古い家にはコーヒーがよく似合う。

古ぼけた家屋には、日本茶やほうじ茶が似合う。そんな風に思っていた私ですが、どうやらそれは正しくなかったようです。築150年と聞くその大きな家には、今はもうにぎやかな声も聴かれることなく、とっくに定年を迎えた老婆が一人暮らしています。隙間風がたくさん吹き込んでくるその家は、夏は大変過ごしやすく快適ですが、冬になると尋常ではない寒さが部屋の中の至るところを凍らせていきます。これは大げさなことではなく、本当のこと。寝る前にテーブルの上に置いておいたミカンが、翌朝には凍っている……。

 

そんな日も本当にあるのです。老婆がなぜこの大きくておんぼろの家に一人で住むことになったかというと、昨年夫を亡くしたから。その前の年には既に姑が天国に召されており、つまり二年間の内に家族が皆亡くなってしまい、結果一人暮らしをすることとなったのです。
老婆には、三人の子供がいましたが、皆既に家を出て遠方で家を建てて家庭を持っている現在、今更近所に引っ越してくれとか同居しようなどと言えるはずもありません。子供たちの方が老婆の暮らしやこれからのことが気になり、都会に来て一緒に暮そうとも誘うのですが、その好意に首を縦に振ることはありませんでした。老婆には、どうしてもこの家から離れたくない事情があるのです。

 

それは、心底惚れぬいた夫との思い出がいっぱいだから。至るところに、夫と暮らした40年間あまりの思い出が溢れていたからです。老婆の夫は、晩年病を患い、右半身が不自由となっていました。それまでこの世の中に怖いものなんか何一つないといった気持ちで生きてきた人でしたから、自分の体が自由にならないと知ったときは、相当落ち込んだと聞きます。彼曰く、何だか負けたような気がしたんだそう。病気になった人を見てそんな風に思う人などいないのに、かっこつけしいで見栄っ張りだった彼は、どうしても自分の体を受け入れることができなかったのでしょう。病気になってからは、大好きだった車も手放し、日中はほとんど自宅から出ないような暮らしだったと聞きます。唯一の心の支えが、二頭の愛犬たちの存在。朝夕の食事は、彼が毎日担当し、犬たちも彼にすっかりなついていたんだそうです。そんな彼が、毎日喜んで口にしていたのが老婆が作るコーヒーで、毎日二回、10時と午後4時には老婆と二人で隙間風が消し去ってしまうまでの時間、香りを楽しんでいたんだそうです。実は老婆はコーヒーよりも緑茶の方が好きだったのですが、夫がコーヒーを美味しそうに飲むものだから、自分も一緒にカップを用意するように。夫がリハビリも兼ねてコーヒー豆をミルで挽く間。老婆は今日あった他愛もない話を夫に聞かせているのでした。

 

「今日ね、散歩していたらフキノトウが出ていたんだよ。もう春なんだね。」
「買い物に出かけていたら、突然雨が降ってきて慌てて走って帰って来たんだよ。」

僅か数分のこの時間が、老婆にとっては幸せな時間。病気をしてから、あまり人と会話をしたがらなくなった夫が唯一聞いてくれる時間が、このコーヒー豆を挽いている時間だけだったからです。粉状になった豆に、夫がゆっくりとお湯を注いで待つ時間。テーブルの上には、夫婦茶碗ならぬ、夫婦コーヒーカップ。二つのカップにコーヒーをそっと注いで、その一つを老婆の前に差し出す夫。すると、まるで二人が若かった頃によく待ち合わせをしていた喫茶店を思い出すのでした。二人っきりのコーヒータイムは、「私の愛した人はこの人だけ」。老婆がそう確信する時間だったのかもしれません。古い家には、コーヒーのほろ苦さと深い香りが良く似合う。熟成された二つの存在が相まって、独特の空気感を作っていたのでしょうか。

 

今年、たった一人になってしまった老婆は、正直まだ心の整理ができていません。夫がいなくなってしまった現実をまだ受け入れられないでいるのです。だから、突然泣き出してしまったり、大声で怒り出したり、言葉汚く放ってしまうこともあります。ですが、そんな自分が本当に大嫌いで苦しいのです。テレビで相撲が始まれば、夫の写真を持ってテレビの前に座る日々。ラーメンを作れば、これはお父ちゃんの好物だったと、その都度仏壇に行って鐘を二回鳴らしお供えする習慣。愛犬に餌を与えに行く度に、自分を残し早く逝ってしまったことをどうしても犬たちに愚痴ってしまう日々。老婆にとって、今まさに戦いの日々なのです。

