あぁ・・・メンドクサイ・・・なんで私が出向いてやらないといけないんだ・・・
今日に限って、いつもはあっさり直る寝ぐせが治らずそんなことを思いながら
ヘアアイロンの温度を上げた。
熱でどうにか誤魔化すしかない。
今日は普段通りだけど、やっぱりキレイ
そんな自分でいないといけないのだ。
私は会う約束したカフェに行く準備をしていた。
何を頼むかはもう決めている。
クロワッサンとカフェオレ。
そのままさっと仕事に行けるようマグカップじやなくて
テイクアウト用の大きい紙コップで入れてもらうの。
この日の数か月前、私は彼氏に振られた。
男性歴は決して多くはないけれど、今までで最高の男性だった。
面白く、見た目も悪くなく、友達も多くてスポーツが好きで
私の世界を広げてくれた人。
彼が転勤になり寂しかったけど2時間半で会える距離。
大丈夫だと信じていた。
私も彼が好きだったし、彼は私にベタ惚れだった。
でも、私が胡坐をかきすぎていたのか、自意識過剰だったのか
知らなかっただけで彼が持久力がない人だったのか
とんでもなく素敵な人に運命を感じたのか
もしくは全てが該当したのかはもはや分からないが
彼が転勤して3ヶ月で
彼は新しい転勤先に派遣社員でほぼ同時期に入ってきたという歳下の女性に
見事すっかり持っていかれてしまった。
見事すっかりという理由は、何も言わず彼から連絡が途絶えLINEはブロック
Facebookの友達からいつの間にか私が消されていたのだ。
1カ月ほど経ち、彼の友人からコーヒーショップに呼び出された。
心配になってと声をかけられて先ほど書いた現状を知らされた。
その友人は彼と私が別れた話を聞いたとのことだが
私は本人からではなく、この友人から別れたことを知らされたのだ。
泣くのが嫌いな私は、ただ無表情でその話を聞き
「へー、私とあの人、別れたんだ。初耳」
と言った。
ドラマのワンシーンのように、アイスコーヒーの氷がカランとなって下に落ちたのを見た。
その友人はとにかく戸惑っていたがとにかく私の家の鍵を返してほしい。
うちにあるものを返したいなぁ、とその友人に話した。
彼に伝えろとは言わなかったがこの友人はマトモな人間であると認識していたので流石にそれは彼の方がまずいだろうと思うことを想定してただの文句のようにその話をした。
その日、コーヒーをそのお店でガブガブ飲んだ私は
眠れなかった。
きっとカフェインの取りすぎだと思うことにした。
不思議と涙は出なかった。
数日後、LINEのブロックを解除したのか
彼・・・いや、元彼からLINEが届いた。
「鍵を返すのを忘れていました。返したいです。」
「敬語かよ」と読んだ瞬間思わず笑った。
やはりあの友人は鍵と荷物のくだりは元彼に話してくれたらしい。
「助かるー。うちにある荷物も返したい」
と私は返信を入れた。
「どうやって返す?着払いで送ってくれてもいいけど」
ん?
私は不思議だった。
返す方法を選べるとは思っていなかったのだ。
二度とこの人は私と会う気がないと思っていたのだが・・・
思わすニヤリとした。
会えるというニヤリではない。
相手が墓穴を掘ったことに私はニヤリとしたのだ。
この人は私が会って荷物をやりとりしようと言うと思っていないだろう。
着払いに乗ってくると思っている。
そこを逆手にとってやろうと思ったのだ。
あんなに好きだった相手だったし連絡が取れなくなった時は一人で数日泣いたが
好きという気持ちが吹っ切れた私は、どうも相手の嫌がることをしたくて仕方がないらしい。
女って怖い・・・いや、私が怖いのか?
