマンが使っていた席へ向かう。おのずと彼が居る席の隣になるので会話の断片が聞き取れた。「うん」、「うん」と、ただ短い返事を彼は繰り返している。なるべくゆっくりと、邪魔にならないように物音を出さないようにして片づけをしていく。表情はさすがに顔を上げて彼を覗き込まなければならないので窺うことはできない。
 通話の相手は彼女だろうか。全然違うのかもしれない。ほぼ片付けも終わり、持っていたダスターでテーブルの隅々まで丁寧に拭く。もうやることがない。見切りをつけて私はトレンチに載せた空になったグラスやカップたちをカウンターまで運ぼうとした。彼の席の前を通り過ぎる時、ぽつりと彼が呟いた。
「きみ、コーヒー好きじゃなかったんだね」
思わず彼の方に視線をやってしまったが、彼は今はだれもいない彼女が座って居た席をずっと見つめたままだった。スマホはまだ耳に添えたままだ。私が見ていることにも気づいておらず、少し笑ったように見えた。
「僕に合わしてくれてたんだね。ありがとう」そう聞こえた。
私は通り過ぎて、振り返ることはできなかったけれど、彼はそう言って通話を終了した様子だった。
 それからしばらくして彼は席を立ち、会計をして店を後にした。私は彼が残していった静寂と三分の一ほど残った冷めたコーヒーを、マスターに小突かれるまで窓際の席に放置したままぼんやりとしていた。

 数日、数週間経ち、カップルが店を訪れないことが日常となることに、違和感を覚えなくなった頃、金曜日ではない平日の夕方に、彼一人がカフェに立ち寄ることが増えた。彼女と一緒の頃には無かった少し分厚い本がお供についてくるようになった。彼はリラックスした感じでいつものおすすめブレンドコーヒーを飲み、ゆったりと本を読んでいる。
 私はずっとモヤモヤしていたが、最近彼の様子を見て思うことがある。ずっと彼が彼女の好みに合わせていたのだと思っていたが、逆だった。彼女は彼の趣味に合うように背伸びするように苦いコーヒーを甘いお菓子で紛らわせるように食べていたんだと気づいた。勝気でリードしないと気が済まないと性格なんだと思っていた彼女は、本当は無口で何を考えているかわかりずらい彼を振り向かせようと必死だったのかもしれない。
妙に納得がいった私は、すました顔でグラスを磨いていたマスターに向き直り、
「恋愛ってむずかしいですね」と、突拍子もなくマスターに告げると、フンッと鼻であしらわれた。

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私が辿れなかった未来を

私は小さなコーヒ屋さんの店主です。お店を始めたのはまだ私が20代の頃でした。昔からコーヒーを飲むのが大好きで、小さな喫茶店から大きなチェーン店まで毎日のように色々なお店に足を運んではコーヒーを飲み続けていました。 続きを読む 私が辿れなかった未来を

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ファーストキスはブラックコーヒーの味

私の通学路はとても簡単でつまらない道だ。家を出て右に曲がり、3つ目の曲がり角を曲がる。そして2つの自動販売機を過ぎて、さらに左へ曲がる。その道をまっすぐ10分ほど歩けば学校だ。
何もない住宅街を毎日15分ほどかけて学校と家を行き来する。通学途中、2つ目の自動販売機で甘いカフェオレを買うことが日課だ。春や夏などの温かい日は冷たいものを、秋や冬などの寒い日は温かいものを。毎日130円のカフェオレを握りしめて学校へ行く。
今日もあのカフェオレを買って行こう。そう思い、小銭を握りしめたまま歩いていると例の自動販売機の前に私より頭3つ分ほど背が高い男性がいた。彼は丈の長い黒い上着を羽織り、ジーパンを履いている。黒い靴はどこか有名なブランドのものだった気がするが、忘れてしまった。
彼は自動販売機の前で飲み物を買い、そのままぐいっと一気飲みをした。飲み終わってから退いてくれるのかと思いきや、また同じ飲み物を買い今度は少しずつ飲み始める。全く退く気配がなく、「どいて」という一言が出せず、私はその日、カフェオレを買わずに登校した。 続きを読む ファーストキスはブラックコーヒーの味