「母さん、やっぱり一緒に暮そうよ。こっちに来れば、楽しい場所もいっぱいあるし、母さんの部屋だって用意してあげられる。田舎での一人暮らしは年齢的にもう無理だよ。」

今日もまた、息子からかかってきた一本の電話。答えはいつもと同じだ。

「ありがとう。でも私はここがいいの。この家が好きなの。」

先日、老婆は夫が亡くなってから初めて夫の夢を見ました。でも、夫は夢の中で何も言ってはくれません。それに、見せてくれたのは背中だけ。顔を見ることもできなかったのです。でも、確かにあの後ろ姿は夫だった……。朝目が覚めると、寂しくて寂しくて涙が溢れてくる。もう二度と会うことができない夫の顔。もう聞くことができない夫の声。夢でもいいからまた会いたいと思っていたのに、益々淋しさは増すばかりでした。「今日は一日寝ていようか……」そんな風にも思った老婆だったのですが、すぐに気持ちを切り替えました。そして、久々にあのコーヒーメーカーを使ってみようという思いにかられたのです。そうなのです。老婆はあることに気づいたのです。何度も夫の好物を仏壇にお供えしてきたのだが、コーヒーを供えることをすっかり忘れていたということを。こんなに大事なことをどうして忘れてしまっていたのでしょうか。老婆は急いで着替えると、早速やかんでお湯を沸かして用意を始めました。

 

ところが肝心のコーヒー豆が見当たりません。葬儀の際に、どこかにしまい忘れてしまったみたいなのです。引き出しの中も戸棚の中も探してみました。冷蔵庫の中も探しました。それでもありません。仕方がないので、今度は寝室の方にまで足を運び、あちこち探してみました。こんなところにあるはずなんかないのに。ところがです。あったのです。100グラム入りの真空パックになったコーヒー豆がどういうわけか机の上の隅っこに置いてある。几帳面な性格の老婆は、何でもきちんと整理しておくクセがあるのですが、ペンや定規、鉛筆などを差していたペン入れの横に、ちょこんとそれが置いてあったのです。

「あれ?こんなコーヒー買ったっけ?」

不思議に思いながらそっと手に取ってみると、後ろの方にマジックで大きく数字が書いてある。それは、そのコーヒー豆の賞味期限についてでした。更に、何か書いてあります。

「お湯多めに」

ああ、思い出した!このコーヒーはちょっと自分の口には苦すぎて、ずっと飲むのを後回しにしていたやつだ。それで、今度飲むときはお湯を多めにして飲もうって夫と話していたのです。邪道かもしれないけれど、そうしようって二人で話していたんだった。コーヒー入りの袋に記載されているその文字は、まさしく夫の懐かしい手書きの文字。思いがけず、また二人で暮らしていたあの頃の記憶が蘇ってきました。そして、小さなそのコーヒーの袋を握りしめました。が、次の瞬間、老婆はそのコーヒーの袋にはさみを入れました。そして袋の中のコーヒー豆の香りを思いっきり吸い込むと、すぐに台所の方に向かいました。お湯も沸いているよう。二人分のコーヒーを計量すると、ミルで挽き始める。ゆっくりゆっくりと引き続けました。次に、夫婦コーヒーカップをテーブルの上に並べる。コーヒーメーカーの上に、フィルターをセットして挽いたコーヒー豆を入れる。そして静かにお湯を注ぎました。出来上がったコーヒーは二つのコーヒーカップに半分こして、その一つを仏壇へと運ぶ。その時、もう老婆の顔に涙は見られませんでした。老婆の中で、何かが始まった瞬間だったのかもしれません。それとも、何かが終わりを告げた瞬間だったのでしょうか?

