コーヒーとチョコと彼が教えてくれた幸せの瞬間

私はずっとコーヒーが飲めませんでした。
苦くて酸っぱい味のどこが美味しいのかわからず、いつも誰かの横で、そっと流れてくる香りを感じているだけでした。
でもコーヒーの香りは大好きです。カフェの扉を開けた瞬間に私の体を包み込む香り。
あの一瞬のために、カフェの扉をまた開けたくなるのです。

結婚するまでコーヒーを淹れたことはありませんでした。いつも家で飲むのは紅茶ばかり。
でも主人はコーヒー派。
仕事で疲れて帰ってきた主人に「うまい!」と言ってもらえるコーヒーを淹れてあげたい。
そう思うようになりました。
どうせやるならこだわりたい。いつか見たカフェでのハンドドリップ。
私の中のコーヒーと言えばそれ以外はありませんでした。

早速道具を揃えます。
まずはコーヒーミル。手動と自動。手動の方が楽しそうだけど…面倒で続かなかったら意味がないからここは自動で。
次はドリッパー。ステンレスフィルターなら紙がいらないからエコかな?そんな安易な考えでこれに決定。
そしてドリップポット。ここはやっぱりステンレスしかないでしょう。

あとは近所のお店の人に、コーヒー豆のについて相談。
あれこれアドバイスをいただいて、スッキリ飲みやすい豆を選びました。

主人に初めて出す前に練習しよう。
そう思って本で勉強した通りに淹れてみます。
ミルで豆を砕くと、あのとってもいい香りが部屋中に漂います。私は深くそれを吸い込みながら深呼吸しました。
そして、そーっとお湯を注ぎます。すると、ぷーっとコーヒーの粉が膨れていきます。
あれ?なんだか癒される。不思議とワクワクします。
カップに注いだコーヒーを、一口だけ味見に飲んで見ました。
もう何年も飲んでいないあの味を想像しながら。

えっ!?そんなに苦くない。苦味はあるのにさっと引いていく感じ。もう一口飲みたい。
結局一杯のコーヒーを気がつけば飲み干していました。

その夜、主人にコーヒーを淹れてあげながらその話をすると、
「大人になったね。それもブラックで飲めるようになるなんて。コーヒーを淹れてくれたお礼に明日はお土産を買ってくるね。」そう言ってくれました。

次の日仕事帰りにデパートに寄って、ロイズの生チョコを買って帰ってきてくれました。
夕飯を済まし、お風呂も入り、いよいよコーヒータイムです。
ハンドドリップで淹れたコーヒーに生チョコを添えていただきます。
まずはコーヒーを一口。
苦味と香りを楽しんだ後に、チョコをお口に放り込みます。パクリッ。
「うん!?…何これ、チョコの甘みがいつもより美味しく感じる!」
初めてのブラックコーヒーと生チョコの組み合わせに感激です。みんな今までこんな美味しい組み合わせで食べてたの?今まで知らなかったなんて悔しい。

主人の顔がニヤニヤしていてなんだか自慢げです。
うー、悔しいけれどこれは完敗。
コーヒーってこんなに美味しいものなんですね。
昔は子供だったのか、ただ苦い飲み物だとしか思えなかったのに。

彼に出会い結婚して、初めて出会ったコーヒー。
自分で淹れるコーヒーは私にとって一番リラックスできる幸せの瞬間になりました。
今では毎日ドリップして飲んでいます。
主人がいない間も一人で至福の時を堪能中。
内緒ですが、コーヒーとチョコの組み合わせが忘れられず、我が家にはいつでもチョコが常備されてます。
毎日は太るからダメ。なんて彼には言ってますが、お昼間に私はついつい…手が伸びちゃいます。

本を読みながら、淹れたてのコーヒーとチョコを味わう。
結婚して良かったなと思う瞬間。
たまに行くカフェも素敵だけど、今は我が家で淹れるコーヒーに癒されています。

かつての私がそうだったように、
彼が玄関を開けた瞬間、あの香りが体を包み込み、疲れた体を癒してくれますように。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」

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旦那さんの淹れるコーヒー

コーヒーを楽しむ時間を大切にしている。

 

人それぞれ、コーヒーを楽しむ時間というのは違う。朝食の後の一杯を楽しみにしている人もいるだろうし、友人とランチやおやつを楽しみながら飲むコーヒーが一番美味しいという人もいるだろう。

 

私にとって、一番美味しいコーヒーは朝仕事へ行く前に飲むものである。

 

信州の冬は寒い。車のフロントガラスが霜で真っ白になって、澄み切った空気が家々をキンキンに冷やす朝。いつまでもぐずぐずしていたい暖かい布団の中から、えい!と頑張って抜け出して、旦那さんと自分の為に朝食を作る。
目覚ましはいつも、出勤時間と食事や準備の時間を合わせても余裕がある時間に鳴るようになっている。

 

昨年買ったアルパカの顔が付いたモコモコのスリッパを履いて、眠さと寒さを乗り越えながらキッチンに立つと、できるだけ早めに朝食を準備する。
これは早くご飯を食べたいわけではなく、朝のお楽しみのためである。

 

大根とわかめが入ったみそ汁と、炒り卵を急いで用意すると、私は寝室へ行って旦那さんの布団の中に潜り込んだ。暖まった布団と旦那さんを抱き枕に、5分か10分くらいゴロゴロするのが私の日課なのだ。暖まった布団と旦那さんというのは、とても心地よい組み合わせで、病み付きになった私はこの時間を楽しむ為に、毎日せっせと早起きをする。

 

しばらくゴロゴロしてから二人で一緒に起きだして、朝食を食べ終わると、いよいよお楽しみのコーヒータイムがやってくる。

 

起床から出勤時間までの間にはちゃんと、コーヒーを楽しみながら、二人で一緒にテレビを見る時間が組み込まれているのだ。これは、どんなに仕事が嫌で憂鬱だろうと、寝不足であろうと、コーヒーというのはゆっくり余裕を持って楽しむものと私の中で決まっているからだ。コーヒー好きの私に抜かりはない。

 

私が食器を洗っている間に、コーヒーを淹れるのは旦那さんの仕事である。
ミルにコーヒー豆を入れ、ガリゴロガリゴリと豆を挽く。

 

旦那さんは結婚するまで、コーヒーはインスタントだけであったが、私が毎朝食器を洗った後に自分で持ち込んだミルでせっせと豆を挽いているのを見て、自分がやるよと申し出てくれた。

 

旦那さんがケトルから、そろそろとお湯をコーヒーの上に落としていく。
挽きたての豆は、ガリゴロいっていた時から味わい深い香りを漂わせていたが、熱いお湯が注ぎ込ませるとさらにその香りを増す。

 

ふんわりと温かい湯気を纏ったコーヒーの香りが、部屋に広がっていく瞬間が好きだ。お湯で出来たコーヒードームは小さな泡をふつふつとさせながら、魅惑の黒い液体を生み出していく。

 

ちなみに、ペーパードリップでコーヒーを淹れる場合、ドリッパーの種類が色々あるが、皆様は何をお使いだろうか。

 

私はコーノ式を使っている。三角錐型の底に、穴が一つだけ空いているタイプである。今までメリタ式、カリタ式、スパイラルなど、色々と使ってみたが、結果コーノ式が好きだ。

 

メリタのように思わせぶりな風もなく、カリタ程せっかちではない。スパイラスはまるでコーヒーの迷宮に導かれるような魅力を感じるが、ガラス製なので割れるのが怖い。という理由から、私はコーノ式の物を長年使っている。道具の種類やお湯の注ぎかたが違うだけで、コーヒーの味というのは変わってくる。美味しいコーヒーを求めるということは、実に奥深い世界なのである。

 

美味しいコーヒーといえば、最近になってから知ったが、コーヒーは人に淹れてもらった方が美味い。
何故だろう、何故だろうと飲みながら思うのだが、旦那さんの淹れてくれたコーヒーは自分で淹れたものよりも遥かに良い香りがするのである。これこれ。これが私が求めていた美味しいコーヒーだ。不思議だなぁ。

 

コーヒーを楽しんでいると、無情にもあっという間に出勤時間が近づいてくる。

 

準備をしないとと立ち上がりかけて、テーブルの上に乗った自分のマグカップを見ると、まだ茶褐色の液体が半分ほど残っている。
それをぐいっと飲み込むと、コーヒーの旨味が口一杯に広がった。
美味い、よし行くか。仕事へ行く為のエネルギーを補充した気分になる。毎朝単純な私である。

 

コーヒーの楽しみ方は人それぞれ。一人で飲んでも誰かと飲んでも、コーヒーは美味しくなる。
一人での楽しみ方は知っていたが、結婚してから人が淹れてくれるコーヒーの美味しさを知った。
美味しいコーヒーをありがとう。旦那さんには感謝しきりである。

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体を駆け巡る思い出の香り

あれって、いつの事だったかな・・トレーニングジムの椅子に腰掛けながら、ふと僕は記憶をたどり始めた。
きっかけは特に無い、こういう事って多分、誰にでも、大なり小なり、あるんだろうなと思いつつ
今回に限っては、その作業のような物が、僕にとって特に念入りだったのは、確かだった、(すごく気になるけど思い出せない)
と言う奴だ。

ジムでのトレーニングもそこそこに、受付を済ませて、そこを出た、気になり出すと、物事に集中出来なくなるからだ。
のんびりと、リラックスした方が、こういう時は、気になるっている記憶って思い出しやすい。
しばらくすると、僕は事務を出て車を走らせた、かきたての汗がなんとなく清々しい。
タバコを咥えて、暫く車を走らせていると、スーっと記憶が鮮明になっていく、してやったりと、僕は小さな満足感を覚えた。

「ああ、そうか、あれって高校生の時だったか」

当時、交際をしていた・・と言うよりは、馴染みの友達に近かった異性の友達と、ジャズ喫茶に行った時の事をようやく
ハッキリと思い出した。

確か、大人びた雰囲気のあるその喫茶店に僕は、ほぼ週一の周期で通っていた。
行く時は、必ず土曜日の午後だった、その方が読書をしたりと、ゆっくり過ごせるからだ。

それに、まあ、最安値のアメリカンでも、一杯500円はしたし、なんというか、元をとらねばとの思いも働いてはいた。

ジャズの喫茶店の話をすると、例の、異性の馴染み?も一緒に来ることになった、当時彼女は運転免許を取立てだったので、
載せてくれる代わりに、コーヒー代は出せ、 との事だった。
何故だか、通い慣れている、喫茶が、やけに上等なものに見えた、柱に巻き付いているツタまでが、オシャレに見えてくるから、
ビックリだ、異性と入る喫茶店って、こんなにも違って見えるのかと内心感心までしたものだ。
そのままに、男女2人で喫茶に入ることに僕は少し不思議な違和感を覚えたが、彼女はどうだったのか。

「あ、流れてるね、こういうのジャズって言うの?」
「そう、ジャズって言うんだよ」
彼女は、薄く笑っていたずらっぽく言う。

「どの辺がジャズ?」
「さあ?考えたこともないんだよね、そういう事」
僕達は、椅子に座ると、メニューを思い思いに見始めた。

「これね、時価って何?メニューの下に書いてある奴」
「なんだろう僕、それ初めて見たけど?」
「だったら、今日メニューに加えられたのかな?」
「いや、多分、僕が、気がつかなかっただけだろうね、それよりコーヒー頼もう」

微かに彼女の、表情に、不満の色が浮かんでいたが、僕はあえスルーした。
だって時価の意味を聞かれても解らないんだもの、仕方が無かった。

「モカね、モカ飲んでみたい」
「じゃあ僕はアメリカンで」
「それインスタントでも、あるでしょ?ここにしかないコーヒー飲んだ方がお得感ない?」
「モカも多分、インスタントであるよ」
「え、だったら、ここでコーヒー飲む意味ないんじゃない?」
「同じ奴でも、インスタントとは段違いだから、ここでの無意味あるんだって」
「意味って、どんな?」
「注文してみれば、わかると思う、多分」
「多分とか・・」

