憧れのカフェ店員さんに告白

大学生の頃の思い出です。シアトル発の緑のロゴで有名な某大手カフェ店員さんと付き合ったことがあります。その思い出について話したいと思います。
出会いは入学式の時でした。前の席に座っていた男の子なのですが正直私のタイプでした。顔は勿論のこと私と慎重さも丁度いい感じの人で大学デビューしてこんな感じのイケメンと付き合いたいなと思っていました。タレントで例えると岡田将生似の好青年です。典型的な一目ぼれでした。まさかのちに付き合えるなんて思ってもいませんでした。

 
高校の頃はどちらかというと暗いグループに属していたので大学デビューに対する憧れがすごかったです。新聞部だったし特別にかわいいわけでも無いので全く持てませんでした。恥ずかしながら年齢=彼氏いない歴でした。チアガールや生徒会の女の子がとてもうらやましかったです。なので高校を卒業したら金髪にしてメイクもがっつりしました。今考えたらやりすぎたかなと思います。

 
当日は恥ずかしくて声をかけることが出来ませんでした。席が隣で隣の女の子と喋っていたので忙しかったというのもありますがそれ以上にかっこよすぎてビビッて声をかける勇気がありませんでした。座っている間も後10分後に声をかけてみようとか自分に言い聞かせていましたが結局無理でした。1時間半程学長の話や部活の勧誘をするだけのオリエンテーションでしたが前のイケメンばかり見ており1時間半が30分ほどに感じました。勿論話は全く聞いておらず前の男の子に夢中になっていました。

 
入学式はこれで解散なのですが門を出るとサークルや部活の勧誘の嵐です。「これが大学生か」と思いながらわくわくしていました。実際にどのサークルに入ろうか考えただけで楽しかったです。10分歩いているだけでもビラで手がいっぱいになりました。先輩の大学生が一気に私の所へ集まって笑顔で声をかけてくるので人気者になったと錯覚してしまいました。

 

次の年には自分が勧誘する側に回ることになるのですが。自分に合ったサークルを探すのは勿論のこと心の片隅では「さっきのイケメンどこにいったのかな」と思い勧誘の話を聞きながら周りをキョロキョロしていました。その後1週間はそんな感じの日を過ごしました。新入生歓迎会のイベントと新しい恋で私の大学デビューはとても楽しいものになりました。

 
最初の一週間は授業が無くオリエンテーションやサークルの新入生歓迎会という名目のお花見、BBQ、ボーリングばかりです。たまに羽目を外して怒られている人や団体も見かけました。周りでは最初の一週間で彼氏が出来たとか言っている友達もいました。一週間で付き合うなんてすぐにわかれるでしょとか思いながら本心はうらやましかったです。
こんな感じで最初の楽しい一週間が終わりついに授業が始まりました。ほんとはだめですがサークルのイベントでお酒とか出てきて二日酔いの日が続いたりしていたので授業は正直行きたくなかったです。一年生は一限目からの授業が多いので大変です。他の大学に通う2つ上の姉など朝は授業が無く家でゴロゴロしていました。私もこんな感じで昼から投稿したいなと思っていました。若干憂鬱な気分で初めての授業に出ました。言語の授業で出席を取るのでさぼれないので仕方なく朝から出席しました。教室に入るとまさかあのイケメンがいました。憂鬱な気分から一気にテンションマックスに成りました。その日はニヤニヤを抑えながら過ごしました。残念ながら学籍番号順の指定席なので近くに座れませんでしたがそれでも十分です。

 
普段は後ろの方の席で入ったサークルの友達と話したりサボったりと典型的なクズ学生でしたが、月曜日の英語の授業だけはまじめに朝一番で出席しました。2回目の授業の終わりに例のイケメンが急に近寄ってきて「LINE教えて」って言ってきました。まさかこんな理想的な展開が来るなんてと思いましたが実際は同じグループの共有ラインを作るために聞いただけでした。まあ初めて会話が出来たので嬉しかったですが少し期待していたのとは違いがっかりしました。それでもお互いのLINEを交換することが出来たのでまずまずという結果でしょう。

 
1カ月ぐらいして勇気を振り絞って個人LINEすることにしました。どのスタンプ使おうか、いきなりスタンプは馴れ馴れしくて嫌われるかななど不安を抱えながらとりあえず小テストの単語テストに関する質問をしてみました。英語は得意じゃないですし好きでもありませんが毎回出席している私が問題の範囲や内容を知らないわけがありませんが勉強の話なら自然な流れでLINEが出来るので聞いちゃいました。こっちは全力でメッセージを送っているのに返事が意外と素っ気無くてぐいぐい行き過ぎて嫌われたのかなと思いました。

 

確かにぶりっこなスタンプとか送ったしいきなりこれはきついかなと思う場面もありました。しかし何度かメッセージのやり取りをしていたら向こうから同じクラスの友達と勉強会開こうよと誘ってきました。とっても嬉しかったです。
まあいきなり2人きりじゃありませんが、最初の内は私も何を話していいのか分からないので男子3、女子2の同じクラスの仲間で勉強会を開くことにしました。女子の数が少ないのでラッキーと思いましたが、もう一人の子が正直私よりかわいい子だったので困りました。しかもそれが私の見た目とは逆で1年生にしては珍しい黒髪の清楚系の女の子でした。1年生女子が揃って金髪とか濃い化粧をしている中、黒髪でナチュラルメイクの彼女は逆に希少価値が上がり輝いて見えました。実際に周りの男の子からも結構人気で評判が良かったので正直私が引き立て役になった気分でした。決して仲は悪くないですし結構優しくしてくれるので嫌いではありませんが正直辛かったです。勉強会とは言っても誰もまじめに勉強はしません。図書館で集まって騒いでたまに図書館のスタッフに怒られるの繰り返しでした。それでもお互いのプライベートについてより詳しい話も聞けましたし収穫はありだと思えました。勉強会の途中で気になっているイケメンが学校近くのカフェでバイトしている情報を聞きました。有名な店で店員さんもお客さんもかわいい子が多いので直ぐに彼女出来るんだろうなと思いました。

 
その後個人LINEをする機会が増えました。相手の情報を得る機会も増えたので会話のネタには困りませんでした。LINEする前に相手の1週間分のツイートを読んだりするなど半分ストーカーみたいなことをしていましたが彼とのメッセージのやり取りが楽しくてたまりませんでした。どんどん距離が縮まり通学路の電車で合ったりしたときは学校まで一緒に歩くこともありました。勿論その時は学校までゆっくり歩きました。
そんな感じで7月になり春学期もあと一か月で終わる所でした。この辺で捕まえないとほかの子に取られちゃうなという焦りもあり毎日がストレスでした。仲のいい友達も私が彼のことを好きなのを知っていたので早く告白するようにプレッシャーを与えてきます。背中を押してくれるのはありがたいのですが今まで男の子と付き合ったことがない私にとってはとてもハードルが高かったです。それでも真剣に相談に乗ってくれるのはありがたかったです。そしてある提案をしてくれました。

 
7月7日の七夕の日に告白したらどうだと言われました。正直なしではないかなと思いましたがそうなると告白まで数日しかありません。友達も協力してくれて二人きりになるシチュエーションを作ってくれると言ってくれたのでもう後戻りできない状態になりました。そして当日勉強会メンバーと私の親友で七夕まつりという名目で居酒屋で飲みに行くことになりました。すると帰り道は彼、私、親友というメンバーに成りました。電車の駅前で親友が気を使ってわざと今日はバスで帰ると言って帰りの電車を二人きりにしてくれました。彼とは駅でいつも通りの会話をして照れ隠しをしていましたが、電車に乗ってからはあと30分ほどで告白しないとというプレッシャーがすごかったです。

 

当日は結構飲んだのですが電車の中では緊張で酔いがさめてしまいました。後一駅で彼が下車するところになった時今しかないと思い想いを伝えました。下車する寸前だったので向こうも焦ったみたいでとりあえず下車して何もなかったかのようにいつものように過ごしました。振られたなと思いました。そして帰り道まで泣きました。
次の日から3日ほど大学をサボり家で過ごしました。すると親友が心配したのかLINEしてきました。そして一緒に大学に行くように誘ってきました。一緒なら気持ちが少し楽だから行くことにしました。大学の最寄り駅を降りて近くでランチすることにしました。すると親友は私をカフェに連れて行きました。ぼーっとしていたので気が付きませんでしたら冷静に考えたら彼の働くカフェであることに気が付き我に返りました。

 

親友のくせになんてデリカシーの無いやつと思いました。まあここまでくると引き返すわけにはいかないのでベーグルとコーヒーを買うことにしました。レジで会計を済ませて飲み物を取りに行く時彼がいました。気まずかったですがバイト中なので変に声をかけることが出来ませんでした。その時は私の方から目をそらしてしまいました。向こうも気遣ってわざと知らない人のふりをしてラテを渡してくれました。最悪な一日の始まりだと思いました。

 

しかしなぜか親友はニコニコしています。女はすぐに裏切るとは言いますがここまでひどい奴だとは思っていませんでした。その後「コップ見てごらん」と言ってきました。よく見るとラテの紙コップに「飲み会の時はごめんね。こちらこそお願いします!」って書いていました。その時私はテーブルでうれし泣きしてしまいました。周りから見ればドン引きな光景だったと思いますし一緒にいた友達はとても恥ずかしかったと思います。こうして私は人生で初めての彼氏を手に入れました。

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モカ・マタリとわたし

モカ・マタリが好きだった。

 

人生初めての恋人と出会ったのは18歳の時だった。

 

都内の大学に合格し、上京したての私が見るものは全て新しく、毎日は刺激に満ちていた。
今まで雑誌やテレビの中でした見たことがなかった表参道、原宿、渋谷、新宿、銀座…
同じく上京したての友人と休日の度に目まぐるしく東京を散策した。

初めての一人暮らしも不安だったがすぐに慣れた。
自分で食材の買い出しに行き、献立を考え、公共料金を支払う。
親のありがたみを初めて感じたのもこの頃だった。

大学では部活に入り、たくさん友人もできた。
出身地は違うものの、みんな優しく心を許せる子たちばかりだった。
一ヶ月もすると大学にも慣れ、私はすっかり都内の大学生としての暮らしが好きになった。

5月、構内のカフェテリアでひとりの男性と知り合った。

珍しくひとりでカフェテリアにいた私に、彼は話しかけてきた。
どんなことを話したかは覚えていない。
ただ、優しい声をした笑顔の穏やかな人だな、という印象が残っている。
彼は大学4年生だった。

月曜の午後2時。
いつしかこの時間にふたりでカフェテリアにいるのが習慣になっていった。

彼はいつも珈琲を飲んでいた。

「珈琲っておいしいの?」
と尋ねた私に、一口珈琲を味見させてくれた。
つん、とくる苦味に顔をしかめる私を彼は笑顔で見つめ、
「今度僕がおいしい珈琲を淹れてあげるよ。」
と言った。

6月、彼の家を訪ね珈琲を淹れてもらった。
彼の一番のお気に入りだというモカ・マタリ。
細かい花の装飾が施されたカップに入れてくれた。

構内のカフェテリアでの苦い珈琲の味にトラウマのある私は恐る恐るコーヒーカップに顔を近づける。
途端にふわっと香る甘酸っぱい匂いに私の鼻は捕えられ、思わずそのまま珈琲を口に含む。
やさしいやさしい口の中を撫でるような酸味と心地良い甘さに私の身体は即座に包まれ、思わず彼に
「珈琲って美味しいのね!」
と興奮気味に話しかけた。
少しきょとんとした彼の表情には、ゆっくりと微笑みが浮かんだ。