私は、老婆に三日に一度は電話をしています。

「お母さん、元気?風邪ひいていない?」

すると老婆は元気な声でこう答えます。

「大丈夫だ。今ね、お父ちゃんのコーヒー飲んでいる。」

「そっかあ。母さんはあのコーヒーがいいんだもんね。もうそろそろ無くなる頃じゃない?またコーヒー送ろうか?」

母は元気に答えます。

「そうだな。ありがとうね。代わりに畑にできている野菜を今度いっぱい送るからね。」

引きこもり気味だった老婆は、少しずつ元気を取り戻し、また畑作りに精を出すようになっています。孫たちに美味しい野菜を食べさせたい、芋ほりさせたいと、丁寧に丁寧に畑づくりをしています。キュウリやナスやトマト。オクラにピーマン……。そして作業に疲れると、床の上にごろんと転がって、大の字になってお昼寝します。目を閉じると、様々な「声」や「音」が思い出されると言います。その中には、かつてこの家で老婆の夫と一緒に暮した日々や、姑の介護をしていた頃の記憶、私たち三人の子育てをしていた頃の思い出もあるとのこと。でも、やっぱり老婆にとって一番大切な記憶は、夫の日々のようです。本当はここで子供たちの思い出が一番と言ってほしいところなのですが、これもまた良しとしましょう。

 

もうすぐ父の一周忌がやってきます。久々に、おんぼろ屋にも足を運ぶことになります。きっとそこでまだ、あの古い家とコーヒーの絶妙な組み合わせを楽しめることでしょう。古い家にはコーヒーがよく似合う。それは、両方とも熟成されたものだから。二つが一つとなったとき、私はなんだか人生を考えさせられるのです。老婆の愛しい人は、きっと仏壇からあの良い香りを感じていることでしょう。そして、彼にとっても大切な存在だった老婆のことを見守っているのだと思います。

古ぼけた家屋には、日本茶やほうじ茶が似合う。そんな風に思っていた私ですが、どうやらそれは正しくなかったようです。築150年と聞くその大きな家には、今はもうにぎやかな声も聴かれることなく、とっくに定年を迎えた老婆が一人暮らしています。隙間風がたくさん吹き込んでくるその家は、夏は大変過ごしやすく快適ですが、冬になると尋常ではない寒さが部屋の中の至るところを凍らせていきます。これは大げさなことではなく、本当のこと。寝る前にテーブルの上に置いておいたミカンが、翌朝には凍っている……。そんな日も本当にあるのです。老婆がなぜこの大きくておんぼろの家に一人で住むことになったかというと、昨年夫を亡くしたから。その前の年には既に姑が天国に召されており、つまり二年間の内に家族が皆亡くなってしまい、結果一人暮らしをすることとなったのです。
老婆には、三人の子供がいましたが、皆既に家を出て遠方で家を建てて家庭を持っている現在、今更近所に引っ越してくれとか同居しようなどと言えるはずもありません。子供たちの方が老婆の暮らしやこれからのことが気になり、都会に来て一緒に暮そうとも誘うのですが、その好意に首を縦に振ることはありませんでした。老婆には、どうしてもこの家から離れたくない事情があるのです。それは、心底惚れぬいた夫との思い出がいっぱいだから。至るところに、夫と暮らした40年間あまりの思い出が溢れていたからです。老婆の夫は、晩年病を患い、右半身が不自由となっていました。それまでこの世の中に怖いものなんか何一つないといった気持ちで生きてきた人でしたから、自分の体が自由にならないと知ったときは、相当落ち込んだと聞きます。彼曰く、何だか負けたような気がしたんだそう。病気になった人を見てそんな風に思う人などいないのに、かっこつけしいで見栄っ張りだった彼は、どうしても自分の体を受け入れることができなかったのでしょう。病気になってからは、大好きだった車も手放し、日中はほとんど自宅から出ないような暮らしだったと聞きます。

 

唯一の心の支えが、二頭の愛犬たちの存在。朝夕の食事は、彼が毎日担当し、犬たちも彼にすっかりなついていたんだそうです。そんな彼が、毎日喜んで口にしていたのが老婆が作るコーヒーで、毎日二回、10時と午後4時には老婆と二人で隙間風が消し去ってしまうまでの時間、香りを楽しんでいたんだそうです。実は老婆はコーヒーよりも緑茶の方が好きだったのですが、夫がコーヒーを美味しそうに飲むものだから、自分も一緒にカップを用意するように。夫がリハビリも兼ねてコーヒー豆をミルで挽く間。老婆は今日あった他愛もない話を夫に聞かせているのでした。

