大好きなアンへ
毎朝、美味しいコーヒーをありがとう。
僕だけのために入れたアンのコーヒーが、世界で一番美味しいよ。
これからも毎朝、アンが入れた美味しいコーヒーを味わいたいです。
アン、僕だけのために、そしてこれから増える家族のためにも、末長くよろしくお願いします。
アンが入れたコーヒーは、ピカピカに磨かれたテーブルの上で、いつも僕を待っています。
そのテーブルには、透明な小瓶が一つありますね。その中には、タンポポの花が飾られています。あれは、アンがお店の帰り道に、路地裏で摘んできたタンポポだと、僕は知っています。それに、どの路地裏かも知っています。
アンと僕が初めて出会った日のことを覚えていますか。僕は覚えています。
アンも覚えているはずです。
それは、7年前でしたね。アンが26歳、僕が46歳でした。
アンは、アンのお母さんが経営する飲食店で、ランチを作っていました。その時、僕が食べた初めてのアンの料理は、牛肉のハンバーグでした。最高に美味しかったです。ランチ後のコーヒーは、強い酸味とコクのあるモカでした。
アンは、目が大きく、鼻筋が通って、小顔な容顔美麗な女性です。心は、高原の水のように無色透明で、温かさと優しさを持った美人さんです。そのアンを僕は、別の男に取られることを心配していた。このことを、アンは知っていましたか。だから、一緒に生活するようになってからも、今日は誰と話したかチェックするようにしていたのです。でもアンは、一度、私のことが信じられないのと怒ったことがありましたね。僕は、その時からチェックはしなかったが、その不安だけは、今でも消えないです。
僕はアンに一目惚れをしたのです。20歳も年下のアンに。
それから、僕は週に2回、アンが作るランチを食べに行きました。会社から、歩いて5分のところでしたから。でも、僕は、アンのお店に行くときは独りでした。それは、会社の同僚にアンのことを見せたくなかったからです。でも、後でアンから、僕の同僚のことを聞かされ驚きました。しかし、アンが僕を探す時に、その同僚の協力があったからと聞き、僕は、少し人を信じる気持ちになりました。
僕は、アンに会うために、2年間お店に通いました。そして、いつからか、ランチ後のコーヒーは、アンが決めていましたね、あれから僕の飲むコーヒーの種類は、アンが決めることになったのですね。ある時は、マイルドコーヒーと呼ばれるコロンビアだったり、上品な口あたりのクリスタルマウンテンだったりしましたね。でも、僕はアンが入れたモカが一番好きでした。
この2年間の中で、2度ほど、夜にアンのお店でお酒を飲みに行きました。アンは覚えていますか。
その時、アンは、お店にあるピアノを弾いてくれましたね。1曲だけ。曲は「エリーゼのため」でした。あの時、お母さんは、僕にアンがお店でピアノを弾くのは、初めてだと教えてくれました。お母さんは、アンの気持ちを知っていたのですね。僕は、鈍感なので、その意味が理解できませんでした。その時、アンは僕にキリマンジャロを出してくらましたね。あの酸味は、今でも覚えています。
それに、アンが音大出身で、ピアニストを目指していたことを、その時初めて知りました。しかし、アンがピアニストになっていたら、僕と出会い生活することはなったと思い、その夢に僕は嫉妬しました。この日は、アンのお母さんが、ブールーマウンテンを、僕のために出してくれました。
アンと僕との二人の生活は、5年前から始まりましたね。僕がアンの部屋に転がり込んだと、チェロを弾くケンさんがよく話してました。その時、アンは笑うだけで、本当のことを話してくれませんでしたね。
本当は、アンが僕をアンの部屋に連れて行ったのですよね。5年前に。いつか、チェロ弾きのケンさんに話してください。
二人の生活は、僕の病気の看病から始まったのですね。アンは絶対に忘れないですよね。僕も忘れたいです。
その病気は、僕が仕事からのストレスと異常なほどの残業で、気分障害というわかりづらいものでした。僕は、それが原因で会社を解雇になりました。
あの時、僕は死ぬつもりでした。それを止めたのは、アンでした。そしてアンは
僕の部屋に突然現れ、布団の中からアンは僕を無理やり引っ張り出した。
僕はパジャマを着た状態で、アンの車に乗せられ、30分ほどでアンの部屋に連行されました。その晩、アンは、牛肉のハンバーグを出してくれましたね。食後のコーヒーは、モカでした。その時、アンが好きなコーヒーがモカだと教えてくれました。僕は、あの晩、アンが寝た後、独りで泣いていました。心が温かくなったからです。
それから、二人の生活が始まりました。
アンの部屋で初めての朝食は、ご飯と味噌汁の和食でした。おかずは、アジのひらきと納豆でした。食後のコーヒーは、和食に合うキリマンジャロでしたね。アンが、決めたのです。あれは、アンがお母さんのお店から持ち出したコーヒーでした。でも、とても温かく優しい味がして、美味しかったです。