これをきっかけに、私は珈琲を飲むようになった。
朝起きたばかりのとき、大学の講義が終わった後、夕飯の後。

そして私の座るテーブルの向かいには彼がいつも居るようになった。

彼がモカ・マタリを挽いてくれ、ネルドリップで抽出してくれる朝が日常となっていった。

珈琲の香りと共に始まる新しい朝に心地良く酔いしれる日々、私の大学生活は珈琲と共にスタートしたのだ。

彼との思い出はたくさん増えた。

一緒に珈琲豆を買いに行き、都内の有名な珈琲専門店を巡った。珈琲がきっかけで仲良くなった共通の友人も出来た。
珈琲が全く飲めなかった高校生の私が見たらびっくりするくらい、珈琲が大好きになり、また、珈琲の香りにつつまれている生活のことも愛するようになっていた。

私たちはとにかくずっと一緒に過ごした。

彼との生活は長く続き、私はあっという間に大学3年生になった。

あれだけ新鮮で刺激的だった東京にも慣れ、それどころか都会の人の多さと不親切さに少し辟易としてきていた。
入学したての頃の友達とは続いている子もいれば、自然と疎遠になっていった子たちもいた。
毎年開催しようね!と意気込んでいた仲の良い子たち同士の誕生日会もいつしかやらなくなっていた。
私は就職を考えるようになり、彼は一足先に卒業して働きに出ていた。

相変わらず私たちは仕事や大学以外の時は一緒に過ごしていた。

まれに彼と一緒にいない日は自分ひとりだけで珈琲専門店に行き、そこで読書をすることが私のお気に入りの休日の過ごし方になった。

お気に入りの店は5,6軒あったがその中でも私の一番のお気に入りとなったお店のマスターがある時私にこう言った、

「珈琲はね、食べ物とかと違って嗜好品だからね。ほら、お酒やたばこと一緒ってこと。例えば、ごはんは美味しくなくてもとりあえずお腹いっぱいになったらもう食べたくないでしょ?でも珈琲は違う。今飲んだ珈琲がいまいちだったら、必ずもっと美味しい別の一杯を求めてしまう。もっと自分を満たしてくれるものを求めてしまうんだよ。」

ふうん、そんなものなのかな…と、その時はあまりこの言葉を気に留めることもなく店を後にした私だったが、程なくしてあんなに好きだった恋人と噛み合っていないことに気付いた。
彼といる時間があるとき突然窮屈なのだと気付いたのだ。

一緒に食べるごはん

一緒に過ごす夕暮れ

一緒に帰省する実家

一緒に見るテレビ

一緒に起きて、一緒に眠りにつくこと

一緒に友人たちと会う時間

今まで愛おしくて当たり前だった時間たちが、自分の中で少しずつきりきりと苦しくなっていることに気付いたのだ。

私は愕然とした。
気付いてはいけないことに気付いたのだ…と。

それから、どうしたら自分の気持ちをもとに戻すことが出来るのか必死で考えた。
彼に何も罪はなく、ただ単に私の気持ちだけの問題だから自分だけで解決できると思った。

私の初めての恋、初めての珈琲の味を教えてくれた人、私のこれまでの大学時代すべての思い出を共有した人…

このひととずっと一緒にいれたらどんなに良いだろうと思っていた。

だって彼はとても優しい人で私を愛してくれるから。

毎朝珈琲を淹れてくれ、時には朝ごはんを作ってくれる。誕生日には私好みのお店に連れて行ってくれ、アクセサリーをプレゼントしてくれる。

なにより、毎日私に笑顔をくれる。

愛をたくさんくれる。

そして、私もその愛にこたえたい。

でも無理だった。

どんなに頑張っても、自分の本心に気付いてしまった私はもう彼を愛していない事実を認めるしかなかった。

毎日一緒に飲んでいた珈琲は、いつしかひとりで飲むことのほうが増えていった。

彼に気付かれないよう、少しずつ少しずつ距離を置いていった。

理由をつけて、あまり彼と共有の時間を持たないようにした。

頻繁に出かけていた共通の友人たちとの連絡も控えるようになった。

私はただただ、ひとりで喫茶店に行き、時間をつぶした。

時間をつぶしたところで何も解決することはないとわかってはいたのに。

彼の心を傷つけるだけだとわかっていたのに。

でもそれ以外に自分の心が少しでも楽になる方法が見つからなかったのだ。

こんな状態がしばらく続き、私は大学4年生になっていた。

彼とはまだ付き合っていた。

今でも忘れない、二人で歩いていた夏の夕暮れ時、私の家に帰る途中、彼から突然こんな言葉を告げられた。

「もうすぐ卒業だよね。卒業したら、ちゃんと家を借りて結婚を前提に一緒に住もう。」

もうごまかせないと思った。
もっと早く彼を解放してあげるべきだったと、心底後悔した。

その夜、晩御飯を食べ終わった後ふたりで珈琲を飲みながら、私は彼に別れを告げた。

全て悪いのは私で、彼には何も落ち度はなく、ただ私の愛情が無くなってしまったのだと。

私はそのとき初めて彼の涙を見た。
男の人が泣く姿を産まれて初めて見た。

あんなに美味しいと感じていた彼の淹れてくれた珈琲は、その時は何の味も香りもしなくなっていた。
ただ、珈琲の黒い色を見ながら、うつむきながら、お互い涙を流していた。
こうして私と、初めての恋人との関係は幕を閉じた。
大学生活の終わりとともに、私の恋も終わりを告げたのだ。

彼とは別れた後から一切会うことはなかった。

お互い避けていたというわけでもなく、毎日の行動範囲も違えば、パターンも違ったからだ。
周囲の友人たちも気を使ってくれ、お互いが会わないようにしてくれていたらしい。
彼と別れた私は他に恋人を作る気にもなれず、ずっとひとりでいた。

今までひとりでできなかったことを沢山した。

友達と遊んでいて、そのまま友達の家に泊まりに行くこと。

携帯電話を丸一日気にせずに生活すること。

ごはんを自分の好みだけに合わせて作って食べること。

ショッピングに行って、女性向けのお店だけ見て回ること。

長時間友達と電話で長話すること。

ペットを飼うこと。

異性の友達とごはんを食べに行くこと。

ひとりだけでお酒を飲みにいくこと。
そんな日々が三年ほど続いたある日、大学の同級生に彼が地元で結婚したことを聞いた。
私と別れてしばらくしてから彼は実家に帰り、御両親が切り盛りしていた家業を継いでいたのだ。
後日式に参列した知り合いとカフェで会い、彼の結婚式の写真を見せてもらったとき、新郎からのサービスで参列者たちが珈琲を飲んでいる写真があった。

ああ、この豆はきっとモカ・マタリだろう。
一気に大学時代の思い出がよみがえった。
思い出とともに、鼻の先にかすかに暖かい珈琲の香りが漂った気がした。

幸せそうな、少し大人になった笑顔の彼と、綺麗な花嫁。参列者たちの笑顔。
きっと幸せな式だったのだろう。
いろんな想いが胸をかすめながらも、穏やかな気分を感じた。

さよなら、私の初めての恋人。
もう会うことはないけれど、ずっと幸せでいてほしい。
私に初めての愛をくれてありがとう。

彼は奥さんとどんな出会いをしたのだろうか。
私にしてくれたように、珈琲を淹れてあげたのだろうか。
モカ・マタリが好きなんだよ、と穏やかな笑顔で説明したのだろうか。

友人に別れを告げ、私はひとりカフェを出た。
5月の夜風が気持ち良い。
彼と出会った5月もこんな陽気だった。
新緑の飛び交う街並みの合間から見えるネオン、どこにいってもひとがいるのが苦手だがこの時期だけは風が涼しく私と他人の間をすり抜けてくれ、それすらも気にならない。

星が全くないような夜空にかすかにひとつだけ小さな星を見つけた。
こんな東京で星なんて珍しい。

それにしてもさっきのカフェで飲んだ珈琲は不味かったな。
そんなことを思い出して、私はひとり笑顔になった。
そうだ。
今日は久しぶりにとびきり美味しい珈琲でも飲んで帰ろう。
あのマスターに会いに行こう。
私のことを覚えてくれているかしら。

そうだ、今日は私は私だけの為に美味しい珈琲を飲むんだ。
彼の好きだったモカ・マタリでは無く、私の好きなトラジャを。

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彼女と僕とコーヒーミル

オギャーオギャーと泣く赤ちゃんの横で僕はコーヒーミルを回しながら美味しくなれと祈っていた。

 

僕がコーヒーミルと初めて出会ったのは中学生の頃。セミが泣き叫ぶ、蒸し暑い夏の日だった。暑すぎて倒れそうなそんなときにその店はあった。昔からある、古風な感じの建物。今にもおじいちゃんが出て来そうな家、その店先には、cafeという文字があった。

 
迷うことなく店に入る。カランコロンとベルがなり、スーッと鼻奥が冷えた。薄暗い店内にはアンティークなモノが置かれている。進むにつれて身体中の汗が冷たくなる。

 
「いらっしゃい、お好きな席へどうぞ。」
髭面のおじいちゃんが手元の小さな箱を持ちながらそう言った。
店内はテーブルが4つくらい、カウンターも6人が触ればやっとだろうという狭い店内だった。
一番奥のテーブル席へすわる。涼しくて快適な空間だ、一瞬でそう思った。緊張した面持ちでいると、おじいちゃんがきた。
「なにを飲まれますか?」
メニュー表はない。なにがあるのだろう、とりあえず冷たいものがいいな、そう思っていた。

 
「うちはコーヒー専門店なんで、こんな蒸し暑い日ですからね、アイスコーヒーとかどうですか?」
コーヒーは好きではなかった、むしろ好んでは飲まない。けど、他にメニューがないのなら、と軽い気持ちで頼んだ。
「少しお待ちを。」
そう言っておじいちゃんが店の奥へ。
コーヒーかぁ、コーヒー専門店、専門店ということだから、飲んでみるか。
おじいちゃんの手元には小さな箱があった。コーヒー豆を入れて、上の棒を回し始めた。

 
ガガガガガガと、ゆっくり棒を回すと同時に音がなる。コーヒー豆をひく、ということを初めて見た。コーヒーは嫌いだったが、その行為には興味をそそられた。
そのとき、カランコロンとドアが鳴った。
「あっ。」
同じ制服、同じ学校、いつも1人で読書している子、そんな認識だった。
あ、どうも、と頭を下げた。
「さつき君もここよく来るの?」
初めて彼女の声を聞いた。透き通るような声が店内に響いた。
小さく頷いた。こんなに積極的だったんだ。いつも1人でいる、そんなことしか思ってなかった彼女が、今同じ空間にいる。
「ここ、座ってもいい?」
また小さく頷いた。
「私、よく来るんだ、落ち着くの。コーヒー好きだし、ここのコーヒーすごく美味しいんだよ。」
そうなんだ、初めて来たこのお店、初めて彼女と話した、そんなことを考えていた。
彼女がおじいちゃんに、
「いつものね。」
と、常連のように話した。
おじいちゃんも小さく頷いた。
彼女はすっと自分のカバンから本を取り出した。いつものように、読み始めた。
気づくと僕は無心になっていた。なにをするわけでもない、なにを考える訳でもない。ただその空間を楽しんでいた。
ぷーんと鼻に何か匂った。
この匂い、いい香り、こんなの初めてだ。
「いい香りでしょ、やっぱりミルでひくと香りもいいな。電動じゃなくて、人の手でひいたものがいい。」
コーヒー豆をコーヒーミルで人の手でひく、そんなこと、今まで考えたことも見たことも思ったこともない。
嗅いだことのないその匂いは鼻の奥で僕を虜にした。
彼女はそのあとコーヒーについて話し始めた。聞いてもいないことも話し始めた。なんでそんなことをと思うことまで話し始めた。
コトンっとグラスが置かれ、目の前には氷の入った冷たそうなアイスコーヒーがあった。
彼女の前には蒸し暑いというのにホットコーヒーが置かれていた。
暑くないの、という質問も彼女の行動でかき消された。
「嗅いでみて。」
僕はホットコーヒーの匂いを嗅いだ。
今まで香ったことのない香り。鼻の中から、頭のてっぺんまで、コーヒーで埋め尽くされた。なんていい香りなんだろ。こんなものだったっけ、こんなに奥深いモノは初めてだった。