「今日ね、散歩していたらフキノトウが出ていたんだよ。もう春なんだね。」
「買い物に出かけていたら、突然雨が降ってきて慌てて走って帰って来たんだよ。」

僅か数分のこの時間が、老婆にとっては幸せな時間。病気をしてから、あまり人と会話をしたがらなくなった夫が唯一聞いてくれる時間が、このコーヒー豆を挽いている時間だけだったからです。粉状になった豆に、夫がゆっくりとお湯を注いで待つ時間。テーブルの上には、夫婦茶碗ならぬ、夫婦コーヒーカップ。二つのカップにコーヒーをそっと注いで、その一つを老婆の前に差し出す夫。すると、まるで二人が若かった頃によく待ち合わせをしていた喫茶店を思い出すのでした。二人っきりのコーヒータイムは、「私の愛した人はこの人だけ」。老婆がそう確信する時間だったのかもしれません。古い家には、コーヒーのほろ苦さと深い香りが良く似合う。熟成された二つの存在が相まって、独特の空気感を作っていたのでしょうか。

今年、たった一人になってしまった老婆は、正直まだ心の整理ができていません。夫がいなくなってしまった現実をまだ受け入れられないでいるのです。だから、突然泣き出してしまったり、大声で怒り出したり、言葉汚く放ってしまうこともあります。ですが、そんな自分が本当に大嫌いで苦しいのです。テレビで相撲が始まれば、夫の写真を持ってテレビの前に座る日々。ラーメンを作れば、これはお父ちゃんの好物だったと、その都度仏壇に行って鐘を二回鳴らしお供えする習慣。愛犬に餌を与えに行く度に、自分を残し早く逝ってしまったことをどうしても犬たちに愚痴ってしまう日々。老婆にとって、今まさに戦いの日々なのです。

「母さん、やっぱり一緒に暮そうよ。こっちに来れば、楽しい場所もいっぱいあるし、母さんの部屋だって用意してあげられる。田舎での一人暮らしは年齢的にもう無理だよ。」

今日もまた、息子からかかってきた一本の電話。答えはいつもと同じだ。

「ありがとう。でも私はここがいいの。この家が好きなの。」

先日、老婆は夫が亡くなってから初めて夫の夢を見ました。でも、夫は夢の中で何も言ってはくれません。それに、見せてくれたのは背中だけ。顔を見ることもできなかったのです。

 

でも、確かにあの後ろ姿は夫だった……。朝目が覚めると、寂しくて寂しくて涙が溢れてくる。もう二度と会うことができない夫の顔。もう聞くことができない夫の声。夢でもいいからまた会いたいと思っていたのに、益々淋しさは増すばかりでした。「今日は一日寝ていようか……」そんな風にも思った老婆だったのですが、すぐに気持ちを切り替えました。そして、久々にあのコーヒーメーカーを使ってみようという思いにかられたのです。そうなのです。老婆はあることに気づいたのです。何度も夫の好物を仏壇にお供えしてきたのだが、コーヒーを供えることをすっかり忘れていたということを。

 

こんなに大事なことをどうして忘れてしまっていたのでしょうか。老婆は急いで着替えると、早速やかんでお湯を沸かして用意を始めました。ところが肝心のコーヒー豆が見当たりません。葬儀の際に、どこかにしまい忘れてしまったみたいなのです。引き出しの中も戸棚の中も探してみました。冷蔵庫の中も探しました。それでもありません。仕方がないので、今度は寝室の方にまで足を運び、あちこち探してみました。こんなところにあるはずなんかないのに。ところがです。あったのです。100グラム入りの真空パックになったコーヒー豆がどういうわけか机の上の隅っこに置いてある。

 