しばらくすると、注文したコーヒーが運ばれてきた。
正直、味の良し悪しは、当時の僕には解らなかった、ただ、口に含む寸前に口から体中に良い香りが巡って回ったような感覚だけは今でも覚えてる。
彼女も、同じ、感覚を覚えたのかな?何故か、飲み始めてからは押し黙ったままになっている。
同じ感覚を覚えていることを僕は勝手に、想像し、少しだけドキドキしていた。

「どう?インスタントと違うでしょ?なんか香りがね、凄くいいんだよね」
「・・・ん?」
「ここのコーヒー美味しくない?」
「・・・」

僕がどう話しかけても彼女は押し黙ったままだ、押し黙りながら、上の空というか、心の的がこちらに向いていないのは確かだった。
そんなにコーヒーの味に声も出ないくらい感銘を受けているのかな?と、勝手に思い込んでいた僕は、話しかけを続ける。

「・・・そんなに美味い?モカ」

彼女は、突然、はっとしたように、僕の方をじっと見て話し始めた。

「あのさ、これって大人の味かな?こういうの普通に飲むの大人かな?大人になりたくない人は飲んだらダメな奴なのかな?」
「社会人の自覚?社会人の次って何があるのかな?大学進んだとしても、その後は、行き着く所は社会人だよね?」

突然、まくし立てて話してくる彼女に少々戸惑いつつ、僕はそこまで、考えすぎることもないだろうと言って聞かせた。
尚も話は続く。

「免許とか取ってさ、車乗って、このまま社会人になるんだよね。私達、そんな実感なかったんだけどね、なんか、今、いきなりそんな実感、湧いて来た」
「湧いてきたって・・・今更?」
「君は、ちゃんと自覚してた?」
「いや、してないけど、そんなに律儀にならなきゃあいけないことなの?」
「いい加減じゃいけないと思うけど?」
その味の悪い言い分に僕はカチンと来た。
「いい加減とかじゃなくてさ、これ、ただの頭でっかちじゃん?なる前から言っててどうすんの?意味なくないか?」

こう言う風に言われると彼女も、1歩も引かなくなる、正論かどうかなど、相手には問題ではないのだ、
要するに売り言葉に買い言葉が、少々、エスカレートしながら、展開されていたのだ。

「けじめの付けられない人って、大体、道を踏み外すのよね~」
「お・前・からは、生涯独身の匂いしかしないんだけど?」
「・・・口悪いね、最低」
「いや、お前だから」

ここまで来るとお互い意地の張り合いだった、そして、お互い自分が、正しいと思っているのだ。
決着が付くはずもなかった、その手のやりとりは、延々続いたが、決着を付けたのは、結局は、時間の推移だった。
お互い、門限はあったのだ。

その時の事を振り返った時に、僕も、色々と悟ったような事をいったけれども、所詮は理屈に過ぎなかった、そして、それは相手も同じ事だった。
それで当然でもあった、そもそも実践が伴った言葉ではなかったのだ。

この時はまだ、そんなズレた論争を交わしていたと言う自覚は、当人には湧いてはいなかった。

社会人の自覚なんて、後からついてくるものだという場合も多いし、まさに僕が、そうで、事実その手の自覚をしたのは、もっと、ずっと後だった。

ただ、彼女にとってはこの時のこの場がある種の成人儀式の場になってしまった事だけは確かだったみたいだ。
古い一軒家の建物を改造した、ジャズ喫茶は、卒業を控えた女子高生の、卒業敷的な、セレモニーの場とかしたのである。

事実、堰を切ったように、彼女は早口で、まくし立てて話し始める。社会人になってしまったらできない事を、今、全部消化しようとしている様な印象だった。
社会人になったら出来ない事、それは、あくまでも、彼女の中でのルールの話なのだが・・・

「そろそろ、帰る時間?」
「そうだね」

正直、互いの内心に忌々しさが、残っている状態ではある。
僕も、このまま帰るのは嫌だった、どの道、車の中でも2人きりなのだ。帰りの車中を想像しただけで、憂鬱になる。
暫く、沈黙が続いたあと、彼女がある提案をしてきた。

「もう後30分したら、お店出ないとだね、でも、腹が立ってそれ所じゃないよね?」
「そうだけど、でも、帰らないと、お店の人にも、迷惑だし」
「うん、白黒より、勝ち負け、はっきりしょう」
「え?正しい方が、勝ちじゃないの?」
「え?どっちも正しかったら、判定出来ないでしょ?」
「フー、でどうする?」
「もう一回だけ、コーヒー注文しよう、それ、早く飲んだほうの勝ちにしょう、これでスッキリしよう」
「割り勘?だよな」
「勝った方が奢る」
「さっき頼んだ分も?」
「そう」

しばらくして、やれやれという表情で、マスターがコーヒーを2杯入れてきてくれた。
それを合図のままに、素早く飲み干そうとしたのだが、いかんせん熱い。

しかも、勢いよく、口に思いっきり含んだものの、飲み込めずに、思わず上を向いてしまった、その時にコーヒーのいい香りが、口から鼻、頭の芯まで、巡ってくる感覚を覚えた。
結局、この勝負は、彼女の勝ちだった、コーヒーを口に入れる前に、お冷(お代わり済)の氷を、口の中に含んで、上手くコーヒーを飲み干していた。

強かだ・・・

勝ち誇って彼女は言う。

「コーヒーしか飲んだらいけないってルールなかったよね?」

軽く、口内を火傷していた僕は、もう、言い返す気力もなく、負けを認めた。
とにかく、この不毛な戦いを終わらせたかったのである。

ともかく、その場は、それで収まった、お互いその日は眠れなかったので、家に帰ってからも、随分長いあいだ、寝床でメールを交わしたのを覚えている。
それからのお互いの進路は、まあ、平凡なものだったとだけ、書き記しておきます。

その後も、何度か彼女と再会したが、相変わらずの調子だという印象だった。
この辺からが、なにか不思議なのだが、彼女を見る度にあの時のコーヒーの(味)を思い出すのではなく、口に含む寸前の(香り)を思い出すのだ。

あれ以来、例の喫茶には一度しかいっていないのだが、その内、また彼女を誘って行ってみようと思う。
幸い、マスターも、高齢だが、まだ、元気そうだったし、僕達の事も、覚えていてくれた。

僕はそこで、今の彼女と一緒に(あの時)の彼女を思い出すことが出来るだろうか?
コーヒーの香りとともに、思い出すことが出来るのか、実に楽しみである。
また、喧嘩をするかも知れないが、今度は、門限は無い、心ゆくまで話してみるのもいいかも知れない、
互いに、社会人なのに、社会人になるための、自覚がどうとか、あえてズレた会話、論争の続きをするのも悪くないかも知れない。

あれ以来、ゆっくりとした会話はしていないが、内容には、あの時と比べてどれ位の変化が出るのだろう?
それとも、あの時のままなのだろうか?
それもいいかも知れない。
売り言葉に買い言葉もいいだろう
決して崩せない、意地っ張りの我城を、せっつくのもいいだろう

ただ・・・

熱々のコーヒーの一気飲みだけは、もうゴメンだ。

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大嫌いだった珈琲

私は、コーヒーが大嫌いだった。
小学生のころ、大人たちが好んで飲んでいるコーヒーというものがどんな味なのか興味を持って、父が飲んでいたコーヒーを一口もらって飲んでみたが、なんでこんなに苦くて後味の悪いものを好んで飲むのかさっぱりわからなかった。
それは高校生になっても大学生になっても変わらず、コーヒーの香りを嗅ぐと頭痛さえした。
やむを得ず、コーヒーを口にする時には、必ずポーションミルクを2つ入れ、コーヒーシュガーを2本以上入れて、胸やけがしそうなほどに甘くして飲んだ。

 
そうすると、胃痛さえするので、本当に大嫌いな飲み物であった。
高校を卒業して、田舎から、さらに田舎の大学に行き、一人暮らしを始めると、朝は決まって紅茶を飲んだ。
朝起きたら、紅茶を入れて、トーストを焼く。それを流し込んで、講義ぎりぎりで大学に向かう、そんな日常だった。友人とコーヒーのおいしい店に行っても、私は紅茶を頼んだ。誰と一緒でもそれは変わらなかった。
そうやって、就職するまでコーヒーとはかかわりのない日常は続いた。それはずっと変わらないと思っていた。

 

田舎の大学を卒業し、就職のため、上京した。
上京しても、一人暮らしだったが、付き合いで飲む機会が増えた程度で、コーヒーから離れた暮らしには変わりはなかった。
仕事はきつかった。毎日、残業続きでパソコンに向かい、資料作りをし、コピー機で大量にプリントし、走り回る日々だった。だんだんそんな日常が普通になってきて、こんなことがずっと続くのかなと思いながら、日々を過ごした。
その間も、客先でコーヒーを出されても、ポーションミルクと大量の砂糖でごまかして何とか飲み、それ以外は一切コーヒーを飲むことはなかった。

 

就職して1年が経ったころ、私の部署に、それまで空いていた課長のポストに他部署から課長が異動してくることになった。
新しく来た課長は、30代前半で、しゅっとした体形に、切れ長の目、整った形の鼻、とがった顎、高級そうなスーツを着た課長は、とっつきにくそうではじめは苦手だった。仕事以外のことで自分から話しかけることはなかった。
でも、仕事を一緒にしていくうちに、課長の食事すら忘れてしまうほど、仕事に対してストイックな姿、そして、相手が誰であろうと、話を真剣に聞いて、相談に乗ってくれる姿、そのくせ、いたずら好きで、人にいたずらを仕掛けて成功すると本当に子供みたいに笑う姿を見ているうちに、そんな課長に打ち解けていった。

 

そんな課長の朝の日課は、毎日、会社近くの喫茶店でテイクアウトのコーヒーを買ってきて、デスクで飲むことだった。
その喫茶店は、店主がサイフォンコーヒーで入れている、こだわりの喫茶店だった。
課長もコーヒー好きなんだぁ、よく飽きもせず、毎日毎日買ってくるなぁ・・・なんて、半ば呆れながら毎日眺めていた。

ある時、私のミスのせいで、社内に誤った内容のメールが送られてしまい、部長に怒られ、落ち込んでいると、課長からメールが届いた。そこには一言だけこう書いてあった。

 

—「息抜きにお茶しに行こう!」

課長を見ると、目で合図されて、席を立った。
課長に連れられて、会社近くの課長がいつも行く喫茶店に入ると、課長がメニューを私に渡して
「なんでも頼んでいいぞ。好きなもの頼め。甘いものだっていいぞ」と言った。
会社を抜け出していることで、私は後ろめたさでいっぱいだったが、自分のしたミスに途方もなく落ち込んでいたため、どうしてもその日は仕事をする気にはなれなかった。
それに、課長が私を励ますためにここに連れてきてくれたことはわかっていたので、課長の厚意に甘えることにした。
課長はいつものブラックコーヒー、そして、私はチョコレートケーキと、なぜか・・・コーヒーを注文した。

私が頼んだチョコレートケーキとコーヒーが運ばれてきた。
その時点で、少し後悔した。苦手な香り、この黒い色。一口飲むと言い表しがたい苦さが口の中に広がる。
でも、コーヒーが大好きな課長の前では言い出せずに、覚悟を決めて、ブラックのまま一口飲んだ。
その瞬間、口の中にほろ苦さと、それ以上に香りが広がって、その香りがなんとも甘いのだ。今まで感じたことのない味だった。
「おいしい!」
思わず口にしていた。
「だろっ?ここのコーヒーは本当においしいんだって。間違いないから」
と言って課長がうれしそうにいった。
その顔が本当にうれしそうで、その瞬間、私は、課長もコーヒーも好きになっていた。

それ以降、私が会社へ行くのは、課長に会うことが目的のようになっていった。課長に会えることが、話せることが、課長を見られることが本当にうれしかった。どんどん課長のことを好きになる自分を止めることができなかった。
そして、課長と喫茶店に行ったあの日から、課長と同じように、あの喫茶店のコーヒーを飲むようになった。朝同じようにコーヒーを買うのでは、あからさまになってしまうと思い、お昼や残業の時に一人で行くようになった。

 