こう思うことぐらい可愛いもんだろ、と思っている自分がいる。
私は日時と場所を指定する連絡を入れた。
ビジネスのような文章だ。
しっかり返信期日と不可の場合は候補日をあげるよう記載した。
そんな文章を送りながらまたニヤニヤしている。
数日、元彼からの返事は途絶えたが、後日、その日時で了承する返事が来た。
当日ドタキャンしそうだなー、この男。と思ったので少しでも来る確率を上げるために
「OK。その日、〇時から仕事あるから遅れないようにだけよろしく。」
と嘘をついた。
仕事があるのは本当。ただ〇時というのは嘘。
仕事があるのはもう少し後だ。
元彼は悪者になれない人なのだ。
そして決定意思を言葉にできない人なのだ。
付き合う前から知っている。
絶対無理ということも「ちょっと難しい」とか「厳しいかも」という言い方をする。
無理っていえばいいじゃん。と言うと彼は「悪い回答ははっきり言えない」という。
今回の別れだって、自分に好きな子ができたと言えないから消えたのだ。
つまり、「悟れ、わかるだろ、分かってくれ」ということだ。
私はそれを許さない側の人間だ。
彼だからではない。仕事も普段もそうだ。
何も言わないならそれも一つだけど、いいことだけ言って悪いことだけ言わないのは人間として筋が通らない
というタイプの人間なのだ。
まぁ、こういう時点で元彼とはあっていないと、こうしている時点で気付くところではあるがそっちのペースで別れたんだから、最後はこっちのペースに合わせてもらおうではないか
そんな気持ちだった。
元彼の性格上、
当日ドタキャンしようとしても体調が悪いとか用事が入ったとは言わず
「向かってるけど遅刻しそう」という理由を言うだろうと想定していた。
最初から行く気がない、ドタキャンしたと思われないために明らかに仕方がないと思う嘘をつくだろう。
そう私は考えた。
だから、時間の嘘をついたのだ。
「仕事、もう少し後だから、待ってるし早く来て」
と言うために。
いや、言うためにではない。
私は元彼を眼の前に引きずり出そうとしていた。
そして当日私はスーツに着替えた。元彼と会った後は仕事だからだ。
スーツは何着も持っているが一番カッコいいスーツを選んだ。
戦闘服だ。
戦うつもりはない。
泣くつもりもない。
大人として対応するつもりだ。
文句も言わないし、罵倒する気もない。
でもただでは逃がしてあげない。今まで通りに接しながら精神的な威嚇をするぐらい許してもらおうじゃない。
指定した店も元彼が苦手なタイプのお店にした。
ちなみに私は大好きなお店だ。
洗練されたビジネスマンやお洒落な人が沢山出入りしているお洒落なカフェ。
ちょっとニューヨーカーにあこがれるような人が好きそうなお店。
場所が分からないとは言わせない。
駅前だもの。
少し早めについた私は予定通りのものを注文した。
・・・おいしい。
少し緊張している自分に気が付いた。
いや、気持ちが高ぶっているのかもしれない。
コーヒー濃いめのカフェオレで気分を落ち着ける。
自分でいうのもなんだが、このカフェの雰囲気に今の私の外見はすごく合っている。
窓に映る自分を見てそう思った。
約束の時間の時間になった。
LINEが来た。
「電車遅れてる、どうしよう。仕事だよね。」
私、超能力者か!と自分で声に出してつっこみたくなった。
ほらね。言うと思った。
「時間変更になったから大丈夫。結構時間あるし待ってる」
返信をした。
なんて分かりやすい男なんだろう!
そしてなんて馬鹿な男なんだろう!
こっちはそうすること読めてるのに!
逃げられないのに!
