ブラックコーヒーと憧れの先輩

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­ 私は中学生くらいから、テレビで見た番組がきっかけで砂漠の緑化に興味を持ち、これに関する勉強や研究がしたいと思うようになりました。
砂漠が森になれば、どれだけ世界の人々の生活が豊かになるでしょう!
そんな夢を持ち続け、とにかく勉強を頑張っていました。

 
高校生になった時の進路相談で、担任の先生に自分の夢を話し、行きたい大学の候補を伝えました。
一応偏差値は合格圏内ではあるけど、油断しないように言われ、センター試験と、大学で受ける二次試験の科目の英語と生物を重点的に頑張りました。
その甲斐あって、念願の大学に合格しました!夢に1歩近づけて、あの時は本当に嬉しかったです!

 
大学に入学し、私がしてみたい勉強ができる研究所に配属するのは3年生からだと知り、必要な単位を取りこぼさないように気を付けました。
私は、高校時代は女子高だったため、男性とお付き合いはしたことがなかったのですが、大学入学後すぐに彼氏ができ、お別れもあり、また新しいご縁もあり、サークルにも所属し、とても充実したキャンパスライフを送りました♪
そして大学3年生になり、ついに憧れの研究室に所属することができたのです。
私の他に3人、男の子2人と女の子が一緒に研究室に入ることになり、大学からは少し離れたその研究室に行くため、当時車のなかった私ともう1人の女の子は、1人の男の子の車に同乗させてもらいました。
3人ともその研究室に憧れてこの大学にやってきたので、嬉しさの余り、3人でワイワイと騒いでいたのを今でも覚えています。

 
研究室に初めて入った時に、その先輩に出会いました。
研究室の先輩たちと教授がズラリと並んで迎えてくれていた中で、ひときわ背が高いのが先輩でした。
彼はとてもハンサムで筋肉質で、SMAPの香取慎吾くんによく似ていました。
作業で日焼けした顔に綺麗な大きな瞳で、笑うと少年のような魅力的な笑顔で、当時、私は彼氏がいたのですが、心惹かれてしまいました。
その後、研究室の方々が歓迎会を開いてくれ、話してみるととっても気さくで話しやすかったです。
そして、残念ながら、先輩にも彼女がいました。
ハンサムなだけに、かなり遊び歩いていたそうなのですが、今の彼女は真剣にお付き合いをしていたそうです。
キスは誰とでもできるけど、手は本当に好きな人としかつなげない、と、女ったらしならではの、彼なりの持論を展開していて、その彼女とは手をつないでいたようでした。

 
何となくですが、かすかに心が痛んだような気がします。
大分後から誰からか聞いた話では、その彼女は近くのイオンモールでショップの店員さんとして働いている方で、すごい美人だとのこと。
私も1度遠くからお見かけしたことがあるのですが、とても綺麗な方でした。
別の先輩からの質問で「3人には付き合っている人がいるの?」と言われ、私と男の子は「YES」と、もう1人の女の子は「NO」と答えました。
私は、当時の彼氏、優しくて格好良い、私を何より大切に思ってくれる、が大好きだったし、大切に思っていたにも関わらず、その先輩に魅了されてしまいました。
これは恋じゃない、アイドルファンがアイドルに憧れるようなもの、本当に大切な愛を育んでいるのは彼氏!と、自分に言い聞かせました。

 
この先輩に出会った研究室で、研究室のメンバーがよく飲んでいたのがコーヒーでした。
紅茶も日本茶も一応戸棚に用意されていたのですが、皆さんが愛飲していたのはコーヒーで、出った頃、先輩は大学院1年生で、1年目の研究に没頭していて、猫の手も借りたい忙しさの中、眠気を覚ますためかよくコーヒーを飲んでいました。
私は大学3年で授業のコマ数も少なかったので、よく先輩達の研究のお手伝いに駆り出され、色々な知識を吸収できるのが嬉しくて、ありがたく参加させていただいていました。
他の同級生と予定が合わない時は、憧れの先輩と2人で作業することもあり、先輩の車に乗って研究所への行き帰りに色んな話をしたり、作業が単純作業だと研究機材のことを教えて頂いたり、朝から夕方にかけての実験の時は、近くにご飯を食べに行ったりしました。
彼女の話もしましたし、彼氏の話もしました。
先輩の研究のテーマについてや、来年始める自分の研究テーマに相談にのってもらったり、お笑いの話やニュースの話、教授や研究室の裏話も、先輩は話上手聞き上手で、一緒にいてとっても楽しく、これはモテるだろうな、と感じました。

