カフェモカ・ダブルエスプレッソ・3ショットシロップ

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オーストラリアに来て半年。
日本のカフェでアルバイトをしながら英語をコツコツと学び、ついに憧れの地オーストラリアのパースに到着した。
オーストラリアの人々はコーヒーが大好きで、街にもお洒落なコーヒーショップが沢山あり本当に楽しい所。日本では見かけないようなメニュー「フラットホワイト」や「ロングブラック」などにも興味をそそられる。
当時、現地でアルバイトを捜していた私は仕事をするならばカフェで働きたいと思っていた。 

 
手当り次第に街のカフェを訪れてオーナーに履歴書を渡すが、なかなか上手くは行かない。
「皿洗いの仕事ならあるよ」などと言われてしまう時もある。
日本人が地元の人御用達のお店でオーストラリア人に混じって働くというのは相当難しい事のようだ。何十件もカフェを廻るうちに、とある1件のお店にたどり着いた。フレンチカラーのかわいいお店で、海が見えるテラス席があり時折野生のイルカがジャンプする。
こんなお店で働けたらなと勢いで履歴書を渡してみると「コーヒーは作れるか?」とオーナーが聞いてくれた。私は意味があまり分かっていなかったけれど逃してはいけないチャンスだと思い「イエス」とうなずいた。
それから家に帰って数日たったある日、私の携帯電話が鳴り、採用の連絡がそのオーナーより入った。「ぜひ、コーヒーエンジェルとして働いてくれ」とのこと。コーヒーエンジェルとはエスプレッソマシンの前でコーヒーを作るスタッフの事。その時は心臓が飛び出るほどに嬉しかった。
出勤日初日。オーストラリアのカフェの朝は早い。6時にお店に到着するとお店のスタッフたちに自己紹介「はじめまして。ミカです。今日からよろしくお願いします。」。そしてみんなそれぞれ自己紹介をしてくれた。レジ打ちを担当するキムはブロンドのモデルみたいな美人さん。シェフであるオーナーとその弟子のジェイクは食事の担当。そしてウェイトレスのケイトは鼻ピアスをした赤毛のカッコイイ女の子。そしてもう一人のウェイトレス ジェンはまだ高校生の幼いブロンドの子。それからお皿洗いを担当しているフランス人バックパッカーのセリーヌ。
オーストラリアのカフェは全て分担制で仕事が細かく別れている。私はエスプレッソマシンの前に立ちエスプレッソを落としてミルクを泡立てオーダーされたコーヒーを作る係。
簡単にコーヒーマシーンの説明を受けた後、すぐに店がオープンした。
オーストラリア人の朝は早く、みんな朝食を食べにやってくる。レジに並ぶお客さんたちに「おはよう!元気?」とキムが可愛らしい笑顔で声をかけるとみんな顔がほころび、軽く世間話をしてはコーヒーを注文する。
私はキムがレジでとったオーダーを見ながらコーヒーを作りそれをウェイトレス達にお願いしてテーブルに運んでもらうのだが、お客さんが中々切れない。ちょうど日本のランチタイムのような忙しさだ。しかもオーストラリアの人々は注文が細かい「カフェラテの豆はディカフェ(ノンカフェインの豆)でミルクはソイ(豆乳)にしてハーフポーションでメープルシロップをかけて。」などなど。カフェラテ1つにしてもそれぞれのこだわりがある。オーダーを間違えるとレジにもウェイトレスたちにも迷惑がかかるので慎重に、でもスピーディーに仕事をこなす。目の前にあるオーダーをこなしているうちに時間は朝とお昼の間であるブランチに突入。学校に子供を送り届けた奥様方が団体で世間話をしにやってくる。そうしてランチに突入し会社のお昼休憩をとりにサラリーマンやOLたちがやってくる。その後はカフェタイム。みんな食後のコーヒーとデザートを求めやってくる人々。午後3時にお店は閉店し1日の業務は終了。みんな明るいうちに仕事を終わらせてテニスや買い物を楽しむ。
一日やってみた感想はもうぐったり。ひたすら目の前にあるオーダーをこなしていたという感じ。でもきっと次第に慣れてくるだろうから明日も頑張ろうと思った。
そんなこんなで仕事を始めて1週間が経ち2週間が経ち、仕事にも次第に慣れて行った。最初は目の前にあるオーダーをこなす事に必死だったけれど、段々とレジに並ぶお客さんの顔を見られる余裕も出て来た。そんな時、「おはよう!」と声をかけてくれる一人の栗毛の男の子。年齢は私と同じくらいかな。「元気?」と聞かれたので「元気だよ。あなたは?」と答えた。「僕も調子いいよ!」という彼。どうやら毎日来てくれているらしい。注文を見るとテイクアウトだったので直接テイクアウトカップでコーヒーを渡すと「いつも美味しいコーヒーをありがとう!」と言って「じゃあね!良い一日を!」とお店から去って行った。
彼のその優しい笑顔と爽やかさに一瞬ドキッとしてしまったけれど、レジにはまだ沢山の人。我に返って再び黙々とコーヒーを作るが彼の顔がたびたび脳裏をよぎる。
翌日も彼はやって来た。コーヒーマシーンの上に両肘を乗せて私の顔を覗き込むように「おはよう!元気?」と声をかけてくれる。そしてコーヒーを渡すと、「良い一日を!」と言ってお店から出て行く。
それが翌日も翌々日も続き、短い時間だけれども毎日続く私のささやかで幸せな時間となっていった。
彼の注文するコーヒーも、もうすっかり覚えた。いつもカフェモカのエスプレッソをダブルにしてシロップを3ショット入れる。これが彼のコーヒー。レジに並んでいる顔を見ると前もって用意するようになっていた。
ある日いつものように彼はエスプレッソマシンに両肘をついて「おはよう!元気?」と私に声をかける。そして「あのさ、君のことなんて呼べば良い?」とはにかんだ笑顔で聞いて来た。「わっ・・・私はミカだよ。」と答えると「オッケー僕はマットだよ。ミカ、いつも美味しいコーヒーありがとう。」と言った。そして、「あのさ、今度君を食事に誘っても良いかな?」と!!突然の問いにアタフタしてしまったが、正直なところ本当に嬉しくて。隣のキムにバレないように連絡先を交換し合った。
仕事を終えての帰り道にマットからメールが届いていた。
「今度の土曜日に海の見えるレストランで一緒に食事でもどう?」と。
今日が木曜日だから明後日か。めちゃくちゃお洒落しなくちゃ!!と、帰りはお洒落なワンピースを探しにショッピングにでかけた。
金曜、マットはカフェに現れなかった。どうしたのだろう。心配になる。

