コーヒーと恋愛と成長

朝、目覚めると同時に甘いカフェオレを飲みながら主人と「そう言えば初めてコーヒー飲んだのっていつか憶えてる?」というたわいない話をしていた。
ゆっくり考えている間もなくバタバタと小学校五年生の息子が慌ただしく登校する。
「ママ行ってきます」
後から主人が仕事に向かい、家事がひと段落つく頃に私と5歳の次男が幼稚園へ向かう。
これが我が家の日常だ。

 

次男を送り届け、残った洗い物を片付けながら、朝のコーヒー話を思い出した。
(最初にコーヒー飲んだのは…?)
コーヒーと言えるのか微妙なところだが、私の記憶が正しければ、生まれて初めて飲んだコーヒーは父親と行った銭湯にある瓶のコーヒー牛乳だ。
モノクロのドラマに出てきそうな格好で、腰に手を当てながら瓶の牛乳を飲む父親が妙に羨ましかった幼稚園時代。
何故か父親に勝ちたくて、真似するだけなら勝てないと思った私は牛乳ではなく、コーヒー牛乳を選んだ。
あの甘ったるいコーヒー牛乳でさえ、ほんのり苦かったのを憶えている。

 

小学校に入学した日、父親と母親、そして妹の四人で近くのスーパーに行った。
毎度のことながら妹は店に入った瞬間に「お母さん喉乾いた〜」と猫撫で声で甘える。
(さっき自動販売機で買ってもらったくせに!)
ちょっとだけ妹をキッと睨む。
お母さんは妹に甘く、また最後まで飲めない癖に大きな炭酸飲料を買ってもらっていた。
「おねえちゃんはいらないの?」
本当は私も喉がカラカラだったし炭酸飲料が欲しかったけど格好つけて「おねえちゃんはジュース子供っぽいからいらない!」と勢いに任せて某有名メーカーのパックコーヒーを手に取った。
お母さんが「へー。あんたコーヒー飲めるようになったんだね」て褒めてくれて凄く嬉しかったけど、いつものコーヒー牛乳よりも更に苦い気がした。

 

私の中で大人イコール苦いコーヒーが飲めるという思い込みが、いつの間にか根付いていた。
父親と母親は毎朝母親の淹れるインスタントコーヒーを飲んでテレビのニュースを観ていた。
「お母さん、ソレちょっとちょうだい」
母親が飲んでいたインスタントコーヒーを一口。
(苦い…。全然おいしくない…。)
引きつった顔で「結構美味しいね!」て格好つけたのに両親は大爆笑していた。
後ろで一緒に笑う妹がいつも以上に憎たらしく見える。

 

私のコーヒーブームが去りかけた頃、広島に住むおばあちゃんの家に遊びに行く日があった。
親戚が沢山集まっていて、やっぱり大人はコーヒーを飲んでいた。
いとこのお姉ちゃんが「パンをさ、コーヒーに漬けたら美味いんやで」て衝撃的なことを教えてくれた。
正直、汚いって思った。
真っ白なパンがコーヒーで茶色になるし、グジュグジュしていて何だか気持ちが悪い。
「いいから、食べてみてや!」と無理やり口に入れられた…あれ?美味しい!
何これ!凄く美味しい!あんなに苦いコーヒーなのに、その苦さが堪らなく美味しい!
死ぬほどコーヒー浸しパンを食べた小5の冬は忘れられない。

 

中学生になり、教科書通りに反抗期を迎えた私は、あれほど大好きだった父親に意味のわからない嫌悪感を抱くことが増えた。
何故だかわからないけれど、話しかけられることすら嫌だった。
会話もギスギスしていたけれど、父親から香るブラックコーヒーの香りは好きだった。

 

高校生になり、アルバイトや友達との遊びに明け暮れている頃、またもや私のコーヒーブームは再来し、コーヒーラテやカフェラテという少しオシャレなコーヒーを飲んでいた。
対してコーヒーの味もわからない癖に、一丁前に「やっぱり最後はコーヒーだよね〜」なんて格好つけてた。
この頃の私が、焙煎された本当に美味しいコーヒーを出されても、ファストフード店のコーヒーを出されても、取り敢えず美味しい〜!て言ってたに違いない。
だって、甘みが少ないとか言いながら、シロップとミルクを幾つも追加してたのだから。

 

高校三年の進路相談の日、今思えば確立した夢もなく、ただ周りに流されて格好良いと思ったからか「専門学校に行きたい」と両親に打ち明けた。
両親は今まで私の言うことに反対したことがなく「頑張るんよ」と優しく返事をしてくれた。
専門学校説明会の日、説明会が終わって母親が「お昼ごはんがてら喫茶店に入ろう」と昔ながらの味のある喫茶店に行こうとした。
「そんな汚い店嫌だよ。あっちの店に入ろうよ!」と私は喫茶店ではなく、いわゆるカフェに母親の手を引いた。
なんとかラテ、なんとかフラペチーノ。
母親は「美味しいね。オシャレなお店だね」って褒めてくれたけど、何だか寂しそうだった。
コーヒーを飲んでいる時の母親の時間はいつもゆっくりだった。
毎日忙しい母親のコーヒータイムは、唯一ホッと息のつける時間だった。
この日、母親とのコーヒータイムは、凄く短かった。

 