 
「飲んでいいよ、美味しいから。」
コクンと頷き、一口飲んだ。
美味しい、コーヒーが美味しい、こんなに美味しいモノだったんだ。
彼女は相変わらずコーヒーについて語っている。こんなに輝いている彼女をみるのは初めてだった。
自分のアイスコーヒーも飲んでみる。
ホットコーヒーとは違う香り。同じ豆で違う味。奥深い、そう思った。だんだんと僕は魅了されていった。
その後もコーヒーについて話す彼女に僕は惹かれていった。その時間が楽しかった。
その翌日、翌々日も僕たちはここにいた。ここに来て話すのが普通になった。

 

コーヒーミルを初めて買ったのは、僕が大学生の頃だった。
初めてのバイトの給料で買ったのは高くはなく、安くもない、手動のミルだった。
あの美味しいコーヒーの味を再現したい、その思いだけだった。

 

高校2年の秋、少し肌寒く紅葉も散っているころ、あのコーヒー専門店はなくなった。
昨日まで彼女とそこで飲んでいたのに、今日はもうない。いや、実際には建物はあるが、おじいちゃんが死んだのだ。
昨日まで、3人で同じ空間にいた。3人で笑っていたはずなのに、心が何処かに行ってしまったように、僕たちはなにも考えられなかった。あの美味しいコーヒーを、飲むのが僕たちの日常だったのに、あの美味しいコーヒーの香りの虜に今日もなるはずだったのに、彼女と2人で泣いた。
それからはコーヒーを飲むこともなく、彼女と本について、コーヒーについて語ることなく、日々は流れた。
彼女とは疎遠になった。大学進学で別々の大学に行くことになったんだ。
けど、なぜか彼女のことが気がかりだった。心配だった。離れたくなかった。
もっとコーヒーについて話したい。もっともっと、彼女とコーヒーを飲みたい。
そんな思いばかりが頭をよぎり、毎日毎日、卒業式が嫌だった。
なにもできない自分を責めた。

大学に入り、初めてのバイトの給料で買ったのは高くはなく、安くもない、手動のミルだった。
あの美味しいコーヒーの味を再現したい、その思いだけだった。
いや、正確には、彼女にもう一度あのおじいちゃんのコーヒーを飲ませたい、その気持ちの方が強かったのかもしれない。

 

彼女にはもう会えないかもしれない。もう2度とコーヒーを一緒に飲まないかもしれない。そんな思いもあったが、コーヒーを美味しく入れることは僕の中で大事なことだった。
何度やってもおじいちゃんのようにはうまくいかない。
コーヒー豆はあっている。同じコーヒー豆をネットで調べまくった。どこで買えるのだろう、そしてやっと見つけた。
そのコーヒー豆はあるのに、味は違う。
同じコーヒー豆でも味が違う、考えさせられる現実に自分が嫌になった。
どうすれば、どうやったらいいんだろう。
それからは毎日のように、コーヒーをひいた。ゆっくり、時には激しく、毎日毎日、味が違った。時には優しく、時には酸っぱく。
大学生の時は毎日毎日、コーヒーについて勉強した。彼女のことを思いながら、彼女に負けないように知識をつけた。コーヒーの歴史、コーヒーのひきかた、コーヒーミルについて。
様々な知識が頭を駆け回った。

 

社会人1年目は多忙の毎日だった。朝から晩まで仕事だらけ。休みの日は疲れ果てていた。あれほどコーヒーのことを勉強したのに、なにやってるんだろう、つまらない毎日を送っていたその時、近所にコーヒー専門店の雑貨屋ができた。
あのおじいちゃんの店の跡地にだ。
懐かしくなった。そういえば彼女は元気かな。なにをしているんだろう。俺は…。

やっとの休みの日、気分転換に街へ出かけた。蒸し暑い夏の日。あ、そういえばあの雑貨屋に行ってみよう。コーヒーは好きになっていた。最近は缶コーヒーばかりだが、なぜか飲んでしまう。
カランコロン、涼しい風が顔にあたる。
人は誰もいなかった。もう閉店間際、こんな夕方じゃしょうがないか、そう思いながら店内を歩いた。可愛いコーヒー豆の形のキーホルダー、本格的な自動のミル、赤ちゃん用の服、様々な雑貨があった。さすが、コーヒー専門店の雑貨屋だ。本もある、コーヒーミルについて、か、手を伸ばそうとした時、カランコロン、とドアが鳴った。
僕たちは目があった、懐かしい髪の色、懐かしい瞳、懐かしいその顔、彼女は笑っていた。
「やっぱり、さつき君でしょ?」
大きく頷いた。嬉しくなった。
あの思い出の場所で、また出会えるなんて思ってなかった。
その時、
「すみません、もう閉店なので。」
若い店員が話しかけてきた。
「あ、すみません、今出ますね。」
彼女は僕を連れ出して、一緒に店をでた。
昔を思い出すのにはそう難しくなかった。あっという間に昔のように笑いあっていた。
高校を卒業してからなにをしていたのか、今はなにをしているのか、お互いのことを話した。
連絡先も交換した。僕たちはまた会う約束をした。

 

彼女に僕のいれたコーヒーを飲ませたのはそれから1週間もしないほどの出来事だった。
「まずっ。」
彼女はそんなことを言って僕を落ち込ませる。
「まだまだだねっ、おじいちゃんの味とは全然違う。」
それは知っている、難しいんだ、何度もこのやり取りをしていた。
お湯の温度のせいなのか、いれ方が間違っているのか、僕たちは試行錯誤しながら、それからもずっと2人でコーヒーを飲んだ。

今思うとコーヒーのおかげで僕たちは出会ったのかもしれない。あの蒸し暑い日の出来事から今の僕たちがいる。あのおじいちゃんのいれたコーヒーがあるから今の僕たちがいる。
なにも間違ったことなんてしてないんだ、コーヒーが嫌いだったこともこうして好きになれたことも、彼女と出会って悪いことなんてなかったんだ。

 

オギャーオギャーと泣く赤子の側で僕はコーヒーミルを回しながら美味しくなれと祈っていた。
「もう、泣いてるんだからちゃんと構ってあげてよ。」
彼女が部屋の奥から叫んでいる。
もう少しなんだ、あの味に近づけるんだよ、その声も彼女には聞こえない。
「ほんとさつきってコーヒー好きだよね、何にも見えなくなる。」
違うよ、飲ませてあげたいんだよ、あの思い出の味を。
ほら、飲んでみて、と彼女にホットコーヒーを差し出した。
「うん、美味しい。けど…まだまだだなぁ。」
彼女が笑っている。
また僕をからかっているんだ。
けど、これでいいんだ、幸せだから。コーヒーがこんなにも僕の人生に影響を与えるとは思わなかった。
昔飲んだあの味が忘れられなくて、今でも彼女とコーヒーについて話し合っている。

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冷めたコーヒーがつないだ恋

僕と彼女が出会ったのは、3年ほど前の冬、とあるSNSで主催された大阪市内の居酒屋で開催された合コンイベントでのことだった。
途中で席替えをするシステムで、彼女とは最後の時間の席替えで隣同士の席になった。ところが、向かいにさっきまで隣だった女性がいたことと、ちょうどその女性とあるテーマで話が盛り上がっていた頃に席替えがあったので、僕はその女性と話しの続きをしていて、最後の方まで隣にいる彼女とはほとんど会話を交わすことはなかった。

 
最後にデザートとホットドリンクが提供されることになっていて、デザートは様々な種類を選ぶ事ができたが、ドリンクは紅茶かコーヒーどちらかひとつのみ。
僕の勝手な世間のイメージでは、紅茶とコーヒーなら、コーヒーを選ぶ人の方がどちらかというと多めかな?というふうに思っていた。
ところがなぜか、僕たちのいるテーブルには10人ほどがいたのだが、みんな紅茶を選んでいた。たまたまそのデザートに合うものが紅茶だったのだろうか。今となってはそれはあまり覚えていない。
ただ覚えているのは、僕と隣にいた彼女だけが、ホットコーヒーを選んだということだけだ。
「どっちかというとコーヒーを選ぶ人の方が多いと思っていたのに、意外とぼくらふたりだけでしたね。他はみんな紅茶だなんて」
この不思議な偶然に僕が話しかけると、
「ほんとですね。私もみんなコーヒーを頼むと思ってたのに、まさかの少数派ですよね。おもしろいですよね」
この会話から、ふたりの関係が始まっていった。

 
あの時、普通にみんながコーヒーを頼んでいたら、彼女とは最後まで話をするきっかけを持てなかったかもしれない。話をしたとしても、せいぜい社交辞令的な会話くらいだったろう。
こうして、まるでコーヒーに導かれるかのように、ふたりの交際はスタートした。
お互い家が近かったこともあり、ほぼ毎日食事に出かけたりすることがでかて、すぐに仲は深まっていった。
映画を見たり、美味しい食事を食べにいったり、ショッピングに出かけたり・・・。
いろんなデートをして楽しんだけれど、なんだかんだで一番楽しかったのは、喫茶店でまったりしながら、とりとめのない日常的な話をする時間だった。
ふたりとも喫茶店に行くと、コーヒーを必ず注文する。あまり言葉に出して話したことはなかったけれど、初めて合コンで出会った日に、コーヒーに導かれるかのように出会ったことを、なんとなく意識して頼んでいたのだろう。いわば、ふたりがずっとこの先仲良くいられるための、おまじないのようにコーヒーを飲んでいた。
といっても、ほとんど会話をして時間が過ぎていったので、気がつけばコーヒーはすっかり冷めているのにほとんど残っていて、帰り際に一気に飲み干して帰る。そんな感じだった。
それくらい、お互いがお互いのことを夢中になっていた。
お互い学生だったので、このまま地元でふたりとも就職をして、そのうちタイミングがくれば結婚をして、家族が増えて暮らして行くのかな・・・。
漠然とこんな風に考えていた。
しかし、転機は突然訪れる。
彼女が、実家のある香川県で就職をすると言いだしたのだ。
突然のことに動揺してしまい、どうして実家のある香川県で就職したいのか聞いてみると、
最近実家の母親が病気を患ってしまい、とても心配している。
できることならば、大阪に両親を呼んでみんなで暮らしたいが、父親も仕事があるためそれはできない。
父親は仕事で平日はおろか土日もちょくちょく家を空けてしまうため、なかなか母親の面倒を十分に見ることができない。

 
その上彼女には兄弟がおらず、病気の母親がひとりでいる時間が多い状況は耐えられない、ということで、自分が香川県で就職をして、父親とともに母親の面倒を見たい、というのが一番の理由だということだ。
僕は、それを拒否してまで彼女に大阪にいてもらいたいとは言えなかったし、かといって僕はすでに大阪での就職が決まっていたから、いまさらそれを蹴って香川県の会社に就職するということは、現実的にはかなり厳しかった。

 
やむを得ないことだったが、いったんこれからもふたりで付き合いは続けて行くとして、とりあえず遠距離恋愛という形で付き合っていこう、ということになった。
この話し合いも、いつも通っている喫茶店ですることになったのだが、なぜだかこの時はお互いなんて言葉をかければ良いかわからず、沈黙が長く続くこともあった。
コーヒーはまだあったかいうちに飲み干してしまい、コーヒーが終わった後は、手持ち無沙汰になってしまうため水を何杯も飲んだ。

 

