真夏のホッと コーヒー

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「なあシンゴ、3丁目のおばけビルいかね?」
大学で知り合ったタカオは買ったばかりの車を横目に煙草を吸いながらダルそうに言い、冷えた缶コーヒーを僕に手渡した。

時刻は午後6時になったばかり。

メンバーは?
と尋ねようと思ったが、どうせいつものメンツになるのは目にみえているので僕は尋ねなかった。もらったコーヒーを、勢いよく開け、ありがとうのつもりでタカオを見て、コーヒーを持つ手を軽く上に上げた。もうすぐ仕事が終わるハヤトをひろう為に、タカオは車を走らせた。

特にする事のなかった僕は、断る理由もなく、煙草に火をつけ、いつもより深く吸い込み、見慣れた街に煙を吹きかけた。

「ほんとにでんの?」

変わらない日常に退屈だった僕は、ほんの少しだけ期待を抱いて、ハンドルを握るタカオに尋ねた。
真顔でうなづいたタカオはなんだかいつもと違う感じがした。
僕たちは夏になると、この3人で肝試しに行く事が、女子大生がカフェに行くのと同じくらい普通の事になっていた。

「うぃー!」
いつものテンションで後部座席に乗り込んできたハヤトは、何故か気合満々だった。
「ほい」
タカオが振り向きハヤトにもコーヒーを渡し、車を走らせた。

車がゆっくりと止まり、時計の針は9時を指していた。
ドアを開けると、さっきまでの喧騒が嘘の様に、不気味な程辺りは静まりかえっていた。
茂みの中に外灯の明りでうっすらと見える廃墟ビル。
「じゃんけんするぞ」
と一言、
3人はビルの入り口手前で立ち止まり、顔を見合わせ、先頭を決めようと、切り出した、タカオ。
負けたのは僕だった。

ガラスも割れ、鍵も掛かっていない錆びたノブを恐る恐るまわし、暗闇の中にゆっくりと入り、少し距離を置きながら2人もつづいた。
「え?」
誰もいないはずが上の方から何か声の様なものが聞こえた気がした。
ハヤトは震えながら、僕らの顔を見た。
気のせいかと思ったが、タカオもうなずいていた。
「やべえよ」
ハヤトは涙目でぼそっとつぶやく。
恐怖と期待が混ざり興奮している僕は、いつも通りのタカオと、目の前にある階段に息を殺しながら、脚をかけ一つずつ上がった。
後ろを見渡し、きょろきょろしながら2段程遅れてハヤト。
「うわぁ!!」

ガタガタガタガタ!!
古びた窓が風で揺れた音にハヤトが声を上げる。
その声にビクっとしたタカオはイライラした表情でハヤトを睨む。
薄暗い廊下が真っ直ぐ続く、、
所々に割れたガラスの破片。
気づけば僕の手は汗でびっしょりだった。
その時!
先ほどと同じ様な声がまた聞こえたのだ。
3人とも目が合い、乾いた喉に唾を押し込んだ。
女性の声だ。
さっきよりもはっきりと聞こえた。

「ちかくね?」

と強張った表情でタカオが呟く。
その声が間違いなく、最初に聞こえた時より近い事は3人とも気づいていた。
「もう、かえろうぜ、、な」
嫌な予感がしたハヤトは2人を説得する。
僕はタカオの顔を見て、何も答えず、
また廊下を進む。
ギシリ、ギシリ、

ガラス片を踏む音が暗い廊下に鳴り響く。

「きゃあーーーーーーーーーーーー!!」

女性の悲鳴がはっきりと聞こえた。

「うわぁーーーーーーーー!!!!」

ハヤトが叫び、僕もタカオも
その場に立ち竦んだ。
「もどろう」
これ以上はやばいと察したのか、
珍しくタカオの口から。
足が震え、僕も限界だった。
うなずき、引き返そうと振り向いた、

その時!!

「なんかこっちくる!!」

今にも泣きそうな表情で、暗い廊下の奥を見つめながら震えた声でハヤトが叫ぶ。
僕が振り向くと、
黒い影が、こっちに向かってどんどん近づいてくるのが見える。
「きゃああーーーーーーーーー!!」

女性の声だ。

僕とハヤトは慌てて逃げようとしたが、

タカオが動かない。

「おい!」

僕はタカオに呼びかけ、早く逃げようと訴えた。

「ちがう!」

タカオが叫ぶ。

「え?」

意味不明な言葉に、僕は困惑し、足を止めた。
ハヤトは早く行こうと涙目で僕を見ている。
荒ぶる呼吸を落ち着かせ、目を凝らし僕は廊下をじっと見つめた。
ちがう。
それは違う。うん。おばけじゃない。
人だ。しかも、3人。
女性3人が慌てて叫びながら、僕らの方まで走ってきたのだ。
声の主だった。
冷静なタカオはその女性たちと話をした。
なんと女3人で肝試しをしていた、というのだ。
状況をつかめないハヤトはまだ震えながら、疑いの眼差しで
女性を、少し離れたところから見ていた。
「とりあえず、でよか」
今日一番の笑顔でタカオは言った。
先ほど振るえて上がった階段を、
女の子3人と楽しく喋りながら降りた。
やっと状況をつかめたハヤトが、少し舞い上がった声で
「こんなとこに、女4人でよくきたね!」
???
僕は立ち止まり、タカオと目が合う。
うそだろ?なんつった今?頭の中にハヤトの言葉が不吉に残る。