笑いがこみあげてきた。
どうしても笑ってしまうので、それを隠すかのように
私はまたカフェオレを口にして窓に映る自分を見つめた。
私は捨てられたけど、ただ捨てられるんじゃない
私の方が上な人間だった、世界や価値観が違う人間だったと 思って終わりたいのだ。
そして、「あいつと結婚するなんて無理だった」と思われたいし思いたいのだ。
「絶対に結局は無理だった」ということにしたい。
「もし」とか可能性があったかもしれないことを微塵も感じたくないのだ。
温かいカフェオレが喉を通り、心臓、そして心を温めたときに本心を見つけた。
大きい一口でまたゴクリとまたカフェオレを飲んだ。
すごく大きく喉が鳴ったので少しびっくりした。
今思えば、大きい一口で好きな飲み物を体に入れることで自分を落ち着かそうとしたのだろう。
こういう時に温かい飲み物を飲むと自分がひどく冷たくなっていることに気付く。
温かいものが口から喉を通り、もっと下の方まで流れていくのを感じるから。
また一口くちに入れて今度は飲み込まずに目をつむって味を感じる。
あぁ、私、想像通りになってショック受けてるんだなぁ
カフェオレで体が、心が温まるにつれて本心が出てくる。
出てこなくていい
まだ出てこなくていいのに
今は出てこなくていいのに
でも、本心を抑えていたせいか一度出てきたらどんどん本当の気持ちが出てくる。
色々な言葉や思いが頭をよぎる。
強制的にシャットダウンしないと元彼に普通に(っぽいけれど堂々と)会えなくなる。弱った自分も、切ない顔をする自分も見せてたまるものか
カフェオレと一緒にもらった冷たい水を無理矢理飲んだ。
トイレに行って自分の顔を見た。
よし、大丈夫。
私はいなくならない。私の気持ちも心もいなくならない。
無視もしない。
向き合うのは後ででいい。
会った後で・・・もう少し、もう少ししたらちゃんと向き合うから。
席に戻った。
しばらくして、ちゃんと元彼は登場した。
ひどく憔悴しきったような顔をしている。
憔悴してるように見えるほど、私に会いたくなかったのか
一応悪いと思って、反省とか申し訳ないという気持ちが表れているということなのか分からない。
どんな顔をしていいのか分からないというのが一番近いのかもしれない。
少し瘦せていた。
元気がなかった。
その姿は私が好きになった彼ではなかった。
あぁ、あのイキイキとしたこの人を私はもう見れることはないんだな、と思った。
自分の家の鍵を返してもらい彼の荷物を返した。
私はまだ時間があるので、もう少しここで残ったコーヒーとクロワッサンを食べることを告げた。
彼は席を立たなかった。
でも何もしゃべらなかった。
笑ってしまった。
用件だけ済ませて立ち去ることができないのだ。
あぁ、この人、本当に悪い人になれないんだなぁ。
嫌味の笑いでも、馬鹿にした笑いでもなくこぼれるように、仕方ないなぁ、と子供を見るように笑った。
仕方なく共通話題を少しだけ振った。
少しだけ彼も笑った。
気の毒になったので、もう行く、と私は言った。
そして「ごめんね」と言った。
馬鹿にしてごめん
会いたくなかっただろうに無理矢理引きずり出してごめん
支えられなくてごめん
彼は首をぶんぶんと強く振った。
子供のようだった。
お前は言わんのかーい!と思ったが
きっと彼もごめんと思っていることにした。
仕事があるビルが隣のビルだったので「じゃあここで」というと彼はじっと黙って私を見た。
でも何も言わなかった。
私も聞きたくなかった。
彼にいい人になってほしくなかったから。
最後になにか言われても、私たちはもう戻らないから。
「じゃ!元気でね!!」
私は笑顔でビルに入った。ガラス張りの自動ドアから彼がこちらを見てるのが分かった。
ガラス張りの建物。
入って左がエレベーター。
運よくすぐにエレベーターは来た。
私は乗った。
ガラスの向こうから彼はまだ私を見ているのに気付いていたけれど
気付かないふりをした。
大丈夫。口角は上がっている。私は機嫌よく、何ともないようにこのエレベーターに乗っている。
本当は手を振りたかった。
でも、振らなかった。
ただただ、普段のご機嫌な自分の外見のままエレベーターのドアが閉まるのを待った。
ごめんね。ありがとう。さようなら。
ドアが閉まった。
この後は仕事だ。
社内のプレゼンと後輩の指導研修。
私はまだ泣けない。
この上がった口角も下げれない。
代わりにこんなことを思った。
あぁ、なんて彼は弱い人間なんだろう
あそこで、あんな顔しないでよ
無視するなら徹底的に無視して拒絶してみせてよ
見送ったりしないでよ
結局、会うなら、見送るなら、笑顔で「じゃあな!」って言ってみせてよ
私は弱くない 私の方が強い
私は帰るまであんな顔しない
職場の階に到着してエレベーターが開いた。
いつも通りの私。
なにも変わらない私。
そう、私は強いのだ。
だから、帰り着くまで、仕事が終わるまで大丈夫。
私はオフィスに着くまでに残ったカフェオレをぐびぐびと飲み干した。
ぬるくなったカフェオレ。
温かかったら、気が緩んだかもしれない。
ぬるくなったカフェオレで今の感情を飲み込んだ。
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