几帳面な性格の老婆は、何でもきちんと整理しておくクセがあるのですが、ペンや定規、鉛筆などを差していたペン入れの横に、ちょこんとそれが置いてあったのです。

「あれ?こんなコーヒー買ったっけ?」

不思議に思いながらそっと手に取ってみると、後ろの方にマジックで大きく数字が書いてある。それは、そのコーヒー豆の賞味期限についてでした。更に、何か書いてあります。

「お湯多めに」

ああ、思い出した!このコーヒーはちょっと自分の口には苦すぎて、ずっと飲むのを後回しにしていたやつだ。それで、今度飲むときはお湯を多めにして飲もうって夫と話していたのです。邪道かもしれないけれど、そうしようって二人で話していたんだった。コーヒー入りの袋に記載されているその文字は、まさしく夫の懐かしい手書きの文字。思いがけず、また二人で暮らしていたあの頃の記憶が蘇ってきました。そして、小さなそのコーヒーの袋を握りしめました。が、次の瞬間、老婆はそのコーヒーの袋にはさみを入れました。そして袋の中のコーヒー豆の香りを思いっきり吸い込むと、すぐに台所の方に向かいました。

 

お湯も沸いているよう。二人分のコーヒーを計量すると、ミルで挽き始める。ゆっくりゆっくりと引き続けました。次に、夫婦コーヒーカップをテーブルの上に並べる。コーヒーメーカーの上に、フィルターをセットして挽いたコーヒー豆を入れる。そして静かにお湯を注ぎました。出来上がったコーヒーは二つのコーヒーカップに半分こして、その一つを仏壇へと運ぶ。その時、もう老婆の顔に涙は見られませんでした。老婆の中で、何かが始まった瞬間だったのかもしれません。それとも、何かが終わりを告げた瞬間だったのでしょうか?

私は、老婆に三日に一度は電話をしています。

「お母さん、元気?風邪ひいていない?」

すると老婆は元気な声でこう答えます。

「大丈夫だ。今ね、お父ちゃんのコーヒー飲んでいる。」

「そっかあ。母さんはあのコーヒーがいいんだもんね。もうそろそろ無くなる頃じゃない?またコーヒー送ろうか?」

母は元気に答えます。

「そうだな。ありがとうね。代わりに畑にできている野菜を今度いっぱい送るからね。」

引きこもり気味だった老婆は、少しずつ元気を取り戻し、また畑作りに精を出すようになっています。孫たちに美味しい野菜を食べさせたい、芋ほりさせたいと、丁寧に丁寧に畑づくりをしています。キュウリやナスやトマト。オクラにピーマン……。そして作業に疲れると、床の上にごろんと転がって、大の字になってお昼寝します。目を閉じると、様々な「声」や「音」が思い出されると言います。その中には、かつてこの家で老婆の夫と一緒に暮した日々や、姑の介護をしていた頃の記憶、私たち三人の子育てをしていた頃の思い出もあるとのこと。でも、やっぱり老婆にとって一番大切な記憶は、夫の日々のようです。本当はここで子供たちの思い出が一番と言ってほしいところなのですが、これもまた良しとしましょう。もうすぐ父の一周忌がやってきます。久々に、おんぼろ屋にも足を運ぶことになります。きっとそこでまだ、あの古い家とコーヒーの絶妙な組み合わせを楽しめることでしょう。古い家にはコーヒーがよく似合う。それは、両方とも熟成されたものだから。二つが一つとなったとき、私はなんだか人生を考えさせられるのです。老婆の愛しい人は、きっと仏壇からあの良い香りを感じていることでしょう。そして、彼にとっても大切な存在だった老婆のことを見守っているのだと思います。

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彼女と部屋でコーヒーを。

僕と彼女が出会ったのは僕のバイト先。

当時、僕は大学に行きながらコンビニでバイトしていた。
彼女はコンビニの常連さん。

いつもコンビニのコーヒーを買っていく。
ある日どうしても気になって声をかけたのがきっかけで仲良くなれた。

元来人見知りな僕が常連さんとはいえ、見ず知らずの女性に声をかけたのは後にも先にもこれ一度きり。

「コーヒーお好きなんですね。」
「はい。カフェにいく時間がないときとかコンビニで買えるようになったから便利ですよね。」

僕とは正反対で彼女は人見知りなどがなく誰とでもすぐ打ち解けるタイプだった。

一つの質問にもはい、いいえだけではなくもう一言添えて返してくれる。

僕のようなおとなしいヤツにも笑顔で話してくれる、クラスに一人はいるような、人気のある女子という感じだ。

女子、という表現をしたが彼女は僕より年上だった。
エステティシャンをしているそうだ。
聞いてみると6つ歳上。

年齢なんて気にならないくらい彼女に惹かれていった。

彼女はいつもブラックコーヒー。
砂糖やミルクを入れるそぶりは一切ない。
コンビニのカフェコーナーでコーヒーをセルフで入れて、レジの僕に少し微笑んでから車に乗り込んでいく。