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記憶とコーヒーは苦く甘い

20代の頃結婚する予定の彼女がいた。周囲からも結婚するのだろうと思われていた。彼女とは外でも家でもよくコーヒーを飲んだ。家でコーヒーを飲むときはいつもサイフォンで淹れていた。このサイフォンは母の形見だった。 続きを読む 記憶とコーヒーは苦く甘い

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コーヒー農園のひーちゃん

【ボクはまたブラジルに行きたいです。】

浩介は小学4年生の時に夏休みの宿題として書いた作文を見つけた。
そこには右に左に揺れるお世辞にも綺麗とは言えない文字でブラジルの思い出が綴られていた。
懐かしくも恥ずかしくもあるその原稿用紙には今の浩介を形作るきっかけが詰まっていた。

時は今から約20年前。
浩介の父の従兄が仕事の関係で2年間程ブラジルに住むこととなった。
そこで浩介一家は初の海外旅行として夏休みを使い遊びに行くことにしたのである。

【ブラジルのおじさんの家のまわりをたんけんしていてブラジル人のひーちゃんと友達になりました。】

ひーちゃんというのは浩介が付けたあだ名であった。
現地の言葉などわからない浩介には彼女の名前を上手く発音できなかったので
そこがコーヒー農園であった事と彼女の肌が綺麗な褐色でコーヒーのようだということ、
それに自分が“こーちゃん”と呼ばれていた事を合わせてそのあだ名をつけた。
二人合わせればコーヒーだ!
小学生らしい短絡的で可愛らしいあだ名であった。

 

ずっとひーちゃんと呼んでいたので浩介はブラジル滞在中最後まで彼女の名前を覚えることはなかった。
が、二人の波長があったのか毎日一緒に農園内を駆け回っていたのだ。
言葉は通じないがそこには確かに友情が育まれていた。

ひーちゃんの年齢はわからないがおそらく浩介の2~3歳上というところだろう。
美人が多いといわれるブラジルらしく、子供らしくも整った顔立ちをしていた。
大きな口を開けて白い歯を見せ笑う顔がとても愛らしく、
まるで子犬のように木々の間を走り回っていた。
浩介は初めて会う黒い肌の少女にすぐ心を開き始めた。それは彼女の懐っこさがなせる業だったのかもしれない。

日本とブラジルでは地球を挟んで反対側に位置しているため、二人が出合った8月のブラジルは冬の終わり頃。
暖かい地域とは言ってもまだ肌寒くもあった。
そして丁度コーヒー収穫の終盤時期でもある。
大人たちが長袖を着てコーヒーの木からその実を収穫する周りを
二人は汗が噴出すほどに走り回りじゃれあっていたのだ。
その時の浩介は家族と観光に行くよりもひーちゃんと走り回るほうが何倍も楽しく感じていた。

【コーヒーはさくらんぼのような丸い実の中にあるタネなんです】

コーヒー豆を見たこともなかった当時の浩介にとってひーちゃんのコーヒー農園は興味深いものでいっぱいだった。
家族で営んでいる小さな農園での収穫は手作業で行われていた。
大規模な農園だと機械を使っての収穫となるのだが、勾配の激しい土地や狭い農園では手作業で行われるのだ。
機械で大量に収穫するのとは違い、熟した実を手で摘み取っていくため質のよい豆が取れる。
そして熟したコーヒーの実は赤く丸く、膨らんだその姿は小ぶりなアメリカンチェリーのようでもあった。
ひーちゃんの父親に促されて口にしたその実はとても甘く、コーヒーの苦味からは想像できない味である。
浩介はコーヒーの実をいたく気に入り、日本に帰ってからも両親にねだった程だ。

