初恋がブラックコーヒーへと変わるまで

「いらっしゃいませ」
あっ、来た。常連のお客様にいつの間にか胸がときめくようになる。
ここはコーヒー専門店。私はバイトするウェイトレス。
「オリジナルブレンド」
「かしこまりました」
笑顔で答える私。彼もにこやかにほほ笑んでいる。

 

30分ほどが過ぎ、彼が雑誌をおいてレジへ向かうので、
私は急いでレジへと向かった。

「お客様、今回でチケット終了でございます。」
「あっ、そう。じゃあチケット購入するからね」
そういって彼は財布からお金を出し、自分の名刺までも私に差し出した。
「えっ?」
名刺の裏には彼の携帯番号が書かれていた。
「今度良かったら、お茶でもどうですか? 返事待っています」
そういって彼は私の返事を聞かずにお釣りをもらって出て行ってしまった。

 

「どうしたの?」
もう一人のウェイトレスが心配そうに近寄ってきた。
彼女とは話が合い仕事以外でも親しくしている人だ。
その彼女が彼の名刺を見てすべてを察知したようで、
「良かったじゃない?気になっていた人でしょ?」
と私より嬉しそうだった。
「う、うん…」
「もちろん、お誘いにOKするでしょ?」
「私から電話するのは気が引ける…」
「今度来た時にお返事すれば? 毎日ってくらい来てくれる人だから」
「そうね」
「名刺見せて、けっこう有名な良い会社に勤めているじゃない」
私は、彼の勤め先より、誘ってくれたことに喜びと不安でいっぱいでした。

 

あれから数日が過ぎていたが、彼はコーヒーを飲みに来ていない。
私からの電話を待っているのだろうか?どうしよう…。
「電話してみなさいよ。きっと彼、電話がないからコーヒーも喉に通らないのよ」
彼女に言われても動揺を隠せない。名刺には携帯番号が書いてあったが迷う。

 

さらに数日が過ぎた。もう彼に嫌われたかもしれない。いえ、嫌われたと誤解されたかもしれない。
いろいろな想いに振り回されて仕事が手につかない程だった。
コーヒーチケットも新しく購入したあの時のまま1枚も減っていない。
そんな中、仕事中にマスターに呼ばれた。怒られるかと思ったら、電話だと告げられた。
彼からだった。
「その、迷惑なことしたかと思って気になってお詫びの電話を直接お店にしました。
先日の事、本当に一方的でごめんなさい。」
小さな声だった。
「あの、迷惑じゃありません。今度お見えになったらお返事しようと思って待っていたのですが私こそ、ごめんなさい。」
元気のない彼の声に思わず言ってしまった。OKするつもりだったから良いけど。
「OKしてくれるの?」
「はい、そのつもりでした」
「本当に?ありがとう。日曜日は大丈夫?」
急に元気になった彼のパワフルさに乗せられて、初デートの日を決定してしまった。
電話を切ってから、呼吸を整えるのに立ち止まったまま動けなかった。
そんな私の姿を見て、マスターから私的なことに店の電話を使うなと笑って注意された。
マスターは口数少ないけどすべてお見通しのようたっだ。
遠くで同僚の彼女も親指立ててニッコリしていた。
コーヒーの香りが私を包み込み、応援してくれているようだった。
いつもの香りなのに、今日は格別な優しさを感じる。

 

デート初日、待ち合わせ場所に彼は車で来てくれた。
「今日はありがとう。君を連れて行きたいお店があるんだ。到着まで楽しみにしていてね」
彼が本当に輝いて見えた。笑顔の先に幸せが踊っているようだった。
私も同じかもしれない。

道中の車の中でたくさんの会話が弾んだ。今日は初めてお店以外で会うとは思えないほど
いろんなお話に笑ったり感動したりした。

 

「着いたよ、ここのお店に僕は毎日来るんだよ。」
私は思わず目が点になった。言葉を失ったという方が良いだろうか?
「コーヒー専門店で働いている君におかしいかもしれないけど、ここのお店は君の所と違って、自分で豆を決めて挽いてサイフォンで沸かすんだ。コーヒー通には魅力的だろう?」
コーヒー専門店の看板に、私は固まってしまった。
車を降りて、お店に入っていく彼にただ付いていくしかできなかった。
お店の中で彼は私に何が良いか聞いてくるが、答えられない。
「どうしたの?」
心配そうな彼に大ピンチの私。
「ここはコーヒー以外ないよね?」
「君のお店もそうだろう?」
「…。私コーヒー飲めません。でも今日は頑張って飲んでみようかな?」
引きつった私の笑顔に彼が驚いていた。
「えぇー?うそでしょ? あんなにコーヒーに詳しいのに飲めないの?」
「仕事だから…。」
顔から汗が流れる思いだった。
「君のことだから、僕よりコーヒー通だと思っていたよ」
「コーヒー牛乳なら飲めますけどね」
「お子様なんだね、君」
嫌われたかも…。どうしよう初デートでいきなりこんな展開なんて。
「コーヒー飲めないのにコーヒー専門店でバイトって不思議だね?」
彼の言う通りかもしれない。
「飲めないけど、香りが大好きなの。おかしいよね?」
突然彼が笑い出した。