運命の出会い!絶対に運命の出会い!
社会人になった私は、アクセサリー屋の副店長を任されていた。
好きな接客業だったけれど、まだまだ遊び足りない。
刺激の無い毎日に嫌気がさしていた頃、通勤電車の中で一目惚れした男性が居た。
前から好きだった俳優さんにソックリで、背も高くて、本当にイケメンだった。
びっくりしたことに、降りる駅が同じだった。
思わず駆け寄り声をかけた。
「一目惚れしました!」
びっくりした彼は一瞬止まっていたけれど「俺もタイプかも!」と直ぐに意気投合した。
もっと話したくて駅近くのカフェに入る。
「やっぱりコーヒーはブラックですよね〜?」
「ブラックじゃなかったらコーヒーじゃないから!」
息も合うし感性も合う!
本当に運命の出会いだったんだ。
この頃の私、実は仕事が忙しく眠気覚ましの為だけにコーヒーを飲んでいた。
ミルクもシロップも入れないただのブラックコーヒー。
思えば、この頃のコーヒーは一番不味かったかもしれない…。

 

彼との出会いから一年。
私たちは夫婦になった。
周りからはまだ早いんじゃないか?と心配されていたが、お腹には小さな命が既に宿っており、おめでたい話だ!と最後は沢山の人に祝福された。

まだ、私はホッとするためのコーヒーではなく、眠気覚ましだけのブラックコーヒーを飲んでいた。

「たばこ、やめてよ」

たばことコーヒーの混ざった匂いは嫌いだった。
子供に悪影響だし、気分も悪くなる。

見栄と眠気覚ましだけのブラックコーヒーで繋がった二人の生活は長く続く訳もなく、二人目の子を抱えながら別の道を選んだ。

シングルマザーとして久しぶりにホッとしたコーヒーを飲んだ。
子供がくれた飲みかけのコーヒー牛乳。
「これ、ママも子供の頃好きだったんだよー!」って笑いながら、子供の優しさに涙が出る。

久しぶりに仕事が休みになり、母親と古い喫茶店に入った。
「この店、なんか落ち着くね〜。」
母親は笑って「あなたから、その言葉が聞けるとは思わなかった」と少し疲れた笑顔で涙を流した。
「あの時はごめんね…」と言いかけて目の前にあるちょと甘めのコーヒーを飲んだ。

30歳を過ぎた頃、母親がそろそろ次の人を見つけても良いのではないか?と頻繁に口にする様になった。
私は女手一つで頑張るつもりだったけれど、自分のパートナーが欲しいと思うことも今までに沢山あった。
ただ、シングルマザーとして1人で頑張るから!と啖呵を切ったからには、パートナーが欲しいだなんて口が裂けても言えない…と女である部分を封印していたのかもしれない。

ある日、テレビでお見合いパーティーの特集をやっていた。
こんな出会いもあるんだな〜と観ていたら息子が「ママも行ってみたら?」と冗談なのか本気なのかわからないテンションで話してきた。
ちょうど実家で観ていたので、母親も「そうだよ。一回くらい行ってみたら?」と今までにないくらいの勢いで、私の背中を押した。

ま、経験のひとつとして…と軽い気持ちでパーティーに参加した。
急に目一杯オシャレをした自分が恥ずかしくなってきた。
このワンピース、変じゃないかな?
メイクおかしくないかな?
髪型変じゃないかな?
ドキドキ、心臓はバクバク。

私のテーブルに1人の男性がやってきた。
「素敵なワンピースですね」
落ち着いた声の癒し系サラリーマンだった。
歳は私より10も上で、一度結婚に失敗したらしい。
「一緒ですね!」
彼とは最初からスムーズに話せた。
前から知っていたかな?と思うほどに話せた。
一緒に話している空間が心地よくで、まだまだ話していたいと強く思った。

パーティーが終わり、私は彼とカップルになった。
「どこかでゆっくり話しましょう」
少しだけオシャレな喫茶店に入った。

(年上だし、落ち着いたサラリーマンだからブラックコーヒーだよね…)
長い間悩んでいると、彼が「先に注目しても大丈夫?」と聞いてくれた。
「どうぞ!」と言うなり彼は「カフェオレひとつ」
咄嗟に「私も!」

ブラックコーヒーじゃなくて良いんだ!
なんだか拍子抜け。

彼は「仕事上、ブラックコーヒーばかりだけれど、本当は甘めのコーヒーが好きで」と少し恥ずかしそうに笑った。

実は私も…と今までの話をしながら、ちょっと甘いカフェオレを二人で飲んだ。

甘いコーヒーが好きな彼は、今の私の旦那様。

朝は毎日忙しく、今日もバタバタしている。
長男の騒がしい「いってきまーす!」の後、ほんの少しの時間にホッとするちょっと甘いコーヒーを夫婦二人で飲む。

「行ってきます」
主人が笑顔で足早に階段を降りてバス停に向かう。

私は家事を片付け、次男の朝ごはんに付き合いながら、もっと甘いコーヒーにパンを浸して食べる。

コーヒーは眠気覚ましだけの飲み物ではない。
張り詰めた空気、バタバタする毎日にホッとする小さな癒しを与えてくれる飲み物。

その癒しを共有できる夫婦こそ、素敵な夫婦なんだな…としみじみ感じながら、子供の頃に見た父親と母親のコーヒータイムを懐かしむ。
私も少しは成長しただろうか?
まだまだ、ブラックコーヒーを楽しむことはできないけれど、甘いコーヒーで一息つけるようになりました。

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