僕とタカオはゆっくり振り返り、女の子たちの後ろにそぉーっと目をやる。
女の子たちも、2人の視線の方へゆっくり振り返った。

「っっっ!!」

全身に鳥肌が走る。あまりの恐怖に声が出ず、僕は慌ててガチャガチャとドアノブを回し、扉を勢いよく開けた。

「きゃぁぁぁ!!」
女の子が震えながら叫ぶ。

とっさに女の子の手を掴み、必死に車の方へ走った。
タカオももう一人の女性の手を取り必死に走った。
ハヤトは意味が分かっていない表情で、慌てている僕たちの様子にビビリながら
とりあえず一人走った。

女の子3人の後ろに、髪の長い女性が、顔は透き通ってるのに
真っ白な両目で、
はっきりとこっちを睨み、手招きしていたのだ。

息の上がった僕は、車にたどりつき、ふうぅと一つ呼吸を深くした。
そこで、手を握り続けていた事に気づき

「ご、ごめん」

慌てて手を振りほどき、照れながら、彼女を見た。
首を横に振り、僕をみつめ、息を整えながら、

「見ちゃった」

震えた小さな声で呟いた。

言葉にはしなかったが、僕も同じ事を思っていた。

僕はみんなが車の近くに集まっているのを確認しながら、腰に手をあて、思い切り空気を吸い込み、深く息を吐き、走る鼓動を落ち着かせようとした。

「コンビニでもいくか」

タカオが6人に聞こえる声で言った。

僕たちは、とりあえず
彼女たちの車とタカオの車2台走らせ、彼女たちの帰り道にあるコンビニまで行く事にした。

運転するタカオを横目に、
僕は煙草に火をつけ、深く煙を吐き出し、
胸のドキドキを無理やり止めようと頑張った。

いつもの風景。ギラギラ眩しいハコにいろんな人が出入りする。
いつもとなんら変わりのないコンビ二が、
今夜はやけに僕の心を落ち着かせた。

白い蛍光灯に照らされた駐車場に2台の車。

「コーヒー買ってきて、6個」

タカオは車を止めて早々、後ろのハヤトに千円札を渡し、7個じゃねえぞ!と言わんばかりに「ろっこ」を強調した。

僕はさっきの真っ白な不気味な目を思い出してしまったが、
ハヤトの天然ぶりに、タカオと目を合わせ思わずニヤりとしてしまった。

バンッ。

女の子たちが車から降りて、こちらに歩いて近寄る。

僕とタカオも車から降りた。

「肝試しで偶然会うって、なんかウケるね」

「だね。フツーないよね」

一人女の子がタカオと話す。

「コーヒー買ってくるから、ちょっと待ってて」
タカオはコンビニの中のハヤトに目をやった。

僕は一緒に逃げた、さっきの女の子の顔を何故かじっと見ていた。
女の子の髪がさらっと揺れ、僕の方へ視線をやった。
目が合った瞬間、びっくりして下を向き、目をそらしてしまった。
不自然に僕は慌ててポケットに手を突っ込み、くしゃっと潰れた煙草を取り出して火をつけた。

「たばこ、、吸うんだね」
「ご、ごめん」
僕はしまった!!ととっさに謝った。くさかったのか?煙がいったかな?そもそも煙草嫌いな子だったのか?ごちゃごちゃと頭に言葉飛び交った。

その子は、でもニコっと笑っていた。

「おまっちーー」

いつものハヤトだった。

その瞬間少しだけ、ハヤトの性格をうらやましく思ってしまった。

買ってきた缶コーヒーを袋から取り出し、女の子から順に手渡した。

「ひゃ!!」

女の子はびっくりした様子で慌てて缶コーヒーを落とす。

え?何が起きた?と不思議そうな顔でハヤトにコーヒーを催促するタカオ。

「あちっ!!」

手にした缶コーヒーはあつあつのホットコーヒーだった。

ハヤトは一人ニヤニヤしている。

「バカか?あちーよ。夏だぞ!!」

タカオはイラッとしながら言った。
「いや、みんなさ、ホッとしたいかなぁーって」

廃墟ビルに戻ったかと思う程、一瞬その場は氷ついた。

「ぷっ!」

一人女の子が吹き出し、
「マジうける」
とボソッと呟いた。

それにつられたのか、女の子はみんな笑い出す。

何故かドヤ顔のハヤト。タカオの口もゆるんでいた。

「乾杯すっか、、缶コーヒだけど」

照れながら、らしくない表情でタカオ。

「かんぱーーい」
喉が乾いていたせいか、いつもより美味しく感じ、本当にホッとしている僕は複雑な気持ちだった。
和んだ空気に紛れ、僕は勇気をだし、声をかけた。
「家はこの辺??」
少し驚いてる様にも見えるその子は、恥ずかしそうに、
「きちじょうじ」
と小さく答えた。
僕は背筋がのびた。
「え?この辺じゃないの?」
驚いた僕は声が大きくなり、反射的に質問した。
吉祥寺は僕がいつも利用する、最寄り駅だ。

「うん、今日はあの子の家に泊まるんだ」

その子はタカオと話している女の子の方を見て、そう答えた。

「僕、き、ちじょうじ近いんだ」
「今度、廃墟じゃなくて普通にカ、カフェとかどう?」
テンションの上がった僕は、普段よりも早口で言ってしまった。
そんな事を口走った自分が一番驚いていた。

その子は周りの様子を伺いながら、小さくうなずいた。

暑かったのか、ホットコーヒーのせいか、
その子の頬が赤く染まったのを、僕は今でも覚えている。

僕はあの時、断らなくて本当によかったと心の中でタカオに感謝し、遠慮がちにその子ともう一度乾杯をしゴクッと飲み干した。

ハヤトに近づき僕は笑顔で呟いた。

「ホットも悪くないな」

その時、時刻は0時をまわろうとしていた。

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