彼女から見たら大学生の僕なんて恋愛対象外だろうか?
弟とかいとこ位にしか思っていないのかもしれない。

バイト終わりに彼女の真似をしてコンビニでコーヒーを買って帰るのが日課になった。
ブラックは苦手なのでコーヒーにはミルクと砂糖をたっぷりと入れる。

本当に真似したいならブラックを飲めよ、と自分に言いたいがそこは許してほしい。

苦いコーヒーは苦手なのだから。

いつものようにバイト終わりにレジ横のカフェコーナーでコーヒーを入れて帰ろうとしたとき、彼女がお店にやって来た。

この時間に来るなんて珍しい。

つい、いつもの感覚で声をかける。

「いらっしゃいませ。珍しいですね、こんな時間に」
「えっえっ?あぁ!私服だからわからなかった!バイト終わりなの?」

そういえばコンビニの制服以外の姿でいらっしゃいませ、はおかしかったかもしれない。

僕の手元のコーヒーを見てちょっと笑っている。

「コーヒーお好きなんですね。」

あれ?その台詞は身に覚えが。

「僕も仕事帰りにたまに買うんですよ。」

あなたの真似をしていつも買ってます、と言うのがなんだか恥ずかしくてごまかす。

そうなんだ、とにこにこしながら彼女もコーヒーのカップをレジで支払った。
僕はその様子をボケッと見守る。

あ!コーヒー一杯くらいおごればよかった!
いつも買いに来てくれるお礼ですとか何とか言って!

でももう遅い。
彼女はサッサとレジを済ませて僕の目の前でコーヒーをいれる。

「私、コーヒーはいつもブラックなんだよ。後味がスッキリするから好きなの。」

知っています。
いつも見てます。

「そうなんですね、僕と一緒ですね!」

はい!でた!嘘!!

「あの、あの!時間あるならちょっとだけ話しませんか?カフェにでも!」

そう言った僕の手にはしっかりと先程買ったコーヒー。
彼女の手にも買ったばかりのコーヒー。

「あはははは!コーヒー持参で?」

彼女は大笑い。

あぁ、しまった!

本当に僕はバカだ。

年下のガキがナンパして失敗…。

せっかく常連さんなのに気まずくなったら嫌すぎる!

「で、ですよねー!!えーっと、このコーヒー飲みながら公園で散歩とか、コーヒーは一旦置いてカフェに行ってからコーヒーを取りに来るとか…」

もう、訳がわからない!
必死な僕にちょっと笑っている。

「私の車の中で飲みながら話そう?」

…女神です。
めちゃめちゃ優しい。

僕は飲みなれない苦いコーヒーを飲みながらガチガチに緊張して彼女の車に乗りこむ。

彼女の車は女の人独特のいいにおいがした。

この日から彼女とぐっと仲良くなり、付き合うことになった。

年下で頼りない僕をいつもさりげなくサポートしてくれる彼女。

僕は一気に夢中になり、就職が決まってから僕が彼女のアパートに転がり込む形で同棲を始めた。

彼女は毎朝コーヒーをいれてくれる。
朝はいつもコーヒーのにおいで目が覚めた。

「おはよう。いい朝だよ。」

寝ぼけた僕を朝から笑顔で起こしてくれる彼女はやっぱり優しくて、この部屋もとても居心地がよかった。

部屋中にかのじょのいいにおいがしていた。
彼女のいれてくれたコーヒーを二人で飲む。
もちろん二人ともブラック。
僕は自然とブラックコーヒーばかり飲むようになった。
確かに後味がいい。