 
私が4年生になり、自分の研究が始まりました。
やっと長年の夢が叶って、論文を読んだり、実験をしたり、必要な種子を揃えるため他の大学に行ったり、忙しく動いていましたが、先輩も大学院2年生になり、卒業をかけて論文を完成させるためにますます忙しくなり、私は出来る限りお手伝いしました。
テーマが少し似ていたので、自分の論文にも生かしたかったのもありましたし、すでに県外に就職が決まってしまっていた先輩と、なるべくたくさんの時間を過ごしたかったのです。
仲良いね~!なんて言われることも増えました。
私は隠し事が苦手なので、先輩にも周囲にも「実はファンなんです」と公言していました。
カッコいいし、背も高いし、面白いし、優しいし、頭も良くて尊敬しています!でも女癖が悪そうなので、付き合うのはちょっと無理ですけど、憧れです♪と。
「そんなこと言わず付き合うか!?」
と、ドキっとすることも言われましたが、
「いえ、無理です」
と即答しました。
これは強がりではなく、本当にそう思っていて、付き合ってしまえば、束縛したくもなるし、背伸びしてしまって疲れてしまう自分も見えました。
先輩は私にとって高嶺の花でした。
何気ないおしゃべりの中で、先輩は同じ研究室だけでなく研究所には彼女を作らないようにしている、とも言っていました。

 
隣の研究室の友人が、同じ研究室の女性と付き合い、破局して、周囲を巻き込んでの騒動になったそうで、それを警戒してのことだそうです。
でも、別の先輩とおしゃべりしている時、
「先輩、〇○さん(私)と□□さん(もう1人の同期の女の子)だったら、〇〇さんがタイプって言ってたよ!」
と、教えてもらったことがありました。
「うわー!嬉しい!私も大好きです~!」
と軽く返事を返しましたけど、顔がにやけてしまいました。
先輩はコーヒーを必ずブラックで飲んでいました。
私は実はブラックが好きではなく、そもそもコーヒーもあまり好きではなかったのですが、最初に先輩につられて
「私もブラック派なんです」
と、言ってしまったので、それからはブラックを飲むはめになってしまいました。
この小さな嘘を守るため、先輩がいる時だけでなく、いない時も飲むようにしてるうち、何だか美味しく感じ始めてしまったのです。
嘘から出た誠で自分でもビックリでした。

 
その研究室には、自分がコーヒーを入れる時は、その時研究所で机に座っているメンバーには同じくコーヒーを用意してあげるのが暗黙のルールになっていて、私はコーヒーをよく先輩の机に運びました。
私が夢中で論文を読んでいる時など、気が回らない時は先輩が机に持って来てくれたこともあります。
単純ですが、先輩のコーヒーは誰が持って来てくれたコーヒーよりも美味しく感じたりしていました。
先輩の作業を手伝った後に缶コーヒーをおごってくれることもありました。
先輩は私がブラック派だという嘘を信じていたので、何の疑いもなく2本ブラックコーヒーを買い、渡してくれていました。
缶コーヒーも最初こそ苦かったけど、そのうち研究所で飲むコーヒーと同じく、本当に美味しく飲めるようになりました。
このコーヒーを挟んだ何気ないやり取りも、先輩との大切な思い出です。

 
先輩は無事に論文を完成させ、卒業単位を獲得しました。
先輩の論文発表する姿は本当に格好良かったです!
送迎会では悲しくてついつい涙腺がゆるんでいました。
先輩は、私達同期4人に1人1人お礼を言ってくれて、研究を手伝ってくれたお礼を伝えてくれました。
そして、最後に涙ぐんでた私をギュっと一瞬、軽く抱きしめてくれたのです!
思いがけないサプライズと、先輩とはもう会えない寂しさで、もう大号泣してしまいました。
そして、先輩は研究所を卒業していきました。
あのショッピングモールの店員さんの彼女とは、遠距離になってしまい、それを機に別れてしまったということを、他の先輩から聞きました。
あの時は、これは恋ではないと必死に自分に言い聞かせていましたが、今思えば、やはり恋だったのだと思います。

 
大切な彼氏もいたのに、裏切りだ、卑怯だと責める人もいると思います。
自分でもそう感じていたこともあります。
でも、私の中ではどちらの気持ちも両立していました。
実らなかったけど、むしろ自分で実らせないようにしていた、そして実ってはいけない気持ちだったけど、あの気持ちは間違いなく恋でした。
私は、先輩が卒業した後も、社会人になってからも、ずっとブラックコーヒーを飲み続けていました。
今では妊娠・出産したのをきっかけにコーヒーはあまり飲まなくなってしまいましたが、たまにカフェに入ったり、お友達の家に招待された時に「紅茶とコーヒーどっちにする?」なんて聞いてくれる時には、必ずコーヒーを頼みます。
もちろん、ブラックで。

 
香りと記憶は密接に関係している、と、読んだことがあります。
記憶喪失になった女性が、話に聞いたり写真を見ただけでは何も思い出さなかったのに、娘さんに会い、子供の髪の匂いを嗅いだ時に全てを思い出したとか。
私がコーヒーの香りで思い出すのは先輩です。
ハンサムだった先輩、知っていることは何でも教えてくれた先輩、私の論文にアドバイスをくれた先輩、最後にギュッと抱きしめてくれた先輩・・コーヒーを飲む時、心が切なさ交じりの懐かしさに包まれます。
研究室での楽しい2年間をいただいて、コーヒーを好きになるきっかけをくれた先輩には今でも感謝しています♪

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