コーヒーが繋ぐ記憶と関係

コーヒーについて思い出すと、高校生ぐらいから好きになった記憶があります。それまではコーヒー味のお菓子やコーヒー牛乳でしたが、それからコーヒーになり、なぜか気持ちは大人になり仲間入りが出来たと実感したのです。学校帰り、コンビニなどで飲むコーヒーが美味しく、意味もなく友人達とくだらない話を一杯のコーヒーでしていたのです。

 
無論、当時は甘い砂糖入りのコーヒーで、今みたいにブラックは飲めませんでしたが、それでも大人ぶっているのです。可笑しな年頃です。
そして初デートで入った喫茶店も同じ頃です。彼女は年上だったのでブラックを飲み、私も真似した飲んでみたのですが、苦くてお水を飲んでは無理してブラックを飲む事を繰り返していました。恥ずかしい思い出ですが、このようにコーヒーというだけで、過去のほろ苦い思い出が次々に出てくるのです。本当に不思議な黒い液体です。

 
職場での人間関係にもコーヒーは一役をかっています。普段は会話がないのに、休憩時にコーヒーを一緒に飲むことで距離が一気に縮みます。それはコーヒーの神からのプレゼントなんだと思います。円滑な人間関係を築くために、ほんの少しだけ協力をしてくれているのでしょう。一緒に飲む事で、普段は無口な人も饒舌に会話をし始め、思い掛けない一面をうかがい知れます。それがコーヒーの魅力でしょう。

 
そして最近では専ら、一人で音楽を聴きながら飲む事が多くなりました。特にブラックミュージックやJAZZには、コーヒーは必需品です。別にお茶や紅茶でも良いのですが、なぜかコーヒーがいちばんしっくりときます。それは、自分の悦に入れるからなのでしょう。高価なスピーカーやアンプでなくても、なぜかコーヒーを飲みながら聴くと、普段の3割増しに音質が良くなる気がします。実際は何ら変化がないのですが、自分自身がそのモードになるのでしょう。そうさせてくれる不思議な飲み物がコーヒーだけで、唯一の存在です。

 
今、30代後半の中年になると改めてその美味しさに再度惹かれています。ブラックの苦味にほんの少しだけミルクを入れる。これだけなのに、味が格段にまろやかになります。自分にご褒美をあげたい時は、ブラックをやめてミルクを入れて飲みます。これで何とか今日や明日を乗り切れる気がして、気力が沸いてくるのです。

 
今まで飲んだコーヒーの数を計算してみると、また多さに只、驚きます。1日平均1杯でも、1年で365杯、それを20年だとしても7300杯ものコーヒーを平らげているのです。実際は1日数杯飲む事も多々あるので、さらに多く飲んだと言えます。それは私だけでなく、多くの人が飲んでいると思うので、一体どれだけのコーヒーは消費されているのか、考えると混乱するほどです。

 
中年になると男性はメタボや成人病など何かしらの病気になる事が多くなります。それは、お酒、タバコ、コーヒー、そして食生活のどれかで、または全部が禁止になる事があります。健康を考えると当然なのですが、寂しいかぎりです。医者の先生から、そのような指導をされるのは死刑宣告のようなものです。現に私もメタボ体質になり、お酒や脂っこい食事を控えるよう注意を受けています。不幸中の幸いで、コーヒーは禁止されていません。これで、コーヒーまで禁止されたら、私は何を糧に生きていけば良いのか分かりません。

 
でもお酒を控えるようになり、新たな関係を築けるようになったのです。私は長年、両親と不仲であまり良い関係ではありませんでした。しかし妻が、そんな関係を修復させようと美味しいコーヒーを購入したので、という建前で何かと切っ掛けを作ってくれて今では、子供達が遊んでいるのを見守る私達夫婦と両親という、ドラマのような見本となる親子関係があります。

 

昔は会話が少なかったのに、コーヒーを飲んでたわいも無い会話をしているのです。うちがコーヒーを用意すると、両親たちはそれに合うお菓子などを用意します。そして、本格的なコーヒーにのめり込み、今では手挽きミルを子供と一緒に挽いているのです。
このように私の人生の至る所で、コーヒーが名脇役のように花を添えてくれます。コーヒーがなくても同じような人生を歩んだと思いますが、それはきっとモノクロでとても味毛がなかったはずです。

 

この漆黒の飲み物が、人間の本質的な何かを教えてくれている気がするのです。一番大事な物は何か、そして次に大事なものは。立ち止まって考える猶予が与えられる時、そこにコーヒーがあります。飲むのも、飲まないもの自由ですが、もし潤いが必要なら飲むべきなのでしょう。そして、深い味わいを求めるなら、さらに味を本格的に追求できます。無論、そこまで拘らなくても良いのです。味の変化や香り、コクなども大事ですが、どのように思いながら飲むことが大事なのです。

 
今は、親子関係も修復し子供も可愛い年頃で、私の人生でいちばん良い時なのかもしれません。それでも人間というのは欲求が強いので、ふとした瞬間に一杯のコーヒーで昔の記憶が鮮明に過ぎるのです。こんな気持ちにさせてくれる食品は他には存在しないでしょう。

【記事をシェアする】Share on Facebook0Share on Google+0Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA