You’ve Got Mail

Pocket

幸せな結婚生活が幕を閉じ、あわただしいシングルマザー生活が始まりました。


その頃、幼い子供を二人抱えて、少しの時間も無駄にできない日々をすごしていました。ほっと一息つけるのは、子供が寝静まった一人の時間。パソコンに向かってメールをチェックしたりニュースを見たりしながら、缶ビールを飲むのが至福の時でした。
あわただしい生活に少し慣れ始め、人恋しさも感じ始めた、ある年の夏。私はふっとメル友を探そうと思いました。見ず知らずの方と少しずつ知り合えていく事や、なかなか親しい友達には話せない事を、メールで話し合えるようなお友達が欲しいと思ったのです。
とあるメル友を探せるサイトに出会いました。そこには沢山の男性女性、年齢も様々な方たちが登録し、メル友を募っていました。

 

一人一人の自己紹介やメッセージ文を読むだけでも楽しかったのですが、その中でもとても面白そうな方の文章に目が止まりました。彼はすべてを面白おかしく文章にして少し投げやりな雰囲気を感じました。もしかしたら、ひやかしで登録しているのかもしれない…。

 

メールを出しても返事が来ないかもしれない…。いろんなことを想像して悩んでいたのですが、メールをださずにはいられず、短めのメールを送る事にしました。メールの出だしは、「はじめまして。あなたの紹介文の文章に興味を覚え、メールさせていただきました。」というような感じだったと思います。その後、少し自分のことと、よかったら返事をほしいというようなことを書いたと記憶しています。

 
次の日の、ほっと一息タイムにメールをチェックすると、なんとその彼から返事が来ていました。嬉しくて胸がドキドキしたのを覚えています。。彼の返事の内容は、「こんな自分にメールをしてくれる方がいて光栄です・・・」というような出だしでした。彼のメールの文章は、やはり私を引きつけるもので、楽しくて面白くて、もっと彼の文章を読んでみたいと思いました。

 
そんな感じで始まった私たちのメールは一日一通ずつ行き来していました。一か月が過ぎるころには、日に2・3通のメールの行き来が普通になり、私たちはとてもよく理解しあえるようになりました。
こんなにも性格や行動まで予測でき、考えている事や感じている事まで分かりあえるのに、会ったことがないということが不思議なくらいでした。

 
メールの中で、お互いの共通点がいくつも見えました。その中の一つに、お互いにコーヒーが好きだというのがありました。それで、いつか会うことがあったら、コーヒーを飲みながらお話でもしたいね、という話になっていました。いつか会うかもしれない・・・そう思うだけで胸が高鳴りました。

 

その頃すでに私は、彼に恋をしていたのかもしれません。
面白おかしくしているのは、彼が自分の弱みを隠すためだということもだんだん分かってきました。それでも彼に惹かれ始め、彼もどうやら私に会ってみたいと言うようになってきました。彼と私の家は遠く、新幹線を使っても2時間はかかりました。けれど、実家に子供を預ける事のできたある休日、彼と会う約束をしました。もちろん私たちの会う、本当の目的は、惹かれ合っているお互いを実際に会って知るためでした。

 
待ち合わせ場所で初めて彼と会った時は、本当にうれしくてドキドキで、学生時代の恋愛を再現しているようなそんな気分でした。彼が、「前から言ってた通り、コーヒーでも飲みましょうか?」と言ってくれたので、私たちは静かなコーヒーショップへ入りました。

 
初めて会ったのに、初めて会ったように感じない不思議な感覚の中飲むコーヒーは、これもまた不思議な味がしました。。メールと同じように、日常の会話をして笑い合って、そのコーヒーショップを出た後、私たちは散歩をしました。お互いにあまり時間がなかったし、けれど二人でいられるなら、なにをしていても楽しいなと思えていました。ほんの2・3時間でした。けれど、メールでの会話よりも、実際に会うことで、数倍彼をしることが出来た気がしていました。

 
会った後の彼のメールには、同じようなことが書かれていました。彼も、実際に会うことで分かる事が沢山あったと。そして、会ってみて思ったのは、私を好きだと確信した事だと書かれていました。それを読んで私も同じ想いだと感じ、その素直な気持ちを文章にして送りました。

 
こうして私たちは、お互いに同じ想いなのだと分かり、これから二人の中で何かが始まるのかもしれないと感じていました。
ある日の彼のメールには、こう書かれていました。「今度会う時はモーニングコーヒーを飲めたら・・・」

 
今度また会えたなら、私たちは一線を越えるのだろうと、確信していました。
毎日、2・3回のメールは変わらず続けられ、ある時、また会える機会が訪れました。私たちはお互いに都合をつけ、なんとか一泊二日で会う約束をしました。彼が宿を見つけ、予約を入れてくれました。私たちはその日まで、会える日までのカウントダウンを続けました。それくらいお互いに楽しみだったのです。

 
日々の生活に潤いを持たせてくれること、お互いに思い合える事、きっとこの先も、支え合える人だと感じていました。
そしていよいよ当日が訪れました。二人でモーニングコーヒーを飲める旅の日が。前日までに入念に時間の予定を合わせていたので、お互いに当日は何の連絡もせずに家を出ました。

 
駅から新幹線に乗り込もうとしていたその時、携帯電話が鳴り始めました。彼からでした。何のためらいもなく、ホームで電話に出ると、暗い声の彼が、母親が倒れたとの連絡を受けたので、今から病院へいかなければならない、と告げてきました。私たちがとても楽しみにしていた旅は遂行されずに終わる事になりました。

 
彼はとても申し訳なさそうだったのですが、私は、早く病院へ行くように促しました。そして、私はそのまま新幹線に乗り、一人で旅をする事に決めました。
二人で行くはずだった予定の観光スポットを一人で見て回りました。どれもすばらしく、彼と一緒だったらどんなにすてきだっただろうと想像しました。

 
宿に着くと、一人で夕飯を済ませ、早めにベッドに入りました。昼間歩いたせいか、すぐに眠りにつくことができました。
朝、チャイムの音で目覚めました。ドアを開けると、そこには彼が立っていました。「おはよう」とはにかんだ笑顔に、思わず抱きついていました。。

 
お母さんは特に大きな病気ではなかったようで、お姉さんがついていてくれることになり、急きょ駆けつけてくれたようでした。
「モーニングコーヒー、約束してたから・・」
伏せ目がちに言う彼を心から愛しいと思いました。そしてそのコーヒーは一生忘れられない甘い味になりました。

 
それから一年後、私は彼と再婚しました。

コメント