あんなに嫌いだったコーヒーを自ら買って飲んでいるなんて、考えられなかった。
あまりの自分のわかりやすさに笑ってしまった。
でも、課長と同じコーヒーを飲んでいることと、その程よい苦みと甘い香りが私の心を満たしていった。
それで満足だった。課長は社内でも一目置かれる存在で、地味な私には決定手が届く存在ではなかったから、これ以上は望むまい。そう決めていた。

就職して1年が経ち、夏も近づいたある日、残業をしてひと段落した時、いつものように、喫茶店に行くと、出張帰りの課長が一息ついているところだった。
「お疲れ。まだ仕事していたのか?」
「課長こそ、お疲れ様です。出張からなら直帰すればいいじゃないですか」
「いや、なんかさ、仕事が気になってさ。もう終わり?」
「そうしようと思います」
「それじゃ、飲み行こう!」

課長と2人で飲みに行くなんて初めてのことだったから、緊張した。
たまたま自宅の方向が一緒だったので、一緒に電車にのり、課長の行きつけの店で飲むことになった。
お酒を飲んで、とりとめのない話をして、あっという間に時間は流れた。楽しくて、この瞬間が本当にいとおしくて、永遠にこの時間が続くことを祈っていた。
でも、時間は過ぎ、終電間近になって、現実に引き戻され、最後はやっぱりコーヒーで締めることになった。
課長と一緒に飲むコーヒーは本当においしかった。

そして、課長が言った。
「付き合ってる人はいるのか?」
私は、
「いないですよ。今はそれどころじゃないですし。いつかは大好きな人が現れればいいんですけどね」
と返した。すると、課長は、
「だったら、それが俺っていうのはどう?」
と言った。私はふざけてるのかと思い、
「課長、何を言ってるんですか。ふざけないでくださいよ。こんなしがない新入社員に向かって」
と言った。課長は
「ふざけてなんかいない。どうしても目に入ってくるんだよ。お前が。最初は、何とも思ってなかったんだ。でもさ、日々、お前の行動を目にしていたら、一生懸命に泣いたり、怒ったり、馬鹿だなーと思ったり・・・だんだん目が離せなくなってきてさ、あー、ほっとけないなって、そばにいないとなって思ったんだよ。俺だって30年以上生きてきて、こんなこと初めてだからさ」

嬉しかったし、信じられなかった。決して手に届かない人だと思っていたから、課長からの言葉が本当にうれしかった。私は思わず泣きながら、
「そんなこと言っていいんですか?真に受けちゃいますよ」
と言った。
「お前がいいんだよ」
と言って、課長が頭を撫でで、触れるくらいのキスをした。
コーヒーのいい香りがした。

それから、私と課長のお付き合いは始まった。会社にばれることはご法度だったので、隠れてのお付き合い。
二人で初めての旅行に行った時、また喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。

「私ね、コーヒー嫌いだったんですよ」
ふと言ってみた。
「小さいころに父親が口にしているをちょっと飲んでみたら、香りはいいのに、ものすごく苦くて、そこから嫌いになってしまったんですよね。大学卒業するまで嫌いで、ずっと紅茶ばっかり飲んでました。でも、課長が初めてあの喫茶店に連れていってくれた時、初めてコーヒーがおいしいと思えた。あの時から、コーヒー好きになったんです。課長がいなかったらコーヒーはまだ嫌いだったかもしれない」
課長が笑いながら
「あ、やっぱり嫌いだったんだな。お前、普段からコーヒー全然飲んでる様子もなかったから、なんとなく嫌いなんだなって思ってた。だから、あの時、お前がコーヒー飲んだのを見て、すごく意外だった。でも、おいしいって言ってくれて本当にうれしかったよ。」
とまた本当にうれしそうな顔で言った。それから笑いながら、続けて
「実はさ、俺も嫌いだった。全然飲めなかった。俺がさ、コーヒー飲めるようになったきっかけはさ、ハワイなんだ。25歳の時に、ハワイに初めて行ったんだ。その時に現地の人に勧められてさ、コーヒー飲んだんだよ。そしたら、俺の思ってたコーヒーと全然違うんだよ。日本で飲むコーヒーとは全然違う。本当にこれがコーヒーかっていうくらいさわやかな香りでおいしかったんだよな。コーヒーに詳しい人に聞いたら、豆が圧倒的に新鮮なんだって。コーヒーなんてさ、どこで飲んでも一緒だと思ってたから、本当に衝撃だったよ。それ以来コーヒーが好きになって、毎日飲むようになったんだ」
と教えてくれた。そして、
「いつか絶対、お前にハワイのコーヒー飲ませてやる」
と言ってくれた。

 

それから、たくさん泣いたり、喧嘩をしながらも、私たちはずっと一緒にいた。どんな時も・・・。飽きることなく、課長が大好きだった。
いつからか、毎日、同じコーヒーを毎朝デスクで飲むことが日課になっていた。
コーヒーのこともたくさん勉強した。課長から聞いたハワイのコーヒー、行ったことはないくせに、どんどん詳しくなっていって、いつか飲みたいと思いながら、日常は過ぎていった。

ある時、仕事中に、課長から電話で呼び出された。
「今から出られるか?出られたら、いつものところに来てほしい」
「わかりました」
気づかれないように職場を抜け、いつもの喫茶店に向かった。
店に入って、課長を見つけると、課長はすごく神妙な顔をして待っていた。私はただならぬ予感がしながら、課長の前に座った。
すると、課長がスーツの内ポケットから、何かを取り出した。

それはハワイ行きのチケット2枚だった。
私と課長の名前が印刷されたチケット。
私が驚いた顔をしてチケットを見ていると、課長がさっきの神妙な顔から、打って変わって、ものすごくうれしそうな顔で、私の大好きな笑顔で
「いつか絶対連れて行くって言ったろ?コーヒー飲ませてやるって言ったろ?一緒に行ってくれるか?・・・それから、これから毎朝同じ家で、おいしいコーヒーを入れてくれないか?」
と言った。
私は、ポロポロ涙をこぼしながら、うなずいた。

あんなに大嫌いだったコーヒー。でも、この人に出会えて、この人と一緒にコーヒーも好きになって、今はどちらも欠かせない存在。
これからも私は、この人とコーヒーと一緒に過ごしていくのだろう。

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コーヒーと優しい時間

私は北海道の中心部にある富良野市で生まれ育ちました。
富良野は四季がはっきりとしていて、夏は25度以上になる日もあり、そして冬は氷点下20度以下になる日もあったり肌で季節を感じることができる大好きな土地です。

 

そんな田舎の風景の中にある小さな農家が、私の生まれ育った家です。
都会と違って街頭などは無くて、周りは水田や畑だらけで隣の家とは数百メートルも離れているような、のどかで静かなところです。
私が中学生になった頃に、市内に1件しかない本屋さんで1冊の本が目に留まりました。

 

毎日学校帰りに、この本屋さんに立ち寄って立ち読みをするのが日課になっていた私は、その日もいつものようにマンガの立ち読みをしていると、店のおじさんが「長い時間の立ち読みはダメだよぉ~」と言いながらハタキで本棚の埃を叩きながら通り過ぎていきます。
この光景はいつものお決まりで、おじさんは目を細めながら優しく言っているだけで「立ち読み禁止!」というような強制力は微塵も感じることはありません。

 

おじさんは私の立っていた隣にある「趣味娯楽のコーナー」の棚に、ある1冊の本を補充しました。
「何の本だろう?」と思い、頭を少し右に傾げて見てみると『コーヒーの魅力』と書かれた単行本サイズの本でした。
おじさんは「マンガもいいけど、こんな本には興味はないかい?」と話しかけてきたので何気なく手に取って表紙を見ると、ドリップでコーヒーを淹れている写真でした。

その中に写っていた、お湯で丸く膨らんだ豆からほのかに立ち上っている柔らかい湯気の感じが、何となく私の気持ちに触れたのです。
手に取ってパラパラとめくって軽く流し読みをしていると、いろいろなコーヒー豆や器具等の説明が載っていました。
本の裏側をみると定価780円。その当時の私のお小遣いは月2,000円だったので、買えない金額ではありませんでした。

 

それと何となくちゃんと大人になれるような気がしたこともあって、「よし!」と小さく頷いて買ったのです。
この本は中学生の私でも分かりやすい内容で、コーヒーのことを知らない初心者が少しづつコーヒーに興味を抱き始めて、さらに奥深いコーヒーの世界へ入っていくための手引書になりうるものでした。

読み進んでいくうちに私はコーヒーというものに、ものすごく興味が湧いてきて、もっともっといろんな事を知りたくなってきました。
最初に興味を持ったのは、「コーヒー豆の産地と種類」でした。
私の住んでいた田舎ではネスカフェのインスタントコーヒーが一般家庭で飲むコーヒーの主流で、その当時は粉状のコーヒーしかなかったのが、顆粒状(フリーズドライ製法)のコーヒーがテレビ、CMで頻繁に流されるようになってきていて、スーパーで初めて顆粒状のインスタントコーヒーを買って、コーヒーカップに入れた時のお湯への溶けやすさに感動をしていた時代でした。

 

ですから、この本を読んで初めて「コーヒー豆ってこんなに種類があるんだ!」と驚きました。
当時の私は、コーヒーの原料は豆ということは知っていましたが、大豆や小豆のように一括りの表現で言うようなものと思っていました。
なんとも農家の息子らしい発想です。

そして初めて知った「コーヒーベルト」という地域です。
コーヒーベルトとは赤道を挟んで南北緯25度の間の地域のことで、その中のおよそ70ヶ国で栽培されているというのです。
それぞれの国で栽培されているコーヒーが、普段私たちが耳にする呼び方になっていることを知りました。

 

例えば「モカマタリ」はイエメン、「コナ」はハワイ、コーヒーの最高峰と呼ばれている「ブルーマウンテン」はジャマイカなどです。
今のようにインターネットもなかった時代は、本や雑誌から情報を得ることしか方法がなかったので、私にとってこの「コーヒーの魅力」という本は宝物になっていました。

自宅から200メートル離れたところに幼なじみの女の子がいました。
同じ年で幼稚園からずっと一緒に遊んでいたその子の名前は小杉里香、私はリカちゃんと呼んでいました。
リカちゃんとはクラスも同じで、毎朝学校に行くときも一緒でした。

 

私はリカちゃんに「コーヒーの本を買ってから、とにかくコーヒーのことを何でも知りたくなってしょうがないんだ」と話しました。
するとリカちゃんは、物事にあまり夢中にならない私がそこまでハマっていることに興味をそそられたようで、「私にもその本読ませてくれない?」と言ってきました。

私はリカちゃんがコーヒーに興味を持ってくれたら、共通の話題が出来て会話が弾むと思いました。
「本当!読んで読んで。」さっそくリカちゃんに渡しました。
3日後の朝、いつものように「おはよう」と明るい声でやってきて「まぁちゃんがハマっている理由が何となく分かったような気がする」と言ってきたのです。

 

まぁちゃんとは、私の名前が雅春なのでそう呼ばれています。
「私もコーヒーのこともっと知りたくなったの。二人でもっといっぱい情報を集めて知識もつけて、将来一緒に素敵なコーヒーショップでもやれたら楽しいかもね。」と丸い目を大きく開いて、私のお尻を軽く何度もたたきながら話をしてくれました。

「リカちゃんと二人でコーヒーショップかぁ~・・・」思いもかけない言葉を聞かされて、私は何ともいえないほんわかとした気持ちになっていました。
「リカちゃん!その話乗った!!」気が付いたら二人してお互いの背中をたたきあい合いながら、はしゃいで歩いていました。
そんな夢を語り合いながら私とリカちゃんは地元の高校へ進み、卒業式を迎えました。

これからお互い違う進路を歩むことになります。
卒業式の前日にリカちゃんと話をしました。「これからお互い別々になってしまうけど、前に話してくれたコーヒーショップのこと忘れないでいるから。」
そう言って、これからどうなっていくのか分からない将来に希望を持って進んで行こうと思いました。

高校卒業後、私は札幌の大学に進学してリカちゃんは青森の大学に進学をしました。
幼稚園から高校まで毎日顔を合わせていた二人でしたが、離れてからは一度電話で話をしたくらいで会うこともなくなっていました。
私は少しでも親の負担を軽くしたいと思い、学費だけは出してもらいましたが生活費は自分で稼ごうといろんなアルバイトをしました。