ふたつ仲良く並んだコーヒーカップは僕と彼女みたいだ。

ある日、中学の同窓会の案内が届き、行くことになった。
実はあまり気が進まない。
中学時代はいい思い出が全くなかった。

それでも数少ない当時の友達から連絡があり、元々断るのが苦手なので曖昧な返事をしていると、いつのまにか参加メンバーに加わっていた。

行きたくない、とごねる僕に

「中学の時の友達ってあんまり会えないんだから!羨ましいなぁ。楽しんできてね!」

と、いつもの笑顔の彼女。

そうだよな。普段会わない連中の顔を見ながら酒を飲むのもいいかもしれない。

彼女に言われるとすぐその考えに影響されてしまう。
少しだけ同窓会も楽しみだ。
あくまで少しだけ。

同窓会当日、仕事の後そのまま参加することになっていた。

彼女には遅くなることはないと思うけど遅かったら寝てていいよ、と伝えていた。

彼女の言うとおり、同窓会は予想以上に楽しかった。

普段あまり絡まない連中とも同級生というだけですっと打ち解けられたし、当時あまり話さなかったヤツとも自然と話せた。

僕も大人になっているということかもしれない。

「私のことおぼえてる?」
背の低いふわっとした感じの女の子が話しかけてくる。
誰?
全くわからん。

「ごめん、誰かわかんない。」
「ひどいなー!一緒に文化祭の実行委員やったじゃない!」

もう!と女の子は僕の背中を軽く叩く。

あーそういえば、断りきれずに実行委員なんてやった気がする。
そんで、そのメンバーにこの女の子もいたかな?覚えがない。

女の子は目をパチパチさせながら
「あの時はほとんど話してないもんね?中学の時は私、地味だったし。」
「今は派手になったね。」
「えっ派手にはなってないでしょ!」
「いや、いい意味で。」
「なにそれー。」
また軽く叩かれ、女の子は頬を膨らませる。

なんだか珍しく女の子と二人で盛り上がった。

そのまま同窓会はお開き。

珍しく飲みすぎて、喋りすぎて、喉が痛くなった。

頭がガンガンして目が覚めた。
完璧に飲みすぎた。

ヤバイなー、今日が休みでよかった。
僕は寝ぼけ眼でベッドから体を起こす。
ん?
見覚えのない風景。
知らない部屋。
なんだここ、どこだ?
慌てて飛び起きると隣にあの女の子が寝ている。

サーっと血の気が引いた。

…浮気してしまった。

彼女の顔が浮かぶ。
携帯を確認すると夜に2回ほど彼女から電話がかかってきていた。

メールも1通だけきている。
「大丈夫?飲みすぎて倒れてないか心配してます。」

飲み会では僕が楽しめるように毎回電話やメールは極力控えてくれる彼女。
まさか帰ってこないとはビックリしているに違いない。

しかも、僕は大切な君を裏切ってしまった。

「おはよう」
隣から声がする。
女の子は幸せそうに笑いながらすり寄ってきた。

「ごめんなさい!僕、変なことした?本当にごめんなさい!めちゃくちゃ酔ってたし、変なことしちゃってたら謝るしかないけど。」

女の子はポカンとして
「コーヒーいれるよー」
とノロノロと起き出してインスタントコーヒーをいれてくれた。

コーヒーを受け取る時も手が震えた。
コーヒーを一口飲む。

「あの、僕、君に変なこと…」
「したから部屋に一緒に寝てるんでしょ!」

ズバリだ。
そりゃそうだ。

あぁ、目の前が真っ暗だ。
彼女の悲しそうな顔が浮かんできた。

「本当に本当にごめんなさい!とりあえず、僕、帰ります。」
「えっちょっと!」

そそくさと荷物を持って女の子の部屋を後にする。
これが夢だったらいいのに。
女の子がいれたコーヒーは色つきのお湯のように、味がしなかった。

急いで彼女と僕の部屋へ帰る。
何て言ったらいいんだろう。
行っておいでと送り出してくれたのに、楽しんできてねと言ってくれたのに。

鍵を開けると彼女はテーブルに倒れこむようにして眠っている。
テーブルの上には飲みかけのコーヒーカップと携帯が並んでいた。

「ごめん…」
どうしようもなく悲しくなって、申し訳なくてその場でがっくり膝をつく。
彼女を裏切ってしまった自分が許せない。

どうしよう。言わない方がいいのかな。
でも嘘をつきたくない。

「うーん、おかえりー寝ちゃったぁ。」
「ごめん…ごめんね。」

「…どしたの?あ、コーヒーいれるね」
僕の様子に何かを察したのかもしれない。

それでも彼女はいつものようにコーヒーをいれてくれた。
僕は座ることもできずそのいつもの光景を見ていた。

「…もう帰ってこないかと思った。」
コーヒーを飲みながら彼女が言った。
いつも通りの彼女の態度と彼女の声。
でも彼女の手がかすかに震えている。

一晩帰らず、電話にも出ず、君を裏切ってしまった。

僕は昨夜のことを洗いざらい話した。
飲みすぎたこと、全く覚えていないが女の子の部屋で目が覚めたこと…。

彼女は静かに聞いていたが僕が一通り話し終わると、ゆっくりと僕の目を見つめた。

「できるだけ早く、荷物をまとめてね?」

もう僕らは駄目なのかな?