 

そんな楽しい日々はあっという間に過ぎていった。
日本へ帰る日も浩介は時間ぎりぎりまでひーちゃんの隣にいた。
「まだひーちゃんと一緒にいたい、まだ帰りたくない」と静かに泣く浩介に何かを感じ取ったのか、ひーちゃんはただ静かに浩介の手を握っていた。
言葉が通じないので電話で話す事も出来ない。だから手紙を書くと約束した。
ひーちゃんに通じていたのかはわからないが、必ず会いに来る。一人でだって来るからまた一緒に遊ぼう!また一緒にコーヒーの実を食べよう!と約束をした。

帰国後浩介は親に教えてもらいつつどたどしい字でひーちゃんの本名を書いた。
とはいえ両親だって現地の言葉はわからないため、代筆することはできない。
帰国前に教えてもらった宛先を封筒に書く事しか出来なかった。
それでも浩介はひーちゃんの顔や日本での出来事をイラストで描き、調べた単語を添えて手紙を送った。
手紙は片道一週間ほどかかって届くため、返事が来るのは投函してから半月以上後だ。
場合によってはもっと日数かかかったので、2ヶ月に2~3通のペースでのやり取りとなった。
そんな二人の文通は新しい春を迎えても続いていた。
ひーちゃんからの手紙は浩介にとっての宝物だった。
何通も送り、何通も届く。遠く離れ別の日常を送りながらも二人の友情は続いたのだ。

【来年の夏休みもボクはひーちゃんに会いに行きます。】

一つ歳をとった浩介は夏休みを心待ちにしていた。
ひーちゃんはどれくらい身長が伸びただろうか?
自分があまり伸びなかったのでひーちゃんだけがうんと大きくなっていたら嫌だな…
なんて考えながら、再びあのコーヒー農園を二人で駆け回る日を夢見ていた。
両親も8月になればまた行こうと予定を立てていたため、浩介の心はすでにブラジルの地へと向かっていたのだ。

 

しかし、夏休みに入った頃母親の体調が優れず検査入院をする事に。
検査結果は命に関わるような悪いものではなかったが、経過を見なければいけない母を置いていくわけにもいかず遠く離れたブラジルへ行く事はできなくなった。
ひーちゃんに会える日を指折り数えていた浩介であったが、子供ながらに我侭を言う事もできず諦める他なかった。

やがて父の従兄のブラジル滞在も終わりの時を迎える。
その後、浩介がいくら望もうと家族でブラジルへ行く事はなかった。
ひーちゃんとの文通は徐々に頻度を落としながらも中学に入学するまで続いたが、
中学に入れば新しい環境で新しい友人に囲まれ勉強も部活も格段に忙しくなり、気付けば送る事も届く事もなくなっていた。
浩介の中であのコーヒー農園で過ごした短い日々は過去の思い出へと変わっていったのだ。

 

やがて成長した浩介は高校卒業後の進路で悩んでいた。
なんとなく外国での仕事に興味はあったが、特にやりたい事があるわけでもなく進学か就職かも決めかねている。
周りの友人は次々に目指すべき進路を決め、目標に向かい取り組み始めていて焦りだけが募っていった。

休日に気心の知れた友達と“気晴らし”という言い訳で遊びにでかけるも話しは自然と将来についてが多くなってしまう。
どこかで休みながら話そうかとなり、浩介はそこから見えるこじんまりとした喫茶店を指差した。
「またか~?俺今金欠なんだよー。」
友人の一人がわざとらしいため息をつきながら笑う。
高校生のお小遣いではファミレスやファストフード、時には自販機やコンビニで飲み物を買って公園に座り込むのが定番だが浩介はいつも喫茶店へ行こうとするのだ。
それも全国チェーンの手軽なお店ではなく、本格的なコーヒーが飲める個人経営の喫茶店を好んだ。
友人達も懐が許す限りそんな浩介に付き合ってくれた。
「お前ってほんっとコーヒー好きだよな。」
幸せそうにカップを傾ける浩介をまじまじと見て友人が言う。
「だって、うまいじゃん。店によって味も違って面白いしさ。」
そう返しながらも浩介は自分のコーヒー好きを改めて考えた。
いつからこんなにコーヒーを飲むようになったのか?
どうしてこんなにコーヒーが好きなのか?
なぜ小遣いを切り詰めてまで喫茶店でコーヒーを飲むのか?
その先には愛らしい女の子の笑顔があった。