そしてまとまったお金が入って余裕ができた時に、コーヒーの機材を買っていました。
写真でしか見たことのなかったコーヒーミルを初めて手にした時は興奮しました。
木目調素材のコーヒーミルは高級感が漂い何となくリッチになったような気分にさせてくれます。

 

大学を卒業する頃には、コーヒーミルが5個、サイフォン一式、エスプレッソマシーン、ドリップポット、ネルドリップ、ペーパードリップ、コーヒーメーカーが揃っていて、部屋の一角にインテリアとしても飾っていました。

大学を卒業後、札幌の会社に就職をした私は初任給で1万円のコーヒーミルを買いました。
コーヒーを淹れる器具が増えたことで、その特徴を生かして豆の挽き方も粗挽き、中挽き、細挽きと変わってきます。
そんなこだわりのコーヒーが好きでした。

そんなこだわり男の私にも彼女がいました。
彼女は福岡の出身で、ドラマ「北の国から」の景色に憧れて北海道に来ました。
私の高校の先輩がススキノでやっている居酒屋で何度か顔を会わせるうちに付き合うようになりました。
彼女が憧れていた富良野出身ということもポイントが高かったと思います。

 

そんな彼女を誘って6月のとある週末に富良野へドライブに行くことにしました。
6月の北海道は1年の中でいちばん過ごしやすい時期なんです。
それは暖か過ぎず、寒すぎず、快晴の日はまさにドライブ日和なんです。

私にはどうしても彼女を連れて行きたかった場所がありました。
それは『珈琲 森の時計』です。富良野在住の作家倉本聰さんのテレビドラマ「優しい時間」で主人公が開いた喫茶店です。
この店の大きな窓から見える緑の森は、富良野の季節の移ろいを肌で感じることができます。

 

カウンターに座ってコーヒーを注文すると、一人一人にアンティークな木目調のコーヒーミルとコーヒー豆を渡してくれます。
それを自分のペースで静かにゆっくりと回しながら挽いている時が、まさにドラマの題名にもなった「優しい時間」という表現がピッタリなんです。
お店の雰囲気、流れている音楽、ここには目で森の香りを感じて、鼻でコーヒーの香りを愉しみ、ゆっくりと過ぎて行く時間を心で感じることができる最高の空間があるんです。

 

カウンターの中には物静かな渋い雰囲気のマスターがいて、それが何ともいえず自然体で素敵なんです。
私もマスターのような年の重ねかたをできれば最高だなぁと憧れてしまいます。
ゆっくりと静かな時間が流れていくこんなお店は都会にいてはめぐり合えません。

ドラマの世界で憧れを抱いていた彼女も、この『珈琲 森の時計』の虜になっていました。
「本当に連れて来てあげて良かった。」私は気持ちが高揚しながらも、この静かな時間を彼女と一緒に過ごしました。
この日をきっかけに、彼女は私のコーヒー好きにも理解を示してくれるようになりました。

私の部屋に飾ってある木目調のコーヒーミルを手に取って、「ねぇ、今度は秋の紅葉の時期にまた森の時計に行ってみない?」と彼女のほうから誘ってくれました。私の故郷である富良野の話を楽しそうに語っている彼女の姿を見ていて、とても可愛く思えました。
彼女は「将来年を取った時に、あんな素敵な喫茶店ができたらいいなぁ~」と私の淹れたコーヒーを飲みながらもの思いに浸っていました。

その後も彼女と一緒に札幌を出てドライブをしながら田舎町を訪ねては、どこかにいい喫茶店がないだろうかと探索するようになりました。
いつの間にか、この素敵な店探しのドライブが二人の共通の趣味になっていました。
ある田舎の牧場では、放牧をされて草を食んでいるたくさんの羊を眺めながらコーヒーを飲むことができるログハウスの喫茶店があったり、森の中にひっそりとたたずんでいて、窓ガラスが絵画の額縁のようになっていて、そこから見える木々にリスや野鳥たちがやってくる自然と一体化しているカフェだったりと、新しいお店を発見する度に感動していました。

 

彼女はもう完全に北海道の魅力に引き込まれていました。
「私はもっともっと北海道を知りたいから、これからもずっと北海道で暮らしたい」と楽しそうに話をしてくれました。
そして彼女と付き合い始めて半年が経過した頃、思わぬ事態が起こったのです。

 

彼女のお母さんが脳梗塞で倒れて入院をしたという連絡が入ったのです。
お母さんは彼女が10歳の時に離婚をして、それからは母一人子一人で生活をしてきたそうで、彼女が親元を離れて遠い北海道に行きたいと言った時も「私のことは心配しなくていいから、自分の好きなことをやりなさい」と言って送り出してくれたそうなのです。

 

急な連絡を受けて福岡に帰った彼女から数日後連絡が来ました。
お母さんは一命を取り留めたのですが、左半身に麻痺が残ってしまい今後はリハビリをしながらの生活になるとのことでした。
お母さんの身内は彼女しかいないので「大好きな北海道だったけど福岡に帰ることにした」とすすり泣きながら話してくれました。

 

入院中のお母さんを置いて戻ってきた彼女は、5日間で身支度をして福岡へ帰ることになりました。
そして北海道最後の日の夜、彼女と一緒に最後の晩餐です。
彼女と一緒に過ごした時間はたったの半年間でしたが、とても充実していて楽しかったこと、そしてこれからも北と南で遠くなってしまうけど遠距離交際でやって行こうとお互いの想いを確かめ合いました。

 

これから彼女は福岡で仕事を見つけて、お母さんの介護をしながらの生活になるので大変です。
だから私がまとまった休みが取れた時に彼女に会いに行くことを約束しました。
「必ず会いに行くから待っててね。」

私は彼女にいつでも私のことを思い出してもらえるようにと、私がいちばん大切にしていた木目調のコーヒーミルを彼女にプレゼントしました。
「このコーヒーミルで豆を挽く度に私のことを思い出して。」との思いを込めて渡しました。
彼女は私がこのコーヒーミルをどれだけ大切にしていたのかを知っていたので、「本当にもらっていいの?あなたの顔を思い浮かべながら大切に使わせてもらうね、ありがとう、ありがとう」と言葉を詰まらせて泣きじゃくりながら何度もありがとうと言っていました。

そうして私と彼女の新しい形の交際がスタートしました。
電話やメールができる時代に生きていて、本当に良かったなぁ~と思いました。
ある時「手紙でも書いてみようかなぁ」と思い、私は人生で初めて女性に手紙を書きました。

電話やメールと違って自分の想いを素直にペン先に伝えることができて、便箋に書き出される言葉一つ一つに温かみを感じてもらえるような気がしました。
彼女も「お手紙ってあの富良野の”珈琲” 森の時計で飲んだコーヒーのような優しい温かさがじんわりと伝わってくるようで素敵ね」と言って、お互いの気持ちを確かめ合っていました。

私は年に1度、5日間の休みを取って福岡の彼女に会いに行っていました。
彼女のお母さんとも何度も会って話をしているうちに、最初の頃の堅苦しさも消えて普通の親子のような感じになっていました。
遠距離交際を始めて2年が経った頃、彼女が買い物に行っている間に私がお母さんの車いすを押して散歩に出かけました。

 

するとお母さんの口から「雅春さん千秋のことよろしく頼みますね」と私の耳元に顔を近づけて小さな声で言ったのです。
「あの娘には好きな事をさせて上げたかったのに、こんなことになって申し訳ない」と遠くを見ながら目に涙を溜めて話していました。
私はこの姿を車いすのハンドルを握りしめながら見ていました。

札幌に帰ってきて部屋で一人コーヒーを飲みながらお母さんの言っていたあの言葉を思い出していました。
そしてあることを思いついたんです。
「彼女とお母さんを北海道に呼ぼう!」どうしてこんな簡単なことを今まで気が付かなかったんだろう。
私は早速彼女に手紙を書きました。今の自分の気持ちがいちばん伝わるのが電話でもメールでもなく便箋10枚にもなった手紙です。

「彼女のお母さんさえ良ければ大丈夫なはず!」私は彼女からの返事を待つまでもなく、すぐに福岡へ向かいました。
そしてまず彼女に「結婚しよう」と言いました。プロポーズの言葉は「君とお母さんの三人で一緒に北海道で暮らしたい。そして北海道の広大な景色と草原の息吹を感じてもらいながらお母さんに元気になってもらいたいんだ。」彼女は目にいっぱいの涙を溜めて小さく頷きました。

「よし!じゃぁ僕がお母さんを説得するよ!」と言ってすぐにお母さんがいる部屋に行きました。
するとお母さんは、私が彼女に出した手紙を彼女から渡されて読んでくれていたらしく、「面倒ばかり掛けるのにどうしてそんなに優しいの?」と私の服の袖を力いっぱい引っ張りながら言ってくれました。

 

長年住み慣れた福岡を離れることは辛かったでしょうが、私を頼ってくれた彼女とお母さんには感謝です。
その半年後私と彼女は結婚しました。1年後一戸建てのマイホームも購入しました。
もちろんお母さんも一緒です。車いすでも楽に移動ができるようにバリアフリーにしました。

そしてあの時と同じ6月の快晴の日に彼女から妻になった千秋とお母さんの三人で、私の故郷富良野の『珈琲 森の時計』に行きました。
私、お母さん、千秋と三人でカウンターに並んで、最高の笑顔でゆっくりとミルを回しながら優しい時間を過ごしました。
すると何気なくカウンターの隅を見ると、微笑みながらこっちの様子を見ている女性がいました。

一瞬目が合って2.3秒の間があって、「アッ!」と声を出してしまいました。
なんと!そこにいたのは、幼なじみのリカちゃんだったんです。
たまたま休みを取って帰省していたらしくて、「まぁちゃん結婚おめでとう。うちのお母さんから結婚したって聞いてたよ。」

さっそく私はリカちゃんに千秋とお母さんを紹介しました。
「まぁちゃん流石!ちゃんと素敵なお店を知ってるね。将来富良野に戻ってきて、こんな素敵な喫茶店を奥さんとやったら?、そうしたら私が帰ってきた時に毎日来るからさ。」そう言って高校時代に「将来一緒に素敵なコーヒーショップをやりたいね」と言っていた話を千秋とお母さんにも話をしていました。

やっぱりこの『珈琲 森の時計』は素敵な優しい時間を演出してくれる最高のお店です。

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忘れられない初恋はあのコーヒーショップから始まった

僕は、なぜか東京にいました。
東京は、意外に寒く雪もすこしだけ降っていてスニーカーが濡れ靴下がびちょびちょに・・・

「何のために東京に出てきたのだろう」
僕は、高校を卒業して大学に進学をするために上京しました。
2月に私立大学の入学試験が始まります。僕は5校受けたので10日間くらい東京のビジネスホテルに泊まりました。
初めての1人での東京・・・
「不安しかない。でもこれを突破しないと未来はない」
というような心持ちでした。

そんな不安な気持ちの中、無事に試験も終わり地元に帰り、合否の結果を家で待っていました。

結果、「すべて不合格」

もう終わった・・・。どうしよう。

とにかく浪人を親にお願いをするしかない。
両親に頭を下げ1年間だけ認めてもらいました。
しかも、夏の夏期講習から東京の大手予備校で浪人生活をさせてもらえる流れとなり、
暑い夏の中、東京の小さなアパートに引越しをしました。

東京の夏は蒸し暑い。話は聞いていましたが思っていた以上でした。
僕には何の理由もなく最寄の駅前の噴水のところに行く癖がついていました。

 

駅前のスーパーと本屋、飲食店が入ったショッピングセンターの1階に誰もが知っているチェーン店のコーヒーショップがありました。
僕は、そこでアイスコーヒーを買って噴水の前の喫煙所で煙草を吸うという習慣もいつのまにか覚えました。

毎日、予備校の帰りにそのコーヒーショップに寄り、噴水の前の喫煙所に行く。

これは僕の中で安定した週間で寂しい東京の夜の一時の安らぎでした。

そのような日々を淡々と暮らし、再度大学受験シーズンがやってきて、5校程受験しました。
今回は無事志望校に受かり、なんとか東京生活の続きができる環境が整いました。

大学生といえば何でしょうか。何をするのでしょうか。

”バイト”