何回お店の人が水を継ぎ足しに来てくれたか、もうまったく覚えていない。
こうして、ふたりの遠距離恋愛の生活が始まった。
それからというもの、あまりいつもの喫茶店には行かなくなってしまった。
そこまで行っていると、帰りの時間がバタバタしてしまうからだ。
もっぱらデートは、お互いがアクセスしやすい、大阪の中心部、または香川県の高松市の中心部のどちらかがメインになっていった。
新しく、高松市でもお気に入りの喫茶店を見つけて、いつものようにそこでゆっくり話をしたいな、と思ってはいたのだが、なかなか実際にはそれを実行できなかった。どちらかがそれを言い出すこともなかった。なんとなく、ふたりの間に距離ができ始めているような気がしていた。
むしろ、コーヒーから遠ざかりたいと思うかのように、アトラクションの施設で思いっきり遊んだり、車でドライブしたり、アクティブなデートが増えていった。
ゆっくりと時間が流れる場所で、ふたりがお互いのことを話す時間がどんどんと減っていった。
もしかすると、先の見えてこないふたりの将来の話になってしまうことを、どちらも凄く怖がっていたのかもしれない。
カラオケやドライブ、映画に遊園地とどちらかというと、まるで嫌なことを全て忘れるためのようなデートばかりを繰り返していた。
その時その時はとても楽しくて気分も爽快なのだけれど、これじゃまるで友達とわいわい騒いでいるのとまったく同じじゃないのか?
そんな気さえしていた。
それから遠距離恋愛の日々はおよそ1年近く続いていった。
その日のデートは、僕が香川県へ行く番だった。
今日もまた、パーっと楽しく盛り上がれる場所に行って、日頃のストレスを発散しよう!
そう思っていたところ、彼女が
「今日は、久しぶりにゆっくり話せる場所にいかない?前は喫茶店でのんびりまったりしながらふたりで話をしていたよね。だから、喫茶店でコーヒーでも飲もうよ?」
本来なら、昔のようなデートができると大喜びするところなのだろうが、僕はなんだか嫌な予感を抱いていた。
「いいよ。そうだね、最近は楽しいことばっかりしていたけれど、全然ゆっくり話してなかったね。お互いの仕事がどうなっているのかもよくわからなかったし。」
お互いの将来のことも話してなかったし・・・というセリフは、直前で飲み込んだ。
「それじゃあ、喫茶店でゆっくり話をしようか。おすすめの場所があったら教えて」
彼女が車で連れて行ってくれたのは、かつて大阪でふたりでよく行った喫茶店によく似た佇まいのお店だった。
もちろんふたりで注文したのは、コーヒー。
お店自慢のブレンドのホットコーヒーを注文した。
「思えば、コーヒーでふたりは出会ったみたいなもんだったよね。コーヒーの神様がふたりを結んでくれたのかな」
「そうだね。最近はあんまりふたりでコーヒーを飲んでなかったけど、もともとコーヒーから始まったんだよね、ふたりは」
「・・・私、香川に戻ってからずっと考えてたんだけど・・・あなたとそろそろお別れしないといけないかな、と思ってるの」
嫌な予感は当たった。
長い沈黙が続いた。しかし、僕はその沈黙の間をコーヒーを飲むことで埋めたくはなかった。
あの、ふたりが夢中になってお互いの話をしていた頃の、気づいたら冷めていたコーヒーをもう一度手元に置くことで、なにかを取り戻したかったのかもしれない。
それから、いろいろな話をした。
母親の病気のこと、相変わらず父親は仕事が忙しくあまり家に帰ってこれないけど、娘が帰ってきたせいなのか、たまに帰ってきたときにはたっぷりと家族の時間を作ってくれること。
やっぱり帰ってきてよかったということ。つまり、もう大阪に戻る気は無いということ。

 
できれば結婚したいとは思っているけれど、今は大阪に戻って結婚するよりは、結婚できなくても香川に残りたいという気持ちの方が強いということ。こんな気持ちままだったら、今後のふたりのことを考えたらいまのタイミングで別れた方が良いと思ったこと。
彼女は思っていたことを全て話してくれた。アクティブなデートばかりしていたのは、そんな話をする時間ができるのが怖かったから。
彼女が話し終わった後、ふたりのコーヒーはすっかり冷めていた。
僕は、昔はコーヒーが冷めるまで話をしたよね、ということを彼女に伝えた。彼女はそんなことには言われるまでまったく気づいていなかったようだった。
その後、僕は大阪の仕事にそれほどの未練はなかったので、思い切って香川の会社に就職することにした。

 
今では、僕たちふたりは彼女の両親と同じ家で仲良く暮らしている。
幸い、彼女の母親の病気も良くなってきているようで、父親ももうすぐ定年退職で仕事を辞めてゆっくり母親と過ごせる時間ができるということもあり、もうすぐしたら彼女の実家の近くにあるマンションにふたりで住む予定だ。
正直、たとえ未練はなかったとはいえども、大阪の仕事を辞めて香川に移るという決断はかなりしんどかった。いっそ別れてしまおうかとも思った。
あの日香川の喫茶店で飲んだコーヒーを、もしあったかい状態ですぐに飲み干していたら・・・。
僕の気持ちは逆に完全に冷め切ってしまっていたかもしれない。
最後の最後まで、コーヒーの神様が導くかのように、結ばれたふたりだった。

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甘くて苦いブラックコーヒー

昔から、コーヒーを飲んで気持ちを変えることが日常の習慣になっていた。
朝、前の日の夜に遊んで夜更かしをしたせいで、どうしても眠くて眠くて目が開かない。

 
そんな時には熱いブラックコーヒーを飲んでシャキッとした気分に気持ちを切り替えるし、大学で、試験で赤点をとったとか、ゼミの発表で失敗して赤っ恥をかいたときなんかは、学内の自動販売機で120円のカフェオレを買って、甘くて良い匂いと味に癒されて、またこれから前向きに頑張ろう。
こんな風に、気持ちを切り替えたりする。
コーヒーは、僕の心と体を切り替えてくれるスイッチなのだ。でも、あまり喫茶店とか、カフェなんかには行ったりはしない。
正直、家で淹れたり自動販売機で買うよりも高くついてしまうからだ。
特に学生にとっては、コーヒーであまり出費が多くなるのは厳しい。
だから、これからも、少なくとも社会人になってお金をガンガン稼ぐまでは、デートで休憩するときなんかを除いては、そんなお店にはあまり行かないだろうと思っていた。
少なくともひとりでは。

 
大学に通っていると、3日に一度、ひとつくらいは、自分にとってとても不快なことが起こるものだ。
たいていは、自動販売機の缶コーヒーのカフェオレが、綺麗さっぱり洗い流してくれる。
だけど、なかなか何でもかんでもワンパターンで解決することができないのが、人生の難しいところだ。
ある日のゼミの授業でのプレゼンテーションの時間。
同じ班の中でとても仲が良く、一番信頼していた友達が、プレゼンテーションの資料の中で、もっとも大切になる書類を忘れてきてしまったのだ。
人が他人に怒りを覚えるのは、その人に期待をしていたにもかかわらず裏切られてしまうからなのだという。
その相手が大親友なら、そのガッカリ感はハンパ無いものだったのだろう。
「どうしてLINEでもあんなに何度も念を押して忘れないように、って伝えてたのに忘れてくるんだよ!」
僕は今まで自分自身が感じたことがないほどの怒りを覚えていた。
それに対して彼は
「ごめんごめん。確かにLINE見て返信して、忘れないようにしてたんだけど、ついうっかりして・・・最近疲れも溜まってたからなあ」
まるで他人事のように無責任に弁明する彼の返事に対してますます失望し、怒りを通り越して呆れ返った状態のままでプレゼンテーションの時間が始まった。
言うまでもなくその結果は散々なもので、僕は班のみんなとは誰ひとり口をきかずに、授業が終わってからすぐに教室を飛び出して行った。
その日は、とても自動販売機のカフェオレで癒せるような気持ちではなかった。呆れもとっくに通り越して、悲しくなってきてしまった。
ただ、コーヒーでないと気分を変えることはできない、と言うことだけは分かっていたのだろう。
とにかく、いつもとはぜんぜん違う、もっと自分の心をスッと癒してくれるコーヒーがほしい・・・。
砂漠の中を歩き回って喉がカラカラになり、オアシスを求めて探し歩いているかのように、そんな素敵なコーヒーがある場所を求めてさまよい歩いていた。
そんな時に見つけたのが、大学から最寄りの駅に向かう、通学路の途中にある小さな喫茶店だった。
いつもこの道を歩いているはずなのに、ぜんぜん気づかなかった。
人間、興味がないとまったくその対象が視界の中に入らないものだ。
僕は、やっと見つけたその場所がオアシスであることを信じて、喫茶店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!」
元気で明るい声が聞こえてきた。
そこにはオアシスがあったかどうかはよく覚えていない。
ただ、女神様がそこにいたのだけははっきり覚えている。
同じ大学の大学生のアルバイトの女の子だろうか。
僕は、なんでこの店に入ったのか、その理由も忘れてしまうくらい、彼女の姿に夢中になっていた。
「何になさいますか?」
初めて喫茶店にひとりで入ったので、動揺して何を頼めばいいのかよく分からない。とりあえずブラックコーヒーを頼もうとしたら、アメリカンコーヒーなのかブレンドコーヒーなのかを尋ねられた。そう言う名前の豆のブランドなんだろうか、と勘違いするくらいに初心者だった。あるいは、彼女が注文を聞きに来たので、余計に混乱していたのかもしれない。
「と、とりあえず、今日のオススメの方をください」
彼女がクスッと笑っていたような気がした。結局僕の元にやってきたのは、その喫茶店独自のレシピで作られたブレンドコーヒーだった。

 
そのブレンドコーヒーの味が、いつも家で飲んでいるブラックとどのくらい違う味なのか。そんなことを確かめている余裕はなかった。
することもないのでひたすらスマートフォンをいじりながら、焦ってるから汗臭くなってたりしていないかな?髪の毛が乱れたりしていないかな?などと、彼女に変なふうに見られたりしていないか。そればかりをずっと気にしていた。
緊張していたからか、びっくりするくらいのスピードでコーヒーを飲み干してしまった。
持て余してすぐに横にある水を飲み干す。すると、彼女がそれを見つけて水を注ぎに来てくれる。
それが、嬉しいやら恥ずかしいやら、恥ずかしさが勝ってしまい、その日はわずか15分ほどの滞在で喫茶店を出てしまった。
僕の気持ちはすっかり晴れて有頂天になっていて、大学であった出来事を思い出したのは翌日の朝になってからのことだった。
結局、プレゼンテーションで不仲になった彼とは、1ヶ月くらい口をきかない日々が続いたが、急に彼が態度を変えて謝って来た。
あまりに唐突だったので自分でもどう反応したらいいのかよく分からなかったが、とりあえずこのまま不仲を続けていても、周りのゼミの生徒にも気を使わせることになるだろうし、謝って来たのなら許してもいいか、と思い仲直りをすることにした。

 
1ヶ月も話をしていないので、募る話もあるし、あの例の喫茶店の女の子のことも話したいし、久々に会いに行きたくなったので、友達と2人であの喫茶店に行くことにした。
あの子は今日は出勤しているんだろうか?
そもそも今日はお店をやっているんだろうか?
いろいろなことを考えながら通学路を歩いて行く。
友達と仲直りできたこともあって、いつもよりも軽い足取りで道を歩いて行く。
喫茶店は無事に営業しており、女の子も出勤していた。
「ここはブレンドコーヒーがとっても美味いんだよ」と、常連風に話す僕。彼も、こういう、いわゆるチェーン店ではない地元の喫茶店に来るのは初めてで、お店の存在は知っていたものの、なかなか入れるような雰囲気ではなかったので躊躇していたらしい。

 
その後、お店の女の子が可愛いという話をして、
「お前もしかして、あの子の顔が見たいから俺をここに誘ったのか?」
と見透かされ、そんな話をしていると彼女が注文にやってきた。
すると彼女が友達の顔を見て
「いらっしゃいませ・・・あれ?
去年の経済学の授業で一緒だった◯◯くん?」
なんと、彼女と友達は、去年の大学の授業で一緒だったのだ。
お互いが知り合い同士だったという嫉妬と、まるでこの2人を仲良くするために自分がお膳立てをしてしまったようになってしまった怒りで、僕は気持ちを変えるためにブレンドコーヒーを飲んだが、その日は気持ちが晴れることはなかった。
友達自身は、さほど彼女には興味がないようで、そもそも興味があれば去年の大学の授業で一緒だったことを忘れているはずがない、と言っていた。