 

もう一度会いたかったけれど、叶うことなく離れてしまった遠い国の女の子。
はっきりと顔を思い出すことも出来なくなってしまったけれど、心の片隅に今も彼女がいるのだ。
日本ではなく海外で働きたいという思いも、紐解いてみればブラジルへ行きたいという気持ちからきているらしい。
それに気付いた瞬間、もう一つわかったことがあった。
幼かった浩介が抱いた淡い恋心。
言葉も通じない異国の少女が浩介の初恋の相手だった。
自覚したと同時に自分の未来が見えた気がした。いつかブラジルへ行く。コーヒーに関わる仕事がしたい。

―そして現在。
浩介はコーヒー豆の輸入を行っている貿易商社に勤務している。
なんとなく力を入れていた英語を本格的に勉強すると共にブラジルの公用語であるポルトガル語を学び、貿易実務検定も取得した。
人との交流をスムーズに行えるよう大学時代から様々なサークルやボランティアにも参加し、交渉術を学べればとアルバイト先は法律関係の事務所を中心に選んだ。
もちろんセミナーなどへも積極的に参加した。
進む道を決めてからの浩介は実に意欲的で周囲の人間が驚くほど真っ直ぐであった。

浩介は入社以来の努力が実り、念願叶って希望の部署へと移動した。
そしていよいよブラジルへの出張が決まったのだ。
持って行く荷物を鞄に詰め終え、ついでにと空いた時間で部屋を掃除しはじめた。
国内の出張は何度も経験しているが国外へ行くのは初めての事。
先輩と一緒だとはいえ緊張しないと言えば嘘になる。
出発を翌日に控え、期待と不安が入り混じり何かしていないと落ち着かないのだ。
そうして押入れの中を整理していて一枚の紙を発見する。

【また一緒に遊ぼうね、まっててねって約束をしました。】

約20年前に書いた拙い作文。
黄ばんだ原稿用紙の中に書かれている気持ちは今もなお浩介の胸の中にある。
彼女は今どうしているだろう?
あの可愛らしい笑顔は今もブラジルの陽を浴びて輝いているだろうか?
自分の事などもう忘れてしまっているだろうか?
今回のブラジル出張ではひーちゃんの農園へ行く時間はないし、そもそも住所なんて覚えていない。
「あの手紙ってどこにあるんだろう?」
急に訪ねるほど不躾でもない。
まずは手紙を出してみよう。今度はポルトガル語でひーちゃんにもわかる言葉で。
どうせこれからブラジルへは何度も行くことになるんだから。
「かーさん!あのさー、昔俺が文通してた・・・」
何年もの時を経て、会いたいと言われたら彼女は驚くだろうか?
それでも、もう一度会ってあの時の時の約束を果したい。

【ボクはまたひーちゃんと一緒にコーヒーの実を食べます。】

幼い日のたった一夏の出会いが浩介の人生を決めた。
甘い実を頬張った初恋は深みのあるコーヒーの香りとなり、筆を走らせる浩介の手元に今も置かれている。
『ひーちゃん、あの日の事を覚えていますか?』”

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私と彼とコーヒー

幼い頃母はよく「子供はコーヒーなど飲んではいけない」と言ったものだ。
おそらく、カフェインなどが良くないと考えられていたからだろう。その当時は私の家だけでなく、大抵の家では子供にコーヒーを飲ませて無かったと思う。 続きを読む 私と彼とコーヒー

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