フレンチプレスが象徴する夫婦愛

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35歳の女性、主婦・育児業の傍ら、Webライターとして在宅の仕事をしています。

 

先日、久しぶりに夫婦そろって休みを取り、隣県の主人実家に幼稚園児の子どもを預けて、二人で映画を観に行きました。

 

素敵なロマンス映画…ではありません。少なくとも主人は以前まではドラマ映画をよく観てはいたのですが、この私(妻)が特撮大好き、怪獣やヒーローもの大好きと言う少年らしい趣味の持ち主なので、それにも合わせてくれるようになりました。

 

マーベルの「キャプテン・アメリカ シビルウォー」を観に行ったのです。楽しい時間を過ごせたのですが、映画館を出てすぐ私たちが開口一番に言った感想は、

「見たっ!?トニーが、ピストン式のフレンチプレスで淹れたコーヒーを飲んでいたッ!」

派手なアクションも、深刻な過去のストーリー伏線も全てうっちゃけて、私たちは劇中で主要ヒーローの一人であるトニー・スターク氏(アイアンマンです)が使っていた、大きなフレンチプレス・コーヒーサーバーのことを話し続けました。ついでに、彼が「誰だ、コーヒーがらをシンクに捨てたのは!」と怒っていたことについても。

 

これにはタイムリーな理由があります。実はこのごく1週間前、自宅ポストに入っていた郊外の大型雑貨店のチラシを見て、主人が興味を示しました。「お前、こんなの知ってる?」そう言われて見ると、妙なものが印刷されていました。

 

「あれ?何これ、プレス式のティーポットじゃないの。前に実家で使っていたよ、紅茶やハーブティーとかをいれるのに使うの。普通の急須みたいにお湯を入れて、色が出たのがわかったらギュって押し出すのね。」

 

まさにそれは、私の記憶にあるティーポットの一つでした。それがコーヒー用にも使われていることがわかり、フレンチプレス・コーヒーサーバー等と呼ばれていることを初めて知ったのです。

 

その数日後、いつもより早めに帰宅した夫は、チラシの店によって例のフレンチプレスを購入してきました。私たちの家庭では、普通にコーヒーを淹れる際には、ペーパーフィルターを使ったクラシックなコーヒーマシンを使用しています。急いで1杯だけ飲みたいという場合はブルックスなどのドリップバッグも利用しますが、私個人としてはこのコーヒーマシンで大目に作ったものが一番美味しいのではないかな…と思っていました。

 

夫も割と保守的な所があるので、コーヒーマシン一本やりだと思っていたのですが、最近になって少し新地開拓をするようになったのかもしれません。フレンチプレスも「とりあえず、一体どんな味になるのかを見てみたいから、一番小さいものを購入した。」と言います。

 

フレンチプレスは下の方についている、金網の部分でコーヒーをこします。ですからあまり目の細かい市販のコーヒーでは向かないのです。夫は用意周到に、これまた近郊の専門店で粗めに挽いてもらった豆をも購入していました。たしかにこれだけ粗いなら、お湯にまじってフィルターを通ってしまうこともないでしょう。

 

そうして淹れたコーヒーは、不思議としか言いようがありませんでした。主人が言うには、あまり高温のお湯を使ってはならず、やや沸騰しかけのぬるめのもの、と言うことで、出来上がったコーヒーも必然的にほの温い飲み物になります。ちなみにコーヒー豆は、挽き方こそ粗いものの、いつも飲んでいるものと同じ銘柄です。

 

普段の淹れ方なら、かすかに感じる酸味や苦みはどこか遠くへ行ってしまい、ひたすら穏やかなまろやかさが口中に漂いました。甘い、と言ってもいいでしょう。

 

何度かこのようにして淹れたものを一緒に分け合って飲むうち、私の感想ははっきりしてきました。「柔らかすぎる」と。私にとってコーヒーは、パンチを聞かせたエネルギードリンクのようなものです。このまろやかさ、甘味はどうしてもお茶に近く、それなら別にお茶を飲めばいいではないか…と、元来お茶派である私には思えました。

 

ですが、主人にはこう言いました。「私はいつものコーヒーマシンの方が好み。でも、あなたは酒さ(皮膚病の一種)や大腸炎の持病もあって、刺激にならない飲み物の方がいいから、これは全く適切なんじゃないかな?」

 

主人はこれを聞いて喜びました。「そうか、じゃ続けてもいいかなあ」
「そうだね。あなたがフレンチプレスを使う時は、私は一緒に緑茶を淹れて飲むから。」

 

こんな風に穏やかな会話ができたことが、内心では驚きで仕方がありませんでした。私たち夫婦は10年前、怒涛のような恋愛感情に惹かれあって結婚したものの、お互いの自我をはることが非常に多く、喧嘩が絶えない結婚生活だったのです。お茶派だった私とコーヒー派だった彼が、飲み物のことでいがみ合うことすら珍しくはありませんでした。私が心をこめていれたペーパードリップのコーヒーを投げ捨てられたり、夫が淹れたどうしようもなくまずい緑茶を、喉を焼く思いで飲んだこともあります。

 

「このフレンチプレス、お前も時々使っていいよ。ほら、コーヒーだけじゃなくお茶も淹れていいっていうんだから、在宅仕事の合間に一息つけば。それも考えて、取っ手とか緑色のやつにしたんだし」と夫は笑いました。緑色は私の大好きな色です。

 

まろやかな風味のフレンチプレス抽出コーヒーは、まさに私たちの関係のようだと気づきました。もう、恋の刺激的な酸味の部分はさめてしまいましたが、苦みも同時にありません。信頼と言う礎に基づいた、穏やかな甘さ、心地よさが心にしみる味なのです。

 

いったんは「好みじゃないな~」と言っておきながら何ですが、私はこのフレンチプレスに夫と言う人の良さを見つけた思いがします。さながら愛に育った恋、そんなものかもしれません。

 

さらに1週間後。「ど、どうした!何があった!このコーヒー、とんでもなく不味くなってる!」

 

再びフレンチプレスで気分よくコーヒーを淹れた夫が噴き出しました。二人で調べると、コーヒー豆から異臭がします。すえたような、発酵したような…「何だか味噌くさい…」と私。

 

そこではたと気がつきました。「ちょっと!あなた、コーヒー豆をどうやって冷蔵庫に入れたの?か、紙袋のままー!?それじゃ湿気とかもろに吸うし、色々発酵食品の影響受けて当たり前だわよー!!!」(大ショックです…。)

 

私たち夫婦の関係も、穏やか過ぎては近い将来発酵する危険性がないでもありません。もんわり香るコーヒーを前に、私は内心で気を付けなくては、と思ったのでした。

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