コーヒーの好きな彼女

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彼女と出会ったのは、カフェでした。彼女が客で自分はアルバイトでした。自分がアルバイトしている店はチェーン店ではなく、完全に個人で営んでいるカフェでした。

 

とても古い外観で、中も相当年季が入っているような、そういう店でした(自分はそんなレトロな雰囲気に惚れてアルバイトしていたのですが)。そんな店に来るのはオーナーの馴染みの客のお年寄りばかりで、彼女が最初店に来た時はとても驚きました。何故なら、彼女がとても綺麗で若かったので、古い店にはとても不釣り合いだったからです。

 

話を聞くと、コーヒーが大好きで、この辺りのカフェを周って歩いているようでした。同い年くらいの女性にしては、とても落ち着いていて自分より大人びて見えました。自分もコーヒーが好きでこの店でアルバイトしていたので嬉しくなり、コーヒーについての蘊蓄(コーヒーの歴史、豆の産地、ブレンド、焙煎方法、コーヒーの淹れ方など)を色々と語ってしまいました。彼女はとても興味を持ってくれたみたいで、終始真剣に聞いてくれました。

 

あまり、コーヒーが好きな同年代の人がいなかったため熱く語ってしまいました。それでも彼女は、引くこともなく最後まで聞いてくれたのでいっそう嬉しかったです。彼女は、私が一頻り語り終えるとコーヒーについて色々と質問してくれました。私は、彼女が素振りだけではなく、ちゃんと聞いてくれてたのだな、と思いがそれが嬉しくて、嬉々として答えました。最後に彼女は「コーヒーについて、とても博識なんですね。もっと色々と聞きたいです。お話したいです。」と、花がパッと咲くような笑顔で言ってくれました。そのあと、私と彼女はメールアドレスを交換して、彼女は帰っていきました。

 

自分の完璧な一目惚れでした。特に、最後の一言と笑顔が脳裏に焼きついて、いつまでも離れませんでした。なんというか、今まで真剣だった表情が、急に緩んだせいか、とても眩しくみえたのです。少女漫画などでよくありますが(私は少女漫画がとても好きなのです)、本当に笑顔でクラッくるものなのだなっと身をもって体験しました。その日の夜、彼女からメールがありました。メールの内容は、今日のお礼と簡単な自己紹介でした。彼女がメールで自己紹介を書いているのを見て、今日は自分のことばかり語ってしまって失敗したな、と後悔しながら目を通すと、驚いたことに彼女は私と同じ大学でした。また、学年や学部こそ違うけれど、自分の興味のあった史学部(第2希望の学部でした)だったので色々と話を聞きたいと思いました。同じ大学だったことや、気が合うことが嬉しくて、すぐに返信をしてしまいました。自分は、ケータイの返信が遅いと周りからよく言われるので、彼女にだけこんなに早く返信できる自分に驚きました。その後すぐに彼女から返信があり、彼女も驚き、また喜んでいるようでした。お互いの返信が早いのもあって、その日のうちに大分お互いのことを知ることが出来ました。彼女の出身が福岡でこっちで一人暮らししていること、自分より2つ年下なこと、趣味はカフェ巡りと読書なこと、甘党なこと、猫派なこと、料理はあまり得意ではないこと、etc…。彼女のことを知れば知るほど、彼女に惹かれていく自分がいました。その夜は、彼女に出会わせてくれたコーヒーに感謝をしながら、眠りにつきました。

 

翌日、大学へ向かうと、昼頃彼女からメールがありました。一緒に昼御飯を食べようという誘いでした。急いで彼女のもとへ向かうと、彼女は複数人の男女のグループの一人としていました。まだ自分には気づいておらず、ある特定の男の子と楽しそうに話をしていました。とても仲良さそう(実際に仲が良いのだろう)に見えたので、自分の腹の底から何かが溢れてくるような感覚がありました。そして、自分はそれを見ていると、いてもたってもいられなくなり、その場を離れてしまいました。彼女の笑顔が、自分に向けられたものではないと分かるととても胸が苦しくなりました。また、その笑顔が自分の時よりも、より眩しい気がしてなりませんでした。しばらくして、彼女から心配のメールが届きましたが、自分はなんと返信してよいか分からず無視してしまいました。また、どう返信していいのか分からなかったこともありますが、何より彼女が他の男と話していることが許せなかったのです。しかし、自分は昨日出会って少し話しただけの人間です。許せないとかそんなこと言うような立場じゃありません。また、そんなことをグルグルと考えている自分がとても嫌で、とにかく今日はなにもしたくない気分でした。最悪の気分でした。しかし、アルバイトがあり、なにもしないということは出来ませんでした。急に休むことも出来ず、仕方なく家を出ました。

 