僕は、その当時、いつかアンに捨てられのではないかと、不安な気持ちにもなりました。しかし、アンは、お母さんのお店と買い物をする商店街以外の時間は、必ず部屋にいてくれましたね。僕は、そのアンの気持ちで、病気からくる不安と恐怖から逃れることができたのです。心の底から、感謝しています。
アンは、ピンクのカーテンを花柄の黄色いカーテンにかえましたね。あれは、どうしてですか。僕が男だかですか。それとも別の意味があるのですか。
いつか、アンに尋ねようかと思い、今では5年も月日が流れてました。
リビングのテーブルは、お母さんの家から頂いたものですね。かなり高級なテーブルと聞いています。だから、アンは1日に何度も磨いてましたね。いつも、ピカピカでした。だから、毎朝、アンがテーブルに出すコーヒーがさらに引き立つのですね。なぜか、芸術的な香りがしてきます。僕には、そのようなセンスはありません。アンと生活ができて、僕は幸せです。
アンと僕の部屋にスマイルくんが来たのは、3年前ですね。スマイルくんは、アンの30歳の誕生日にお母さんからのプレゼントでしたね。犬種は、ヨークシャーテリアでした。まだ、生後1ヶ月の可愛い子犬でした。アンは、犬が大好きであると、僕はその時知りました。今では、ヤンチャなスマイルくんですが。
僕は、生まれて初めて犬のいる生活をおくりましたが、今ではアンの影響でしょうか。犬好きになりました。
スマイルくんが、アンの部屋にきてから、二人で散歩に出かけました。毘沙門天がある長い長い坂を、商店街の中を歩きました。アンが生まれ育った街です。
平日も休日も関係なく人がたくさん歩いてましたね。スマイルくんは、その人混みに慣れるまで、時間がかかりましたね。子犬の頃は、可愛いワンちゃんと言われ人集りになりましたが、大きくなると人集りは少なくなりました。そして、毎朝、アンが決めた豆で入れたコーヒーを飲んでいるときは、スマイルくんが二人に気を使い、リビングの端で寝ていましたね。僕は、毎日、そんなスマイルくんに感謝していました。
アンと僕との生活が始まり4年目の秋に、アンのお腹に新しい命が送られてきました。そのとき、僕は嬉しさのあまりに、アンが入れてくれたコーヒーをこぼしてしまったのを、覚えていますか。そして、あのとき、スマイルくんが落ち込んでいたのを知っていますか。あの日、僕がこぼしたコーヒーはモカでした。
いつもアンは、記念日にモカを選んでいました。それは、二人が大好きなコーヒー豆だったからですね。その日の夜は。牛肉のハンバーグでした。これが、記念日の決まりでした。
アンは新しい命が送られてきてから、お母さんのお店で料理を作るのをやめました。だから、僕が代わりに、お母さんのお店を手伝うことになりました。初めの頃は、僕が辞めた会社の同僚が来ると思い辛かったです。しかし、その会社は、別の場所に引っ越しをしていたので、誰にも会うことはなかっのです。安心して、手伝うことができました。
お母さんがアンの代わりに厨房で料理を作っていました。常連さんは、ママの作る料理も美味しいねと言っていましたが、正直、アンの方が数倍、美味しかったです。あと、僕がアンの旦那さんと知った常連さんからは、クレームがたくさんありました。僕は、そのとき、自慢したかったですが、笑顔で返しただけで、それ以上は、話さなかったです。でも、自慢をしたかったです。
二人に新しい命が現実となって部屋に届いたのは、6ヶ月前でした。この部屋には、アンと僕と太郎とスマイルくんの3人と1匹の生活になりました。本当に幸せが、送られてきました。7年前の僕からは想像もできないことでした。正直、あのとき、アンが迎えに来なかったら、僕は死んでいたはずです。だから、僕のこの命は、アンだけのものです。太郎が、部屋にきたときに飲んだコーヒーは。やはりモカでした。
今年の春、アンが体調を崩したとき、僕は嫌な感がしたのです。いつも元気なアンが、2週間も寝込んだのですから。心配になったので、お母さんに連絡して一緒に病院に連れて行ってもらいました。その結果、血液の癌と診断され、今の医学ではと医師に言われたとお母さんから聞かされたときは、僕は目の前が真っ暗になりました。このときは、神様を信じることができなくなりました。
この日から、朝のコーヒーの種類を決めるのが僕になりました。
僕は、毎日、アンの病室にコーヒーを届けに行きました。僕が決めた銘柄で。
アンのお母さんが、アンが好きなコーヒーはキリマンジャロと、そのとき、初めて知りました。アンは、僕に合わせてモカが好きだと言ったのですね。
それから、3ヶ月の間、僕は毎日、キリマンジャロを病室に届けました。アンは日々、体が衰弱していきました。君が意識がなくなっても、僕はキリマンジャロを病室に届けました。
今、アンの部屋で、太郎とスマイルくんの二人と1匹で暮らしています。アンは、この手紙を、空の上で読んでいることでしょう。
次にアンに会うときは。君の好きなコーヒー、モカを持っていきます。
安らかにお眠りください。アンありがとう。
僕と太郎とスマイルより
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