 
「初めて君にコーヒーについてお店で詳しく教えてもらったとき、すごい女性だなって思っていたよ。僕はコーヒーが大好きで、そんな僕の知識より上回っていて感心したんだ。でも今日このギャップに何故か心の緊張が切れて安心したよ。男ってこういうギャップに弱いんだよ」と笑いが止まらない様子だった。
「ごめんなさい。早く言えばよかったですね」
「早とちりした僕が悪いんだ。お店でようか?」
「いえ、お店の人に悪いから付き合います。あなたと同じものでお願いします。」
「いいの?」
「頑張って飲んでみます」
「残ったら僕が責任取るよ」
そうして彼が注文したコーヒーを自分で挽いて入れてみた。
「どう?」
彼が気にかけてくれている。
「苦い…です」
正直な感想を伝えた。彼は笑っていた。
結局彼が私の残したコーヒーも飲んでくれた。
最悪なデートになってしまった。
コーヒーの後、彼は自宅付近まで送ってくれてお別れした。
もう明日はないかもしれない。

 

翌日、バイト先で彼女が興味津々に昨日の事を尋ねてきた。
私はすべてを話したら、大きな声で笑われた。
「コーヒー飲んで帰されたの?それって駄目かもしれないね。ヤバいね」
「購入したままのコーヒーチケットどうなるのかな?」
私はあの時のままのチケットのことが気になった。
チケットがあるから来てくれるかもしれないと思いたかった。
でもコーヒーを飲みに来てくれても私とはこれっきりかもしれない。
「そんな心配いらないよ。向こうの勝手だから。あなたを誘った代金だね」
彼女には他人事であるし、あっさりしていること。
その時一瞬マスターと目があった。マスターは目線をそらし黙々と仕事している。
お客を失ったことを怒っているのかな?私語は慎めっていうことかな?それともすべてお見通しなのかな?
マスターは従業員やお客様とあまり話をしない無口な人であるが、私語で注意されたこともない。

 

それから3日後に彼はお店に現れた。
「ほら、行ってきなよ」
彼女がアシストしてくれてお水とおしぼりを持って彼の席へと向かった。
足が震えている。
「先日はありがとう。君はなかなか電話くれないね。メール位くれるかと思ったけど」
彼に携帯電話番号教えてもらっていたことをすっかり忘れていた。
「また誘っても良かったら、メール位くれよな。僕は君の連絡先知らないし」
「はい」
私は彼の注文を通しにカウンターへ戻った。
言葉が震えている。足もガクガクしている。心臓は飛び出しそうだ。
私って、もしかして嫌われていなかったのかしら。
「彼なんて言ったの?」
私は会話の内容を彼女に話した。すぐにメール出してあげたら?と冷やかされてしまった。
そう言えば、先日のお礼もしていなかった。私って非常識な子って思われたかしら。
その日に自宅に戻り彼にもらった名刺を取り出し、自分の携帯からメールでお礼と
お店に来てくれたごあいさつ文を送ってみた。
送るとすぐに私の携帯が鳴り響いた。

 
翌日お店でいつもの彼女がメールしたかと聞いてくる。
私は昨夜の出来事を伝え、1時間ほどたくさんお話したことや楽しかったこと、今度またデートする運びになったことを笑顔で話していた。
本格的に彼とのお付き合いが始まりだしたのだ。
「なんだ、おのろけ聞かされているみたいね」
彼女が応援してくれていることも嬉しかった。

 

今日はお客さんが少なく暇な時間を過ごしていた。
おかげで彼とのことを彼女に話す時間も増えてしまった。
男性経験の少ない私に、お姉さまのようにいろいろアドバイスくれる彼女。
すると、マスターが私を呼び止めた。
マスターの近くへと寄っていくと、アイスコーヒー用のカップにアイスコーヒーを1割ほど入れて、残りはミネラルウォーターで薄めたアイスコーヒーを私に差し出した。
「飲みなさい。ここで働く従業員がコーヒーも飲めないのは遺憾だ」と真面目な顔で真剣に一言ボソッと言葉を発した。
なんで今頃そんなことを?と思い彼女と目があって二人とも言葉を失った。
「飲みなさいよ。彼もコーヒー通の人だからコーヒーくらい飲めるようにならないと…。練習よ」彼女がその場をフォローするように機転を利かした。
「それもそうね」私も納得してコーヒーレッスンをすることにしてみた。
これだけ薄めていても苦いと思う。フレッシュミルクとガムシロを入れて再びチャレンジ。
毎日コーヒーレッスンが始まった。
あれから一年が過ぎた。
私の知らないところで、彼が夜遅くお店に訪れマスターと話をしていることを全然知らなかった。夜は私の仕事時間帯ではないのからだ。

「彼女、最近アイスコーヒーが飲めるようになったと喜んでいましたよ」
「…。」
「マスターでしょ、彼女にコーヒーレッスン始めさせたきっかけは…聞きましたよ」
「…。」
「僕があの時話したことにマスターは力を貸してくれたんだなって気が付きましたよ」
「…。」
「将来、彼女と結婚して、毎朝目覚めに美味しいブラックコーヒーの香りに包まれた朝を迎えるのが楽しみなんだって話したこと。しかし彼女がコーヒー飲めない人で夢が断たれたこと、でも彼女を諦められない思いで酔ってここに愚痴をこぼしに来たことを思い出しましたよ」
「…。」
「彼女がブラックコーヒー飲めるようになったら結婚を申し込むつもりです」
「…。」
「一応マスターにご報告しなければと思って。お店の人だから」
「…。」
「その時は彼女をこのお店からもらっていきますのでよろしくお願いしますよ」
「…。」

そしてさらに1年後。
カーテンを開けると、まぶしい光に包まれた。
「うーん、良いお天気」
私はコーヒーを入れ始めた。
「今日のお天気はカリブ海を思わせるような青空天気だからブルーマウンテンにしてみたわ。さぁ、あなた起きてくださいな」
ずっとこの幸せが続きますように…。

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