なるべくいつものように、アルバイトをしました。周りに悟られるのが嫌だったし、何より大好きなコーヒーを淹れている時は幸せな気持ちでいたかったからです。自分は、もう彼女のことは諦めよう、メールも全部無視して全部リセットしよう、と働きながら考えていました。ところが、働きはじめて3時間ほど経った頃でしょうか。なんと、彼女が来たのです。息をきらしており、大学から走ってきたようでした。思わず見つめてしまった私と彼女は、バッチリ目を合わせてしまいました。彼女は人目も気にせず、ツカツカと私の目の前に歩いてきました。「心配して探しましたよ。お昼はなんで来なかったんですか」と少し乾いた声で言いました。そんなこと言われても、私には何も答える術がありません。私は目をそらして、お客様、困りますとしか言えませんでした。彼女の彼氏でもないのに、他の男と話していたからだとは言えるわけがありません。それでも彼女は積め寄ってきます。「私は、あなたと話したかったのに…メールも返してくれないし…。そりゃ昨日会ったばかりかもしれないけど…それなりに仲良くなれたと思ってたのに…」と、彼女もだんだん目を伏せていきます。彼女の言葉や仕草が、だんだんと私の凍りついた心を融かしているように感じました。「私…昨日からあなたのことが気になって…」消え入るような声で彼女が続けます。「なんで私のメール無視するんですか…私のこと嫌いになっちゃったんですか…」と、最後に涙を溢しながら後ろを向きました。私は彼女が愛しくて、自分が自分のことばかりになっていたことに気づきました。彼女のことを好きだと思っていたのに、本当に好きだったのは自分で、自分が一番大切だったのか、と思い恥ずかしさを感じながら重要なことを教えてくれた彼女に感謝しました。僕は彼女に謝り、素直に告白しました。「僕は貴女が好きです。今日は貴女が他の男と話をしていたので、少しショックを受けてしまって行けませんでした…。でも今目が覚めました。僕と付き合って下さい。僕は、ネガティブでヤキモチやきな人間ですが、悪い人間ではありません。お願いします。」と深く頭を下げました。しかし、彼女は何も言わずに店の外に出て行ってしまいました。

 

僕はバイト中なのも忘れて、急いで追いかけましたが、外に出た頃には彼女の姿はもう見えなくなっていました。僕は自分が情けなくて、悔しくて、その場で泣いてしまいました。店長が呼ぶ声が後ろで聞こえましたが、それどころではありませんでした。もう、完全に嫌われてしまったと感じたからです。確かに、大衆の面前でみっともないことをしてしまったので、嫌われて当然だなと思いました。彼女も恥ずかしかっただろうし、私のことをカッコ悪く思っただろうとも思いました。店長には、具合が悪いから帰ると、書き置きだけ残してその日は家に帰りました。

 

その後、家についてから彼女に謝りのメールを送りましたが返信はありませんでした。やっぱりもう駄目か、と落ち込みながら布団に潜っていると、彼女からメールが来ました。急いで見てみると、「私もあなたが好きです。この気持ちが本当かどうか確かめたいので、2週間待ってください。2週間後もお互い付き合いたいと思っていたら付き合いましょう。あなたのコーヒーの蘊蓄がまた聞きたいです。」と書いてありました。それを見たとき、私は目の前が白く開ける感覚に陥りました。それは人生で一番幸せな瞬間だったのだと思います。まさか両想いだったなんて、嫌われて完全に終わったと思っていた恋が復活するなんて、ととても信じられませんでした。夢見心地や天にも昇る気持ちとはこういうときに使うのかな、と考えたりしました。その日は、あまりに嬉しくて全然寝れませんでした。彼女と行きたいカフェについて、あれこれ思いを巡らせていたら寝れなくなっていたのです。

 

それから、3日後、彼女は交通事故で亡くなってしまいました。私に、2週間後の答えを聞かせてくれないまま逝ってしまいました。私は泣くことが出来ませんでした。本当に悲しいと人は涙も出ないんだな、と体感しました。そして、途方にくれることしか出来ませんでした。途方に暮れて、大学にも通えず、彼女の葬式にも出れませんでした。そんな私にある日、一筋の光が差しました。それがコーヒーです。彼女の大好きだったコーヒーを、最高のコーヒーを淹れてあげようと私は思い立ちました。そうなると、いてもたってもいられなくなり、大学を休学して、貯金をすべておろし、ブルーマウンテンの本番、ジャマイカへと旅立つことを決意したのです。

 

それから、数年間経ってしまうのですが、私はなんとかジャマイカと日本を往復して、これだ、という豆に出会うことが出来ました。最高のコーヒー豆を準備できたので、後は場所です。今は彼女のお墓の隣に、カフェを開くことだけを目標にお金を貯めている日々です。コーヒーのように苦い恋でしたが、彼女は初めてのことを色々と体験させてくれました。今でも愛しています。Mさん、天国から私を見守っててください。もうすぐ、最高の一杯をあなたに届けますから。

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