 
確かにその通りだけど、なんだかまた親友に裏切られるような、嫌な予感がしていた。
その後、まるで友達と競い合っているかのように、彼女との親密度を上げるためにほぼ毎日喫茶店に通いつめて、ちょっとずつ彼女と話をしていき、仲良くなっていった。
しかし、なかなか食事などのデートに誘い出すことが難しく、いったいどんなタイミングで切り出せばいいのだろう?と、躊躇する日々が続いていた。
すっかり、この喫茶店のコーヒーで自分自身の気持ちを入れ替えることが日課になっていった。
そんなある日、彼女からショッキングな話を聞かされた。
「昨日マスターから聞いたんだけど、もうマスターが歳なんで、そろそろかなのお店を閉めることにするらしいの。私も、閉店まではここで働くつもりだけど、もうそれからはまた別のところでアルバイトしないと・・・」
まだ彼女の連絡先も聞いていなかったので、このままだと閉店以降ずっと会えなくなってしまう。
僕は奥手だったので、まだ彼女の連絡先も聞いていなかったのだ。
慌てて自分のスマートフォンを取り出して、
「じゃあ、また閉店してからでも話したいから、よかったらLINEのアドレスを教えてもらってもいい?」
すると彼女は僕の友達の名前を出し、
「あ、それだったら今スマートフォン手元にないし、◯◯くんが私のLINE知ってるから、そっちで聞いて」
友達がLINEのアドレスを知っているなんてまったく知らなかったので、強いショックを受けてしまった。
その後、実はあの喫茶店で再開してから2人が付き合いを始めたことを知ったのは、それから間も無くのことだった。
一杯の、いつもと同じブレンドコーヒーなのに、これほど飲むたびに一喜一憂させられた飲み物は他にはないだろう。今ではその喫茶店は閉店してしまって、あの同じ味のブレンドコーヒーを飲むことはできない。

 
ブラックだったけど、時には砂糖よりもはるかに甘く、時には渋柿よりもはるかに苦い味がしたあのコーヒー。
あれから何年もたち、社会人になった今でも僕はコーヒーを飲むことで、自分の気持ちを切り替える日課を続けている。
社会人になってからは別の女性と付き合うようになり、結婚もすることができた。
今では毎朝家で淹れるブラックコーヒー、それにカフェで一息つく時に飲むコーヒーは、僕の心を常に癒してくれる。
けれど、たまにはとても甘いブラックコーヒーや、とんでもなく苦いブラックコーヒーをひさびさに飲んでみたいな、とふと思ったりもするのだった。

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青い缶コーヒーと指輪

私が高校生だった頃の話だ。
ある時4歳年上の大学生と知り合った。
彼は背が高く、すこし痩せていて端正な顔立ちをしていた。
どれだけ性格が良いのか、いつもにこにこしていて、目を細めて本当に幸せそうに笑う優しい笑顔が印象的な人だった。
そんな性格のなせる業なのか某ショップで売っている女物のバニラのフレグランスを常用していた。
それがまた何とも言えず彼のキャラクターにマッチしいて、思わず吹き出してしまったことを覚えている。
若さにまかせたノリのよさや無駄にハメを外すということがなく、大人びていて落ち着いている彼は他の知り合いの大学生たちとは違っていた。
その何とも言えぬ他とは違う雰囲気は、少しの憧れと結構な信頼感を抱かせるには十分だった。
何とはなしにウマも合って、私たちが仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。
当時、私には好きな人がいて恋愛の悩みや日々の(今考えれば彼にとってはメチャクチャ)どうでもいいことを相手のことなど何も考えずに相談していた。
でも彼は年下だからと馬鹿にもせずに真剣に私の話に耳を傾け、からまった糸を優しくほどくように一つ一つ丁寧に答えを返してくれた。
彼の家に行って相談する時は(甚だ迷惑な話であったと思うが紳士的な人だったので安心して家に行っていた)必ずコーヒーをいれてくれた。
昼は大学に通い(四年生なのでほとんど単位は取り終わっていてヒマだったらしい)、夜は学校近くのダーツバーでバーテンダーのバイトをしていた。
部屋に行くと、いつもテーブルにはお気に入りのマイシェーカーにお酒やリキュールの瓶、決して触ることを許されないピカピカのグラスが綺麗に一列に並べられていて、その傍らには紙袋に入ったコーヒー豆が数種類置いてあった。
「カクテル飲んでみたい」
私が冗談めかして言うと、彼はふっと笑い、飲むかどうか聞きもせずあたたかいコーヒーを淹れてくれる。
ブラックで飲む彼をみて、私は砂糖を2杯入れたいところを1杯で我慢する。
子供にみられたくない年頃だった。
香りが深いのにスッキリしていて、はじめて飲んだ時「今まで飲んだコーヒーのなかで一番おいしい」と素直に思った。
コーヒーがなみなみと注がれたマグカップを熱そうに抱えるすこしゴツゴツした長めの指にシルバーの指輪が鈍く光り、一口飲むと深いため息をつく。

 

懐かしい。
綺麗に青味がかったトルコ石をあしらった無駄に幅の広い指輪。

すぐには口をつけず、最初に目を閉じてカップの淵の香りを嗅いでは満足そうな顔をする彼の仕草に、年齢以上の年の差を感じていた。
「コーヒー中毒なんだ。コーヒーを飲まないと頭がスッキリしない」
照れ笑いなのか苦笑いなのか、彼が言う。
「アルコールや煙草よりいいよ」
偉そうな女子高生はキラキラな笑顔で言う。
「ねえ、コーヒー淹れるの上手だよね。バーテンダーはお酒だけじゃなくコーヒーを淹れるのも上手なの?」
続けて私が言う。
「うーん、テンダーは関係ないけどコーヒーが好きだからね。好きこそ物の上手、かな」
彼らしい答え。
余談だが彼はバーテンダーのことを「テンダー」と呼ぶ。
「そのほうが優しそうだから(笑顔)」とのこと。
それから私たちはとりとめない話をして過ごす。
そこにはなんだか落ち着く不思議な空間があった。
彼と私の空間だ。
彼が持っている色と私が持っている色が混ざり合ってやさしいあたたかな色の空間になり、それが二人を包む。
そしてあたたかくおいしいコーヒーを飲む。理屈ではない。
私たちは確かに素敵な時間を共有していた。

 

知り合って3カ月ほどが過ぎた頃だ。
私の家の前に彼が愛車のバイクで迎えにきた。
「ゼッツー」。
よくわからないけどそんな名前だった様な気がする。
彼は私にヘルメットを被せ「アゴあげて」と言った。元来顔と頭の小さな私にはそのヘルメットはぶかぶかで、顎紐を一杯に締められてもユルユルだった。
バイクのうしろに乗るのは初めてではなかったけど、ジェットコースターとか速い乗り物が苦手な私は少しドキドキしたのを覚えている。
夕暮れの街をバイクで山まで向かう。
黄色い街の景色がスーっ、スーっと心地よい速度で通り過ぎて行くのが女子高生の私にはとても新鮮だった。
山の頂上までにはいくつものカーブがあり第8カーブには首なしライダーがでると地元では評判の場所らしい。
残念ながら当然のごとく首なしライダーが姿を見せることはなく、無事に頂上の駐車場まで辿り着いた。
ちょうど夕日が沈みかけていて、空は黒色と藍色とオレンジ色のグラデーションになっていて一番星が光っていた。
私は、空気を吸うと少し夜の匂いがするこの時間の空が好きだった。
見下ろすと、自分の住んでいる街がかすんで小さくみえる。
「山って気持ちいいねー」
彼が大きな声で言う。
「うん、気持ちいい。山ってやっぱり空気がぜんぜん違うよね、おいしい」
私もテンションが上がって大きな声で言う。
「景色もすごくきれい」
私は街を見下ろしながら言う。
高速道路を流れる車のライトや街に灯ったあかりが夕闇に浮かびあがって幻想的だった。
「俺もこの景色好き。人間が作った物ってあまり綺麗と思わないけど、遠くから見ると綺麗だよね」
彼が言う。
いつも誰に対してもニコニコしている彼からは意外な言葉だった。
「バーテンくんは人間好きな感じなのに意外な言葉だね」
私は言う。
「うーん、俺だって毒もってるよ。毒もってない人間なんていないよ」
笑顔で彼が言う。
でもその笑顔はいたずら好きな子供そのもので、彼の邪心の無さを表していた。
彼は誰にでも優しくて一緒にいて嫌な気分になったことは一度もなく、見た目もとてもよい。
私には疑問があった。
(どうして彼女いないんだろう?)
部屋にも女っ気がまったくなかった。唯一の女っ気と言えば例の「バニラ」のフレグランスだけ(笑)。
(もしかして・・・流行りのボーイズなんとか!?とか(笑))
「こんどツッコんでみよ」ボソッと私は言う。
「なんか言った?」彼。
「毒かぁって」私。
「そうそう。毒どく。」
「どくーっ!」日の暮れた街に向かって大きな声で彼が叫ぶ。
こだまが3回聞こえた。

 

山の頂上の薄暗い駐車場には真赤な自動販売機がぼんやりとあたりを照らしながら寂しそうに立っていた。
青い缶コーヒーのボタンを続け様に二回押した彼は、屈んで取り出し口に手を入れるとそのひとつを私に手渡した。
冷えた手に缶コーヒーの熱いくらいの温もりが心地よい。
思わず頬が緩む。
展望台のベンチに腰掛けながら彼がプルタブを開ける。
私のはまだ私の手を温めている。
「カルーアミルクって知ってる?コーヒーリキュールを牛乳で割ったカクテルなんだけど、カフェオレみたいな味がしておいしいんだ。たぶん好きだと思うよ」
両膝に両肘を立てて前のめりに眼下の街を眺めながら彼が言う。
やはりコーヒーは両手で抱えている。
「えー、そんなカクテルあるんだ。飲んでみたい!」
両足を前後にユラユラしながら私が言う。
私のはまだ手のひらでコロコロされている。
「二十歳まで一緒に居れたら作ってあげるよ」立ち上がって伸びをしながらそう言った彼はいつもの優しい笑顔で振り返った。
「さて、帰るか。」彼。
「うん。」私。
「あれ?飲まないの?」彼。
「うん。家帰ってから飲む。」私。
「そっ。じゃ行くか。」
私は青い缶コーヒーを上着のポケットに入れると再びユルユルのヘルメットの紐を目一杯締めた。
今度は自分で締られた。(えへ。ちょっと大人)
私が後ろ座席にまたがると彼は私を気遣うようにゆっくりとバイクを発進させる。
「二十歳かぁ」
17歳の私はあと二年ちょっと先の二十歳という場所が、なんだか想像すらできないとても遠い未来のように感じていた。
結局、帰りも「噂のライダー」は出現することなく、無事に私たちは家まで辿りついた。

 

しばらくして彼のアドバイスの甲斐もあって、私は当時好きだった人と付き合うことになった。
今考えると私は恋に恋していたのかもしれない。
舞い上がった私は、早速彼に報告をした。
「俺も好きだったんだけどな」
突然の告白。
思いがけない言葉に頭が真っ白。
私は無理に取り繕って「またぁ」と。
「ごめん」彼は謝った。
意味不明。
何事もなかったかのようにふつうに話をしていつものように「バイバイ」と別れた。
(なんで今。なぜこのタイミング?)私の心はなぜだかグラグラ。
(いや、冗談でしょう)自分を納得させるようにそう思った。
彼氏と付き合うようになってから彼とは会わなくなっていた。
電話もしなかった。
彼からも電話がなかったことに私はどこかホッとしていた。
次第に頭の中は彼氏や学校のことで一杯になり、毎日がキラキラの高校生活はあっという間に過ぎていった。
会おうと思えばすぐに会える。
他愛もない話をしながらおいしいコーヒーを飲む、あの居心地のよい空間も手を伸ばせばいつでも届く。
心のどこかでそう思っていた。