数日前までの不安な気持ちがどこかへ吹っ飛び、お金を稼いで遊びたいという気持ちしか頭の中にありません。

「よし、タウンワークを見て応募しよう」

まだ大学入学前です。

近所のコンビニに行って缶ビールとおつまみの購入、そして無料のタウンワークを取り家に帰りました。

さっそく缶ビールを飲みながらタウンワークを見ていると、浪人生活で毎日通っていたコーヒーショップがアルバイトを募集していました。

「これは確実に運命だ」

実は、そのコーヒーショップには1人ものすごい綺麗な子が働いており、その子目当てで通っていたという”オチ”がここであります。

すぐに求人広告に記載の電話番号に電話をし、後日面接の段取りまで終えました。

「よし、とりあえずそこで働いてその子と仲良くなりあわよくば付き合いたい」

そんな気持ちで頭も胸もいっぱいいっぱいです。
18歳の男子、アルバイトも初めての癖に、根拠なき自信だけがあり、
緊張せず面接も無事終え、採用が決まりました。

さっそく出勤初日を店長と決め、数日後に初出勤をすることになりました。

「数日がある」

その間に偵察に行こうと考えました。
現役で東京の大学に進学した地元の友人と一緒にです。

「初出勤日までにスタッフがどんな風に働いているのかを知りたい。」

このモチベーションの所以は、あの子に好かれたい、仕事ができないと思われたくない。
というところからきていました。

合計3日ほど友人に付き合ってもらい、無事偵察は終了です。
待ちに待った初出勤日を迎え、午後5時頃にお店に行きました。

店長に小さなスタッフルームに通され、そこで少し待機するよう命じられました。
人生ではじめて仕事で指示を受けたなと馬鹿みたいなことを思いながら椅子に座っていました。

約3分後くらいにドアがノックされました。
「誰だろ、バイトの先輩かな・・・。挨拶とかちゃんとしないと」

と思って振り向くと何とあの子(ずっと狙っていた綺麗な子)でした。
「はじめましてぇ。今日からですか?よろしく。」

「は、はい、よろしくお願いします・・・・」
面接のときの根拠なき自信はどこに行ったのか、頭の中が真っ白で何も言えない状況に陥りました。

そんな僕に気を遣ってくれたのか、
「何歳? どこの大学?」

質問をしてくれ、僕は

「18歳です、○○大学です」

という聞かれたことをただ答えるばかり。

その子は、15分休憩らしく携帯電話をいじりながら僕に話しかけてくれました。

「なんて僕はアホなんだ」
「僕からも何か質問したりするだろ、普通」

と心で思いながら無言で店長を待ちました。

その子は15分休憩が終わり次第、すぐにお店に戻りました。

この間、これまでに感じたことのない長い時間であり、ある意味短い時間かもしれません。

僕は、店長に業務内容の説明を座学で聞いているときには既に気持ちはどこか遠くに行っていました。
初出勤はそんな感じで終了し、その場から早く去りたい気持ちが何よりも優先し、そして何よりもあの子のことを考えていました。

4月になり、大学の入学式も終え、翌日からオリエンテーションが開始します。
もちろん、知り合いもいないキャンパスライフの初日です。

僕の気持ちの中で、浪人までして入った大学よりもあの駅前のコーヒーショップのアルバイトの方が大切だという
自分でも何を考えているのかわからない思いになっていました。

 

普通、大学で新しい友人を作りたいとか、どんなサークルに入ろうかとか、
あのコーヒーショップでアルバイトを始める前の気持ちにどうしても戻らず、
誰とも会話せず、ただ大きな教室に1人で座って教授の話を聞いて、終わればすぐに帰宅するという、
僕が思っていたキャンパスライフからはかけ離れた生活をしばらく送っていました。

 

同時に週に3日ほどコーヒーショップでアルバイトをする生活が始まり、そこが生活の中心になりました。
1年生は教養科目を主に履修し、1限目から語学もありましたが、そんなのはどうでもよかったのです。ただ単位を落とさなければ良いと・・・

僕は何よりもあの子と一緒のシフトに入りたかったのです。
そのためにシフトの提出は最後にしていました。
なぜならあの子のシフトを見て、その後にそのシフトと同じ日にシフトに入るようにしなければならなかったからです。
しかし、すべての日を同じにするとあの子にばれてしまう恐れがあったので、そこはちょと違う日もシフトに入れカモフラージュしていました。

「お前、アホだね」

地元の友人にあの子のことを相談するといつも言われていました。

「そんな地味なことせずに飲みにでも誘えよ」

確かに、友人の言うとおり、そのような気持ちの悪いこと、ストーカーのようなことをせず、
堂々と接し、デートに誘えばいいのです。
そんなことは僕の頭でもわかっていることで、いちいち言われなくてもいいというような
気持ちになっていました。
もう9月です。相変わらず大学には誰一人友人がいません。
皆、オリエンテーションや語学の授業等自分のクラス、サークルなどで友人をたくさん作っていました。

「そろそろ大学を中心の生活にしないとな」

薄々、自分の心の中にそのような気持ちが芽生えてきていました。

「よし、どこかサークルに入ろう」

とりあえず、入学したときに貰った大学公認のサークルが載っている冊子を見て、
適当に良さそうなサークルを見つけコンタクトを取ろうと思いました。
”広告学研究会”
「広告を研究するの?」

よくわからないサークルでしたが、そこのサイトに載っている人(合宿等)が良さそうな方ばかりだったので
そこに電話してみました。

女性の部長らしい人とアポを取って、そのサークルの毎週木曜に開催している会議を見学することにしました。
その会議が終わり、なぜか飲み会まで連れて行かれて、同じ学年の人ともなぜか打ち解けてそのサークルに正式に加入することになりました。
無事、大学にも友人、先輩ができ楽しいキャンパスライフが始まったと気持ちが高ぶっている時期でした。
それと同時期に、アルバイト先のコーヒーショップの飲み会が開催され、僕も当然ながら参加しました。

もちろんあの子も参加しています。
居酒屋の大きめの個室でアルバイトスタッフが全員集まっての飲み会です。

実はこのときが初めてのバイト先での飲み会の参加で、もちろんあの子ともプライベートで初めて接する機会でした。

そこで年上の先輩が、あの子に
「今って誰かと付き合ってるの?」

と飲み会の中盤辺りで聞いたのです。

僕は、いつの時間よりも集中して耳を傾けていました。無意識に。
すると、「うん、この前、大学のサークルの人と付き合い始めたばかり」
という僕にとっては死刑宣告に等しい返答が返ってきたのです。
「終わった。糸辺に冬だわ・・・」

高校3年生の冬に受けた大学全て落ちたときよりもきつい気持ちになりました。
もうそれを聞いた後は、飲み会なんかどうでもよくなり、早く時間が過ぎ去ることばかり考えていました。
飲み会も終わり、あまりあの子ともしゃべらず、家までトボトボ歩いて帰っていきました。
そのときのことは今でも脳裏に焼きついて離れません。

帰宅途中、1人大きな声で独り言をわめきながら帰っていたのです。人目も気にせず。
もう僕は28歳です。

その街は、8年前に去り今は都内の真逆の地域に住んでいます。

去ってからは一度もその街に訪れていません。
あの駅前の噴水が懐かしく、そして寂しく。

あの子は今何をしているのでしょうか。
誰かと結婚をして、子供がいるのでしょうか。

私は、相変わらず1人です。

大学卒業後、普通のサラリーマンとして働いています。
そのコーヒーショップは都内の至る場所にあり、今でも利用します。
しかし、あの子以上の店員に会ったことはないと記憶しています。
僕の最初の恋は、あのコーヒーショップのあの子でした。
これからもその苦い思い出は変わることがない、一生自分の心の中にある。

これは辛いことでしょうか。それとも淡い思い出でしょうか。

私は、今、1人であのコーヒーショップの喫煙席でこれを書いています。

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コーヒーとシャム猫のリーちゃん

ゆらゆら、ゆらゆらと光が波打つ。
少しずつ眠りから覚醒する。
ふっと目を開けると風でふわりと波打つカーテンの隙間からまぶしい朝の光が差し込んでいる。
私は朝の光に包まれながら、半分寝ぼけながら黄色のクッションを両手で抱き深緑色のソファに横たわったまま静かに息をついた。
テレビは昨日レンタルショップで借りてきた映画のメニュー画面が映っているままだ。映画は新作ではなくいつも同じところで笑って、同じところで泣き、同じところで感動する昔から何十回と繰り返し観ているお気に入りの映画で休みの前日に特に予定もなくすることがないと、ついつい借りてきてしまう。

 
どうやら映画を観ている途中で眠ってしまったみたいだけどソファで眠ったとは思えないくらい身体が軽く、頭もスッキリしていて歌でも歌いたく
なる気分だった。
私はソファから起き上がるとキャミソールに短パンというラフな姿のまま軽い足取りでキッチンに向かいお湯をわかしコーヒー豆の入ったミルをまわし、花柄のマグカップにドリップしたコーヒーを注ぎ角砂糖を一つとミルクを入れた。
キッチンに置いてある小さな四角いテーブルの椅子に腰かけ、私はニコニコしながら大好きなカフェオレを飲む。
(ふふ、おいしい。ブラックコーヒーも好きだけど朝はやっぱりカフェオレだな、なんだか落ち着く。さて今日は何をしょうか、昨日買ってきた材
料でこの間失敗してしまったレモンクリームタルト作りに再び挑戦してみようか)
風にゆらめく白色のカーテンを眺めながらマグカップを片手にぼんやりと考える。
その時、見慣れた景色に何か違和感を覚えた。
あれ?と目を細めてカーテンを見ると、風でふわりと靡く度にカーテンと窓の隙間に白い毛に覆われた何かが見える。
「きゃっ」
私は悲鳴を上げると、心臓は高鳴り、身体はプラスチックの人形のように固くなった。
(え?なに?なに?なに?)
固まったままもう一度目をこらすとやはりカーテンの裏に白っぽい毛に覆われた何か動物のようなものが確かにいる。
「はぁ、窓を開けっ放しで眠るんじゃなかった…」
深い後悔に包まれながら、おそるおそる足音を立てないようにそっとカーテンに近づき、一呼吸置くと私は思い切ってカーテンを開けた。
まぶしい朝日が部屋全体に差し込み、白々と明るくなった窓辺には一匹のシャム猫が置物のように大人しく座っていた。
こちらを見る透き通ったビー玉のような緑色の大きな瞳には気品があり、少しふっくらとした体型と艶のある毛並みは一目で飼い猫だとわかるとて
も美しい猫だった。
力が抜けその場に座り込んだ私に”迷子です”と顔に書いてあるような困った表情でシャム猫は「ニャオ」と甲高く一鳴きする。
「ふふふ、何だあ、びっくりした。宇宙人かUMAかと思ったよ。まあ、それはないけど」
私が笑いながら背中を優しく撫でてやると、シャム猫は少し安心したのか目を細めリラックスした表情をみせる。
(右隣か左隣の住人の飼っている猫かなぁ、おそらくベランダの柵を渡って来たのだろう。行きはよいが帰りは怖くなったのか、たまたま窓が開いていた私の部屋に入って、見知らぬ部屋でどうしていいかわからずカーテンの裏で固まっていた、というところなんだろう)
カーテンの裏でひたすら固まっていたシャム猫を気の毒に思い、食器棚から猫好きしそうな青い魚の絵が描いてある小皿を取り出すとミルクを入れテーブルの下に置いた。
「おなかがすいたでしょ?どーぞ」
声をかけるとシャム猫は「ありがとう」と言うように「ニャオ」と鳴きおいしそうにミルクを飲み始める。
「それにしても見れば見るほど可愛い猫だな。今までみた猫の中で一番綺麗かも」
私は再び椅子に座りカフェオレを飲みだす、なんだか落ち着く。
シャム猫は一つ一つの所作に品があり可愛らしく、まるで昔から私が飼っている猫かと錯覚するくらい自然と部屋に馴染んでいた。

 