 
翌日、土曜日の営業が始まり「まさかドタキャンされたりしないよね。。私何かへんな事でも言ったかな。」不安が頭をよぎる。土曜日の営業が終わる午後3時、ついにマットはお店には現れなかった。閉店のための片付けをしている時にキムに声をかけられた。「ミカ、最近マットと仲いいみたいだね。」その言葉を聞いた時にドキッとしたけれど、次にキムが口を開いた時にはもっとショックな事が起きた「マットはね、私の元カレなの。」
奈落の底にでも落とされたような気分。こんな美人でモデルみたいなキムと付き合っていたなんて。。。私じゃあ当然見合わないよ。食事に誘われたのもきっとからかわれただけ。浮かれてワンピースを買ってしまった一昨日の自分が恥ずかしい。仕事上がりの帰り道。いつもよりも足取りが重い。今日はおとなしく家でじっとしていよう。。。そう思った瞬間、電話が鳴った!マットからだ。「ミカ!元気?今日なんだけど7時にシーサイドのレストランで待ち合わせでいいかな?」・・・え!?うそ!?そんな!?と驚く私に「昨日と一昨日は行けなくてごめんね。色々と準備が忙しくて。」とマットは言う。それはもちろんOK!よ!でも準備って一体なに?
7時に待ち合わせをしたシーサイドのレストラン。私は真っ赤なワンピースでベンチで待っていると、スーツを来たマットが現れた。Tシャツにパンツを合わせたいつものカジュアルなファッションとは違う彼にドキッとした。マットが私を見つけて駈け寄った。「ハイ!ミカ!いつもより美しくて見違えちゃったよ」外国人の男の子は絶対に日本人男性が言わないであろう言葉をさらっと言う。それに慣れていない私は赤面してしまう。「じゃあ行こうかプリンセス。」マットはエスコートも私をお姫様扱い。小さなカフェのコーヒーエンジェルの私に向かってプリンセスだなんて。正直恥ずかしい。そして2人で食事を楽しんだ。お店の外でマットに合うのは初めて。彼はイギリス人でカメラマンの卵であること。今はアシスタントとしてプロについて毎日頑張っていること。そして毎朝出勤前にいつもテイクアウトでコーヒーを買って仕事へ向かう事などを話してくれた。マットとの会話はとても楽しくて時間を忘れる程だった。そして食事も終わり店を出た。
「少し海辺を散歩しない?」とマットが言った。夜の海を2人で散歩。真っ暗な中並みの音だけが聞こえる。どのくらい歩いたのだろう。夜風が気持ちいい。何も見えない浜辺でマットはジャケットを脱いでそれを浜辺に敷き、私に向かって「ここに座ってプリンセス。」と言った。私が言う通りに座ると、スマホのライトで浜辺を照らして少しだけ砂を掘り始めた。すると砂の中から木箱が現れた。その木箱を開けると・・・なんと!シャンパンとグラスが2つ。そしてとても奇麗なネックレスが。「今日はお店に行けなくてごめんねプリンセス。この準備に2日もかかっちゃって。なにせ、僕も仕事に行く前しか時間がなくってね。」「それで・・・もし良かったらなんだけどねミカ、僕は君に僕だけのプリンセスになってほしいんだ。」そういってネックレスを私に差し出した。嬉しくて涙が出た。ありがとう。マット私も大好きだよ。マットは優しく私の首筋にキスをしてネックレスを付けてくれた。そうしてシャンパンで乾杯をして2人で夜明けまで一緒にいた。夢のような1日。明日から私はまた彼のためにカフェモカ・ダブルエスプレッソにシロップを3ショット入れる。

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