冬が終り春のお日様の匂いがしだした頃に突然彼から電話があった。
大手の会社に就職が決まったとのことだった。
私はなんだか納得がいった。
彼の誠実な優しい人柄は誰にでも伝わる。きっと面接官にも。
「じゃ就職祝いしなきゃ。コーヒーで乾杯だね」私。
「ありがとう。でも彼氏平気?」彼。
「うーん、別れちゃった。ケンカして」私。
彼氏と別れた後も私は彼に連絡するのを控えていた。
その時はどうして連絡を控えていたのか自分でわからなかったけど、今の自分にはわかる。
約束をして電話を切る。
なんだか私の心はざわつき、あまりいい予感はしなかった。
なぜだか悪い予感は大体当たる。
春っぽいマ二キュアを塗っても気分は上がらず、私の足取りは重かった。
私が彼の家に行くとあのいつもの笑顔で迎え入れてくれた。かわらない。
久しぶりに彼の笑顔をみた時に気付いた。”幸せそうな笑顔はみている相手も幸せな気持ちにさせるんだ”
彼は「コーヒー淹れるね」とキッチンに立ちオレンジ色のケトルでお湯を沸かす。
きれいな襟足とまっすぐ伸びた背中はいつもみていた光景だ。
彼はブラックで、私は砂糖を一杯だけいれて飲む。
しばらく沈黙が続き、私は彼から何か言うのを待っていた。
フゥと深く一息ついて彼は口を開いた。
「春から神奈川に引っ越すんだ」
(ほらね、やっぱり。悪い予感は必ず当たる・・・)
マグカップに映った自分の顔をぼんやり眺めながら思う。
どこかに予防線を張っていたからだろうか、私は冷静に受け止めた。
「そっかぁ。遠いね。でも一流会社だもんね。就職おめでとう」
たぶん不自然な笑顔で私は言う。
彼と居ると時々自分の感情が自分のキャパを超えるのだ。
よい感情もよくない感情も。
当時の私にはそういう時にどうしていいのかわからなかった。
だから彼に会うのをやめていたのだ。
気持ちがこみ上げてくるのを押さえようと大きく一口コーヒーを飲んだ。
”苦い”
(こんな苦かったっけ?無理せず砂糖2杯入れとけばよかった)
最近の出来事や他愛もない事を話しながら時間は過ぎていった。
帰りの玄関先で別れ際に彼は、いつも大事そうにつけていたあのシルバーの指輪を外し、私に手渡した。
言葉はなかった。
まるで決まっていたかのようにシルバーの指輪は私の掌におさまっている。
なんとなく納得していた。
彼は自分の分身のように指輪を渡し、私はそれを受けとる。
お互いにこの時間を空間を忘れないようにと誓い合うかのようだった。
時は絶え間なく流れていて、そのうねりが容赦なくすべてをのみ込んでいく。
当たり前だったことも当たり前じゃなくなる。そう知った。
もしかしたらあの指輪は彼の分身ではなく、彼の中の思い出だったのかも知れない。

「バイバイ」
誰かとのホントの別れ。
生まれてはじめての感じ。
切なくさみしい気持ちになった。

月日は流れ私は大人になった。
その時には気付かなかった気持ちに後でふり返った時に気付くこともある。
私はきっと彼のことが本当は好きだったのだ。
たぶん、あれがホントの初恋。

気がつけばあのとても遠くに感じた二十歳という未来は、いまや見る影もなく過ぎ去ってしまっている。(笑)
彼は元気だろうか。今でもコーヒーの香りを嗅ぐとあの笑顔を思い出す。
あの時と同じ春の匂いの風が部屋の中を通り過ぎていく。

目の前の本棚からは、あの時飲みそこねた缶コーヒーの上にちょこんと置かれたシルバーの指輪が、その缶と同じ青味がかった春の空の色で、少し大人になった私のことを見つめている。

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古い家にはコーヒーがよく似合う。

古ぼけた家屋には、日本茶やほうじ茶が似合う。そんな風に思っていた私ですが、どうやらそれは正しくなかったようです。築150年と聞くその大きな家には、今はもうにぎやかな声も聴かれることなく、とっくに定年を迎えた老婆が一人暮らしています。隙間風がたくさん吹き込んでくるその家は、夏は大変過ごしやすく快適ですが、冬になると尋常ではない寒さが部屋の中の至るところを凍らせていきます。これは大げさなことではなく、本当のこと。寝る前にテーブルの上に置いておいたミカンが、翌朝には凍っている……。

 

そんな日も本当にあるのです。老婆がなぜこの大きくておんぼろの家に一人で住むことになったかというと、昨年夫を亡くしたから。その前の年には既に姑が天国に召されており、つまり二年間の内に家族が皆亡くなってしまい、結果一人暮らしをすることとなったのです。
老婆には、三人の子供がいましたが、皆既に家を出て遠方で家を建てて家庭を持っている現在、今更近所に引っ越してくれとか同居しようなどと言えるはずもありません。子供たちの方が老婆の暮らしやこれからのことが気になり、都会に来て一緒に暮そうとも誘うのですが、その好意に首を縦に振ることはありませんでした。老婆には、どうしてもこの家から離れたくない事情があるのです。

 

それは、心底惚れぬいた夫との思い出がいっぱいだから。至るところに、夫と暮らした40年間あまりの思い出が溢れていたからです。老婆の夫は、晩年病を患い、右半身が不自由となっていました。それまでこの世の中に怖いものなんか何一つないといった気持ちで生きてきた人でしたから、自分の体が自由にならないと知ったときは、相当落ち込んだと聞きます。彼曰く、何だか負けたような気がしたんだそう。病気になった人を見てそんな風に思う人などいないのに、かっこつけしいで見栄っ張りだった彼は、どうしても自分の体を受け入れることができなかったのでしょう。病気になってからは、大好きだった車も手放し、日中はほとんど自宅から出ないような暮らしだったと聞きます。唯一の心の支えが、二頭の愛犬たちの存在。朝夕の食事は、彼が毎日担当し、犬たちも彼にすっかりなついていたんだそうです。そんな彼が、毎日喜んで口にしていたのが老婆が作るコーヒーで、毎日二回、10時と午後4時には老婆と二人で隙間風が消し去ってしまうまでの時間、香りを楽しんでいたんだそうです。実は老婆はコーヒーよりも緑茶の方が好きだったのですが、夫がコーヒーを美味しそうに飲むものだから、自分も一緒にカップを用意するように。夫がリハビリも兼ねてコーヒー豆をミルで挽く間。老婆は今日あった他愛もない話を夫に聞かせているのでした。

 

「今日ね、散歩していたらフキノトウが出ていたんだよ。もう春なんだね。」
「買い物に出かけていたら、突然雨が降ってきて慌てて走って帰って来たんだよ。」

僅か数分のこの時間が、老婆にとっては幸せな時間。病気をしてから、あまり人と会話をしたがらなくなった夫が唯一聞いてくれる時間が、このコーヒー豆を挽いている時間だけだったからです。粉状になった豆に、夫がゆっくりとお湯を注いで待つ時間。テーブルの上には、夫婦茶碗ならぬ、夫婦コーヒーカップ。二つのカップにコーヒーをそっと注いで、その一つを老婆の前に差し出す夫。すると、まるで二人が若かった頃によく待ち合わせをしていた喫茶店を思い出すのでした。二人っきりのコーヒータイムは、「私の愛した人はこの人だけ」。老婆がそう確信する時間だったのかもしれません。古い家には、コーヒーのほろ苦さと深い香りが良く似合う。熟成された二つの存在が相まって、独特の空気感を作っていたのでしょうか。

 

今年、たった一人になってしまった老婆は、正直まだ心の整理ができていません。夫がいなくなってしまった現実をまだ受け入れられないでいるのです。だから、突然泣き出してしまったり、大声で怒り出したり、言葉汚く放ってしまうこともあります。ですが、そんな自分が本当に大嫌いで苦しいのです。テレビで相撲が始まれば、夫の写真を持ってテレビの前に座る日々。ラーメンを作れば、これはお父ちゃんの好物だったと、その都度仏壇に行って鐘を二回鳴らしお供えする習慣。愛犬に餌を与えに行く度に、自分を残し早く逝ってしまったことをどうしても犬たちに愚痴ってしまう日々。老婆にとって、今まさに戦いの日々なのです。

「母さん、やっぱり一緒に暮そうよ。こっちに来れば、楽しい場所もいっぱいあるし、母さんの部屋だって用意してあげられる。田舎での一人暮らしは年齢的にもう無理だよ。」

今日もまた、息子からかかってきた一本の電話。答えはいつもと同じだ。

「ありがとう。でも私はここがいいの。この家が好きなの。」

先日、老婆は夫が亡くなってから初めて夫の夢を見ました。でも、夫は夢の中で何も言ってはくれません。それに、見せてくれたのは背中だけ。顔を見ることもできなかったのです。でも、確かにあの後ろ姿は夫だった……。朝目が覚めると、寂しくて寂しくて涙が溢れてくる。もう二度と会うことができない夫の顔。もう聞くことができない夫の声。夢でもいいからまた会いたいと思っていたのに、益々淋しさは増すばかりでした。「今日は一日寝ていようか……」そんな風にも思った老婆だったのですが、すぐに気持ちを切り替えました。そして、久々にあのコーヒーメーカーを使ってみようという思いにかられたのです。そうなのです。老婆はあることに気づいたのです。何度も夫の好物を仏壇にお供えしてきたのだが、コーヒーを供えることをすっかり忘れていたということを。こんなに大事なことをどうして忘れてしまっていたのでしょうか。老婆は急いで着替えると、早速やかんでお湯を沸かして用意を始めました。

 

ところが肝心のコーヒー豆が見当たりません。葬儀の際に、どこかにしまい忘れてしまったみたいなのです。引き出しの中も戸棚の中も探してみました。冷蔵庫の中も探しました。それでもありません。仕方がないので、今度は寝室の方にまで足を運び、あちこち探してみました。こんなところにあるはずなんかないのに。ところがです。あったのです。100グラム入りの真空パックになったコーヒー豆がどういうわけか机の上の隅っこに置いてある。几帳面な性格の老婆は、何でもきちんと整理しておくクセがあるのですが、ペンや定規、鉛筆などを差していたペン入れの横に、ちょこんとそれが置いてあったのです。

「あれ?こんなコーヒー買ったっけ?」

不思議に思いながらそっと手に取ってみると、後ろの方にマジックで大きく数字が書いてある。それは、そのコーヒー豆の賞味期限についてでした。更に、何か書いてあります。

「お湯多めに」

ああ、思い出した!このコーヒーはちょっと自分の口には苦すぎて、ずっと飲むのを後回しにしていたやつだ。それで、今度飲むときはお湯を多めにして飲もうって夫と話していたのです。邪道かもしれないけれど、そうしようって二人で話していたんだった。コーヒー入りの袋に記載されているその文字は、まさしく夫の懐かしい手書きの文字。思いがけず、また二人で暮らしていたあの頃の記憶が蘇ってきました。そして、小さなそのコーヒーの袋を握りしめました。が、次の瞬間、老婆はそのコーヒーの袋にはさみを入れました。そして袋の中のコーヒー豆の香りを思いっきり吸い込むと、すぐに台所の方に向かいました。お湯も沸いているよう。二人分のコーヒーを計量すると、ミルで挽き始める。ゆっくりゆっくりと引き続けました。次に、夫婦コーヒーカップをテーブルの上に並べる。コーヒーメーカーの上に、フィルターをセットして挽いたコーヒー豆を入れる。そして静かにお湯を注ぎました。出来上がったコーヒーは二つのコーヒーカップに半分こして、その一つを仏壇へと運ぶ。その時、もう老婆の顔に涙は見られませんでした。老婆の中で、何かが始まった瞬間だったのかもしれません。それとも、何かが終わりを告げた瞬間だったのでしょうか?