一回だけの浮気で離れなくちゃいけないの?

男らしくないけれど、僕は彼女と別れたくなかった。
はじめて好きになって、はじめて付き合った人だった。
たぶん僕らは結婚するだろう、とぼんやり未来を考えていたのに。

「あのね、一回でも裏切られたら常にそれが頭にあるんだよ?
今回は間違いが起こっただけって言うかもしれないけど。
会社の飲み会とか、忘年会とかもあるよね?そういう場にあなたが行く度に私は今回のことを思い出すし、あなたを疑ってしまうと思う。」

僕はなにも言い返せなかった。
正論だ。
僕が全部悪い。

彼女の目からはポロポロと涙がこぼれた。
抱き締めることも出来ず、ただただ謝った。

「…少し頭を冷やしてくる。」

口をつけられなかった僕のコーヒーカップがテーブルにポツンと一つだけ置いてある。

彼女が落ち着いてからそう切り出して部屋を出た。

フラフラとコンビニに入る。
商品をぼんやり眺めながら店内を歩く。

これからどうしよう。

やはり、彼女の言うとおり荷物をまとめよう。

久々にコンビニのコーヒーを買ってみた。

大学の頃飲んでいたようなミルクと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーにした。

一口飲むと甘さが広がる。

後口までずいぶん甘い。

僕はこんなに甘いものを飲んでいたのか。
彼女の影響ですっかりブラックコーヒーに慣れていたのでその甘さに驚いた。

僕もブラックコーヒーみたいにスッキリした後味の恋愛がしたかった。

これからの事を考えると胸がムカムカして吐きそうだ。
コーヒーの甘さが気持ち悪い。

溜め息をついてから、コーヒーを一気に飲み干すと口の中にミルクと砂糖の甘さがいつまでも残った。

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神戸のある親子のコーヒーと恋物語

これはある神戸に住んでいる親子の恋物語です。
高知県にある少女が生まれました。少女は天真爛漫で、小学校・中学校と友達と多く少々悪ガキのところもありましたが、元気に暮らしていました。 続きを読む 神戸のある親子のコーヒーと恋物語

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紅茶派だった私がコーヒーを飲むようになった理由

コーヒーによるカフェイン中毒だ。
こんな感じで子供たちに呆れられている私だが、中学の頃から23歳まではずっと紅茶派だった。
私の母も私の父も物心ついたころからずっと紅茶を飲んでいたからだ。
紅茶かコーヒーと聞かれるたび紅茶と答えるのが当たり前だと思っていた。 続きを読む 紅茶派だった私がコーヒーを飲むようになった理由

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先生とコーヒー

あぁ、嫌になってくる。
私は大きなため息をついた。

高校2年生に進学して3か月過ぎたというのに、先生は相変わらず女子生徒に人気だ。

きゃあきゃあ珍しがって騒がれるのも4月のうちだけかと思っていたけれど。

先生は新卒の美術教師だ。
スラッとした痩せ型で眼鏡が知的で顔立ちも整っている。
話し方は優しく、他の先生と比べると若くてかっこいい。

私もきゃあきゃあ騒ぐ女子達にまざって騒ぎたいけれどそういうキャラクターをしていないので大人しく見ているしかない。 続きを読む 先生とコーヒー

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朝飲むコーヒーと夜飲むコーヒーと、どっちが好き?

「朝飲むコーヒーと夜飲むコーヒーと、どっちが好き?」
と彼女に聞かれて、くだらない質問だなとつい笑ってしまった。僕は「君はコーヒーが好きなんだね」と多少曖昧に答えると、彼女は「とくに好きじゃないけど、コーヒー好きな人って朝によく飲んでる気がする。 続きを読む 朝飲むコーヒーと夜飲むコーヒーと、どっちが好き?

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