部屋に置いてある木製の時計が10時をまわるのを見計らって、私は白いTシャツにグレーのフレアスカートに着替えた。
与えていたオレンジ色の毛糸玉で遊んでいるシャム猫を優しく抱きかかえる。
猫は「まだ遊んでいたい」という表情で甘えた声で鳴く。
その可愛さにやられた私は、もし飼い主が見つからなかったらこのまま飼ってしまおうかな、と思う。
サンダルを履き玄関のドアを開けると初夏の爽やかな風が私をすり抜けていった。
猫を抱えたまま右隣の部屋のインターホンを鳴らしたがいくら待っても返答がなかった。
「じゃあ、左隣なのかな。もうすぐ飼い主さんのところに戻れるよ、よかったね」
シャム猫と別れるのを少し寂しく思いつつ、左隣の部屋のインターホンを鳴らした。
「はい」
すこし沈んだ男性の声だった。
「突然すみません、隣に住んでる者です。家に猫が入って来たのですが、もしかしてそちらの、、、」最後まで言い切らないうちに慌てた様子で勢
いよくドアが開き端正な顔立ちに大きな黒ぶちメガネをかけた寝ぐせ髪の男性が出てきた。
「うちの猫です!リーちゃん、心配したよー!」
男性はうっすら涙を浮かべながら猫に頬ずりをする。
私の視線に我に返ったのか、男性はすこし顔を赤らめてキリッとした表情に変わり
「すみません。少し目を離した隙にベランダから出て行ったみたいで、ご迷惑おかけしました」
頭を下げた。
(ふふふ、なんだかちょっとおもしろい人だ)
「いえいえ、気にしなくていいですよ、可愛い猫なので癒されました」
私は笑うのを堪えながら言う。
「あの、なにかお礼を…」男性が言う。
「本当に気にしないでください」
私は言って会釈をして部屋に戻った。
それが一度目だった。

 

二度目は雨の日だった。
仕事が終わり家に着くと同時に大きな雨粒が派手な音をたてながら勢いよく落ちてきた。
慌ててベランダに干してある洗濯物を取り込むと、片隅で困った様子でシャム猫が固まっていた。
(またか、、、)
私は苦笑いしながら”リーちゃん”に手招きする。
二度目で私に慣れたのか、雨に濡れたくないのかシャム猫は素直に家の中に入り甘えるように足元に擦り寄って来た。
時計を見ると22時を回っていて、インターホンを鳴らすには憚れる時間だった。
「仕方がない、一晩預かるか」
そう決めると、”リーちゃん”のことを気に入っていた私は一度あることは二度あるかもしれないと思い、念のために買っておいた猫用の缶詰めを戸棚から取り出す。
この間と同じ青い魚の絵がついた小皿に中身を移し替え与えた。
帰って来たばかりで喉が渇いていた私は大きなグラスにたくさんの氷を入れてドリップしたコーヒーを注ぎ、アイスコーヒーを作り窓際に座ってごくごくと飲む。
真夏の夜でもグラスの中の氷をカランカランと揺らす度に少しだけ涼しさを感じられる。
その横で”リーちゃん”はごはんを気に入ってくれたらしく美味しそうに食べている。
スコールの様な雨が止むと雲はあっという間に夜風に流されて何処かに行き、綺麗な星空が見えてきた。
「雨の後の星空はきれいだねぇ」
アイスコーヒーを飲みながらぼんやりと星空を見上げていると“リーちゃん”がしっぽで優しく背中をなでてくれ私の心は癒された。

 

明日休みで“リーちゃん”が来てくれたことでなんだかテンションの上がった私はエプロンをしてレモンクリームタルトを作ることにした。
昔、旅先でたまたま入った喫茶店で注文したコーヒーとレモンクリームタルトがめちゃくちゃ美味しくて、その味が忘れられない私は自己流で何度
か作ったが上手く再現でずに失敗していた。
「でも今日はなんだか上手くできそうな気がする。がんばろー!」
”リーちゃん”が返事をするかのようにいたずらっぽい表情で「ニャオ」と鳴いた。

ピンポーンという音で私は目を覚ました。
カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいる。
エプロン姿のままソファでまた眠っていたらしく傍らには”リーちゃん”が丸くなって気持ちよさそうにスヤスヤと寝ている。
慌てて玄関の扉を開けると今日は寝ぐせ髪ではなくきっちりセットした髪に白いポロシャツに紺色のハーフパンツ姿の“リーちゃん”の飼い主の男性が立っていた。
「すみません、うちの猫おじゃましていませんか?」と男性。
「あ、来ていますよ。昨日、夜遅くに帰宅したので一晩預かっておきました」と私。
「本当にご迷惑かけて申し訳ありません。あの、これよかったら」
男性は有名な○○コーヒーの紙袋を差し出した。
○○コーヒーは値段は高いけど美味しいコーヒー豆が売っている私も好きなお店だった。
「コーヒー飲みます?モカとブルーマウンテンの豆なんですけど」と男性。
「○○コーヒーおいしいですよね。コーヒー好きでよく飲みます。ありがとうございます」
私が笑顔で言うと男性もはにかんだ笑顔をみせた。
”リーちゃん”が起きるまでの間、私と男性はコーヒーを飲みながら待つことにした。
家は隣同士でも何も知らない私達は今更ながら自己紹介をして世間話をたくさんした。
童顔だけど整った顔立ちで大きな黒ぶちメガネをかけた彼は好青年で、コーヒーのお共に出した昨夜作ったレモンクリームタルトを喜んで食べてくれた。
「めちゃくちゃ美味しいです!プロが作ったみたい。お店だせますよ」
目を細めて無邪気な笑顔で彼は言う。
レモンクリームタルトはあの時と同じ味に仕上がりコーヒーともぴったり合って最高の朝だった。

コーヒーと猫好きな私と彼は気が合って、だんだんと仲良くなり付合うことになった。
平和主義でのんびりとした性格の彼とケンカすることはほとんどなかったけど、たまにケンカした時はシャム猫のリーちゃんが家にやってきて彼が迎えに来て仲直りをした。
リーちゃんは本当によくできた猫で何度も私と彼の仲を取り持ってくれた。
付き合いだして一年目の私の誕生日に彼は猫の形をしたピアスをプレゼントしてくれて二年目の誕生日に指輪をくれてプロポーズをしてくれた。
今は朝起きると私はカフェオレ、彼はブラック、リーちゃんはミルクを飲むのが日課だ。

これだけは言える。
私と彼の仲人は間違いなくコーヒーとリーちゃんだ。

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こっちのCAFEはあーまいぞー

コーヒー豆をひく香りが漂ってくる。こんなに濃厚で味わい深い香りなのだから、きっと豆をひいているんだろう、と想像してしまう。
CAFEから漂ってくる香ばしい素敵な空気は、そのお店の周りをスローな時間に包んでいるようだった。
テラス部分に設えられた籐椅子や日よけの大きなパラソルに、ミモザとオリーブがまばらになった太陽の影を振りかけている。
軒につるされたステンドグラスのモチーフを通して、柔らかい色彩がテーブルにうつされているのを見ると、ここが街の中にある事も忘れそうになる。
如月街にあるCAFEデジャブにはまだ入ったことは無い。
何時だって忙しいし、CAFEでゆっくり時間を過ごそうなんて贅沢はしたことがない。
もっとチェーン店の方が安いコーヒーが飲めるから、疲れた時には安いコーヒーショップで休憩するようにしているのだ。
コーヒーなんてどこも同じ。でも、カフェデジャブからは本当に良い香りが漂っている。
美咲はこの日も、仕事の昼休みに、街のバーゲンセールを見て歩いている途中だった。
夏はいい。お店中の物がセールとして売りだされて、街の活気もかなり上がって来る。平日の、値下げ札が付けられて、まだどんなお客の目にも触れたことのない商品が震えながら待っている。休日のセールで人がごった返す前に、一番乗りでショッピングを楽しめるのだ。
おしゃれして出勤し、仕事の合間にもセレクトショップの新作をチェックして、毎日デジャブの前を通って会社に戻る。
職場の会計事務所は、同世代のメンバーが多くて、みんな資格を取ろうと頑張っている。美咲は事務員として、資格を取るつもりはないから、先生の玉子たちとは待遇も違えば、給料も違う。それだけではなく、雰囲気まで違うのだ。先生の玉子たちは何と言うか、もっと真面目な、というか、強い意志を持っているように見える。意地でも会計士になる、というような、試験のために常に最善を尽くしている、という空気が流れているのだ。
出来る人は羨ましくもある。けれども美咲には真似することはできないし、真似しようとしないところが自分の良い所だと思っている。

 
この日は、昼休みに靴のショップで素晴らしいサンダルを見つけた。華奢なゴールドの革のサンダルは細い9センチのヒールがつていて、ダイヤの飾りがちりばめられている、なんともゴージャスなデザインだった。お店の方に、23センチのサイズをお願いして、足にはめてみると、ぴったりとした履き心地だった。価格も、三万五千円だったサンダルが、二万二千円になっている。ちょっと高いけれども、買える金額になっている。セールは嬉しい。

 