私は、老婆に三日に一度は電話をしています。

「お母さん、元気?風邪ひいていない?」

すると老婆は元気な声でこう答えます。

「大丈夫だ。今ね、お父ちゃんのコーヒー飲んでいる。」

「そっかあ。母さんはあのコーヒーがいいんだもんね。もうそろそろ無くなる頃じゃない?またコーヒー送ろうか?」

母は元気に答えます。

「そうだな。ありがとうね。代わりに畑にできている野菜を今度いっぱい送るからね。」

引きこもり気味だった老婆は、少しずつ元気を取り戻し、また畑作りに精を出すようになっています。孫たちに美味しい野菜を食べさせたい、芋ほりさせたいと、丁寧に丁寧に畑づくりをしています。キュウリやナスやトマト。オクラにピーマン……。そして作業に疲れると、床の上にごろんと転がって、大の字になってお昼寝します。目を閉じると、様々な「声」や「音」が思い出されると言います。その中には、かつてこの家で老婆の夫と一緒に暮した日々や、姑の介護をしていた頃の記憶、私たち三人の子育てをしていた頃の思い出もあるとのこと。でも、やっぱり老婆にとって一番大切な記憶は、夫の日々のようです。本当はここで子供たちの思い出が一番と言ってほしいところなのですが、これもまた良しとしましょう。

 

もうすぐ父の一周忌がやってきます。久々に、おんぼろ屋にも足を運ぶことになります。きっとそこでまだ、あの古い家とコーヒーの絶妙な組み合わせを楽しめることでしょう。古い家にはコーヒーがよく似合う。それは、両方とも熟成されたものだから。二つが一つとなったとき、私はなんだか人生を考えさせられるのです。老婆の愛しい人は、きっと仏壇からあの良い香りを感じていることでしょう。そして、彼にとっても大切な存在だった老婆のことを見守っているのだと思います。

古ぼけた家屋には、日本茶やほうじ茶が似合う。そんな風に思っていた私ですが、どうやらそれは正しくなかったようです。築150年と聞くその大きな家には、今はもうにぎやかな声も聴かれることなく、とっくに定年を迎えた老婆が一人暮らしています。隙間風がたくさん吹き込んでくるその家は、夏は大変過ごしやすく快適ですが、冬になると尋常ではない寒さが部屋の中の至るところを凍らせていきます。これは大げさなことではなく、本当のこと。寝る前にテーブルの上に置いておいたミカンが、翌朝には凍っている……。そんな日も本当にあるのです。老婆がなぜこの大きくておんぼろの家に一人で住むことになったかというと、昨年夫を亡くしたから。その前の年には既に姑が天国に召されており、つまり二年間の内に家族が皆亡くなってしまい、結果一人暮らしをすることとなったのです。
老婆には、三人の子供がいましたが、皆既に家を出て遠方で家を建てて家庭を持っている現在、今更近所に引っ越してくれとか同居しようなどと言えるはずもありません。子供たちの方が老婆の暮らしやこれからのことが気になり、都会に来て一緒に暮そうとも誘うのですが、その好意に首を縦に振ることはありませんでした。老婆には、どうしてもこの家から離れたくない事情があるのです。それは、心底惚れぬいた夫との思い出がいっぱいだから。至るところに、夫と暮らした40年間あまりの思い出が溢れていたからです。老婆の夫は、晩年病を患い、右半身が不自由となっていました。それまでこの世の中に怖いものなんか何一つないといった気持ちで生きてきた人でしたから、自分の体が自由にならないと知ったときは、相当落ち込んだと聞きます。彼曰く、何だか負けたような気がしたんだそう。病気になった人を見てそんな風に思う人などいないのに、かっこつけしいで見栄っ張りだった彼は、どうしても自分の体を受け入れることができなかったのでしょう。病気になってからは、大好きだった車も手放し、日中はほとんど自宅から出ないような暮らしだったと聞きます。

 

唯一の心の支えが、二頭の愛犬たちの存在。朝夕の食事は、彼が毎日担当し、犬たちも彼にすっかりなついていたんだそうです。そんな彼が、毎日喜んで口にしていたのが老婆が作るコーヒーで、毎日二回、10時と午後4時には老婆と二人で隙間風が消し去ってしまうまでの時間、香りを楽しんでいたんだそうです。実は老婆はコーヒーよりも緑茶の方が好きだったのですが、夫がコーヒーを美味しそうに飲むものだから、自分も一緒にカップを用意するように。夫がリハビリも兼ねてコーヒー豆をミルで挽く間。老婆は今日あった他愛もない話を夫に聞かせているのでした。

「今日ね、散歩していたらフキノトウが出ていたんだよ。もう春なんだね。」
「買い物に出かけていたら、突然雨が降ってきて慌てて走って帰って来たんだよ。」

僅か数分のこの時間が、老婆にとっては幸せな時間。病気をしてから、あまり人と会話をしたがらなくなった夫が唯一聞いてくれる時間が、このコーヒー豆を挽いている時間だけだったからです。粉状になった豆に、夫がゆっくりとお湯を注いで待つ時間。テーブルの上には、夫婦茶碗ならぬ、夫婦コーヒーカップ。二つのカップにコーヒーをそっと注いで、その一つを老婆の前に差し出す夫。すると、まるで二人が若かった頃によく待ち合わせをしていた喫茶店を思い出すのでした。二人っきりのコーヒータイムは、「私の愛した人はこの人だけ」。老婆がそう確信する時間だったのかもしれません。古い家には、コーヒーのほろ苦さと深い香りが良く似合う。熟成された二つの存在が相まって、独特の空気感を作っていたのでしょうか。

今年、たった一人になってしまった老婆は、正直まだ心の整理ができていません。夫がいなくなってしまった現実をまだ受け入れられないでいるのです。だから、突然泣き出してしまったり、大声で怒り出したり、言葉汚く放ってしまうこともあります。ですが、そんな自分が本当に大嫌いで苦しいのです。テレビで相撲が始まれば、夫の写真を持ってテレビの前に座る日々。ラーメンを作れば、これはお父ちゃんの好物だったと、その都度仏壇に行って鐘を二回鳴らしお供えする習慣。愛犬に餌を与えに行く度に、自分を残し早く逝ってしまったことをどうしても犬たちに愚痴ってしまう日々。老婆にとって、今まさに戦いの日々なのです。

「母さん、やっぱり一緒に暮そうよ。こっちに来れば、楽しい場所もいっぱいあるし、母さんの部屋だって用意してあげられる。田舎での一人暮らしは年齢的にもう無理だよ。」

今日もまた、息子からかかってきた一本の電話。答えはいつもと同じだ。

「ありがとう。でも私はここがいいの。この家が好きなの。」

先日、老婆は夫が亡くなってから初めて夫の夢を見ました。でも、夫は夢の中で何も言ってはくれません。それに、見せてくれたのは背中だけ。顔を見ることもできなかったのです。

 

でも、確かにあの後ろ姿は夫だった……。朝目が覚めると、寂しくて寂しくて涙が溢れてくる。もう二度と会うことができない夫の顔。もう聞くことができない夫の声。夢でもいいからまた会いたいと思っていたのに、益々淋しさは増すばかりでした。「今日は一日寝ていようか……」そんな風にも思った老婆だったのですが、すぐに気持ちを切り替えました。そして、久々にあのコーヒーメーカーを使ってみようという思いにかられたのです。そうなのです。老婆はあることに気づいたのです。何度も夫の好物を仏壇にお供えしてきたのだが、コーヒーを供えることをすっかり忘れていたということを。

 

こんなに大事なことをどうして忘れてしまっていたのでしょうか。老婆は急いで着替えると、早速やかんでお湯を沸かして用意を始めました。ところが肝心のコーヒー豆が見当たりません。葬儀の際に、どこかにしまい忘れてしまったみたいなのです。引き出しの中も戸棚の中も探してみました。冷蔵庫の中も探しました。それでもありません。仕方がないので、今度は寝室の方にまで足を運び、あちこち探してみました。こんなところにあるはずなんかないのに。ところがです。あったのです。100グラム入りの真空パックになったコーヒー豆がどういうわけか机の上の隅っこに置いてある。

 

几帳面な性格の老婆は、何でもきちんと整理しておくクセがあるのですが、ペンや定規、鉛筆などを差していたペン入れの横に、ちょこんとそれが置いてあったのです。

「あれ?こんなコーヒー買ったっけ?」

不思議に思いながらそっと手に取ってみると、後ろの方にマジックで大きく数字が書いてある。それは、そのコーヒー豆の賞味期限についてでした。更に、何か書いてあります。

「お湯多めに」

ああ、思い出した!このコーヒーはちょっと自分の口には苦すぎて、ずっと飲むのを後回しにしていたやつだ。それで、今度飲むときはお湯を多めにして飲もうって夫と話していたのです。邪道かもしれないけれど、そうしようって二人で話していたんだった。コーヒー入りの袋に記載されているその文字は、まさしく夫の懐かしい手書きの文字。思いがけず、また二人で暮らしていたあの頃の記憶が蘇ってきました。そして、小さなそのコーヒーの袋を握りしめました。が、次の瞬間、老婆はそのコーヒーの袋にはさみを入れました。そして袋の中のコーヒー豆の香りを思いっきり吸い込むと、すぐに台所の方に向かいました。

 

お湯も沸いているよう。二人分のコーヒーを計量すると、ミルで挽き始める。ゆっくりゆっくりと引き続けました。次に、夫婦コーヒーカップをテーブルの上に並べる。コーヒーメーカーの上に、フィルターをセットして挽いたコーヒー豆を入れる。そして静かにお湯を注ぎました。出来上がったコーヒーは二つのコーヒーカップに半分こして、その一つを仏壇へと運ぶ。その時、もう老婆の顔に涙は見られませんでした。老婆の中で、何かが始まった瞬間だったのかもしれません。それとも、何かが終わりを告げた瞬間だったのでしょうか?

私は、老婆に三日に一度は電話をしています。

「お母さん、元気?風邪ひいていない?」

すると老婆は元気な声でこう答えます。

「大丈夫だ。今ね、お父ちゃんのコーヒー飲んでいる。」

「そっかあ。母さんはあのコーヒーがいいんだもんね。もうそろそろ無くなる頃じゃない?またコーヒー送ろうか?」

母は元気に答えます。

「そうだな。ありがとうね。代わりに畑にできている野菜を今度いっぱい送るからね。」

引きこもり気味だった老婆は、少しずつ元気を取り戻し、また畑作りに精を出すようになっています。孫たちに美味しい野菜を食べさせたい、芋ほりさせたいと、丁寧に丁寧に畑づくりをしています。キュウリやナスやトマト。オクラにピーマン……。そして作業に疲れると、床の上にごろんと転がって、大の字になってお昼寝します。目を閉じると、様々な「声」や「音」が思い出されると言います。その中には、かつてこの家で老婆の夫と一緒に暮した日々や、姑の介護をしていた頃の記憶、私たち三人の子育てをしていた頃の思い出もあるとのこと。でも、やっぱり老婆にとって一番大切な記憶は、夫の日々のようです。本当はここで子供たちの思い出が一番と言ってほしいところなのですが、これもまた良しとしましょう。もうすぐ父の一周忌がやってきます。久々に、おんぼろ屋にも足を運ぶことになります。きっとそこでまだ、あの古い家とコーヒーの絶妙な組み合わせを楽しめることでしょう。古い家にはコーヒーがよく似合う。それは、両方とも熟成されたものだから。二つが一つとなったとき、私はなんだか人生を考えさせられるのです。老婆の愛しい人は、きっと仏壇からあの良い香りを感じていることでしょう。そして、彼にとっても大切な存在だった老婆のことを見守っているのだと思います。

