皆さん、「たんぽぽコーヒー」という飲み物をご存じでしょうか?たんぽぽの根っこの部分を掘り起こし、天日で乾燥させたり、フライパンで煎ったりしてからお茶のようにお湯を注いで飲む物です。
「たんぽぽコーヒー」とは言いますが、コーヒーと呼ぶにはかなり違っているような…でもどこか似たような風味も感じないではないような…。これは欧米で「コーヒーの代用品」として知られているものの一つです。コーヒーが好きな皆さんには「代用品なんて!」と思われてしまうかもしれませんが、少し目先を変えてみるのも面白いかも、そんな風に感じていただける方には、少しおつきあいくださいませ。
ところで私は、国際結婚してフランスに在住している者です。実はフランス人夫と出会ったのが第三国であったため、日本にいた時にフランス語や文化を学んだ経験はありません。
日本を出てから、必死になってそういったことを勉強してはいるのですが、例えば仏文学などは日本で少しかじっておけば良かったな…と、やや後悔することもあります。そんな私ですが、読書は趣味の一つでもあるので、暇を見つけては読んでいます。
渡仏して間もない頃、有名なエミール・ゾラの作品「居酒屋」を読んでいて、あるシーンでふと目が留まりました。19世紀のパリ下町を舞台に、主人公の女性はクリーニング店を独立開業してはりきっている所。
何人かいる従業員にコーヒーをふるまう際は、きちんとコーヒー豆のみを使って、まぜもののチコリなどはちょっとも入れない!と言う風に、コーヒー豆100%使用に誇りを持っているのです。
それまで、コーヒーを淹れるのに何か別のものを入れる・混ぜ込む、という観念をまるで持たなかった私は「えっ!何か入れることもあったの?」と仰天してしまいました。
そもそも、その「チコリ」とは何ぞや?と思い、とりあえず夫に聞いてみました。すると、現在でも市販されているので、とりあえずまずは飲んでみろと言われたのです。
近所のスーパーへ行き、店員さんに聞いてみた所、お茶やコーヒーのコーナーに案内されて「はい、これです。」大きな瓶に、茶色い粉状態のものが入っていました。
インスタントコーヒーの粉を、さらに細かくしたような印象ですが、ココアほどではありません。いくつかあるうちのブランドから、ひとつ選んで購入し、帰宅してすぐに飲んでみました。説明書きには、スプーン数倍ぶんの粉をカップに入れ、熱湯で溶く、とあります。お好みで牛乳や砂糖を入れてとありますが、私はとりあえずストレートで試すことにしました。何かが少し焦げ付いたような、甘やかな良い香りを胸いっぱいに含み、そして一口…。
……。
違う。違うこれは絶対に違う、何をどうしてもコーヒーにはなれない代物である…。
最初の印象は、そんなショックでした。前述のように香りはなかなか良いのですが、味がどうにもコーヒーとはかけ離れています。「苦み」「酸味」はあるものの、コーヒーのそれとは似ても似つかない味でした。これは混ぜたらいけないでしょう…と、ゾラの主人公に少し賛同しました。ですが、フランス人は何故これをコーヒーの代わりとして飲まなければいけなかったのでしょうか。
そもそも、このチコリ飲料のもととなる野菜のチコリは、フランス北部の名産品です。小さな白菜のように見える芽の部分は、サラダで生食したり、加熱調理をして食べます。根っこの部分を乾燥させ、粉状にしたものがこのチコリ・コーヒー。言わずもがなですが、フランス国内でコーヒーを栽培することはできませんので、いつの時代も舶来物のコーヒーは高いものでした。
一方で自国生産が可能であるチコリは、身近な存在として廉く親しまれてきたのです。第一次・第二次世界大戦を通し、食品をはじめ様々な物資の調達が困難になった時代、フランス人はこういった自国栽培のできる「代用食品」をいくつか発展させてきたのです。
また、平和な時代に流通が滞りなくなってもなお、廉価で気安く入手できるチコリ・コーヒーは、庶民の間に根強い人気を保つこととなりました。特に、産地である北部フランスではご当地の飲み物として愛されているのです。
また、近年は「カフェインを含まない」という点が注目されるようになってもいます。例えば、コーヒーが飲みたいけれど一日に一杯と制限されている妊婦さんでも、安心して飲むことができます。子どもでも飲めるので、甘くしておやつに飲んでも問題ありません。
また、チコリの根の部分には、相当量の食物繊維が含まれています。お通じに問題がある方、便秘に悩む方には、うってつけの飲み物と言えるでしょう。ダイエットやデトックス効果を狙い、体の中からきれいになりたいと思う方にもおすすめです。チコリ自体にはほとんどカロリーがないので、まさに美容の味方というわけですね。
私の夫はコーヒー派ですが、夜遅い時間帯などにはこのチコリ・コーヒーでリラックスタイムを送っている時もあります。代用品というわけではなく、チコリはチコリとして飲んでいるのですが、確かに睡眠導入の点を考えれば夜のチコリには納得が行きます。
日本でもネット通販や輸入食品店などで購入できますし、最近では国産のものも少し出回っている、と聞きます。コーヒー命の皆様も、「ふーん、これが戦時中の代用コーヒーだったのか…」と話のネタにするつもりで、もし機会があればぜひお試し下さい。何度か飲んでいると、いつしか苦みが滋味に変わって、「なかなかいいじゃない?」と思える一品です。
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