仕事の帰りにもう一度来て購入するからと、取り置きをお願いして、会社に戻ることにした。昼休みは短いのだ。
新しくて良い品物を見つけた時にはとっても嬉しいい。気分がかるくなって、天に昇っていく湯気のような気持になる。オフィスに戻る時に、オフィスの横にあるデジャブのテラスで、テーブルを拭いている男性を見つけた。がっしりとした体格で、腰をかがめてテーブルを丁寧に拭いている。美咲からは横顔が丁度見える位置にあったけれど、見たことがない人だった。そうだ。デジャブの人をまだ一人も見た事は無かったのだ。サンダルのことで気分が高揚していたからか、デジャブのマスターの輪郭も滲んで、大天使ガブリエルの様に見えた。天使の輪は頭だけだけれども、日差しが滲んで、デジャブのマスターの体が天使の輪に囲まれているように見えた。
デジャブのマスターが大天使ガブリエルで有ったとしても、昼休みが終わろうとしている。天使を無視して、オフィスに駆け込んでエレベーターに飛び乗った。事務所の同僚たちは、昼休みに買い物に出かけたりなんてしないタイプの人たちだ。
珍しく、同僚の早苗さんから「ちょっと隣のCAFEに行って見ない?」という声がかかった。今夜六時頃、CAFEにちょっと寄ってみたいと言うのだ。
「いいですよ。」と美咲はにっこりと微笑んだ。誘われるのも意外だけれど悪くない。デジャブには行った事がなかったし、今日見たマスターの天使姿が頭に残っていた。
夕方になってもこの季節は何時までも明るい。
仕事が終わる時間は五時半だ。六時頃に早苗さんと一緒にオフィスを出て、エレベーターに乗った。
「前から行きたかったのだけれど、独りじゃ行きにくくって。」早苗さんはエレベーターの中で呟いた。
「私も行った事がないんです。」美咲も優しく微笑んだ。早苗さんは、リクルートスーツのような衣装を着ている。ずっと毎日そうなのだ。でも肌は美しいし、真っ直ぐな長い髪もサラサラとしていてツヤがある。美咲の長くてカールした髪とはまた違った緊張感が早苗さんからはいつも漂っている。
エレベータで一階に降りて、ビルのエントランスを出ると、隣のCAFEデジャブが目前にある。未だ夕暮れ前だからか、テラス席には日差しが残っている。ステンドグラスのモチーフが風に揺れて、蝉の声が盛んに聞こえている。外の籐椅子は夏の日差しを受けて触れると熱くて、ガラス越しの店内が涼しそうに見えていた。
入口の木の扉を開くとカラリとベルのなる音がお店に響いた。冷房の効いた店内には、小さいテーブルと椅子が三組あるだけだった。
こじんまりしている印象で、真鍮の置物やライトがあちこちに飾られている。
カウンターの奥には今日の昼に見た大天使ガブリエルが立って居た。彼の周りは電気がついていなくても、ほんのり明るいように見える。それは、金色の髪のせいかもしれないし、背が高いから、かもしれないし、色が白いからかもしれなかった。
「いらっしゃい。」と予想よりも低い声が響いて美咲は胸がドキドキするのを感じた。オフィスではめったにないドキドキ感が今している。隣を見ると、早苗さんの白い頬もちょっと赤くなっているように見えた。美咲はお化粧も完璧に施している。まつ毛だって、完璧な仕上がりだ。常にお手本はオードリーヘップバーンだ。それに比べて、早苗さんはお化粧も薄い。しかし、お化粧が薄いけれども肌が綺麗だという事が透けて見える所が、美咲には出来ない芸当だった。真夏でもリクルートスーツだし、美咲のあでやかなワンピースとは随分雰囲気も違う。
テラスと仕切られたガラス戸の横にある籐椅子に座ると、メニューがあった。
フレーバーCAFE、スイーツCAFE、ブレンド、と三種類のCAFEが書かれている。
「フレーバーCAFEとスイーツCAFEってどんなのですか?」テーブルの前にたった大天使ガブリエルに美咲は聞いてみた。
「フレーバーCAFEは、貴方にあったフレーバーを用意します。スシーツCAFEも、貴方の好みの甘いCAFEを用意します。」大天使ガブリエルは丁寧に言った。姿は天使でも声はとても低くて良く響く。悪魔の声ならば、こんな風に低くて、心を震わせるような快感を与えるのかもしれない。
「フレーバーCAFEにしようかな。」美咲が言った。
「私もそうします。」早苗さんも頷いて注文をお願いした。
すると、大天使ガブリエルは美咲の顔をじっと見つめた。しばらくして、今度は早苗さんの顔をじっと見つめた。そして、「暫くお待ちください。」と納得したようにカウンターの中に歩いて行った。
「何だかドキドキするね。」美咲が言うと、早苗さんも頬を赤らめて頷いている。
カウンターの奥から陶器の触れ合う音が聞こえて、香ばしい空気が溢れてきた。続いて、甘い香りやなんだか嗅いだことのないスパイスの香りも漂ってきた。
「なんだろうね。」「どんなCAFEかしら。」と話す内に、日は暮れ初めてお店の中に仄明るい電燈が灯った。
CAFEを乗せたトレーを運んできた大天使ガブリエルは、電燈の影のせいで、背中に大きな翼があるように見えた。やっぱり髪の色が金色だからか、輪郭が光っているように見える。
「どうぞ。」美咲と早苗さんの前に、フレーバーCAFEを置いて、大天使ガブリエルはテーブルの横に立って居た。
「ありがとう。」美咲はカップを手に取って、先ずは香りを確かめてみた。シナモンの香りと甘い匂いが混じっている。「シナモンCAFE?」と呟いて一口含んでみると、花の香りがした。「クチナシ?」呟いて横を見ると、大天使が頷いている。
早苗さんも、カップをてにとってあっと声を上げた。
「ココナッツ?」と呟いて大天使を見上げると、彼は笑顔で頷いている。
「好みを当てるのが僕の趣味ですから。」大天使ガブリエルは言うと、カウンターの奥へ去って行った。
目がまわる。大好きなスパイスや花の香りがするだけではない。頭の中を映像が流れて行く。クチナシの花の元で語り合っている美咲と大天使ガブリエル。スパイスやシナモンの香りがするベッドに横になっている、美咲と大天使ガブリエル。
「ヤバくない?」早苗さんに声を掛けると、彼女も「駄目ですね。」と頷いた。彼女は目を泳がせてドギマギしているように見える。
CAFEを出る頃にはとっぷりと日が暮れて、外には星が出ていた。お支払いしようとした時には、カウンターに、一杯700円というメモがあるだけで大天使ガブリエルの姿はなかった。
美咲と早苗さんは、カウンターに七百円ずつ硬貨を置いて外へ出た。
藍色の空に黄色い星とCAFE、ゴッホの作品みたいだ。
その日は家に帰って眠る時も、心臓がドキドキしていた。低い声が耳に着く。デジャブのマスターは大天使ガブリエルなんかじゃないかもしれない。
天使があんなに低くて甘い声を持っているとは思えないのだ。
目を閉じると、フレーバーCAFEを口にした時の映像が鮮やかに浮かんでくる。大天使ガブリエルの存在が感じられて心臓はドキドキしたままだし、眠る事も出来ない。
これは恋かもしれない、と波打つ心臓を押さえて美咲はため息をついた。でも、早苗さんも同じように感じているのかもしれないと思うと残念に思う。
独りで行けばよかった、とも思ったけれど、やり直すことはできない。
明日は新しサンダルを履いてデジャブへ行こう。会社へ行く前にデジャブへ行くのも悪くない、美咲は長い溜息をついて夜が明けてむらさきになりつつある空を眺めた。

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憧れのカフェ店員さんに告白

大学生の頃の思い出です。シアトル発の緑のロゴで有名な某大手カフェ店員さんと付き合ったことがあります。その思い出について話したいと思います。
出会いは入学式の時でした。前の席に座っていた男の子なのですが正直私のタイプでした。顔は勿論のこと私と慎重さも丁度いい感じの人で大学デビューしてこんな感じのイケメンと付き合いたいなと思っていました。タレントで例えると岡田将生似の好青年です。典型的な一目ぼれでした。まさかのちに付き合えるなんて思ってもいませんでした。

 
高校の頃はどちらかというと暗いグループに属していたので大学デビューに対する憧れがすごかったです。新聞部だったし特別にかわいいわけでも無いので全く持てませんでした。恥ずかしながら年齢=彼氏いない歴でした。チアガールや生徒会の女の子がとてもうらやましかったです。なので高校を卒業したら金髪にしてメイクもがっつりしました。今考えたらやりすぎたかなと思います。

 
当日は恥ずかしくて声をかけることが出来ませんでした。席が隣で隣の女の子と喋っていたので忙しかったというのもありますがそれ以上にかっこよすぎてビビッて声をかける勇気がありませんでした。座っている間も後10分後に声をかけてみようとか自分に言い聞かせていましたが結局無理でした。1時間半程学長の話や部活の勧誘をするだけのオリエンテーションでしたが前のイケメンばかり見ており1時間半が30分ほどに感じました。勿論話は全く聞いておらず前の男の子に夢中になっていました。

 
入学式はこれで解散なのですが門を出るとサークルや部活の勧誘の嵐です。「これが大学生か」と思いながらわくわくしていました。実際にどのサークルに入ろうか考えただけで楽しかったです。10分歩いているだけでもビラで手がいっぱいになりました。先輩の大学生が一気に私の所へ集まって笑顔で声をかけてくるので人気者になったと錯覚してしまいました。

 

次の年には自分が勧誘する側に回ることになるのですが。自分に合ったサークルを探すのは勿論のこと心の片隅では「さっきのイケメンどこにいったのかな」と思い勧誘の話を聞きながら周りをキョロキョロしていました。その後1週間はそんな感じの日を過ごしました。新入生歓迎会のイベントと新しい恋で私の大学デビューはとても楽しいものになりました。

 
最初の一週間は授業が無くオリエンテーションやサークルの新入生歓迎会という名目のお花見、BBQ、ボーリングばかりです。たまに羽目を外して怒られている人や団体も見かけました。周りでは最初の一週間で彼氏が出来たとか言っている友達もいました。一週間で付き合うなんてすぐにわかれるでしょとか思いながら本心はうらやましかったです。
こんな感じで最初の楽しい一週間が終わりついに授業が始まりました。ほんとはだめですがサークルのイベントでお酒とか出てきて二日酔いの日が続いたりしていたので授業は正直行きたくなかったです。一年生は一限目からの授業が多いので大変です。他の大学に通う2つ上の姉など朝は授業が無く家でゴロゴロしていました。私もこんな感じで昼から投稿したいなと思っていました。若干憂鬱な気分で初めての授業に出ました。言語の授業で出席を取るのでさぼれないので仕方なく朝から出席しました。教室に入るとまさかあのイケメンがいました。憂鬱な気分から一気にテンションマックスに成りました。その日はニヤニヤを抑えながら過ごしました。残念ながら学籍番号順の指定席なので近くに座れませんでしたがそれでも十分です。

 
普段は後ろの方の席で入ったサークルの友達と話したりサボったりと典型的なクズ学生でしたが、月曜日の英語の授業だけはまじめに朝一番で出席しました。2回目の授業の終わりに例のイケメンが急に近寄ってきて「LINE教えて」って言ってきました。まさかこんな理想的な展開が来るなんてと思いましたが実際は同じグループの共有ラインを作るために聞いただけでした。まあ初めて会話が出来たので嬉しかったですが少し期待していたのとは違いがっかりしました。それでもお互いのLINEを交換することが出来たのでまずまずという結果でしょう。

 
1カ月ぐらいして勇気を振り絞って個人LINEすることにしました。どのスタンプ使おうか、いきなりスタンプは馴れ馴れしくて嫌われるかななど不安を抱えながらとりあえず小テストの単語テストに関する質問をしてみました。英語は得意じゃないですし好きでもありませんが毎回出席している私が問題の範囲や内容を知らないわけがありませんが勉強の話なら自然な流れでLINEが出来るので聞いちゃいました。こっちは全力でメッセージを送っているのに返事が意外と素っ気無くてぐいぐい行き過ぎて嫌われたのかなと思いました。

 

確かにぶりっこなスタンプとか送ったしいきなりこれはきついかなと思う場面もありました。しかし何度かメッセージのやり取りをしていたら向こうから同じクラスの友達と勉強会開こうよと誘ってきました。とっても嬉しかったです。
まあいきなり2人きりじゃありませんが、最初の内は私も何を話していいのか分からないので男子3、女子2の同じクラスの仲間で勉強会を開くことにしました。女子の数が少ないのでラッキーと思いましたが、もう一人の子が正直私よりかわいい子だったので困りました。しかもそれが私の見た目とは逆で1年生にしては珍しい黒髪の清楚系の女の子でした。1年生女子が揃って金髪とか濃い化粧をしている中、黒髪でナチュラルメイクの彼女は逆に希少価値が上がり輝いて見えました。実際に周りの男の子からも結構人気で評判が良かったので正直私が引き立て役になった気分でした。決して仲は悪くないですし結構優しくしてくれるので嫌いではありませんが正直辛かったです。勉強会とは言っても誰もまじめに勉強はしません。図書館で集まって騒いでたまに図書館のスタッフに怒られるの繰り返しでした。それでもお互いのプライベートについてより詳しい話も聞けましたし収穫はありだと思えました。勉強会の途中で気になっているイケメンが学校近くのカフェでバイトしている情報を聞きました。有名な店で店員さんもお客さんもかわいい子が多いので直ぐに彼女出来るんだろうなと思いました。

 
その後個人LINEをする機会が増えました。相手の情報を得る機会も増えたので会話のネタには困りませんでした。LINEする前に相手の1週間分のツイートを読んだりするなど半分ストーカーみたいなことをしていましたが彼とのメッセージのやり取りが楽しくてたまりませんでした。どんどん距離が縮まり通学路の電車で合ったりしたときは学校まで一緒に歩くこともありました。勿論その時は学校までゆっくり歩きました。
そんな感じで7月になり春学期もあと一か月で終わる所でした。この辺で捕まえないとほかの子に取られちゃうなという焦りもあり毎日がストレスでした。仲のいい友達も私が彼のことを好きなのを知っていたので早く告白するようにプレッシャーを与えてきます。背中を押してくれるのはありがたいのですが今まで男の子と付き合ったことがない私にとってはとてもハードルが高かったです。それでも真剣に相談に乗ってくれるのはありがたかったです。そしてある提案をしてくれました。

 
7月7日の七夕の日に告白したらどうだと言われました。正直なしではないかなと思いましたがそうなると告白まで数日しかありません。友達も協力してくれて二人きりになるシチュエーションを作ってくれると言ってくれたのでもう後戻りできない状態になりました。そして当日勉強会メンバーと私の親友で七夕まつりという名目で居酒屋で飲みに行くことになりました。すると帰り道は彼、私、親友というメンバーに成りました。電車の駅前で親友が気を使ってわざと今日はバスで帰ると言って帰りの電車を二人きりにしてくれました。彼とは駅でいつも通りの会話をして照れ隠しをしていましたが、電車に乗ってからはあと30分ほどで告白しないとというプレッシャーがすごかったです。

 

当日は結構飲んだのですが電車の中では緊張で酔いがさめてしまいました。後一駅で彼が下車するところになった時今しかないと思い想いを伝えました。下車する寸前だったので向こうも焦ったみたいでとりあえず下車して何もなかったかのようにいつものように過ごしました。振られたなと思いました。そして帰り道まで泣きました。
次の日から3日ほど大学をサボり家で過ごしました。すると親友が心配したのかLINEしてきました。そして一緒に大学に行くように誘ってきました。一緒なら気持ちが少し楽だから行くことにしました。大学の最寄り駅を降りて近くでランチすることにしました。すると親友は私をカフェに連れて行きました。ぼーっとしていたので気が付きませんでしたら冷静に考えたら彼の働くカフェであることに気が付き我に返りました。

 

親友のくせになんてデリカシーの無いやつと思いました。まあここまでくると引き返すわけにはいかないのでベーグルとコーヒーを買うことにしました。レジで会計を済ませて飲み物を取りに行く時彼がいました。気まずかったですがバイト中なので変に声をかけることが出来ませんでした。その時は私の方から目をそらしてしまいました。向こうも気遣ってわざと知らない人のふりをしてラテを渡してくれました。最悪な一日の始まりだと思いました。

 

しかしなぜか親友はニコニコしています。女はすぐに裏切るとは言いますがここまでひどい奴だとは思っていませんでした。その後「コップ見てごらん」と言ってきました。よく見るとラテの紙コップに「飲み会の時はごめんね。こちらこそお願いします!」って書いていました。その時私はテーブルでうれし泣きしてしまいました。周りから見ればドン引きな光景だったと思いますし一緒にいた友達はとても恥ずかしかったと思います。こうして私は人生で初めての彼氏を手に入れました。

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モカ・マタリとわたし

モカ・マタリが好きだった。

 

人生初めての恋人と出会ったのは18歳の時だった。

 

都内の大学に合格し、上京したての私が見るものは全て新しく、毎日は刺激に満ちていた。
今まで雑誌やテレビの中でした見たことがなかった表参道、原宿、渋谷、新宿、銀座…
同じく上京したての友人と休日の度に目まぐるしく東京を散策した。

初めての一人暮らしも不安だったがすぐに慣れた。
自分で食材の買い出しに行き、献立を考え、公共料金を支払う。
親のありがたみを初めて感じたのもこの頃だった。

大学では部活に入り、たくさん友人もできた。
出身地は違うものの、みんな優しく心を許せる子たちばかりだった。
一ヶ月もすると大学にも慣れ、私はすっかり都内の大学生としての暮らしが好きになった。

5月、構内のカフェテリアでひとりの男性と知り合った。

珍しくひとりでカフェテリアにいた私に、彼は話しかけてきた。
どんなことを話したかは覚えていない。
ただ、優しい声をした笑顔の穏やかな人だな、という印象が残っている。
彼は大学4年生だった。

月曜の午後2時。
いつしかこの時間にふたりでカフェテリアにいるのが習慣になっていった。

彼はいつも珈琲を飲んでいた。

「珈琲っておいしいの?」
と尋ねた私に、一口珈琲を味見させてくれた。
つん、とくる苦味に顔をしかめる私を彼は笑顔で見つめ、
「今度僕がおいしい珈琲を淹れてあげるよ。」
と言った。

6月、彼の家を訪ね珈琲を淹れてもらった。
彼の一番のお気に入りだというモカ・マタリ。
細かい花の装飾が施されたカップに入れてくれた。

構内のカフェテリアでの苦い珈琲の味にトラウマのある私は恐る恐るコーヒーカップに顔を近づける。
途端にふわっと香る甘酸っぱい匂いに私の鼻は捕えられ、思わずそのまま珈琲を口に含む。
やさしいやさしい口の中を撫でるような酸味と心地良い甘さに私の身体は即座に包まれ、思わず彼に
「珈琲って美味しいのね!」
と興奮気味に話しかけた。
少しきょとんとした彼の表情には、ゆっくりと微笑みが浮かんだ。

これをきっかけに、私は珈琲を飲むようになった。
朝起きたばかりのとき、大学の講義が終わった後、夕飯の後。

そして私の座るテーブルの向かいには彼がいつも居るようになった。

彼がモカ・マタリを挽いてくれ、ネルドリップで抽出してくれる朝が日常となっていった。

珈琲の香りと共に始まる新しい朝に心地良く酔いしれる日々、私の大学生活は珈琲と共にスタートしたのだ。

彼との思い出はたくさん増えた。

一緒に珈琲豆を買いに行き、都内の有名な珈琲専門店を巡った。珈琲がきっかけで仲良くなった共通の友人も出来た。
珈琲が全く飲めなかった高校生の私が見たらびっくりするくらい、珈琲が大好きになり、また、珈琲の香りにつつまれている生活のことも愛するようになっていた。

私たちはとにかくずっと一緒に過ごした。

彼との生活は長く続き、私はあっという間に大学3年生になった。

あれだけ新鮮で刺激的だった東京にも慣れ、それどころか都会の人の多さと不親切さに少し辟易としてきていた。
入学したての頃の友達とは続いている子もいれば、自然と疎遠になっていった子たちもいた。
毎年開催しようね!と意気込んでいた仲の良い子たち同士の誕生日会もいつしかやらなくなっていた。
私は就職を考えるようになり、彼は一足先に卒業して働きに出ていた。

相変わらず私たちは仕事や大学以外の時は一緒に過ごしていた。

まれに彼と一緒にいない日は自分ひとりだけで珈琲専門店に行き、そこで読書をすることが私のお気に入りの休日の過ごし方になった。

お気に入りの店は5,6軒あったがその中でも私の一番のお気に入りとなったお店のマスターがある時私にこう言った、

「珈琲はね、食べ物とかと違って嗜好品だからね。ほら、お酒やたばこと一緒ってこと。例えば、ごはんは美味しくなくてもとりあえずお腹いっぱいになったらもう食べたくないでしょ?でも珈琲は違う。今飲んだ珈琲がいまいちだったら、必ずもっと美味しい別の一杯を求めてしまう。もっと自分を満たしてくれるものを求めてしまうんだよ。」

ふうん、そんなものなのかな…と、その時はあまりこの言葉を気に留めることもなく店を後にした私だったが、程なくしてあんなに好きだった恋人と噛み合っていないことに気付いた。
彼といる時間があるとき突然窮屈なのだと気付いたのだ。

一緒に食べるごはん

一緒に過ごす夕暮れ

一緒に帰省する実家

一緒に見るテレビ

一緒に起きて、一緒に眠りにつくこと

一緒に友人たちと会う時間

今まで愛おしくて当たり前だった時間たちが、自分の中で少しずつきりきりと苦しくなっていることに気付いたのだ。

私は愕然とした。
気付いてはいけないことに気付いたのだ…と。

それから、どうしたら自分の気持ちをもとに戻すことが出来るのか必死で考えた。
彼に何も罪はなく、ただ単に私の気持ちだけの問題だから自分だけで解決できると思った。

私の初めての恋、初めての珈琲の味を教えてくれた人、私のこれまでの大学時代すべての思い出を共有した人…

このひととずっと一緒にいれたらどんなに良いだろうと思っていた。

だって彼はとても優しい人で私を愛してくれるから。

毎朝珈琲を淹れてくれ、時には朝ごはんを作ってくれる。誕生日には私好みのお店に連れて行ってくれ、アクセサリーをプレゼントしてくれる。

なにより、毎日私に笑顔をくれる。

愛をたくさんくれる。

そして、私もその愛にこたえたい。

でも無理だった。

どんなに頑張っても、自分の本心に気付いてしまった私はもう彼を愛していない事実を認めるしかなかった。

毎日一緒に飲んでいた珈琲は、いつしかひとりで飲むことのほうが増えていった。

彼に気付かれないよう、少しずつ少しずつ距離を置いていった。

理由をつけて、あまり彼と共有の時間を持たないようにした。

頻繁に出かけていた共通の友人たちとの連絡も控えるようになった。

私はただただ、ひとりで喫茶店に行き、時間をつぶした。

時間をつぶしたところで何も解決することはないとわかってはいたのに。

彼の心を傷つけるだけだとわかっていたのに。

でもそれ以外に自分の心が少しでも楽になる方法が見つからなかったのだ。

こんな状態がしばらく続き、私は大学4年生になっていた。

彼とはまだ付き合っていた。

今でも忘れない、二人で歩いていた夏の夕暮れ時、私の家に帰る途中、彼から突然こんな言葉を告げられた。

「もうすぐ卒業だよね。卒業したら、ちゃんと家を借りて結婚を前提に一緒に住もう。」

もうごまかせないと思った。
もっと早く彼を解放してあげるべきだったと、心底後悔した。

その夜、晩御飯を食べ終わった後ふたりで珈琲を飲みながら、私は彼に別れを告げた。

全て悪いのは私で、彼には何も落ち度はなく、ただ私の愛情が無くなってしまったのだと。

私はそのとき初めて彼の涙を見た。
男の人が泣く姿を産まれて初めて見た。

あんなに美味しいと感じていた彼の淹れてくれた珈琲は、その時は何の味も香りもしなくなっていた。
ただ、珈琲の黒い色を見ながら、うつむきながら、お互い涙を流していた。
こうして私と、初めての恋人との関係は幕を閉じた。
大学生活の終わりとともに、私の恋も終わりを告げたのだ。

彼とは別れた後から一切会うことはなかった。

お互い避けていたというわけでもなく、毎日の行動範囲も違えば、パターンも違ったからだ。
周囲の友人たちも気を使ってくれ、お互いが会わないようにしてくれていたらしい。
彼と別れた私は他に恋人を作る気にもなれず、ずっとひとりでいた。

今までひとりでできなかったことを沢山した。

友達と遊んでいて、そのまま友達の家に泊まりに行くこと。

携帯電話を丸一日気にせずに生活すること。

ごはんを自分の好みだけに合わせて作って食べること。

ショッピングに行って、女性向けのお店だけ見て回ること。

長時間友達と電話で長話すること。

ペットを飼うこと。

異性の友達とごはんを食べに行くこと。

ひとりだけでお酒を飲みにいくこと。
そんな日々が三年ほど続いたある日、大学の同級生に彼が地元で結婚したことを聞いた。
私と別れてしばらくしてから彼は実家に帰り、御両親が切り盛りしていた家業を継いでいたのだ。
後日式に参列した知り合いとカフェで会い、彼の結婚式の写真を見せてもらったとき、新郎からのサービスで参列者たちが珈琲を飲んでいる写真があった。

ああ、この豆はきっとモカ・マタリだろう。
一気に大学時代の思い出がよみがえった。
思い出とともに、鼻の先にかすかに暖かい珈琲の香りが漂った気がした。

幸せそうな、少し大人になった笑顔の彼と、綺麗な花嫁。参列者たちの笑顔。
きっと幸せな式だったのだろう。
いろんな想いが胸をかすめながらも、穏やかな気分を感じた。

さよなら、私の初めての恋人。
もう会うことはないけれど、ずっと幸せでいてほしい。
私に初めての愛をくれてありがとう。

彼は奥さんとどんな出会いをしたのだろうか。
私にしてくれたように、珈琲を淹れてあげたのだろうか。
モカ・マタリが好きなんだよ、と穏やかな笑顔で説明したのだろうか。

友人に別れを告げ、私はひとりカフェを出た。
5月の夜風が気持ち良い。
彼と出会った5月もこんな陽気だった。
新緑の飛び交う街並みの合間から見えるネオン、どこにいってもひとがいるのが苦手だがこの時期だけは風が涼しく私と他人の間をすり抜けてくれ、それすらも気にならない。

星が全くないような夜空にかすかにひとつだけ小さな星を見つけた。
こんな東京で星なんて珍しい。

それにしてもさっきのカフェで飲んだ珈琲は不味かったな。
そんなことを思い出して、私はひとり笑顔になった。
そうだ。
今日は久しぶりにとびきり美味しい珈琲でも飲んで帰ろう。
あのマスターに会いに行こう。
私のことを覚えてくれているかしら。

そうだ、今日は私は私だけの為に美味しい珈琲を飲むんだ。
彼の好きだったモカ・マタリでは無く、私の好きなトラジャを。

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