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彼女と部屋でコーヒーを。

僕と彼女が出会ったのは僕のバイト先。

当時、僕は大学に行きながらコンビニでバイトしていた。
彼女はコンビニの常連さん。

いつもコンビニのコーヒーを買っていく。
ある日どうしても気になって声をかけたのがきっかけで仲良くなれた。

元来人見知りな僕が常連さんとはいえ、見ず知らずの女性に声をかけたのは後にも先にもこれ一度きり。

「コーヒーお好きなんですね。」
「はい。カフェにいく時間がないときとかコンビニで買えるようになったから便利ですよね。」

僕とは正反対で彼女は人見知りなどがなく誰とでもすぐ打ち解けるタイプだった。

一つの質問にもはい、いいえだけではなくもう一言添えて返してくれる。

僕のようなおとなしいヤツにも笑顔で話してくれる、クラスに一人はいるような、人気のある女子という感じだ。

女子、という表現をしたが彼女は僕より年上だった。
エステティシャンをしているそうだ。
聞いてみると6つ歳上。

年齢なんて気にならないくらい彼女に惹かれていった。

彼女はいつもブラックコーヒー。
砂糖やミルクを入れるそぶりは一切ない。
コンビニのカフェコーナーでコーヒーをセルフで入れて、レジの僕に少し微笑んでから車に乗り込んでいく。

彼女から見たら大学生の僕なんて恋愛対象外だろうか?
弟とかいとこ位にしか思っていないのかもしれない。

バイト終わりに彼女の真似をしてコンビニでコーヒーを買って帰るのが日課になった。
ブラックは苦手なのでコーヒーにはミルクと砂糖をたっぷりと入れる。

本当に真似したいならブラックを飲めよ、と自分に言いたいがそこは許してほしい。

苦いコーヒーは苦手なのだから。

いつものようにバイト終わりにレジ横のカフェコーナーでコーヒーを入れて帰ろうとしたとき、彼女がお店にやって来た。

この時間に来るなんて珍しい。

つい、いつもの感覚で声をかける。

「いらっしゃいませ。珍しいですね、こんな時間に」
「えっえっ?あぁ!私服だからわからなかった!バイト終わりなの?」

そういえばコンビニの制服以外の姿でいらっしゃいませ、はおかしかったかもしれない。

僕の手元のコーヒーを見てちょっと笑っている。

「コーヒーお好きなんですね。」

あれ?その台詞は身に覚えが。

「僕も仕事帰りにたまに買うんですよ。」

あなたの真似をしていつも買ってます、と言うのがなんだか恥ずかしくてごまかす。

そうなんだ、とにこにこしながら彼女もコーヒーのカップをレジで支払った。
僕はその様子をボケッと見守る。

あ!コーヒー一杯くらいおごればよかった!
いつも買いに来てくれるお礼ですとか何とか言って!

でももう遅い。
彼女はサッサとレジを済ませて僕の目の前でコーヒーをいれる。

「私、コーヒーはいつもブラックなんだよ。後味がスッキリするから好きなの。」

知っています。
いつも見てます。

「そうなんですね、僕と一緒ですね!」

はい!でた!嘘!!

「あの、あの!時間あるならちょっとだけ話しませんか?カフェにでも!」

そう言った僕の手にはしっかりと先程買ったコーヒー。
彼女の手にも買ったばかりのコーヒー。

「あはははは!コーヒー持参で?」

彼女は大笑い。

あぁ、しまった!

本当に僕はバカだ。

年下のガキがナンパして失敗…。

せっかく常連さんなのに気まずくなったら嫌すぎる!

「で、ですよねー!!えーっと、このコーヒー飲みながら公園で散歩とか、コーヒーは一旦置いてカフェに行ってからコーヒーを取りに来るとか…」

もう、訳がわからない!
必死な僕にちょっと笑っている。

「私の車の中で飲みながら話そう?」

…女神です。
めちゃめちゃ優しい。

僕は飲みなれない苦いコーヒーを飲みながらガチガチに緊張して彼女の車に乗りこむ。

彼女の車は女の人独特のいいにおいがした。

この日から彼女とぐっと仲良くなり、付き合うことになった。

年下で頼りない僕をいつもさりげなくサポートしてくれる彼女。

僕は一気に夢中になり、就職が決まってから僕が彼女のアパートに転がり込む形で同棲を始めた。

彼女は毎朝コーヒーをいれてくれる。
朝はいつもコーヒーのにおいで目が覚めた。

「おはよう。いい朝だよ。」

寝ぼけた僕を朝から笑顔で起こしてくれる彼女はやっぱり優しくて、この部屋もとても居心地がよかった。

部屋中にかのじょのいいにおいがしていた。
彼女のいれてくれたコーヒーを二人で飲む。
もちろん二人ともブラック。
僕は自然とブラックコーヒーばかり飲むようになった。
確かに後味がいい。

ふたつ仲良く並んだコーヒーカップは僕と彼女みたいだ。

ある日、中学の同窓会の案内が届き、行くことになった。
実はあまり気が進まない。
中学時代はいい思い出が全くなかった。

それでも数少ない当時の友達から連絡があり、元々断るのが苦手なので曖昧な返事をしていると、いつのまにか参加メンバーに加わっていた。

行きたくない、とごねる僕に

「中学の時の友達ってあんまり会えないんだから!羨ましいなぁ。楽しんできてね!」

と、いつもの笑顔の彼女。

そうだよな。普段会わない連中の顔を見ながら酒を飲むのもいいかもしれない。

彼女に言われるとすぐその考えに影響されてしまう。
少しだけ同窓会も楽しみだ。
あくまで少しだけ。

同窓会当日、仕事の後そのまま参加することになっていた。

彼女には遅くなることはないと思うけど遅かったら寝てていいよ、と伝えていた。

彼女の言うとおり、同窓会は予想以上に楽しかった。

普段あまり絡まない連中とも同級生というだけですっと打ち解けられたし、当時あまり話さなかったヤツとも自然と話せた。

僕も大人になっているということかもしれない。

「私のことおぼえてる?」
背の低いふわっとした感じの女の子が話しかけてくる。
誰?
全くわからん。

「ごめん、誰かわかんない。」
「ひどいなー!一緒に文化祭の実行委員やったじゃない!」

もう!と女の子は僕の背中を軽く叩く。

あーそういえば、断りきれずに実行委員なんてやった気がする。
そんで、そのメンバーにこの女の子もいたかな?覚えがない。

女の子は目をパチパチさせながら
「あの時はほとんど話してないもんね?中学の時は私、地味だったし。」
「今は派手になったね。」
「えっ派手にはなってないでしょ!」
「いや、いい意味で。」
「なにそれー。」
また軽く叩かれ、女の子は頬を膨らませる。

なんだか珍しく女の子と二人で盛り上がった。

そのまま同窓会はお開き。

珍しく飲みすぎて、喋りすぎて、喉が痛くなった。

頭がガンガンして目が覚めた。
完璧に飲みすぎた。

ヤバイなー、今日が休みでよかった。
僕は寝ぼけ眼でベッドから体を起こす。
ん?
見覚えのない風景。
知らない部屋。
なんだここ、どこだ?
慌てて飛び起きると隣にあの女の子が寝ている。

サーっと血の気が引いた。

…浮気してしまった。

彼女の顔が浮かぶ。
携帯を確認すると夜に2回ほど彼女から電話がかかってきていた。

メールも1通だけきている。
「大丈夫?飲みすぎて倒れてないか心配してます。」

飲み会では僕が楽しめるように毎回電話やメールは極力控えてくれる彼女。
まさか帰ってこないとはビックリしているに違いない。

しかも、僕は大切な君を裏切ってしまった。

「おはよう」
隣から声がする。
女の子は幸せそうに笑いながらすり寄ってきた。

「ごめんなさい!僕、変なことした?本当にごめんなさい!めちゃくちゃ酔ってたし、変なことしちゃってたら謝るしかないけど。」

女の子はポカンとして
「コーヒーいれるよー」
とノロノロと起き出してインスタントコーヒーをいれてくれた。

コーヒーを受け取る時も手が震えた。
コーヒーを一口飲む。

「あの、僕、君に変なこと…」
「したから部屋に一緒に寝てるんでしょ!」

ズバリだ。
そりゃそうだ。

あぁ、目の前が真っ暗だ。
彼女の悲しそうな顔が浮かんできた。

「本当に本当にごめんなさい!とりあえず、僕、帰ります。」
「えっちょっと!」

そそくさと荷物を持って女の子の部屋を後にする。
これが夢だったらいいのに。
女の子がいれたコーヒーは色つきのお湯のように、味がしなかった。

急いで彼女と僕の部屋へ帰る。
何て言ったらいいんだろう。
行っておいでと送り出してくれたのに、楽しんできてねと言ってくれたのに。

鍵を開けると彼女はテーブルに倒れこむようにして眠っている。
テーブルの上には飲みかけのコーヒーカップと携帯が並んでいた。

「ごめん…」
どうしようもなく悲しくなって、申し訳なくてその場でがっくり膝をつく。
彼女を裏切ってしまった自分が許せない。

どうしよう。言わない方がいいのかな。
でも嘘をつきたくない。

「うーん、おかえりー寝ちゃったぁ。」
「ごめん…ごめんね。」

「…どしたの?あ、コーヒーいれるね」
僕の様子に何かを察したのかもしれない。

それでも彼女はいつものようにコーヒーをいれてくれた。
僕は座ることもできずそのいつもの光景を見ていた。

「…もう帰ってこないかと思った。」
コーヒーを飲みながら彼女が言った。
いつも通りの彼女の態度と彼女の声。
でも彼女の手がかすかに震えている。

一晩帰らず、電話にも出ず、君を裏切ってしまった。

僕は昨夜のことを洗いざらい話した。
飲みすぎたこと、全く覚えていないが女の子の部屋で目が覚めたこと…。

彼女は静かに聞いていたが僕が一通り話し終わると、ゆっくりと僕の目を見つめた。

「できるだけ早く、荷物をまとめてね?」

もう僕らは駄目なのかな?

一回だけの浮気で離れなくちゃいけないの?

男らしくないけれど、僕は彼女と別れたくなかった。
はじめて好きになって、はじめて付き合った人だった。
たぶん僕らは結婚するだろう、とぼんやり未来を考えていたのに。

「あのね、一回でも裏切られたら常にそれが頭にあるんだよ?
今回は間違いが起こっただけって言うかもしれないけど。
会社の飲み会とか、忘年会とかもあるよね?そういう場にあなたが行く度に私は今回のことを思い出すし、あなたを疑ってしまうと思う。」

僕はなにも言い返せなかった。
正論だ。
僕が全部悪い。

彼女の目からはポロポロと涙がこぼれた。
抱き締めることも出来ず、ただただ謝った。

「…少し頭を冷やしてくる。」

口をつけられなかった僕のコーヒーカップがテーブルにポツンと一つだけ置いてある。

彼女が落ち着いてからそう切り出して部屋を出た。

フラフラとコンビニに入る。
商品をぼんやり眺めながら店内を歩く。

これからどうしよう。

やはり、彼女の言うとおり荷物をまとめよう。

久々にコンビニのコーヒーを買ってみた。

大学の頃飲んでいたようなミルクと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーにした。

一口飲むと甘さが広がる。

後口までずいぶん甘い。

僕はこんなに甘いものを飲んでいたのか。
彼女の影響ですっかりブラックコーヒーに慣れていたのでその甘さに驚いた。

僕もブラックコーヒーみたいにスッキリした後味の恋愛がしたかった。

これからの事を考えると胸がムカムカして吐きそうだ。
コーヒーの甘さが気持ち悪い。

溜め息をついてから、コーヒーを一気に飲み干すと口の中にミルクと砂糖の甘さがいつまでも残った。

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神戸のある親子のコーヒーと恋物語

これはある神戸に住んでいる親子の恋物語です。
高知県にある少女が生まれました。少女は天真爛漫で、小学校・中学校と友達と多く少々悪ガキのところもありましたが、元気に暮らしていました。 続きを読む 神戸のある親子のコーヒーと恋物語

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