友人との思い出にて

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僕の高校からの同級生で親しくしていた、僕より一つ下の友人がいた。

一つ下というのは、僕が一年留年したせいで、彼と同級になったということ。彼は高級好みの人で、好きな本は皆、新刊書で買う。酒は「安物は酔わないし、アルコール分の高いのが上質」らしいので、ブランデーやサントリーの角瓶などを、毎日のように飲む。タバコはロングピースかメンソールと決めて吸う。ずいぶんプライドが高くて、なかなか寄り付けなかった。

コーヒーもまたこだわり抜いて、わざわざ、サイフォンで煮立たせる個性だった。キリマンジャロ、モカ、コロンビア、ブラジル、ブルーマウンテン等々、缶にそれぞれ分けて入れていた。サイフォンに火を入れてから、時間も計測する念の入れようだった。

しかし、そこを惚れ込んでしまった。喫茶店のマスター張りに、何かソムリエ張りに綿密に真摯にやっている姿が、スゴ過ぎた。スゴ過ぎる一徹な職人に見えるコーヒーの淹れ方が、僕を彼の生活へと引き込んでいった。

とは言っても、本当は夜、好きな話をしながら飲むのに、一人ではつまらないから誘われ出したのだった。仕方なく部屋へ上がったら、まず飲も、から始まり、グラスを空けるとまた酌をされるから飲むの繰り返し。一息、間ができると、コーヒーを淹れ出すのが常だった。

さらに彼に魅かれたのが、彼の言うところの自分にしかできない妙技だった。

スプーンに角砂糖を一個乗せ、飲みさしのブランデーを上からタラリと落とす。ライターで火を近づけると、炎が瞬間、メラメラとする。溶けた角砂糖をカップのコーヒーにタラタラと落として、最後にスプーンごと、カップに突っ込み、急いでかき混ぜる。

初めて見たときは、彼がマジックをしたのだと思い、ハッとした。と同時に、暗がりの中の部屋で、パチパチと弾け、ゆらゆらとゆらめく炎の美しさに感動したものだった。

僕にもできるかと言って、少々、レクチャーされたら、案外、簡単にできる代物だった。何よりも、ブランデーのアルコール分だけが抜けて、香ばしい、バニラか何かのような甘い香りで、コクいっぱいのコーヒーの味も、当時、コイツ、やるなあと思わしめていた。

結局、酔っ払っているので、親が電話してくるわ、彼の親が寝ていたところから起きて送り返されるわだった。そういう一通りの生活をしていた。

彼は今いない。亡くなったからだ。ただ、いろいろなエピソード、思い出だけは現存している。彼にコーヒーは豆から選ぶものだと口うるさく言われたので、今、落としてのものだけしか飲まないのも、まだ彼の影響が残っているからだろう。

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